cinema / 『運命じゃない人』

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運命じゃない人
監督・脚本:内田けんじ / 製作:矢内廣、中村雅哉、児玉守弘、黒坂修、高野力 / プロデューサー:天野真弓 / 撮影:井上恵一郎 / 照明:鳥越正夫 / 録音:岩倉雅之 / 編集:普嶋信一 / 美術:黒須康雄 / 音楽:石橋光晴 / 出演:中村靖日、霧島れいか、山中聡、山下規介、板谷由夏、眞島秀和、近松仁、杉内貴、北野恒安、法福法彦、李鐘浩、松澤仁晶、古郡雅浩、鬼界浩巳 / 第14回PFFスカラシップ作品 / 配給:KLOCKWORX
2004年日本作品 / 上映時間:1時間38分
2005年07月16日公開
公式サイト : http://www.pia.co.jp/pff/unmei/
渋谷ユーロスペースにて初見(2004/08/13)

[粗筋]
 夜の駅前。ベンチに腰掛け、桑田真紀(霧島れいか)は途方に暮れている。一昨日までは幸せの絶頂にいたのに、婚約者の車で浮気の絶対的な証拠を見つけてしまったために瞬く間に破局、住むところさえ失って街を彷徨い歩いていた。これからはひとりで生きていかなきゃいけない――そう自分に言い聞かせても、涙が込みあげてしまう。おまけに生活の助けにしようと婚約指輪を売りに行ったら、雀の涙ほどの値しかつかなかった。レストランの一席で涙を堪えていた彼女に、隣のテーブルにいた軽そうな男が「一緒に食事しない?」と声をかけてきた――
 宮田武(中村靖日)は風采の上がらないサラリーマン。真面目だけが取り柄で、やることなすこと不器用な男である。半年前、将来を考えて豪華なマンションを購入した矢先、なんの前触れもなく恋人・倉田あゆみ(板谷由夏)に捨てられる、という屈辱を受けたにも拘わらず、未だに彼女のことが忘れられず、残していった荷物も捨てられずにいる。
 ある晩、仕事から帰るなりいきなり親友の神田勇介(山中聡)から電話がかかってきて、これからいつものレストランへ食事に行かないか、と誘ってきた。帰ったばかりだから、と拒む宮田に、神田は「あゆみの話だ」と言った――夜の町中を、宮田は自転車でぶっ飛ばしてレストランへと向かった。
 随分遅れてやって来た神田は、昼間偶然にあゆみと会い、結婚するという話を聞かされた、とそれだけを伝える。あまりの単純さに拍子抜けし、同時にいちばん聞きたくなかった知らせに宮田は落胆する。もういい加減諦めて次の相手を捜せ、と神田は諭すが、落ちこんだままの宮田はどうも乗ってこない。すると神田はあろうことか、自分の後ろのテーブルにいた女性に声をかけ、一緒に食事しましょう、と誘い出した。もの凄い勢いで承諾し、大荷物を抱えて移動してきたかと思うと、メニューを眺めながらいきなり泣き始めた彼女の名前は、桑田真紀。
 彼女を誘った当の神田は、トイレに行ったかと思うとそのままレストランを出てしまっていた。電話をかけてみれば、仕事に戻った、折角のチャンスなんだから自分でどうにかしてみせろ、と甚だ無責任なことを言って切ってしまう。仕方なくぎこちないながらも話してみると、真紀は婚約者に裏切られ、今夜は帰るところがない、という。下心がなかった――とは言い切れないだろう。けれど、なにもしない、とひたすら強調して、宮田は自分のマンションに泊まるよう勧めた。
 マンションに着くと、宮田はまだあゆみの荷物を残したままの、彼女のために用意した部屋を真紀に提供した。訊ねられるまま、別れたときの経緯を話しているうちに、少しだけふたりは妙な雰囲気になる。けれど、結局宮田はその場を誤魔化してしまうのだった。
 間の悪いことに、そこへいきなりあゆみが現れた。必要な荷物だけ持っていきたい、という彼女を真紀は「あなたは勝手すぎます」と咎める。あなたには関係ないでしょう? と返された真紀はそのまま部屋を飛び出していった。宮田は意を決し、真紀を追いかけた。
 追いついた宮田はいちど、「ものになりそうな相手なら誰でもいいんですか?」と突っぱねられるが、先ほどの神田との会話が脳裏を過ぎると、走り去っていったタクシーを必死に追いかけ、もういちど会いたい、電話番号ぐらい教えてくれ、と主張する。
 去りゆくタクシーを見送る宮田の手には、彼女が番号を記したメモがきっちりと握りしめられていた――
 ――だが、宮田は知らない。自分の振り絞った勇気の背後で起きていた幾つもの出来事を。その全体像を知るのは、観客だけなのだ――

[感想]
 またしても粗筋の扱いに困る作品である。結局、普通に描かれる順番の通りに記していったが、しかしようやく四分の一程度に過ぎない。このあと視点は宮田の友人・神田に移り、どんどん思いもかけない方向へと物語は転がっていく。
 引き抜いた箇所だけでも解るとおり、この作品は複数の視点が交わり、時間軸を交錯させることで妙味を演出する物語となっている。そうした手法は既にクエンティン・タランティーノやガイ・リッチーらが自家薬籠中とし、その他のフィクションにおいても多用されており決して珍しくはないが、本編はその時間軸に盛り込んだお遊びが豊富で、かつそれを見せていく構成の巧みさが素晴らしい。
 上に記した展開だけであれば、風采の上がらない青年がほんのちょっとだけ勇気を振り絞って、過去を振り切り女性へとアプローチを試みた、というだけの単純な話だが、それが別の視点を重ねていくことによって、まったく思いもかけない全体像を築いていく。一見何気ない描写に張られた伏線があるときは驚きとなり、あるときは意外な笑いへと結びついていく感覚は、同様の手法を用いた過去の作品と並べても突出して優れている。謎など用意していないのに、あとになっていくほど「まさかあそこにあんなものが!」という驚きや興奮が待ち受けるその感覚は、ミステリのそれに極めて近い。――だからこそ、粗筋を書くのに苦慮したわけだが。
 それだけならいささか小賢しい話に感じられるだけだったかも知れないが、本編には妙な親しみと心地よさを感じる。その源は、登場するキャラクターひとりひとりの魅力にある。
 いずれもどこか少し変わってはいるが、極端にエキセントリックではない。身近にひとりやふたりぐらいいても不思議ではない個性があるだけだ。人との接し方がとことん不器用で、自分を裏切った恋人に未練たらたらな宮田、泊めてくれるという宮田に対して妙な形でばかり報いようとする真紀、探偵としての才覚はあるけれどどこか間の抜けた神田――ほか、あとになって登場する人々も実に特徴が際立っており、更にはあまり出番の多くないタクシーの運ちゃんなどでさえもいい味を出している。そうして、彼らの個性が絶妙に絡みあって、予測不可能な物語によりいっそうの膨らみを齎している。
 だが、とりわけ魅力的なのはやはり、物語の軸となる宮田である。別段彼はそうなろうとして主役になるわけではなく、完全に周りの人々の言動に巻き込まれているだけなのだが、その場その場の対応や台詞がほんとうに不器用で憎めない。神田ならずとも色々といらぬ手助けをしたくなるのだ――その巧まぬ魅力こそ、結構ギスギスとした側面もある物語にポジティヴな彩りを添えている。
 全体を貫くテーマといったものは――深読みすれば見いだせるだろうが、決して声高なものではなく、特に意識している様子もない。起きている出来事ひとつひとつは寧ろ地味でさえある。けれど、観終わったとき、かなりの率で「あ、いい映画だった」という満足感を齎してくれるはずだ。実に丁寧に練り込まれた脚本と、大物ではないが故に自然な形で観客を物語に惹きこんでいく役者陣、そして決して奇を衒わず、絶妙なバランス感覚で笑いと驚きと静かな感動とを織りこんでいった監督の優れたセンスがいい形で化学反応を起こした傑作。

 ところで。
 本編を御覧になった方、クレジットを断ち切る格好で挿入されたエピローグで更にいい心地になってお帰りになったと思われるが、もし良ければちょっと顧みていただきたい――神田の探偵事務所に置いてあったファイルに記されていたことを。何か、重なるものが見えてこないだろうか?
 この点について、物語では特に触れておらず、私の勘繰りすぎという可能性も大きい。しかし、私の推測通りなら、物語のあとで更にもう一波乱起きることが想像される。もし、そういう裏読みをされることまで想定しての描写であったなら、本当にこの監督、ただ者ではない。

(2005/08/13)


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