cinema / 『X-MEN:ファイナル ディシジョン』

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X-MEN:ファイナル ディシジョン
原題:“X-MEN:The Last Stand” / 監督:ブレット・ラトナー / 脚本:サイモン・キンバーグ&ザック・ペン / 製作:ローレン・シュラー・ドナー、ラルフ・ウィンター、アヴィ・アラド / 製作総指揮:スタン・リー、ケヴィン・フィージ、ジョン・パレルモ / 共同製作:ロス・ファンガー、カート・ウィリアムズ、ジェームズ・M.フライターク / 撮影監督:ダンテ・スピノッティ,A.S.C.,A.I.C. / プロダクション・デザイナー:エドワード・ヴァリュー / 編集:マーク・ヘルフリッチ,A.C.E.、マーク・ゴールドブラット,A.C.E.、ジュリア・ウォン / 衣装デザイナー:ジュディアンナ・マコフスキー / 視覚効果スーパーヴァイザー:ジョン・ブルーノ / 第2ユニット監督&スタンド・コーディネーター:サイモン・クレーン / 音楽:ジョン・パウエル / 出演:ヒュー・ジャックマン、ハル・ベリー、イアン・マッケラン、ファムケ・ヤンセン、アンナ・パキン、ケルシー・グラマー、レベッカ・ローミン、ジェイムズ・マーズデン、ショーン・アシュモア、アーロン・スタンフォード、ヴィニー・ジョーンズ、ベン・フォスター、エレン・ペイジ、マイケル・マーフィ、キャメロン・ブライト、パトリック・スチュワート / 配給:20世紀フォックス
2006年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:林完治
2006年09月09日日本公開
公式サイト : http://www.x-menfinal.jp
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2006/09/09)

[粗筋]
 ――チャールズ・エグゼビア教授(パトリック・スチュワート)の経営する私立学園と、その背後に存在するX−メンたちにとって大切な仲間であったジーン・グレイ(ファムケ・ヤンセン)を喪ったあの事件から以降、世間のミュータントに対する認識は変化していた。対話を主張する気運の高まりに合わせ、政府は交渉能力に優れたミュータントのハンク・マッコイ博士(ケルシー・グラマー)を起用した。ミュータントと人類との関係は次第に改善の道を辿っているかに見えたが、その矢先、大富豪ウォーレン・ワージントンII世(マイケル・マーフィ)がかつてのアルカトラス刑務所を流用した研究所でミュータントの遺伝子を無効化する特効薬“キュア”を開発に成功したことを公表したために、ふたたび緊張が世界を覆い始める。
 だが、エグゼビアの学園内ではしばらく前から動揺が続いている。誰しもジーンを喪った衝撃から立ち直りきっていなかった。特に恋人であったスコット(ジェイムズ・マーズデン)の心痛は激しく、本来彼の仕事である新人たちに対する戦闘技術の授業を放棄して、虚無的に日々を過ごしていた。ウルヴァリンことローガン(ヒュー・ジャックマン)とて、密かにジーンに想いを寄せていたこともあり、決して立ち直っていたわけではない。だが、エグゼビア教授の後継者的位置づけで忙しく立ち回るストームことオロロ・マンロー(ハル・ベリー)の要請もあって、スコットに代わって授業を請け負ったりしながら、学園に滞在し続けている。
 ある日、スコットは脳裏に響く声に導かれて、ジーンを喪ったあの湖に赴いた。哀しみに嘆く彼が目から光線を湖に放った直後、忽然と現れたのは――なんと、死んだと思っていたジーンであった。驚き、歓喜するスコットは、だが彼女の様子のおかしさには気づかなかった……
 エグゼビア教授の指示でストームと共に湖に赴いたウルヴァリンは、湖岸に倒れるジーンを発見、回収したが、スコットの姿はどこにもない。エグゼビア教授は、先の事件から自らの身を守るために、ジーンがその驚異的な潜在能力を制御するために封印していた第2の人格を覚醒させた可能性を示唆する。欲望に忠実なその人格は、そのままジーンの潜在能力と結びつき、人類にとってもミュータントにとっても脅威となる恐れがあった。ために、教授がその人格を封印したのだ、と聞かされ、ウルヴァリンは愕然とし、失望する。
 しかし、ウルヴァリンの目前で覚醒したジーンの様子は確かに異様だった。突如露骨に彼に迫ったかと思えば、「いつもの君じゃない」と拒んだ彼に怒りを剥き出しにする。一瞬正気に戻ったとき、彼女は「自分を殺して」と懇願するが、だが最終的には驚異的な能力でウルヴァリンを吹き飛ばし、学園を脱走してしまった……
 エグゼビア教授はジーンが生家に逃げ込んだことを察知し、ウルヴァリンとストームとを伴って説得に赴くが、そこにはマグニートー(イアン・マッケラン)の姿もあった。かつては友としてエグゼビア教授と共に幼いジーンを説き伏せ学園に導いたふたりが、違う趣旨の説得をするためにふたたびジーンの前に立つ。だが、覚醒したジーンの能力は、対立するミュータント組織を統べるふたりの男をも遥かに凌駕していた。力を制御させるため、ジーン本来の人格に侵入しようとするエグゼビア教授を、凶暴化したジーンは徹底的に拒む。そして――想像を絶する光景が展開された。

[感想]
 高い人気を博したシリーズの完結編である。が、率直に言って、かなり厄介な代物になったように思う。
 もともとミュータントという定義の備える問題や、それに根ざすエグゼビア教授とマグニートーとの対立の構図には、単純に割り切ることの出来ない難しさがあり、それを締めくくるためには双方の状況を激変させる要素が求められる。そのために持ち出されたのが、ミュータントの遺伝子を消滅させる治療薬“キュア”と、ふたりの指導者さえ凌駕するジーンの潜在能力であったわけだ。この二本の軸を基礎に物語を構成している点について、さして異論を差し挟む余地はない。
 ただ、それによって生じる各個人の感情・肉体面の変化について、あまり掘り下げられていない点が残念だ。たとえば、第一作で物語の大きな鍵を握ったローグ(アンナ・パキン)が“キュア”の誕生を知ったときの内的葛藤はもう少し描かれても良かったように思われるし、またあるキャラクターの凶悪かつ切ない心境の変化についてももう少し触れる余地が欲しかった。
 それ以外にも、レギュラー・キャラクターたちの煩悶があっさり描かれている、と感じる場面が多く、それがどうにも歯痒く勿体ない。そうした物足りなさが募り募って、凄まじいクライマックスであるにも拘わらず、いささかカタルシスに欠いた印象を残す結果となっている。
 だがしかし、提示されたエピソードをよくよく検証していくと、シリーズの完結編としては理想的なパーツを見事に網羅していることに気づくはずだ。“キュア”の効能とそれを巡る人々の感情の変化はまるで第一作を裏返しにしたようだし、そのクライマックスでの扱い方も巧みだ。あの人物にあの台詞を言わせる意味は深い。
 また、ミュータントと彼らへの迫害、という主題がそのまま現実のマイノリティに対する差別を象徴していることは最初から指摘されていることだが、こと“キュア”という代物はその主題を現状に添って深化させている点で優秀な着想と言える。差別の原因となる事実を取り除く方法があるからといって、強制的にそれを施すことは果たして正しいのか。それを選択することもまた本人の意思に従うべきではないのか。この判断を巡る主要登場人物たちの懊悩は、深く掘り下げてこそいないものの概ね拾い出されており、その律儀さには好感を覚える。
 短い尺のなかでちゃんと後半への伏線が丹念に用意されていることにも注目したい。プロローグ部分は中盤できっちり昇華され、過去と現在とを二重写しにすることで物語に深みを齎している。個人のドラマとして掘り下げが足りないように感じられても、トータルでの整合性には注意を払っているのだ。
 特に今回は、これまでX−メンたちの戦いに積極的ではなく、半ば巻き込まれるような格好でのみ参加していたウルヴァリンが、自ら進んで戦いの場に臨み、最終的に非常な存在感を発揮したことに注目したい。彼に限らず、本編ではキャラクターたちの特殊能力をうまく活かした戦い方を最低でもひとりひとつずつは用意している(これもまた律儀と言える)のだが、本来誰よりもヒーロー向きの特性を備えた彼がシリーズで最大の活躍を見せている点は嬉しく、また見応えを作品に齎していると言える。
 出来ればより深い余韻を残すラストシーンを用意してくれたら、という厭味はあるものの、あとで噛みしめれば噛みしめるほど味わいの出てくる、充分によく出来た完結編である、と思う。観終わった直後は不満を覚えるかも知れないが、もともと本編はそう単純な主題を扱っていないのだ。多少モヤモヤするぐらいでちょうどいいのだろう。
 ……が、しかし、スタッフロールの前後に設けられた場面はさすがにちょっとやりすぎという気がする。確かに前者は予測の範囲内であるし、後者にしても最初は呆気に取られるが、実はこれもちゃんと伏線が張ってあることなのだ。だが、だが……

 私自身がしばらく考えてしまったほどなので、或いは既にご覧になった方のなかで、あのスタッフロール後の一場面の意味が理解できずにいる方もあるかも知れない。そんな方のために、背景色でひとつだけヒントを書き留めておく。
 エグゼビア教授の授業を思い出していただきたい。

(2006/09/09)


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