cinema / 『サウンド・オブ・サイレンス』

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サウンド・オブ・サイレンス
原題:“Don't Say A Word” / 監督:ゲイリー・フレダー / 原作、共同プロデューサー:アンドリュー・クラヴァン / 製作:アーノン・ミルチャン、アーノルド・コペルソン、アン・コペルソン / 脚本:アンソニー・ペッカム、パトリック・スミス・ケリー / 編集:ウィリアム・スタインキャンプA.C.E、アーメン・ミセナイン / 音楽:マーク・アイシャム / 出演:マイケル・ダグラス、ショーン・ビーン、ブリタニー・マーフィ、スカイ・マッコール・バーツシアク、ジェニファー・エスポシード / 配給:20世紀FOX
2001年アメリカ作品 / 上映時間:1時間54分 / 字幕:松浦美奈
2002年05月25日日本公開
2002年11月16日DVD日本版発売 [amazon]
2004年05月28日DVD最新版発売 [amazon]
公式サイト : http://www.foxjapan.com/movies/soundofsilence/
日比谷スカラ座1にて初見(2002/06/01)

[粗筋]
 2001年、感謝祭前日。妻と娘の待つアパートに帰る途中で、ネイサン・コンラッド(マイケル・ダグラス)は非常の呼び出しを受けてニューヨーク・ブリッジヴュー病院に舞い戻った。愛する家族との団欒に水を差されて苛立つコンラッドに、同僚のサックス医師(オリヴァー・プラット)は今夜転院してきたひとりの少女と、五分だけ話をして欲しい、と懇願する。少女の名はエリザベス・バロウズ(ブリタニー・マーフィ)――8歳のときに父親が地下鉄に轢かれる場面に居あわせ、以来10年間、誰ひとり彼女の症状を特定することが出来ないまま方々の精神病院をたらい回しにされた挙句、前の病院で看護士に傷害を働いたのだ。サックスは、1時間の診察で200ドルという支払を惜しまない顧客を多数得るまでの地位を確立していたコンラッドの腕前にかけて、彼女を担当して欲しい、と頼んだのだ。やむなく彼はエリザベスと面会する。触れることさえ厭い、誰にも心を開かないはずの彼女だったが、僅かに漏らした言葉から、コンラッドは彼女が何者かに狙われている、と感じていることに気づく。
 やや帰宅が遅れたことを咎められたものの、その晩は大過なく終わった。しかし翌朝、スキー事故で足を骨折し動けない妻アギー(ファムケ・ヤンセン)に代わって朝食を作り、呼んでも現れる気配のない娘ジェシー(スカイ・マッコール・バーツシアク)を家中探し回っていたとき――玄関のドアチェーンが真っ二つに切断されていることに気づき、コンラッドは慄然とする。警察に電話しようと受話器を取り上げると、ダイヤルするより前に電話は繋がった――「あんたの娘は預かった」
 誘拐犯の要求は金ではなかった。コンラッドの患者の少女――エリザベス――から、6桁の数字を聞き出し、それと交換でジェシーを返すと言う。犯人は、コンラッドと妻の一挙手一投足を何処かから見守っていた。警察に電話すれば、娘の命はない――誰にも、一言も語るな、という酷な条件の下、コンラッドにとって悪夢の一日が始まった……

[感想]
 粗筋はコンラッド視点からのみ綴ったが、実際はこれほどシンプルではない。まず、冒頭には事件の端緒となる10年前の銀行襲撃の一幕が、クローズアップを多用した大胆な様式で描かれ、ついで現在のコンラッドの動きが始まる。並行して、過去の銀行襲撃に登場した人物の暗躍と、取り敢えずコンラッドの巻きこまれた事件とどのような関係があるか解らない殺人事件の捜査が、やや直情的な女性刑事の視点で展開していく。
 実の処、鑑賞以前に原作の存在を知り、そちらを高く評価する人の声を幾つか聞いていたために、却って仕上がりに不安を覚え敢えて原作を読まずに劇場を訪れたのだが、驚くほど緊密なスリラーに仕上がっている。色彩やカメラの扱いに独特の癖を感じさせる演出だが、殆どはサスペンスのツボを押さえていて、緊張と弛緩(これがないと一本調子になる)を巧みに挿入して観る側を離さない。犯人たちの計画そのものは、一見緻密なようでかなり暴力的なのだが、その推移とコンラッドたちの対決の仕方は知的で、かなり最初の場面から丁寧な伏線が張られており、いちいち膝を打つ場面がある。原作者がプロデューサーとして名前を連ねている所為もあるのだろう、かなり潤色もあるらしいのに(コンラッドはダグラスのような風格のある男性ではなく、どこか風采の上がらない人物として描かれているそうだし、女性刑事は原作には全く登場しないらしい)プロットにおける弛みが全くない。独創的なアイディアは特にないのだが、基本を守りつつ現代風のサスペンスとしてA級のクオリティを示している。
 キャラクター造形を疎かにしていないのもいい。完璧なライフスタイルを築き上げていたコンラッドが事件の中で、鍵を握る少女に弱みを見せるくだり。過去の出来事から何重もの精神的な鎧を纏っていた少女が、そうしてひたすらに家族の安否を気遣うコンラッドに父の面影を見て次第に心を許していくさま。そして、目的のために手段を問わない誘拐犯・コスター(ショーン・ビーン)の迫力。こうしたメインの人々のみならず、脇役にも描かれた以上のドラマを感じさせる些細なガジェットを随所に盛り込み、物語に厚みを加えている。
 シナリオ、映像、音楽、役者、いずれも独創的ではないものの水準を超えた力作。煽り文句のように「全てのスリラーを超えた」とまで断言する度胸はないが、少なくともこの一年程度に鑑賞したサスペンスの中では屈指の仕上がり。原作との比較はこれからするつもりだが、恐らく原作ファンにとっても不満のない完成度だろう。ナイス。

 どーでもいいが、作中さりげなく挿入されたテレビ画面、冒頭近くのそれは『ホームアローン』で、中盤で出てくるのは『スピード』じゃん、いいのか? と漠然と思っていたら、クレジットでちゃんと引用した旨を記していた。そういえばどちらも配給は本編と同じく20世紀FOXである。そして、どちらもサスペンスのひとつの極みに立った作品でもある。いい遊びだ。

(2002/06/01・2004/06/22追記)


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