言葉の力

2012.9.22 言葉だけで伝える難しさ


 先日「論文の書き方」セミナーを行った。毎年実施するセミナーであり、使用教材はスライドに表示するパワーポイントデータを印刷したテキストである。しかし、事務局から「今年は目の不自由な受講者Aさんが参加しますのでスライド上の図表も出来るだけ言葉で説明して欲しい」と要請があった。すなわち、話す言葉だけで理解出来るようにして欲しいということである。私に与えられたテーマは、「健常者の受講者に加え、耳で聴くことだけで理解する受講者にも満足のいくセミナーにすること」である。

 スライドを見て説明することを前提としたこれまでのレクチャーを変える必要がある。そこで、教材は変更せずに説明の仕方を工夫することにした。難しいのは図表のあるスライドの説明である。これまではスライド上の図表は説明する必要がなく論点に関係する部分だけを説明すれば良かったが、今回は図表そのものの説明が必要となる。例えば、表であれば先ず枠組みを説明する必要がある。今回は枠の説明を次のようにした。縦方向に3つの枠、横方向に2つの枠がある。枠の意味は、縦方向の左からA、B、C。横方向の上からX、Yを示す。しかし、全体のセミナー時間は従来と同じ長さなので、説明内容を厳選し論点にあまり関係しない部分をカットするなどの工夫が必要であった。

 言葉だけで伝える事の難しい例として、地図の説明がある。例えば、電話で目的地を説明するのに苦労したことを経験されていると思う。文章作成演習に地図に示された目的地までの道順を文章だけで表現するというものがあるが、難しい。

 もう一つ課題があった。それは、演習結果を鉛筆で書いて貰えないと言うことである。Aさんから口頭で説明をして貰い確認する方法を採った。驚いたことに、かなりの情報量をスラスラと説明する。健常者なら書いたものを見ないと説明できない量である。


 セミナー修了後、Aさんの感想から「よく分かった」という言葉を聞いてホットしたが、内心不安なところもある。このセミナーの目的は、論文を作成し応募して貰う事にある。Aさんからは、応募するという返事をもらったので、応募された論文から今回のセミナー内容の正確な理解度が測れると期待している。

 今回のセミナーでの教訓は、どんな状況でも言葉で説明するのが一番確実な方法であると言うことである。図表は勿論必要だが、図表はあくまで論述文章を補完するものであり、図表だけでは正しく伝える事は出来ないと思う。


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2011.12.7 説得力



 2011年11月27日大阪市長選挙と大阪府知事選挙のW選挙が行われ、「大阪維新の会」の橋下徹氏と松井一郎氏が当選した。しかも、橋下氏は75万票を獲得、民主・自民・共産が支持した現職の平松氏の52万票に大差を付けての当選である。何が、この結果を導いたのか。TV報道により映し出される選挙演説の映像から、私自身、平松氏より橋下氏の演説が心に響いた。橋下氏の演説は、誠に説得力のある演説であった。

 説得力とは、「相手を納得させる力。その力のある話し方や論理の展開のしかた」(大辞林)である。”説得”という漢字は、”得(手に入れたいもの)”を”説(言葉でときほぐす)”と言う意味である。何を”得”と思うか、人によって異なる。橋下氏の演説は、集まった聴衆層によって話し方が違う、ビジネス街のサラリーマンに対して、繁華街の若者に対して、住宅街の主婦に対して、それぞれの求める”得”を、それぞれの層に分かる言葉で話(論理展開)している。 

 しかし、演説だけではこれだけの結果にはならない。話し方が上手なだけでは、人はついて行かない。今回の選挙では、言葉による訴えを裏付ける行動力があったから、大阪市民は納得し1票を投じたのである。橋下氏の行動力への期待は、投票率にも表れている。今回の市長選の投票率60.92%は、過去5回の投票率30%~44%(平均35%)を大きく上回っている。無党派層、政治に関心の無かった若者層をも動かしたのだろう。まさに大阪市民は、今の大阪の閉塞状態を脱却してくれるのはこの人であると意志表示したのである。説得力とは、言葉の力と行動力の両方の力があって発揮されるのである。

 さらに、それぞれが求める”得”の価値が高いことが必要である。人は、納得してもその価値が低ければ行動しない。「なるほど(納得)、いいな(共感)」この2つが必要である。しかし、人により”得”、即ち手に入れたいものは異なる。橋下氏は、大阪市民の各層に共通した”得”を掲げ、かつその実現性をこれまでの実績で示したのであろう。


 
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内容
言葉の力(1)
言葉の力(2)
言葉の解釈
説得力
言葉だけで伝える難しさ
お品書きの効能
2013.3.5
お品書きの効能


 
もう古い話になりますが「料理の鉄人」というテレビ番組がありました。1993年から6年間続いた人気番組で、私も金曜の夜11時からの番組が楽しみでした。主催者である「美食アカデミー」が誇る4人の鉄人シェフと料理に夢を馳せる挑戦者が腕を競うものです。最近似た番組を見ながら思い出したことです。

その中で、和の鉄人シェフ道場六三郎さんが、料理を始める前に必ず創る料理の「お品書き」を書いていました。筆で、巻き紙を広げ、達筆です。我々は、「お品書き」を見て料理をイメージしました。両陣営には、鉄人シェフの他に2、3名のアシスタントがつきます。まさに、1時間の料理の格闘技です。与えられた食材をもとに、限られた陣容で最大限の効果を生み出す戦いです。

このとき、道場さんは「お品書き」を、我々に対して書いただけではなく、アシスタントに対しても書いたのだと思います。目標を共有し、達成するレベルを示したプロジェクト企画書です。プロジェクトメンバーへの仕事の割り振り、段取りを示したのです。こうして8割4分という鉄人シェフの中で最高の勝率を為し得たのではないでしょうか。

  道場さんの話しでは、「献立の中に、少なくとも1品は皆さんにも真似できそうな料理を組んだ」とのこと。鉄人シェフであると同時に、料理を身近なものとして親しみのある番組にした、名プロデューサであると思います。
 「お品書き」は、発信者の思いが凝縮された文書です。そして、見る人の立場に応じて、それぞれ違った意味の情報を発信していたのです。



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2010.1.1 言葉の力(1)


  「努力すれば出来るように産んである!」

 この言葉は、最近聞いた最も心にずっしりときた言葉です

母親が子供に言った言葉です。

 これを「つれづれエッセイ」に書こうと思い、心に何が浮かんでくるかと待っていましたが、出ません。

 母親にしか言えない言葉、子はこの言葉にどう感じたことでしょう。私も、ただただ、勇気づけられるやら、慰められるやら、とにかく頑張ろうと言うことしかでません。


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Cultivation & Communication

Essay  言葉の力

2010.3.2 言葉の解釈


 ある小学校での話。氷が溶けるとどうなりりますか?
という先生の問いに、ほとんどの生徒が「水になります」と答えた。ただ一人、「春がきます」と答えた生徒がいた。これは、先日NHKのラジオ放送で聴いた話です。 
 人は、言葉をどう解釈しているのでしょうか。考えさせられた場面です。そこで、人が、言葉を解釈するというプロセスを私なりに整理してみました。

 視覚や聴覚を通して入力された情報は、脳のワーキングメモリに一時記憶されます。そして、解釈に必要な知識が記憶(長期記憶庫)から取り出されます。取り出された知識で解釈が出来なければ、更に他の知識を探し取り出します。そして、解釈が出来れば「理解できた」ということ、解釈が出来なければ「理解できない」ということになります。ここでのポイントは、その人が持っている知識でしか解釈が出来ないということです。

 解釈には、もう一つの要素が関係してきます。それは、解釈の方向です。情報が入力されたときの脳の状況が、その情報の解釈の方向を決めるということです。上記の話は、理科の時間での会話です。ほとんどの生徒は、先生の話の流れ「物質の変化」という状況で解釈したのです。しかし、一人の生徒は、先生の話の流れとは別の状況「例えば、北国生まれであれば、雪や氷が溶ければ暖かい春がやってくる。待ち遠しいな。という気持ち」で解釈すれば、「春がきます」という解釈になるのです。

 この話は、「人は、必ずしも自分と同じ状況で解釈しているのではない」と言うことを教えてくれました。こちらの言っていることに、想定外の答えが返ってきても、なぜその答えが返ってきたのか、相手の状況を考える余裕を持ちたいと思います。


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2011.1.1 言葉の力(2)


 2010年大晦日の朝8時半、NHKの番組で紹介された99歳の女性の詩に感動した。「貯金」というタイトルの次の詩である。

「私ね 人から やさしさを貰ったら 
     心に貯金しておくの
    さびしくなった時は 
     それを引き出して 元気になる
    あなたも 今から積んでおきなさい
     年金より いいわよ」   

   
『くじけないで』著者:柴田トヨ 飛鳥新社  

 柴田トヨさんは、夫の死後90歳から詩を書き始め、今年詩集を発行した。たちまちベストセラーにもなった。彼女の言葉に多くの人が共感を覚え、また多くの人が勇気を貰ったのであろう。息子さんの薦めで詩を書くようになったというが、その言葉は、彼女が十代から奉公にだされ、裁縫、旅館の仲居など並々ならぬ苦労の結果刻まれてきた生きる知恵が吹き出ているのではないかと思う。深層にあるその思いが、99歳の今、一人暮らしの日々のなにげない出来事を切っ掛けに、詩という形で吹き出してきたのではないかと思う。

 詩を書く行為は、今と古き時のご自身との会話をしているように感じられる。脳の中で創られた言葉は、それを発するとそれは自分自身に伝わり、また新たな共感や勇気につながる。ご自身がくじけそうになったとき、それを乗り越えた若き自分の声を聞いているのであろう。自分が発した言葉であれ、それを聴く自分がいるのである。そこから、また新たな展開が始まる。言葉を発すると言うことは、不思議な力を発揮するものである。

 ”やさしさを貯金する”、なんという良い言葉だろう。私が2010年最も感動した言葉である。2011年、新しい歳の始まり、今年から”やさしさの貯金”をはじめたいと思う。 


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