─── 『 Brothers 』 2


























ホテルのロビーを出たところで、鷹村君のお兄さんに追いつかれた。





「送っていく」
「結構です。一人で帰れますから」
「勝手にここに連れてきたのはオレだ。責任持って送るよ」

そんなやりとりをしているうちに、駐車場係の人が彼の車をエントランスに寄せた。
助手席を開けられて、どうぞ、というふうに軽くお辞儀をされると、
こんなところで意地を張ってもみっともないだけなので仕方なく車に乗り込んだ。
しばらく車を走らせてから、彼が口を開いた。



「アンタ、守の身体の事が心配じゃないのか?大切ならもっと──」
「大切だから」


それ以上聞いていたくなくて、彼の言葉を遮った。


そんな事、この人に言われるまでもない。


「大切だから、私は彼の望むようにさせてあげたいんです」
「働けない身体にだってなるかもしれないんだぞ。そうなったら──」
「私が働きます」


またもや遮った私の言葉に、運転している鷹村君のお兄さんが眉をひそめてチラリとこちらに視線をよこす。
そうしてまた前方に注意を戻した。


「そうなったら、彼一人くらい、私が・・・」
「アンタ──」
「彼と一緒にいるようになって、そんなこと、とっくに覚悟してます」
「本気か?」
「彼からボクシングを取り上げたら、彼は生きていけない」
「・・・・・・」
「身体だけじゃない。心だって死んでしまうんです。あなたには・・・」


運転している彼の顔をじっと見ながら言った。



「あなたには、そのくらい大切なものはないんですか?」



その瞬間、彼の表情が凍り付いた。
その目に痛みのようなものがよぎった気がした。




鷹村君に聞いたことがある。
お兄さんがラグビーをやっていたこと。
家のために、会社のために、大学卒業と共にきっぱりラグビーをやめたこと。
この人はその時、どんな気持ちだったのだろう?




お互いに口を閉ざしたまましばらく経ったあと、彼は一つ息を吐いた。




「なあ」






「何で守はボクシングなんてやってるんだ?」
「え?」
「あいつは小さな頃から、あの腕力で回りから疎まれてきた。
いくらアイツにはそれしかないって言ったって、なあ。
よりによって、ボロボロになっちまうかもしれねぇ、ボクシングなんてよ」


気のせいだろうか、先程とは違って少しうち解けたような口調。
心なしか表情も和らいでいる。
その顔は私のよく知っている顔を思い出させた。




「鷹村君は・・・あまり自分のことを話す人ではないけれど・・・・・・、
ご両親にさえ拒まれたその腕力を初めて受け入れてくれた──
それが、ボクシング・・・だったんじゃないですか?」


そう言うと、彼は少し驚いたみたいだった。


鷹村君と彼の家族との間の確執は、私にも詳しくはわからない。
けれど、この人の表情に一瞬浮かんだ罪悪感のようなものは、
鷹村君が過ごした幼い頃の時間が決して心地よいものではなかったことを、
私に思い知らせた。


「小さな頃からずっと否定されてきた自分を、
ありのままの彼を受け止めてくれたのは・・・・・・会長だけだったんでしょうね」





























「そこのコンビニのところで降ろしてくだされば結構ですから」




見慣れた街並みで、車を止めてもらった。
早く、落ち着かないこの車から出て、心が安まる場所へ帰りたかった。
私が放った言葉が鷹村君のお兄さんの気に障ったのか、
その後、車の中には沈黙が続いた。
ホテルのラウンジで言われた事を、そして私が拒絶した事を
この人が再び持ち出すことはなかった。



サイドブレーキがひかれるのと同時に、ドアを開けて車を出た。

「送ってくださって、ありがとうございました。・・・・さよなら。」

彼が何か言おうとしたけれど、そのままドアを閉める。
そのまま背を向けて歩き出すと、しばらくしてから車は低い音を立てながら走り去っていった。


一度振り返って車が見えなくなるまで待ってから、一つ、大きな溜め息をついた。





何だか酷く疲れた気がした。





























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