加法定理導入の優劣を論ず 補遺 渡邊 勝 立命館慶祥高校・時間講師 2002年1月12、13日 道数協高校サークル総会・新年会・例会 |
問題意識
加法定理を今我々が見ている形で提起したのはレギオモンタヌスであると、F・カジョリなどが書いている。前回提出の拙稿『加法定理導入の優劣を論ず』では、レギオモンタヌスの『三角法全書』には、加法定理が見つからないことを述べた。それでは、何時だれがそれを成したのだろうか。
室蘭工大の山口格先生に、レギオモンタヌスとその後の加法定理の文献をお訊きしたところ
A Source Book in Mathematicsby David Eugene Smith、DOVER PUBLICATIONS
INC. NEW YORK 1959 ;(これを『数学源泉事典』と呼ぶ)を紹介された。
この本を繙いていると、クラヴィウスとピティスクスのProsthaphaeresis「加減法」という章があり、その中で加法定理そのものではなく、その応用として、
cos(A−B)−cos(A+B)=2sinAsinB
即ち
sinAsinB=1/2[cos(A−B)−cos(A+B)]
を用いて、左辺の積を右辺の加法・減法で導く手法が記載されていた。つまり、彼らの問題意識は、乗法を加法・減法で遂行することにあった。これは、ネイピアによる対数の発見前夜の歴史的出来事であった。
クラヴィウスが加法定理を証明している図は、現在我々が目にしている図に近い。以下その要点を書き記すと
∠GED=α、∠MEH=β とする。
△GEK∽△iEL から GE:GK=iE:iL ・・・ @
GEは、半径でこれを1する。GK=sinα、iE=MS=sinβ
@は、1:sinα=sinβ:iL ・・・ A
M,Nは、EGに関して対称とすると、
Mi=iN、MN=2Mi
△MRN∽△MQi
ゆえに、MQ:MR=Mi:MN
すなわち、MQ:MR=1:2 これより、MQ=1/2 MR、したがって、 MQ=QR
Me=PR となるような点eをMP上にとる。
MQ−Me=QR−Me、これより、MQ−Me=QR−PR、すなわち eQ=QP
QP=1/2 eP=1/2(MP−Me)=1/2(MP−PR)、
iL=QP=1/2(MP−PR)・・・ B
ところで、MP=sinMD=sin(MG+GD)=sin(90°−HM+GD)=sin(90°−β+α)
=sin(90°−β−α)=cos(β−α)=cos(α−β)
PR=sinDN=sin(90°−GD−NI)=sin(90°−α−β)=cos(α+β)
Bは、iL=1/2 [cos(α−β)−cos(α+β)]従って、Aは
1:sinα=sinβ:1/2 [cos(α−β)−cos(α+β)]
これより、sinαsinβ=1/2 [cos(α−β)−cos(α+β)]
以上のように、クラヴィウスは、対称、相似、比例式を用いて導いていて、古代の文化の香がするが、半径を1とする単位円を導入していることは、現代的である。
彼が意識したのは、加法定理ではなくて、計算術として、三角関数を利用することであった。従って、cos(α+β)=?、などの意識は無かったように見受けられる。
現代の我々は、簡単に余弦を用いるが、彼は、余角の正弦、または余弧の正弦としている。これも時代的制約か、あるいは、一つの関数表が正弦にも余弦にも両方に使えることで満足していたと思われる。
フロリアン・カジョリ『初等数学史』小倉金之助・井出弥門訳によれば、レギオモンタヌスは、(1436〜1476)ケーニスブルグに住み晩年ローマ教皇に招かれてローマに赴きそこで生涯を閉じた。
レギオモンタヌス生誕百年後に、クリストッフェル・クラヴィウス(1537〜1612)ジェスウィト教の僧侶が出現し、当代随一の数学者と称えられた。ピチスクス(1561〜1613)は、ドイツの牧師で数学者として優れ、三角法の教科書を書いているとある。
上記で紹介した証明は、1593年ローマで出版された、クラヴィウスの著作『アストロラビウム』に記載されているという。(astro星、天文、+labium言語=astrolabium天文用語辞典)
以下は、渡邊が『数学源泉事典』の当該部分PP.455〜462を日本語に翻訳したものである。その際に、原典の誤りを訂正しておいた。
『数学源泉事典』の構成は、ラテン語(または英語以外の言語)から英語に翻訳した著者の解説があって、引用されるべき本文が続き、欄外に著者の注がある。
クラヴィウス と ピチスクス
「加減法」について(渡邊注)
(ラテン語からの訳はニューヨーク市イェシヴァ大学、ジュクティール・ギンスブルグ教授による。)
対数の発見直近時期に、数学者達は、乗除を加減に置き換える「加減法」と呼ばれる方法を用いていた。この方法は、次の公式に基づいていた。
cos(A−B)−cos(A+B)=2sinAsinB
ニコラウス・ライマルス・ウルスス・ディトマルススは、球面三角の解法でこれを使っていた。そこでは、半径、 sinA、sinBに対して第四の比率を求めるために必要であった。クリストファー・クラヴィウス(1537−1612)は、この方法を正割と正接にまで発展させた。実際、彼は、任意の二数の積の求め方をこの方法に依って示した。それは、対数の原理を予期するものであった。
以下訳出の第一引用箇所では、クラヴィウスが、二つの正弦の積が「加減法」方式で求めた方法を示している。これは、ライマルス・ウルススが提示した発見の原質(オリジナル・エセンシャル)を示しているようだ。二要素のそれぞれが半径より小さいときのみ、その半径がある弧の正弦と見なされる、この方式が利用可能である。
第二引用箇所には、クラヴィウスは、一数が半径より大きい数の場合にまで、進展させた方法を示している。
両編は、『アストロラビウム』(ローマ、1593)、一巻、レンマ53にある。
第一引用箇所
例として、(黄道上の)第三宮17°45′の赤緯(1)を求める問題をやってみる。半径対「最大赤緯」(2)は、与えられた黄道点の近くの二分点からの距離の正弦対同じ点の赤緯の正弦に等しい。(3)
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(渡邊注)[ prosthaphaeresisは、OEDによれば、ギリシャ語由来のラテン語で、天文学用語、名詞、 語源は、
προσθε(ν)before+αφαιρεσισsubtraction とある。
しかし、これでは、「前に引くこと」、「前減法」、「先減法」となり、意味不明になる。 The
Pocket Oxford Greek Dictionary(オックスフォード・ギリシャ語辞典)によると、προσθεσισは、名詞でaddition、一方αφαιρεσισは、名詞でtaking
away、subtraction、abstraction とある。したがって、この二つの名詞を合成すると、προσθεσισ+αφαιρεσισ=προσθαφαιρεσισ
これを「加減法」としておいた。]
注(1);赤緯は、天球上の点から赤道までの距離である。(距離はもちろん子午線に沿って測られる。)
17°45′πは、黄道12宮の第三宮の点である。黄道12宮の各宮は30度ずつであり、第一宮は赤道と黄道との交点から始まるので、交点からその点までの距離は、30°+30°+17°45′=77°45′に等しい。 注(2);赤道と黄道で形づくられる角度。[現代的表現では、「黄道傾斜角」(渡邊注)] ここで、「加減法」によると、 余角と小さい方の弧の和;35°45′。その正弦;3842497 余角と小さい方の弧の差;11°15′。その正弦;1950903 正弦の和; 7793400 上の和の半分;3896700。赤緯22°56′(4) 注(3); ABを赤道の弧とする。ACを黄道の弧とする。Aは、最近二分点(春分点か秋分点[渡邊注])−−−即ち赤道と黄道との交点−−−Cが黄道第三宮の点である。二分点からの距離ACは、2宮分+17°45′即ち77°45′である。赤道からC点までの距離CBは、子午線に沿って測られる。CBがABの垂線であり、三角形ABCは、直角球面三角形であることがわかる。そこで、次の式を得る。 sinB:sinA=sinAC:sinCB ここで、 sinB=sin90°=1(半径)、A=23°30′ である。(これは、赤道と黄道との角として知られている。[「黄道傾斜角」(渡邊注)]) sinAC=sin77°45′、であり、CBが計算されるべき弧である。ここで、現代的表記に従えば、 1:sin23°30′=sin77°45′:sinCB となり、「加減法」適応に叶っている。 注(4);説明。クラヴィウスによって証明された定理に従えば、 1:sinA=sinB:1/2[sin(90°−A+B)−sin(90°−A−B)] ここで、A=77°45¢、90°−A=12°15′、B=23°30′; 90°−A+B=23°30′+12°15′=35°45′ 90°−A−B=23°30′−12°15′=11°15′ sin(90°−A+B)とsin(90°−A−B)は、90°−AがBより大きいか小さいかによって、加えられたりまたは、引かれたりされる。ゆえに、求めるべき積は、 sin23°30′×sin77°45′=1/2sin35°45′−1/2sin11°15′ 第二引用箇所 半径と半径より小さい数との比は、半径よりも大きい数と求めるべき数の比に等しいとき、以下のように進める。半径より大きい第三の数は、半径によって割られなければならない。商は、右側で、7個の数字を削除して得られる数である。これらの7個の数字は、余りを成す。ゆえに、比率;半径対少ない数、余り対求める数、は、「加減法」が適用される、もし小さい数と余りの弧が正弦と見なされるとき、表から得られる。 このようにして得られた第四の比率に、上記除法の商と小さい方の数との積が加えられる。(5) 注(5);説明として、クラヴィウスは、3,912,247×11,917,537や、 107:391,247=11,917,535:x、 の第三項11,917,535は107より大きいと見なしている。それを107で割ると、商は1で、余りが1,917,535である。クラヴィウスは、補助比例式、 107:391,247=11,917,535:x、を考えている。 表から、391,247=sin23°2¢、1,917,535=sin11°3¢を見つけている。ここで、比率は、次のようになる。 107:sin23°2′=sin11°3′:x 彼は、以上のように進めて、 107:sin23°2′=sin11°3′:1/2[sin(90°−23°2′+11°3′)−sin(90°−23°2′−11°3′)] これは、次式に等しい。 107:sin23°2′=sin11°3′:1/2[sin78°1′−sin55°55′] これにより、x=749,923 となる。 この結果に、第二項391,247×商1を加える。 ピチスクス「加減法」について(6) 問題1。三項が知られている比例式が与えられる。第一項が半径であり、第二項、第三項が正弦である。乗法、除法を避けて、この比例式を解く。 これらに対応する弧の余角の合計をとると、直角球面三角形を得る。球面三角形の第四の例に適応していて、「加減法」のみで解くことができる。 例えば、次の比例式が与えられたとする。 半径AE:sinEF=sinAE:sinBC 第二項、第三項中の弧AE、弧EFに対する余弧ED、余弧BEを求めると、三角形BEDを得る。この三角形はEが直角である。求めるべき弧BCは、辺DBの余弧である。球面三角についての第四公理によって、乗除なしにこれを求めることができる。 辺AB=42°とし、EF=48°25′とすれば、BE=48°、DE=41°35′ であり、以下のように算出する。 DE=41°35′ =41°35′ BE=48°:余角;42° 和89°35′83°35′sin 9937354 差0°25′ sin 72721 和 10010075 半分5005037 これが、求めるべき弧BCの正弦なので、BC=36°2′となる。 クラヴィウス 三角法に応用される「加減法」について (ラテン語からの訳は、ニューヨーク市、イェシヴァ大学、ジェクティール・ギンスブルグ教授による) 次の引用部分は、クリストファ・クラヴィウス『アストロラビウム』(ローマ、1593)pp.179〜180.この本には、次ぎの式の証明がある。 cos(A−B)−cos(A+B)=2sinAsinB クラヴィウスは、次の場合に分けて考察している。 1) A+B=90° 2) A+B<90° 3) A+B>90° 第一の場合は、次のようになる。 sin2A=2sinAcosA クラヴィウスは、この定理発見の名誉を、ニコラウス・ライマルス・ウルスス・ディトマルススに与えている。しかし、A・ブラオウンミュール『三角法歴史講義』p.173に依れば、後者は二つの場合、即ち第二、第三の場合しか証明していないという。いずれにせよ、クラヴィウスは、定理と証明を完全な形で公にした最初の人物である。 彼の注によれば、クラヴィウスは、「加減法」の導入として、この定理を用いていた。この直ぐ後、ネイピアによる対数の発見があるが、この定理は、ライマルス・ウルススや、ビュルギ、クラヴィウスなどの数学者によって、乗除を加減に置き換えるために用いられていた。対数の理論と、それが発明でなくても、研究主題の関係は明らかである。訳は以下。 補助定理LTTT−−−三、四年前、ニコラウス・ライマルス・ウルスス・ディトマルススは、一冊のリーフレットを出版した。その中で、「加減法」だけで(1)多くの球面三角形を解く巧妙な工夫を示している。しかし、比例式の中で、正弦が役割を担い、半径が第一の位置にあるときのみ、この方法は使用可能である。ここでは、より一般的な定理を作ろうと思う。それゆえに、正弦に対してばかりでなく、正接、余接、余弦や他の数に対しても、また半径が第一位置に来なければならないということでなくても、その定理は有効である。たとえ、半径が始めにあろうと、お終いにあろうとも、真ん中にあろうとも、それが全然なくても、その定理が有効である。これらの事柄は、斬新で、喜びと満足に満ちている。 定理。−−−半径対任意の弧の正弦は、他の任意の弧の正弦対これら二つの弧から成る量であり、その量は「加減法」を得るように形成される。小さい方の数が、大きい方の数の余角に加えられ、合計の正弦が求められる。(2) ゆえに、 1.もし、小さい方が大きい方の余角に等しいとき、即ち、二つの弧が共に四分円に等しいとき、計算された正弦の半分が比例式の求めるべき第四項になる。(3) 2.しかし、もし小さい方が大きい方の余角より小さかったら(それは、二つの弧の合計が四分円よりも小さいときにおこるが)小さい弧は大きい方の余角から減ぜられ、それによって加えられる以前の弧間の差を得る。この差の正弦は(4)、以前に求めた正弦から減ぜられる。差の半分が求めるべき比例式の第四項になる。(5) 3.しかし、もし小さい方の弧が大きい方の余角より大きければ、(そういうことは、二つの弧の合計が四分円よりも大きいとき)大きい方の余角が、小さい方から減ぜられる。その結果、以前に足した二弧の差を得る。合計の半分が比例式の中で求めるべき第四項である。(6) これは、上記著者の定理であり、以下の方法で証明される。 第一の図で、EGは、半径である。さらに、 EG:GK(弧GDの正弦)=Ei(弧ID、HMの正弦):iL(問題の正弦) 小さい弧GDは、大きい方の弧IDの余弧であり(あるいは、もしGDが大きい方の弧でありIDが小さい方ならば、ID=DIにより、IDは大きい方の弧GDの余弧であるが)、求めるべき比例式第四項は、PQである。それは、弧MDの正弦MPの半分に等しい。弧MDは弧DGとGMから成り、弧HMの余弧である。 第二、第三の図で、EGは半径で、 EG:GK(弧GDの正弦)=Ei(弧IN、HMの正弦):iL(問題の正弦) 第二図中の弧GDは、弧INの余弧GNより小さいので、(もし偶然に、GDが大きくて、INが小さいとき、INが弧GDの余弧よりも小さくなるので)、求める正弦PQ(即ち比例式第四項)は、以下のように求める。 差DNの正弦RP(Meに等しい)は、MPから引かれ、その結果が、弧DGと弧HMの余弧GMから成る弧MDの正弦である。線分PQは、Peの半分になる。丁度QRがMRの半分であるのと同じである。(7) もし、仮にGDが大きく、INが小さいなら、ともかくMPが弧MBの正弦になる。弧MBは、弧MHと弧GDの余弧HBから成る。 第三図において、INがGDの余弧IDより大きいので、(または、もし仮に、GDが小さく、INが大きいとき、GEが弧INの余弧GNをこえるであろうが)、求めるべき比例式第四項は、差NDの正弦RPを加えて得られる。即ちMe=RPをMPに加える。MPは、弧MBの正弦である。弧MBは弧HMと弧HBからなる。線分PQは、線分ePの半分であり(なぜならQR=1/2MR)、求める線分iLに等しい。 もし、仮に、弧GDが小さく、弧INが大きければ、MPは、ともかく弧MDの正弦になる。弧MDは、弧GDと弧HMの余弧GMから成る。 注(1) 178頁でクラヴィウスは、「加減法」を加法と減法のみが用いられる方法として定義している。注(2) もし弧がAとBであるならば、その操作は、sin(90°−B+A)をとる事と同値である。 注(3) これは、現代的表記では、 1:sinA=sinB:1/2
sin(90°−B+A) または、 1:sin(90°−B)=sinB:1/2
sin(90°−B+90°−B) 簡単にして 1:cosB=sinB:1/2
sin2B 即ち sin2B=2sinBcosB 注(4) 即ち、sin(90°−A−B) 注(5)その比例式は、次の形である。 1:sinA=sinB:1/2[sin(90°−A+B)−sin(90°−A−B) これは、次の式と同値である。 1:sinA=sinB:1/2[cos(A−B)−cos(A+B) 注(6) 現代的表記では、もしB>90°−A(即ち A+B>90°)ならば、減法のやり方を変える。 (90°−A)−Bの代わりに、B−(90°−A)とする。 注(7) 現代的記法では、 MP=sinMD=sin(DG+GM)=sin(DG+90°−HM)=cos(DG−HM) さらに、△MiQ∽△MNR から Mi=1/2 MN、ゆえにQR=1/2 MR