石牢の王 はたしてこの道が正しかったのであろうか。 古の技術を今なお形にとどめたこの都で、私はもう戻れぬことを悟った。 古い友人は口に出したわけでもないその言葉を耳にしたような表情で私の顔を見た。 今となっては彼のような友人は少ないものだ。 しかし私の立場から己の心情を友にも伝えられないことが多い。 そんな私に、友人たちは眉をひそめて悲しそうに微笑むのみ。 私とてそんな反応を望んでいたわけではないのに。 王というものは滅多なことでは国を離れることを許されない。 王が帰還するまで執政は戦に出ることも都を離れることも許されなかったという。 そのような国是のせいか、ミナス・ティリスの王城から離れることにも、私の口煩い執政はよい顔をしない。 ・・・別に遊んでいるわけではないのだがな。 久しぶりの遠乗りに出かけた。 一人でも行くつもりだったのだが、書類を抱えたファラミアは私の姿を目撃して怒り狂いながらもついてきた。 曰く、「王を一人で遠乗りに行かせる臣下がありますか!!」だそうだ。しかしそう言いながらもついてきるのはファラミア一人。王と執政が都を空けて遠乗りに行く国も珍しいと思うが、いまのゴンドールでは割と頻繁におこることだったりする。 それにしても、いつもなら有無を言わさず未処理の書類を執務室に運んできて仕事に取り掛からせるのに、今回は随分と優しい。 どうやら彼も私のことが気にかかっていたらしい。 イシリエンのファラミアにまで心配をかけるようでは、確実に王失格だろうな・・・。 ミナス・ティリスから北上した丘陵に二人で向かい、馬を休ませて寝転がる。 頭の後ろで手を組んで草の上に寝そべる私の様子に、ファラミアは軽い視線を送っただけで特に何も言わなかった。 彼といえば久しぶりの運動に少し疲れたのか、肩を回して私の隣に座る。 「身体がなまって仕方ないな」 頭上に広がる晴れた空を見たまま呟くと、ファラミアは苦笑したようだった。 「そうですね。しかしこれも平和な証拠でしょう。」 「卓上の仕事はどうも気が滅入ってしまうよ。」 「・・・・・・・・・・・・。」 ファラミアは何も言わなかった。 もともとデスクワークが自分の分野としている彼だが、私の心の奥底をはかっていたのかもしれない。 ・・・今まで荒野を流離って生きてきたこの身に、あの白い都は眩しすぎる気がしてならない。 あそこは、私に冷たい。 あの旅路を共にしたこの国の大将にこんなことを言ったら顔を真っ赤にして怒ったろうが、事実なのだ仕方ない。 平原や山々は美しさを増したと思う。 だがその美しさはどこか渇いたものへと変じたようだった。 もうあの声は聞こえない。 長上族の、大気に混じる歌はそこにはなかった。 彼らは去ったのだ。 遥か西の彼方へ。 安らぎの国へ。 ここにあるのは、人間が始めていく歴史の土台のみ。 昔と比べるとどこか遠い空を眺めていると、隣のファラミアが立ち上がって南を振り返った。 「そろそろ引き返しましょう陛下。城門が閉まってしまいます。王陛下といえども門限は守ってもらわねばなりません。」 「ああ。執政殿もな」 頷いて立ち上がった私を見て、ファラミアはどこか意地の悪そうな表情で笑った。 ファラミアは普段はそういうことに煩いのに、極たまに身分も何もないような物言いをしてくるときがある。 そのことが私をとても安心させることに、彼は気づいているだろうか。 私はかつての北の荒野をみた。 厳しく物悲しい大地ではあったが、そこは果たして暗黒であったか。 そこは確かに故郷だった。 幼き日の思い出と、同じ心を持つものがいた。 その地で、心に東からの風が吹くことはなかった。 こんなことを言ったら、やはり貴方は嘆くのだろうか。 ⇒1