ロードワークの途中、車の助手席から降りるを見た。











たとえそれが男の運転する車だったとしても、
たとえ本音は面白くねぇ、と思っても、
それでも普段なら余裕でいられる。

アイツのことだから。
オレを裏切る事なんてまずない。


アイツは丸ごと、オレ様のもんだからだ。








だが、今、どうしようもないこのイライラを抑えられないのは何故なのか、
自分でもわかっている。











それが兄貴の車だったからだ。





















                                       ─── 『 Brothers 』 1



























「アンタ、さんか?」








校門を出たところで、道路脇に停まっていた見知らぬ車の中から声を掛けられた。


至って普通の高校の校門には随分と似合わない高級外車。

誰のお迎えかと思っていたら、それは自分だったらしい。


が、こんな車に乗るような知り合いはいない。
そんなハイソな友達もいなければ、
そんなアブナイ知人もいない。
とすると一体これは・・・?




ドアが開いて、中から大柄な男の人がくわえタバコで降りてきた。




どこかで見た顔。



スーツ姿で雰囲気はまるで違うけれど、確かによく似ていて。


その顔は、私がいつも間近で、この上ないほど間近で見ている・・・。






トレードマークの前髪が落っこちて、
野性的ないつもの彼ではなくて、
ちょっと端正なスポーツマンの、
でも少しだけ尊大な、





「鷹村・・・君・・・?」





「おう」














「・・・と、いいたいとこなんだが、残念ながら同じ鷹村でもアンタの『鷹村君』じゃないんだな、これが」





「・・・お兄、さん?」

思わず訝しげに見上げてしまった。


「ああ、卓だ。よろしく。」
「・・・・・・、です。」
「悪いんだが、ちょっと乗ってくれないかな。ここで立ち話ってのも何だし。」

そう言って、あごで車を示す。

「あの──」
「やっぱココじゃ目立つだろ。アンタが平気なら別にいいんだが」

確かにこんなところを誰かに見られたら、後で学校で何て言われるかわからない。
もっとも、この人を「鷹村君」と誤解する人の方が多いと思うけど。




そのくらい、この人は似ていた。





「わかりました」














そういえばこんな高級車に乗るのは初めてで。
外車なんて、従兄弟が持っている古い年代物のビートルくらいしか乗ったことがないから、
隣で運転する「よく似た人」の 存在せいもあって、なんとなく落ち着かなかった。


連れて行かれたのは、これまた自分ではまず行かないような格式高いホテルのラウンジ。
友達の結婚式でも、こんなところには来たことがない。
そんなところへ、何故わざわざ私を連れてくるのかわからなかった。


鷹村君のお兄さんと向かい合わせに座りながら、運ばれてきたコーヒーを飲む。
見るからに高そうな外国製らしいコーヒーカップ。
ちなみに私が好きなのは、スターバックスのラテで。
きっとこのコーヒーも本当はとても美味しいんだろうけど、
この空気で、このカップで飲んでも、味なんてわからない。



「あの、私に用というのは・・・」
「用?」
「・・・用があったんじゃないですか?」
「別に」
「は?」
「ちょっと興味があってな。」
「興味?」
「あの守の恋人、しかも随分と付き合いが長いらしいから、どんな女かと思って。」


足を組んで座ったその姿は、やっぱり鷹村君に似ていた。


「どうせ、アイツのことだ、品のない、安っぽい女と付き合ってるんだろうと思ってたが。
高校の教師って聞いたときには、驚いたぜ」

自分の弟なのに随分な言い方の彼に言葉が出ない。
そんな私にお構いなしに、この人は無神経な質問を続ける。

「アンタ、何でアイツと付き合ってんだ?」
「どういう・・・意味ですか?」
「いくらアイツがボクシングで世界チャンピオンっていっても、アンタならもっとまともな男がいるだろうに」


彼の身内からとは思えない言葉に耐えきれず、少し乱暴にカップをテーブルに置く。

「・・・申し訳ありませんが、そんなことが用件なら失礼しま──」
「アイツは鷹村家の人間だ」
「え?」

席を立とうとした私に、ふんぞり返って椅子に座っていた彼が少し身体を起こして、私の言葉を遮るように言った。

「あんなヤツでも、いずれは鷹村開発のどれかを継がせるつもりだ」
「そんなの・・・・・・彼の意思はどうなるんですか?」
「いつまでも遊んでられないだろう」
「彼が・・・それを望んでいると・・・そう思ってらっしゃるんですか?」
「アイツは今まで好き勝手やってきた。もうそろそろ、望むとか望まないとかの問題でもないだろう」

鷹村君が命をかけているボクシングを『遊び』と言われた事に怒りを感じながら、
少しでも早くこの場を離れたくなった。

「・・・いずれにしても・・・彼が決めることです。私には関係ありませんから──」
「鷹村家の人間として、アイツには責任がある」
「だから───」
「それなりの家のお嬢さんと結婚してもらうつもりだ」
「・・・彼の問題でしょう?」

あなたが口を出すことじゃないでしょう。
そんな気持ちを込めて、その尊大な目を見つめた。

「結婚っていうのは・・・家と家のつながりだ。
特にオレ達のような家に生まれた人間にとっては、な」
「あなたは・・・結婚なさっているんですか?」
「いや」
「だったら、あなたがそうなさればいいじゃないですか。それなりのお家の、立派なお嬢さんと。」
「当然そうするさ」
「だったら──」
「言ったろう。アイツも鷹村家の人間なんだ」
「じゃあ、なぜ・・・私に言うんですか?」
「アイツに言ったって聞かないだろう。」
「・・・私に・・・どうしろと・・・」




「別れてくれないか」




彼の内ポケットから机の上に置かれる、厚めの封筒。
それを私の前にすっと差し出した。

「それなりのことはさせていただく」


信じられない思いでそれを見つめた。




「あなたは・・・結局、何もわかっていないんですね。」




鷹村君と同じ顔。
けれどその口から出てくる言葉は似ても似つかなくて、
何故か悔しいよりも悲しくなってくる。


「そういうことは、彼に直接言って下さい。」
「だから──」
「彼が聞かないというなら、それが全てです。」
「アンタ──」
「彼が私と別れると言うのなら、別れます。でも・・・」










「彼が別れないと言うのなら・・・私も絶対別れません」















「彼の人生です。彼が決めなきゃ」







そう言って、席を立った。






「ごちそうさまでした。」


















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