「殉愛」について(おまけ)ノンフィクションの著作権

 

 

 

 黒字が百田尚樹「殉愛」(幻冬舎、2014)からの引用。

 

 

 「殉愛」とは直接関係がないが、百田尚樹さんの著書「日本国紀」(幻冬舎、2018)が今、話題となっている。

ノンフィクションの著作権の問題については、以前考えたことがある。

 

 

盗作事件史から考える佐野眞一の盗作疑惑事件

2013年6月8日 栗原 裕一郎

 

最近の例としては、二〇〇八年に、松沢成文前神奈川県知事の著作『破天荒力 箱根に命を吹き込んだ「奇妙人」たち』(講談社、二〇〇七年)に対して著作権侵害などの訴訟が起こされた事件があった。原告はノンフィクション作家の山口由美で、『破天荒力』は自著『箱根富士屋ホテル物語』(トラベルジャーナル、二〇〇二年)に依拠しており、複製・翻案にあたる箇所があると訴えたもので、山口は四十数箇所の侵害を主張したが、一審でほとんど退けられ、一箇所二行の侵害が認められたに留まった。比較しておこう。

 

「彼は、富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない」(『破天荒力』)

「正造が結婚したのは最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない」(『富士屋ホテル物語』)

 

一審はここを「実質的に同一の表現である」としたわけだが、しかし控訴審で「表現上の創作性がない部分で共通点があるにすぎない」と逆転し、最高裁でも棄却されて、二〇一〇年十月、山口の敗訴が確定した。

 

つまり、この箇所で類似しているのは歴史的事実にすぎず、表現ではないと判決されたということである。

 

この『富士屋ホテル物語』事件に限らず、著作権法に照らして侵害と認められた例というのは、ノンフィクションも含めた文芸の裁判においては知る限り一例もない。剽窃はなはだしいといわれた山崎豊子『大地の子』の裁判でさえ山崎の全面勝訴で終わっている。著作権侵害に対する司法判断のハードルは相当に高いのである。

 

 

「たった2行で販売差し止めは酷」「『結婚したようなもの』はありふれた表現」

一審判決を報じたニュースだけを読んで語られた感想がインターネット上には見られた。

 

しかし「破天荒力」「箱根富士屋ホテル物語」を実際に読み比べると、印象は変わる。「依拠」は間違いがなく、その2行はうっかりそこだけ特徴的な表現を残してしまったアキレス腱のようなものではないか。

わたしは格闘技史の研究の過程でたまたまこの裁判に行き当たり、調べたことをまとめた。

ノンフィクションの著作権(または20世紀初頭の海外への柔術の普及)にご興味のある方は読んでみてほしい。

 

富士屋ホテル社長・山口正造の柔術家時代

http://www7a.biglobe.ne.jp/~wwd/PW120820/

 

なお、関連図書や判決文からの引用個所の選択はわたしの興味に応じたもので、そこだけが似ているわけではない。

 

 

(以下はわたしのホームページより引用)

 

C ノンフィクションの著作権(1)

http://www7a.biglobe.ne.jp/~wwd/PW120824/

 

表現を変える。

事実又は思想の選択及び配列を(少しでも)変える(減らす)。

これだけで、ノンフィクションが先行作品に対する著作権侵害に問われない。

ということのようです。

上記判決文では、「@ABCDEF」が「@ABCDFE」となっているので配列が異なっている、と言い切っています(EとFが入れ替わっているだけです)。

 

 

しかしこれでは、ノンフィクションはパクリ放題ではないだろうか。

「破天荒力」裁判は著作権法の解釈以前に証拠の取り扱いがずさんで、あらゆる意味で判例になってほしくないと思っている。

 

(以下も引用)

 

E ノンフィクションの著作権(2)

http://www7a.biglobe.ne.jp/~wwd/PW120826/

 

事実、事実と簡単に言いますが、山口由美さんが見つけ出すまで、それらは人知れず埋もれていたのであり、見つかった資料にも相互に食い違いがあって、確定したものではなく、その中から素材を取捨選択し、配列して記述することについて、判決文で裁判官は誰がやっても同じ結果になるかのように言っていますが、そんなに単純なものではないでしょう。量的にも、例えば「懐想録」だけをとってみても、選択されなかったエピソードは沢山あります。例えばフランスやスコットランドでの体験は、正造の活動の広範囲さを示すものであり、世界中からお客を呼ぶホテルの経営に資するところもあったのではないかとも思われ、取り上げられてもおかしくなかったと思います。

 

(終わり)

 

 

 

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