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  Essay



T A X I
今日、交差点で人相を見る人に声をかけられた。
私はよく、人相とか手相の勉強をしている人に呼び止められる。「額から、とてもよい光がでています」などと言われたこともあった。私はレーザービーム女か!?

同じように、タクシーに乗っても何故か運転手が話しかける。
大抵私の気分とかけ離れたことを言われる・・・この人に声をかけようか、運転手はどうやって決めるのだろう?

この間は自己破産した人だった。
四谷でタクシーをひろったら、頼みもしないのに喋りはじめた。
”今日は2時間流しても全然お客さんがいなくて、*から*まで空車で走っちゃったんですよ。ほんとは休みをとって、写真を撮りにいこうと思ってたんですけど、天気予報で雨だというから出勤に切り替えたのに、この晴天です。私、こんな仕事につく前は事業をやっていましてね、クルーザーに乗ったり、年代物のカメラを集めたり、贅沢三昧したものです。妻名義のアパートがあったので、住まいだけは失わずにすみ、隠れるように暮らしているんです。こっそり手元に残したカメラで、休みの日に写真をとりに出かけるのが、唯一の楽しみで・・・”

私はクリニックからの帰りで、医者の見立てを心の中で整理しようと思っていたのに、人の身の上話に付き合わされる羽目になった。
”いろいろありますね・・”という相槌で、少しは今日が良い日だと思ってくれただろうか。

もうひとつ。
家の近くから某大学病院まで乗ったときのこと。

”私、以前この病院の前でお客さんを乗せたんですよ。夜中で、1時をまわってましたかね、これを最後にして帰ろうという時でした。そのお客さんは、病院の霊安室に勤めているとかで、あと少しで定年だなんて話をしたんですけど、その人がまた幽霊みたいに生気のない顔で。私、何だかぞっとしちゃって、それからは夜中にこの病院の前は通らないことにしてるんです”

何を隠そう、私はこの病院の見舞客ではなく、自分が患者なのだった。今は通院治療だが、少し前に手術のため入院もした。
同室に親切な方がいらして、新入りの私に色々教えてくれた。この階段を使ったほうが診察室への近道になるとか、表札がないけれどこの扉の奥は霊安室なのだとか・・・

まかり間違えば、私はそのお客さんのお世話になったかもしれない。
そうなれば今タクシーに乗っている自分は幽霊という訳だ。
真顔で話している運転手には悪いけど、ちょっとおかしかった。

東京に何万台のタクシーがあるかは知らないが、たまたま乗り合わせたのも何かの縁だろう。最近は、タクシーで考え事をするのはあきらめている。


                      



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