貴方の大切なものは私にとっても大切。
そう思っていたかった・・・。




                             ───────『Five Years After』 3





ずっと黙って聞いていた鷹村君は、私の最後の言葉に一瞬目を見開いて、何かを言いかけた。
でもそのまま顔を背けて、反対側の壁をしばらく見つめていた。

「ジジィがよ、試してるのはわかってたんだよ。
後遺症が残るとか、そんなコト怖がってたらプロボクサーなんてやってらんねぇ。
だけど、守るモノができたら無茶はできなくなっちまう。
女だって、いつどうなるかわからねぇような不安定な男となんて一緒にいられねぇだろ。

オレは、女のために自分の生き方変えるなんて絶対できねぇ男だ。
どんなことがあったって、ボクサー辞めるつもりはねぇ。たとえリングでくたばってもな。
・・・・・・確かに、オレは向きの男じゃねぇよ。」
それに教師は昔から天敵だったしな、と鷹村君は皮肉っぽく笑った。


だけど、私は冗談でも笑う気分になんてなれなかった。

向きの男?
守るモノって?
安定って?


「・・・何よ、それ?・・・女をバカにしないで。」
怒りで声が酷く震える。
壁を見つめていた彼が、私の声に気づいてこちらを向いた。

「・・・?」
彼の前でこんな声を出したことは無かったから、かなり当惑しているみたい。
でも、今の私はそんなことに構っていられる余裕はなかった。

「どうして、私向きの男とかなんとか、鷹村君が決めるの?
女が守られるモノなんて誰が決めたのよ!勝手な男の妄想でしょ?
それに安定って何?自分の生活の面倒くらい自分で見られるわよ!
私は、鷹村君が万が一早死にしたって、一人で生きていける!!」

悔しくて涙がこみ上げてくる。
でもそれを見られたくなくて、俯いた。
涙がこぼれないように、歯を食いしばる。まばたきをしたら、たぶん零れてしまうだろう。
我ながらかなりひどいことを言ってしまったのはわかっている。それでも、彼が勝手に
一人でいろんなコトを決めつけているのが許せなくて、思わず反論してしまった。

ひどいことを言いついでに、さっきの彼の皮肉に応酬してやりたくなって顔を上げた。
「鷹村君が、付き合ってきた女の人達と、一緒にしないで・・・」
ただ、いくら彼を睨みつけて言っても、尻すぼみの掠れた涙声じゃ、全く、迫力不足だった。

そんな私を、はじめは驚いたように見ていた鷹村君だったけれど、ふいにフッと笑った。



・・・」
鷹村君が私を呼ぶ。

。」

その声は、今まで聞いたことのないような優しい声。
その顔も、今までに見たことのないような優しい顔。
やめてよ。鷹村君らしくないよ。
オレ様のくせに。

無理やり堰き止めていた涙を堪えきれなくなる。
あきらめて、まばたきを一つすると、大きな雫がポトポトと落ちていった。
「もう、帰──」

涙を手の甲で拭って立ち上がろうとしたとき、突然目の前が真っ暗になって、何かに体を
強く拘束された。
何が起こったのか分からず呆然として、鷹村君に頭ごと強く抱きしめられていることに
気づいたのは、しばらくしてからだった。
さすがに日本チャンピオン、速くて動きが見えなかった・・・。

「・・・鷹村君?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・あの・・・?・・・鷹む──」
「ちょっと黙ってろ」

黙ってろと言われても。
私は今のこの状態にとてもパニックなんですけど・・・。

それでも、大きな彼にすっぽりと抱きしめられるのはとても心地よくて、私は彼の言うとおり
しばらくおとなしくしていた。





どのくらい経ったのか、鷹村君の呼ぶ声に顔を上げると、首の後ろに手をあてがわれて、
今度は彼の肩にあごを乗せさせられた。自然に私も彼の背中に手を回す。

「何?鷹村君」
「お前さ」
「うん?」
「・・・オレのこと、好きだろ?」
「っっ!!」
「どうなんだよぉ」

いきなりそんなことを聞かれて慌てた私は、鷹村君から離れようとしたけれど、一瞬先に
それを察知した彼にガシリとブロックされてしまった。
う、動けない!!しかも、く、苦しい!!

「ちょ、ちょっと!離して!苦しい!」
「ちゃんと答えたら、離してやるよ」
ジタバタと暴れようと思うのに、ビクともしない。
なんで女相手にこんなに力こめんのよ?!

「無駄だって。だって、オレ様チャンピオンだぜ〜?」
鷹村君は、それはそれは楽しそうに面白そうに笑った。


・・・わかってないなぁ。
やっぱり言えないよ、私からは。

鷹村君が学校を辞めてプロの道を選んだとき、決めたんだもの。
絶対邪魔するようなことはしないって。
だから、会わなかった。
家だって電話番号だって知ってたけど、これから大変な厳しい道を歩いて行く彼の
邪魔しちゃいけないって、決めたんだよ。

全く、ちょっとくらいわかってよ、そこらへん。
あ、ダメ、また切なくなってきた。目がかすんできちゃった。


「はぁ〜、お前な〜、泣くくれぇだったら素直になれよ。」
鼻をグズグズさせ始めた私にあきれたように、ため息をつきながら鷹村君が言った。

「・・・・・・嫌い」
「はぁ?」
「鷹村君なんて嫌い!」
もう、半分ヤケくそで、私は言った。


なのに、


「それは残念だな。オレはお前が好きなのに。」


そう言って、鷹村君はニヤリと笑った。


 

 


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いやぁ〜、初「夢」です、これ。
書いてて、めっちゃキンチョーしました。
んで、激しく反省・・・。
すいません!すいません!ああ、もう!
                   by 小石川