第1回 臨床医学総論とは トップへ戻る 第3回 問診(医療面接)

第2回 診断学総論
 □ 診察から治療までの流れ
 □ 診察の一般的心得
 □ 関連用語の理解
 □ 診察法の種類と順序


 それでは、今回から授業の内容に入りたいと思います。今日は最初の第1章 診断学総論、ここはとても短い章で、この時間で終わってしまいます。


  □ 診察から治療までの流れ


 医療行為の目的は治療を行って、患者さんの異常を取り除くことにあります。そして適切な治療を行うためには、正確な診断を行う必要があります。さらに診断を的確に行うために、診察を行って患者さんの抱えている異常を把握しなければなりません。
 このように、医師が診断の目的で行う行為を「診察」といいます。そして、診察の内容は、問診(医療面接)、身体診察、臨床検査、画像診断等があります。これら全てを含めて診察という場合もありますが、「身体診察」を指して診察ということもあります。身体診察というのは視診、聴診、打診、触診などの技法を用いて患者さんの異常所見をチェックすることです。視診は医師の視覚機能を用いる診察です。聴診は患者さんの身体から発する音を観察する方法。打診は患者さんの身体を軽く叩打して、その時の音や振動で所見を確認する方法です。触診は直接触れて確認する診察法です。これらを、簡単な診察器具を用いて行うことを身体診察といいます。これからこの授業で詳しく学んでいく内容です。

 得られた診察所見(問診や臨床検査等を含む)から患者さんの異常状態・病名を判断することを「診断」といいます。病名を判断するにあたって、その患者さんの生活環境や内面的特性等から、病気の背景や原因、そこから考えられる経過や予後なども診断に含まれます。つまり、単に病名を決定するのが診断というわけではないということです。
 検査の結果が出るのに時間がかかる場合など、その場で十分な情報が揃わない時は正確な診断を下すのが難しくなります。そういう時は暫定的な診断を下して、情報が得られてから修正することもあるようです。

 診断という用語にちなんで、いくつかの言葉を紹介しておきます。紹介する言葉は、これから臨床医学を学んでいく上で、よく用いられる言葉です。
 まず「画像診断」です。これはX腺撮影・CT・MRI・超音波断層などの画像を使った診断法です。画像を見て診断を行うことですね。画像がX線しかなかった頃は、「X線診断」と呼んでいましたが、最近は色々な原理を応用した画像が登場して、それらを総称した呼び方として「画像診断」と呼ばれるようになりました。
 次は、「鑑別診断」です。これは概念としてはそれほど難しくはないのですが、それを言葉で説明しようとすると難しいですねぇ。例えば、「下肢にしびれがある。」と訴える患者さんがやってきたとします。でも下肢にしびれを来す疾患はいっぱいありますよね。それで問診や身体診察などを行って病態を把握し、しびれを来した疾患を診断しようとします。しかし、「しびれ感」のように、臨床症状が紛らわしかったりすると、疾患を特定するのに困難な場合が多々あります。そういった場合、正確に診断を下すために、他の疾患と識別する必要があります。識別する方法としては、何か特別な検査をしたり、症状の経過や有病率等の情報から判断します。このように、紛らわしい疾患を除外しつつ、正しい診断を下す作業のことを鑑別診断といいます。よく専門書を読んでいると「鑑別診断にはMRIが必要である。」などと書かれている場合があります。診断する際に、比較的容易に診断がつく場合もありますが、あらゆる可能性を考えると、診断が難しくなる場合があります。そんな時は鑑別診断が必要ですね。
 そして「高位診断」です。脊髄レベル診断といったりもします。脊髄の障害が疑われる時に、どの高さ(レベル)で障害が起こっているのかを診断することです。知覚検査、筋力検査、反射検査等で行われます。障害された高さによって、これらの検査所見に違いがでてきます。詳しくは「診察法」後半の、「神経学的検査法」で学習しますが、「あはき師」は患者さんのレントゲンやMRIを見ることのできる機会は非常に少ないので、画像によらない高位診断の概念は重要です。

 診断が行われた後は、その診断に従って治療が行われます。

 以上が診察から治療までの大まかな流れと関連用語の紹介でした。



 □ 診察の一般的心得


 診察の一般的心得について触れておきます。各診察法における留意事項についてはそれぞれの診察法の始めにお話しますが、ここでは診察全般にわたって心得ておくべき事項について簡単にお話しします。

 まず1つ目は、「患者が信頼感を寄せることのできる人間関係の成立を目指すこと」です。これは患者さんをよく理解して、心理的背景にも十分に心を配ったり、理解しやすい言葉を使って、人間的温かみを持って接することが重要だということです。その根底には、病気そのものではなく病に苦しむ人と接していること…、全人的医療ですね。また、患者さんに対して説明し、理解して納得した上で自由意志の元に同意する…、つまりインフォームド・コンセントですね。これらの倫理的な考えが前提にあります。つまり、医業に関する知識や技術だけでなく、医療倫理的な考えを踏まえ、その上で患者さんとの信頼関係を築いていきましょうということです。

 2つ目に、「清潔保持」が挙がっています。服装や手指・爪などは常に清潔に保つ。また、診療に扱う器具類についても滅菌処理や消毒などを行います。爪については短くしておくことも重要です。触診の際に患者さんに余計な刺激を与えて正確な所見が得られなかったりとか…。と、この辺りの話は感染防止とか信頼関係の成立に拘わったりとか、理由付けは色々あると思いますが、専門的な滅菌や消毒等を除いて、服装や爪の処理等については診察だからというより、それ以前に基本的生活習慣をちゃんと身につけましょうという事になろうかと思います。



 □ 関連用語の理解


 診察・診療の際によく用いられる言葉について解説しておきます。ここで解説する言葉以外にもたくさんあります。他のものについては授業を進めていく中でその都度説明していきます。

 まず、「予後」です。これは、ある疾患の予想される経過と、終末状態のことをいいます。完全に治るものであると予想されれば、「予後良好」。そうでなければ「予後不良」という事になります。よく耳にする言葉です。ずいぶん前ですが、医学書を読んでいたら「予後は必ずしも悪くない。」というような表現があって、良いのか悪いのか悩んだ事がありました。今でも悩んでしまいますが微妙な表現ですよね。実際、予測が難しい場合はたくさんあるんだと思います。あと僕が覚えている表現としては、「○○(何かの重篤な症状)がない限り予後良好である。」というのがありました。

 次に、「転帰」です。これは、疾患の治療の経過中、および終了したときの患者の状態をいいます。治癒、軽快、不変、死亡などがあります。「死の転帰をとる」といったりします。予後と紛らわしいですね。予後は予想・推測するときに用いる言葉で、転帰は実際にどうなったのかを示す言葉という風に理解してよいと思います。

 3つ目は「自覚症状」です。これは患者さんが自覚的に感じて訴える身体的・精神的苦痛のことをいいます。痛み・違和感・めまい・口渇(こうかつ:口の渇き)等ですね。例えば血圧は自覚できないので、自覚症状とはいいません。そういえば、国家試験の過去問に「次のうち、自覚症状でないのはどれか。」という問題がありました。
 4つ目に「他覚的症状」です。これは自覚症状に対して、診察者が診察により得られた理学的所見や臨床検査所見などをいいます。自覚症状よりも客観的な情報になりますね。

 最後に、教科書には書かれておりませんが、「感度と特異度」についてお話しておきます。何かの検査を行うときに、その検査がある疾患に対して持ってる性質を、感度・特異度で現す場合があります。つまり、ある疾患や病態に対して、ある検査が持っている精度の指標の一つですね。臨床検査の領域でよく用いられて、パーセントで表現しますが、それ以外の領域でも概念としてよく用いられますので覚えておいて下さい。
 それで、「感度」というのは、ある疾患を持っている人を陽性とする確率をいいます。つまり、その疾患に罹患していれば必ず陽性になる、という検査であれば、感度が高いということになります。また、その疾患に罹患していても陰性になってしまえば、感度が低いということになります。
 それに対して、「特異度」というのは、ある疾患を持っていない人を陰性とする確率をいいます。つまり、その疾患に罹患していない場合に、必ず陰性になる検査があれば、それは特異度が高い。また、正常なのに陽性としてしまえば、特異度は低いということになります。
 関節リウマチ(以下、「RA」)の検査の一つにリウマチ因子(RF)というのがありますが、これを例にしてみたいと思います。リウマチ因子はRAの診断や活動性の指標として行われる検査ですが、RA患者で陽性率は80〜85(発症時は約70)%といわれています。つまり、発症時で約30%のRA患者を偽陰性としてしまうわけですから感度はそれほど高くはないと思います。低くもないと思いますが…。では、特異度についてはどうでしょうか。リウマチ因子では、RAだけでなく、他の膠原病でも陽性を示すことがあります。また、2〜4%ですが、正常でも偽陽性となる場合があります。ということで、特異度もそれ程高くないと思います。実際、RAの診断はリウマチ因子だけではなく、他の他覚的所見や画像診断から行われてます。他の検査を行って、複数の所見から判断することで特異度や感度が高くなります。RAに限らず多くの疾患で、複数の所見や症状から判断が行われます。
 数値で判断するような検査の場合、例えば「ここからここまでの数値を基準値とし、それより高い値を示した場合、若しくは低い値を示した場合を異常所見とします」というような検査ですね。この場合、基準値の設定が難しいのではないでしょうか。基準値を甘くすれば感度は高くなるけど、正常な人も陽性を示す確率が出てきて特異度は低くなる。反対に基準値を厳しくすると特異度は高くなるけど、疾患に罹っている人も陰性になる確率が出てきて感度が低くなってしまう。なかなか感度も特異度も100%の検査というのは難しいように思います。ただ、検査の性質は感度・特異度だけではなくて、その検査が持ってる固有の性質もあったりします。例えば特異度は低くても、感度が高くて侵襲も与えない、さらに簡便で安価な検査であれば、健康診断のようなスクリーニングで多用されるようになると思います。感度・特異度を含めて、その検査が持っている性質を十分理解して用いることが重要ですね。
 ちなみに僕は網膜色素変性症(以下、「色変」)という疾患を抱えてますが、4月に行われる健康診断では「健康」と判断されます。色変を見つけるための検査ではないので当たり前なのですが…。つまり、健康診断は色変に対しては感度も特異度も低いようですね。ただ、視力検査が加われば感度が高くなりますね。
 さて、医学書院から出ている『医学大辞典』に、「身体診察で得られる情報は、病歴聴取で得られる情報に比べて、感度は低いが特異度が高いという特徴がある。」と書かれていました。この意味について考えてみて下さい。


 関連用語の説明は以上ですが、ついでに僕が診療所にいた時に、「この言葉はこういう時に使いましょう」という約束事がありましたので紹介しておきます。これはその診療所の中だけの約束事ですので、一般的に通用するかどうかは別です。似たような意味とか紛らわしい表現は、カルテの記載やカンファレンスの時にみんなそれぞれで勝手に使ったり解釈したりしていると誤解を生じるので、そういう言葉についてはみんなで同じ理解をして使いましょう、という事です。初回する言葉はイメージが伝われば、覚える必要はありません。

 まずは治療効果を表す言葉です。
 症状が消失し続けたことを確認できた場合を「(主訴・症状の)消失」。
 症状の軽減が次の治療まで持続したことを確認した場合を「軽快」。
 症状の軽減が治療後にみられたが、次の治療までに元に復したものを「改善」。
 症状の軽減が見られなかったものを「不変」。
 主訴が増悪したものを「増悪」。

 次に、転帰についてです。
 これ以上治療の必要がないとして終わったものを「終了」。
 治療の必要はあるが、諸般の事情で合意の上、治療を継続しなかったものを「中断」。
 治療者と患者の合意なく中断したものを「脱落」。
 病医院の受診を必要として転医したものを「病医院」。
 他の鍼灸治療院が適当と考え紹介したものを「鍼灸院」。

 懐かしいですねぇ…。



 □ 診察法の種類と順序


 冒頭にも触れましたのでここでは簡単に診察法の種類とその順序についてお話しします。
 まず一つ目は「問診(医療面接)」です。先ほどから問診といえば後ろについてくる「医療面接」という言葉は一体なんだ。まずこの事についてお話します。従来は医師が質問をして患者が答え、そこから病態把握に必要な情報を得る行為を「問診」と言っていました。つまり、問診には「質問をする」「問いただす」という意味合いを強く含んだ言葉といえるでしょう。これは医療者中心の「医師-患者関係」が根底にあることによるものです。ところが、最近では理想的な「医師-患者関係」は患者中心とされるようになりました。医師は質問をするだけでなく、病気や治療などについて説明をして、患者さんが主体的に治療や予防に参加する働きがけをすることも重要視されるようになりました。そんな背景もあって、今では問診というより、対面して会話を行う「医療面接」という表現を用いることが多くなりました。
 医療面接の内容としては、次の時間に詳しく触れていきますが、主訴・現病歴・既往歴・家族歴・社会歴などについて行います。

 次に「理学的検査法」です。この言葉も、最近は「身体診察法」と呼ぶようです。内容としては視診・触診・聴診・打診法・その他の診察を行って異常所見の有無をチェックします。診察する順番は一般に全身の観察、頭頚部、上肢、胸部、腹部、下肢、神経学的検査法などの順番で行うとされています。ただ、順番については特に重要ではないような印象を持ってます。というのは、以前風邪をひいてかかりつけのお医者さんに診てもらった時も、問診で風邪をひいたことと腰が痛いことを告げたら、反射→腰の叩打痛の確認の順で診てましたし。また、ある時別の医師に診てもらったときには、最初の診察が直腸診だったこともありますし…。
 小児の診察の場合は、恐怖感を持たせないためにも、反射検査用のハンマーなどの器具を使う診察は最後に行います。これから行う検査を、まず母親等の同伴者に行って、子どもに安全だということを確かめさせておいて、実際に検査をしたり、金属製の器具が怖いようだったら、子どもに見せないように検査を行ったりしてるようです。


 第1章の最後に「記録の目的と内容」というのがありますが、これは医療面接の後に詳しく学習する内容ですので、ここでは省略します。



第2回 診断学総論  おわり


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