指数関数と「ドラえもんの宇宙」  


   真鍋和弘(札幌市篠路高校) 

 藤子不二夫のマンガ「ドラえもん」の中に指数的変化の恐ろしさを教えてくれる「バイバインの巻」というのがあります。そのあらすじは次のようなものです。


 一度で良いから栗饅頭を腹一杯食べたいのび太は、ドラえもんに相談する。ドラえもんは困った顔をしながらも、ポケットから「バイバイン」という薬を取り出して「絶対に食べ残さない」という約束で、栗饅頭に振りかける。
 この薬は5分ごとに個数が二倍に増えていくという不思議な薬であった。最初は喜んで食べていたのび太も、ついに食べきれなくなり、のび太の家は栗饅頭で一杯になってしまう。これに驚いたドラえもんは、栗饅頭を風呂敷に包みロケットにくくりつけて宇宙の彼方へ飛ばしてしまう・・・。

マンガはここで終わっていますが、その後の栗饅頭はどうなってしまうかを数学を使って考えてみましょう。その後の宇宙にとんでもないことが起こってしまうのです。
宇宙を埋め尽くすまでの時間  
宇宙の体積が有限だとして、栗饅頭が宇宙を埋め尽くすまでの時間tを計算してみましょう。栗饅頭1この体積をv=100 cm 3
宇宙の半径R=100億光年の球と仮定します。栗饅頭の個数は
     1,2,4,8,・・・,2 n  ,・・・
と指数的変化をするので、栗饅頭の全体積V(n)は
     V(n )=2 nV
となります。nはとびとびの値をとりますが、連続的変数に拡張すれば、V(n)を指数関数とみることができます。ちょうどn回目の分裂が起こったときに、栗饅頭の体積と宇宙の体積が等しくなったとすると、
       4/3・ πR 3=2 nV
という式が得られます。VとRはわかっており、上の式からnの値がわかるので、埋め尽くすまでの時間tが
     t=5n分
と求まります。光速度を3.0 ×10 10 cm/sとすると半径Rは
       R=10 10× 365× 24× 60× 60× 3.0× 10 10 cm=9.46 × 10 27cm
ですから、宇宙の体積は3.54 ×10 84cm 3 となります。したがって、この値を2 n× 102 cm 3とおくと   
     2 n=3.54 ×10 82
が得られます。これからnを求めるために、両辺の常用対数をとると、次の式になります。
     n log10 2=log 103.54+84
対数表から、 log10 2=0.3010,log 10 3.54=0.5490がわかるので、これからおよそ n=274 となることがわかります。したがって、埋め尽くすまでのおよその時間は
     t=5 ×274 分 =22.8 時間
となることがわかります。予想に反して、なんと一日で宇宙は栗饅頭で一杯になってしまうのです。
 

生徒の疑問
    ある時 、教室でこの話をしたところ、生徒から 「埋め尽くされた後の宇宙はどうなるの?」という質問が出てきました。それにキチンと答えるためには、一般相対論を基礎とする現代宇宙論の知識を必要とします。幸いに筆者は、昔大学で一般相対論を少し勉強したことがあり、何冊かの宇宙論に関する本を買ってきて調べてみました。これから物理学の考えを使って話を進めていきますが、断っておかなければならないことは、栗饅頭が無から生じることは、エネルギー保存則に違反すると言うことです。この部分は架空の話としなければなりません。
 現代宇宙論に依れば、宇宙には果てがないとされています。もし、果てがあったとすれば、その先がどうなっているかを考えなければならなくなり、「宇宙とは全体である」という命題と矛盾してしまうからです。また観測に依れば、今の宇宙は一様に膨張していることが確認されています。宇宙の膨張の速度は、地球からの距離に比例しており、発見者の名前を採って「ハッブルの法則」と言われています。地球が宇宙の中心であるという特別な理由はないので、膨張は宇宙のあらゆる場所で一様に起こっていると考えらています。
   宇宙の膨張を上手く説明する理論として、旧ソ連の物理学者ガモフは、宇宙は100億年前に大爆発を起こしたとするビッグバン理論を提唱しました。この理論に依れば、はるか昔の宇宙は現在よりはるかに高温度、高密度の「火の玉」状態であったとされています。
これを裏づける証拠がペンジャスとウィルソンによる熱輻射の発見です。彼らは宇宙の非常に遠い部分からやってくる電波の観測から,遠い昔の宇宙が放射した熱輻射を見つけたのです。ビックパン理論ほ現在でも有力な理論のひとつです。「ドラえもんの授業」で宇宙の半径を100億光年としたのほ,ビッグバン理論にもとづいています。しかし,宇宙のかたちを単純に球体と考えることはいささか早計です。一般粗対論によれぱ,物質は自分自身の重力により空間を湾曲させ,宇宙のかたちを変えてしまう可能性をもっているからです。
 

宇宙の「かたち」

 

 宇宙の「かたち」

 現代宇宙論はアインシュタインの一般相対論を基礎につくられています。その理由は,大きなスケールで宇宙を支配できる力は重力だけであり.巨視的な重力を記述できる理論は、いまのところ一般相対論だけだからです。

 旧ソ連の数理物理学者フリードマンは.宇宙は等方的かつ均質という条件のもとで一般相対論の基礎方程式を解くことに成功しました。彼が見つけた解はビッグパン理論の標準的モデルとしてよく知られています。フリードマンの解ほ3種類あり.それぞれが異なった宇宙のかたちに対応しています。このうちどの解が正しいのかほ,現在の宇宙の平均密度がわかれば判明するのですが,ながなか難しいのです。
 第1の解は,宇宙の平均密度がある値(臨界密度と呼ばれ約2.0×1029 g/cm)より大きい場合です。このときの宇宙は3次元球面と呼ばれる空間です。体積は有限ですが,果てのない宇宙です。物質の強い重力によって空間がぐるっと曲げられてちょうどゴム風船の表面に似たものになっています。空間の湾曲の度合を示す曲率は正の値をとります。ビッグバンによって膨張を始めた宇宙は,やがて物質の重力によってある時点から収縮を始め,最後にほ再崩壊(ビッグクランチ)をむかえます。

 第2の解は,平均密度が臨界密度より小さい場合です。このときの宇宙は3次元ロバチェフスキー空間(馬の鞍型空間)と呼ばれる負の曲率をもつ空間です。体積が無限で果てのない宇宙です。物質の重力は弱く.字宙の膨張はしだいに緩やかかになっていきますが,永遠に続きます。

 第3の解は,平均密度が臨界密度にちょうど等しい場合です。この宇宙はわれわれがよく知っている3次元ユークリッド空間で,曲率はゼロです。体積が無限で果てのない宇宙です。この宇宙も永遠に膨張が続きます。

 しかしながら,曲率が負やぜ口の宇宙でも体積が有限な宇宙モデルを考えることができることを注意しておきます。フリードマンが解いたのは空間の曲率が従う微分方程式であり,局所的な空間の性質を表す式です。ほんらい空間の体積などは大域的な性質ですから,曲率がゼロでも有限な体積をもつ空間をつくることば可能です。例えぱ,浮き袋の表面のような曲面を数学ではトーラスといいますが,この曲面は曲率がゼロですが有限な表面積をもっています。
 
 

その後の「ドラえもんの宇宙」

 現代字宙論をつかって,ドラえもんの粟饅頭がその後どうなってしまうかを考えてみましょう。体積が無限(曲率がゼロか負)の字宙では,粟饅頭がいくら増えていっても宇宙全体が粟饅頭で一杯になることはありません。ドラえもんの行為は正しかったことになります。しかし宇宙の体積が有限だったら(曲率が正),

先ほど計算したように必ず栗饅頭で宇宙が埋めつくされる時がやってきます。この宇宙には果てがないので,最後の瞬間は何か壁のようなものにぶつかって一杯になるのではなく,突然,まわり全体が粟饅頭によって満たされるように見えるでしょう。想像しにくいので2次元の場合で考えてみると,例えばゴム風舶の表面に次々とマジックインクで粟饅頭の絵をかいていくような感じになるでしょう。

 次に,もう一度宇宙が粟饅頭で満たされるまでの時間を考えてみましょう。今度は空間の曲がりも考慮しなければならないので簡単ではありません。フリードマンの第1の解が表す有限の宇宙は3次元球面でした。この宇宙の体積ほ4/3・πRではなく2πで与えられます。このRは4次元空間からみた3次元球面の半径です。実は現代宇宙論でもRの大きさはよくわかっていないのです。

仮にRの値を前と同様の100億光年とすると,宇宙の体積は前よりも杓8倍大きくなります。バイバインは5分で体積を2倍にしてくれますから,一杯になるまでの時間はあまり変わらず,22.8時間+15分です。

 ここまでの議論で,実は重要なこどを見落としています。それば相対論的効果に関することで,二つの可能性が考えられまず。まず光速度最大の原理です。どんな運動も光速度を越えることはできません。栗饅頭のかたまりが常に球形になるとして,その半径の増大する速さが光速に達するまでの時間を計算してみると.およそ11時間後となります。このときのかたまりの半径は約4億kmです。このとき何らかの力がはたらいて粟饅頭の増大がストップするかもしれません。もう一つの可能性は,粟饅頭の質量の増大によってプラソクホールができてしまうことです。ぶつうブラックホールになる星は,非常に固い中性子量のような星だとされています。軟らかいアンコの詰まった粟饅頭が果たしてどんなブラックホールになるかまったく想像もできません。いずれにしても,たいへん複雑な計算になることだけは間違いないでしょう。
 

「インフレーション宇宙」との類似性

 指数関数的に膨張する「ドラえもんの宇宙」のような宇宙を本当に考えた科学者がいます。日本人の佐藤勝彦(東大教授)とアメリカ人のアラン・グースという二人の宇宙物理学

者です。彼らが指数関数的な宇宙を考えたのは,ガモフのビッグバン理論だけではうまく説明できない事実があるからです。例えぼなぜ宇宙にはこれほど多くの物質(工ネルギー)があるのか?また,宇宙全体はなぜ同じ温度なのか?などです。これらの事実を説明するだめに,ビッグバンの前に宇宙にほ指数関数的に急激に膨張した時期があったはずだと二人は別々に考えたのです。最初に佐藤氏が論文を出し.グース氏がこれに「インフレーション宇宙」という名前をつけました。この膨張は「真空のエネルギー」と呼ばれる特殊な力によって引き起こされ,1秒のわずか何分の1かの間に宇宙の体積が10 100倍になったとされています。「ドラえもんの宇宙」では23時間で10 82 倍でしたから,「インフレーション宇宙」がいかに凄まじいものであったかが想像できるでしょう。そして,そのとき起こった相転移によって膨大なエネルギーが生みだされました。このエネルギーがビッグバンの引き金になったと考えられています。ドラえもんの話が実際の物理学の理論として存在しているというのもたいへん面白いことです。
 

 おわりに,本稿をまとめるにあたり,北海道大学理学部の羽部朝男助教授と東北大学理学部の二間瀬敏史教授には貴重なご指摘をうけました。あらためて深く感謝いたします。
 

[参考図書】

[1]中本正夫「楽しさ二倍ドラえもん」季刊高校の広場3

    労働旬報杜(1992)p.45〜51.

[2]S.W.ホーキング「ホーキング宇宙を語る」

     早川書房(1989).

[3]佐藤勝彦「宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった」

    同文書院(1991).

〔4]二間瀬敏史「だがら宇宙は面白い」平凡社(1993)

     



           前のページに戻る           道数協のペ−ジに戻る           マサルのHPに戻る