サボテン今昔6 日本サボテン史を彩った人々

A 明治のカタログ Part1
明治のカタログ表紙明治末年のカタログ  
 今から92年前の明治45年(1912)に発行されたサボテンのカタログがある。
 「仙人掌特科植物要覧」という。発行所は東京三田育種場。内容はカクタス162種、多肉植物58種、斑もの42種の合計262種、図版78枚、全28ページの堂々たるものである。  
 このカタログが何部発行されたか知る由もないが、昭和初期から10年代の前半にかけてサボテン熱が高まっていたころには、既にほとんど散逸して珍本の部類に人っていたらしい。
 昭和10年(1935)「サボテンと多肉植物」という雑誌に、羽田芳正という人が詳細な解説つきで紹介記事を書いているが、その中で同氏は“丁度今から25年前のカタログだ。見て行くとなかなか面白い。自分独りでこの時代の事を想像する快味を世の同好受仙家に分ちたいと考えて…”と言っておられる。  
 この記事からさらに20年、原本はもとより、羽田氏の記述さえ幻となってしまった昭和31年(1956)、奥一さんが「明治さぼてんカタログ」という本を自費出版され、この書の中でこのカタログをモノクロ写真で完全に復元された。私がこの珍本に接したのはもちろんこの時である。
 「明治さぼてんカタログ」はガリ版刷り84ページであるが、古文訳の勉強では他の追随を許さない奥先生のことであるから、天保年間(1830年代)のことにまで触れているし、明治に入ってからの詳細な記述は感嘆するばかりである。一読をお奨めしたい、といいたいところだが、発行部数は限定25部、簡単に見るわけには行かない稀覯本なのである。
 「日本サボテン史」(日本カクタス専門家連盟1990年)P.55〜P.63に一部を抄録してあるのでご覧いただきたい。  
 と言うわけで、奥先生のおかげでわれわれの世界に残された貴重な資料を紹介しようと思う。一端を知っていただくために今回は2ページ分のコピー(画像クリックで画面拡大)をご覧に入れる。カタログ2頁
 図版つきの種類も、そうでないものもすべて価格と説明つきである。その説明文が名文というか奇文というか、拡大鏡を使って細かい文字を読んでいただければお分かりと思うが、数種を紹介する。(便宜上、旧漢字を常用漢字に直す。)

日の出丸
日の出丸写真








本種は縦綾扁円の宝玉形にして肥満せる円峰各面より細大二様の強制を相発して一は幅広く最も長大に発育して長さ一寸五分以上に達し、他はやや細短く四方に開き鋭威を示せり。而して刺先剃刀の如く尖がり全利紫赤色を帯び其の獰猛なること右図の如く恰かも狂竜の歯牙に酷似して心謄を寒からしむ。一般の状態日光を発したる奇観あるを以て日の出丸の名を付せらるる珍種なり。
岩ボタン岩牡丹 
 
本種は変化極度に達する天下一品の珍種にして体形恰かも花状の如く綴化し菱形三角の離稜数十を集め一体を成し砂目地の皮面全部に唐獅子模様の奇なる突起物を現出す。而してその突起物の斑点は極めて緻密鮮明にして如何なる名工と雖も此の天然自然の妙致を技作し能わざるべし。而して離稜は頗る多肉豊富にして不整一に付着集合し其の状殆んど八重咲の牡丹花に酷似し皮面皺縮して古代の青銅色を帯び体形色沢共に岩石の如きを以て此の名あり。晩秋に至れば其の頭部中央より最も奇快模様の美花一輪を開き花形鐘状を為し内部は糸よりも細き数千の異弁を充満湧出し尚ほ、且つ中央より金色燦然たる開堂形の怪蕊を突出する等、奇美云うべからざる珍品なり。

宝卵 
 
倒卵形楕円状の宝玉形にして其の状恰かも宝卵の如き奇態を呈し全体無毛滑沢一種の美光を添え淡き茶褐色の皮面に濃暗色の奇点を撒布し煌輝燦として四辺に輝き奇美絶到の珍種なり。而して頭部の一方に裂け目を生じ成長するに随って其の中央部より壌裂を始め、第二の小卵球を発生し且つ頂部に至り極めて細弁なる金色の奇花を簇開する等、仙人掌中其の変化極度に達する珍種なり。
千代田錦
虎絵巻 
 
本種は三方形豊肉の奇条重畳して一体を成し根部太く矢羽状に相懐き全面無毛滑沢にして帯黄緑色の外皮に銀光鮮明なる虎斑条の横紋を規則正しく現出し尚ほ、両端に白色の覆輪を呈する等頗る虎に縁近き稀世の珍品にして現代極めて流行の珍種也。(註・千代田錦の事)

花冠(はなかんむり)
花冠大和姫
 内外共に銀茶色を帯びたる唐草模様を有する肉厚き尖錐状の宝葉数十個を集め一体を成し殆んど蓮花状に発育する新珍種にして宝葉の発源部殊に巾広く頭端尖り外部の蓮片四方に発開し其の状恰かも花冠の如き奇観を呈し極めて多趣美麗且つ蓮片最も硬く体皮古代色に銀茶色の綱形を模様したる奇品は仙人掌多しと雖も此の種の右に出ずる珍品未だ海外にも発見せられざる新来の貴品なり。(註・何だと思いますか?エケベリアの大和錦です)  
 
 奥先生は書いている。“解説が45年間の空間を超越して今日のカタログと大して違いのないことを発見されるであろう。”言われる通り、戦前と戦後しばらくの間に私が目にした多くのサボテンカタログはこの傾向(最上級の形容で植物を美化する)が強かった。        (Part2に続く)

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