cinema / 『スパイダー 少年は蜘蛛にキスをする』

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スパイダー 少年は蜘蛛にキスをする
原作・脚本:パトリック・マグラア(ハヤカワepi文庫・刊) / 監督・製作:デイヴィッド・クローネンバーグ / 撮影:ピーター・サシツキー / 美術:アンドリュー・サンダース / 編集:ロナルド・サンダース / 音楽:ハワード・ショア / 衣装:デニース・クローネンバーグ / 出演:レイフ・ファインズ、ミランダ・リチャードソン、ガブリエル・バーン、リン・レッドグレーヴ、ジョン・ネヴィル、ブラッドリー・ホール / 配給:ブエナ ビスタ インターナショナル(ジャパン) / 提供:メディア・スーツ、ビッグショット
2002年フランス・カナダ・イギリス作品 / 上映時間:1時間38分 / 字幕:戸田奈津子
2003年03月29日日本公開
公式サイト : http://www.movies.co.jp/spider/
ニュー東宝シネマにて初見(2003/04/05)

[粗筋]
 デニス・クレイグ(レイフ・ファインズ)はこの街に帰ってきた。均質の住宅が建ち並び、陰鬱な気配とガスタンクの臭気がまとわりつく、彼が生まれ育った街に。
 斡旋されたウィルキンソン夫人(リン・レッドグレーヴ)の住宅は、デニス同様にかつて精神病棟で神経をすり減らしていた人々が同居している。長年暮らしているテレンス(ジョン・ネヴィル)らとささやかな親交を結び、農作業に携わりながら、デニスはいつしか自分の過去を追い始めていた。
 少年時代のデニス(ブラッドリー・ホール)は、裕福ではないが情愛に満ちた両親の元でそれなりに平穏に暮らしていた、はずだった。父ビル(ガブリエル・バーン)は配管工の職で細々と稼ぎ、母(ミランダ・リチャードソン)は田舎暮らしに辟易として時折父に食ってかかっていたが、決して大きな波風は立っていなかった。
 だがある日、父を食事に呼ぶためパブを訪れたデニス少年は、片隅で猥雑な笑みを浮かべ、彼に戯れに乳房を見せつけた女の姿に怯える。彼女の存在が、次第にデニスの家庭を、最後にはデニスという少年の心をも破壊していくのだった……

[感想]
 これ以上仔細に書くことは出来ない。あとは劇場か、映像ソフトでご確認いただきたい。
 ただただ静かで、異様な気配に満ちながら激しい出来事はほとんど起きない。それだけに、漫然と筋を追っていると眠気を催す危険もあるように思われる。人物の背景も、画面上の出来事についても一切の説明がないため、観客に「受け身」でいさせないあたり、どうしても人を選んでしまう作りになっていると言えるだろう。
 現在のデニスの視点を用いながら、同じフレームにそのデニスの少年時代を映し出す、という特異な様式についても、作中ではまったく説明がない。現代のデニスを追っていたのと同じカメラの被写体として少年のデニスが登場し、少年デニスが出逢い体験する出来事の一切は現代のデニスを無視して進行する。この独特な手法が、現在と過去、現実と虚構をすべて混在させ、全編に奇妙な眩暈感をまつわらせている。何処から何が登場してくるのか解らない、得体の知れぬ雰囲気が観客の怯えを誘う。
 本編の勘所は、語られている狂気が決して本編の登場人物のみのものではなく、世の中に偏在している、という現実だ。そのことを認識するのとしないのとでは、結末の余韻がかなり違ってくるに違いない。あの虚無感は、誰にでも訪れる可能性を秘めたものなのだ。
 ほとんど象徴のみで語られるため、気軽に楽しめる作品とはお世辞にも言えない。だが、ちょっとだけ気合を入れて鑑賞すれば、静かな恐怖と底知れない哀感を得ることが出来るはず。能動的な立場から鑑賞すれば、極めて刺激的な一本である。誰だって、張り巡らせた蜘蛛の糸を引っ張りたくなる瞬間があったはずなのだから。

 余談。
 私が主演のレイフ・ファインズを前に観たのは、トマス・ハリス原作の映画『レッド・ドラゴン』の中であった。そして、まだこの二本でしか彼の姿をちゃんと見ていない。……つまり、まともに喋っているレイフ・ファインズをまだ見たことがないのだった。イメージが固着してしまいそうで、ちょっと厭だ。
 現時点で次に日本公開が決まっているのは、ジェニファー・ロペス共演のラブストーリー『メイド・イン・マンハッタン』で、これは相当まともな役柄らしいのだが……いまいち気乗りがしません。

(2003/04/07)


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