cinema / 『ウェイキング・ライフ』

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ウェイキング・ライフ
原題:“Waking Life” / 監督・脚本・撮影・出演:リチャード・リンクレイター / 製作:パルマー・ウェスト、ジョナ・スミス、トミー・パロッタ、アン・ウォーカー=マクベイ / 製作総指揮:ジョナサン・セリング、キャロライン・カプラン、ジョン・スロス / 撮影:トミー・パロッタ / 美術・アニメーション監督:ボブ・サビストン / 編集:サンドラ・アデアー / 音楽・出演:トスカ・タンゴ・オーケストラ / 作曲・出演:グローバー・ギル / 出演:ワイリー・ウィギンス、イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー、スティーヴン・ソダーバーグ、トレヴァー・ジャック・ブルックス、ローレライ・リンクレイター、ビル・ワイズ、チャールズ・ガニング、ジョン・クリステンセン、ティアナ・ハックス / ザ・インディペンデント・フィルム・チャンネル・プロダクション&サウザンド・ワーズ製作 / 配給・DVD発売:20世紀フォックス
2001年アメリカ作品 / 上映時間:1時間41分 / 日本語字幕:松浦美奈
2002年11月16日日本公開
2004年01月09日DVD日本盤発売 [amazon]
2004年08月02日DVD日本盤最新版発売 [amazon]
DVDにて初見(2005/01/10)

[粗筋]
 家族のもとに帰る途中、青年(ワイリー・ウィギンス)は交差点に落ちていた紙を拾う。「右に注意」と記された一文に誘われて右を見れば、間際に迫った車が一台――
 次の瞬間、青年は住み慣れた部屋で目醒めた。彼は様々な人物の言葉に耳を傾ける。受け身のままの青年に、多くの人々が視点を超越して語りかける。永遠とも思える魂の遍歴が始まった……

[感想]
 痺れて言葉が出て来ません。でも何とか書こう。――要するにこれは、映画という表現手法を駆使したメタ・フィクションなのだと思う。
 主人公の青年の背景は一切語られない。舞台も不明。視点は自由自在に動き、それどころか絵そのものがまるで歯止めを失ってしまったかのように奔放に振る舞う。劇画調に描かれた人物たちに頬や目鼻立ちを誇張された人物が混ざり、得々とアイデンティティを語る目玉や色彩が輪郭からはみ出し、言葉は具体的なヴィジョンとなって語り手の周辺を飛び回る。
 幻惑するような表現のなかに、しかしそれぞれ激しい自己主張を繰り返しながら肝心の“視点”の素性は語られない。道化として随所に登場する“青年”は、全篇でほとんど必要最小限の言葉しか発しないのだ。強烈な思想や自己主張のなかで、主人公であるはずなのにほぼ匿名と化した彼の存在は、いわば映画のカメラであり、同時に観客の役割に甘んじるものでもある。
 が、それがあるタイミングで突如として殻から外側を垣間見てしまう。作中で青年が語る“理由”を鵜呑みにしてしまうのは簡単だが、忘れてならないのは、それだけのためにこんな手の込んだ表現を選ぶ必要はない、という点だ。そして随所に盛り込まれている、映画という手法を念頭に置いた設定や描写の数々は、作り手と作品と観客、という境界を極限まで曖昧にすることに費やされているのではないか。象徴的なのは、冒頭で幼い頃の青年と戯れる少女がローレライ・リンクレイターであり、終盤で青年に対して決定的な言葉を突きつけるのがリチャード・リンクレイター監督自身であるという点だ。この入れ子構造の果てに提示される結末は、実のところすべての選択を観客に委ねているのである。
 ごく普通の、起承転結のある物語を期待するならまず性に合うことはあり得ない。映画を独立した表現手法として捉えて、その極限を見届けたいと思うなら必見の作品であり、間違いなく現在到達しうるひとつの頂点であると思う。とにかく自分をつっこみたい。なんでこれを劇場で観なかったんだオノレは。

 この意欲的な試みによってアメリカで絶賛を浴びたリンクレイター監督は、次回作でふたたび実写をデジタルペインティングで加工するこの手法に挑戦する。原作は、フィリップ・K・ディックの『暗闇のスキャナー』――実のところ、風野春樹氏の日記を読んでそのことを思い出し、慌てて積みっぱなしだった本編を観たのである。最初は意外な組み合わせと感じたが、本編を観たあとだと実は必然的な帰結だったように思う。いったいどんなヴィジュアルを展開してくれるのか、いまから首を長くして待ちたい。

 もひとつ余談。
 リンクレイター監督の次に控える日本公開作は、彼の評価を高めるきっかけとなった恋愛映画『恋人までの距離(ディスタンス)』の後日譚となる『ビフォア・サンセット』。可能な範囲で予習をしてから映画を観るのがポリシーである私としては、未見である前作に触れておきたいところだが……どういうわけか、公開を間近に控えたいまになってもDVDで発売してくれる気配がない。ビデオ・LDは出ているので、レンタル屋を根気よく探せば巡り会えるのではないかと思うが……もしかしたら、『ビフォア・サンセット』の公開終了後に同時発売することを目論んでいるのかも知れない。
 まあ、背景を知らないなら知らないで、それに添った見方をすればいいだけの話なのだが、なーんとなく不親切というか、商売の仕方を間違っているように感じられるのでありました。
 なお、問題の『ビフォア・サンセット』は2005年02月05日日本公開。

(2005/01/10)


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