忘れられないのは、ふと感じた違和感のせい。







艶やかな紅い唇から漏れる喘ぎ声。
悩ましげなその表情は男を誘うまさにそれ。
けれど、その身体は決してそれほど男に慣れていなかった。

そのギャップが、オレの頭から離れない。




なのに、彼女を探すすべがない。


















                                                        ─── 『変身』















久しぶりの暗部との任務。
里の極秘事項を持ち出そうとした霧隠れのスパイの抹殺。

楽勝だった。

散らばる暗部の3人。
霧隠れの援軍が増えるなか、それぞれがムダのない動きで敵を倒していく。
Sランクの任務でさえ、難なく遂行されていく。
経験不足の部下のフォローをする必要もない。


うっそうと茂る森の中、任務終了と告げられたその瞬間。
左腕に微かな痛みが走った。
見れば先程3人まとめて相手にしたときにわずかにかすった刀傷。

「どうした、カカシ」
「あ、いや、なんでもなーいよ。さ、早く里に帰ろう」

けれど里に帰還する途中、その痛みが徐々に変化するのに気づいた。
全身が火照り始める。
息があがる。
これは・・・・。



・・・・・・・まいったね、どーも。




ここから木の葉の里までは、全速力で翔けても半日はかかる。
この媚薬がどれほどの持続時間なのかわからないが、
どうやら傷が小さい割にこの効き具合からすると結構強い媚薬らしい。
おそらく、里に帰って解毒処置をして・・・なんて悠長に言ってるヒマはない。
そう結論づけて、翔けるのをやめた。
それに気づいた暗部達も止まる。


「悪いんだけど〜、先に帰ってくれる?」
「どうした」

腕をあげて小さな傷を見せた。

「・・・ふう。・・・ちょーっとドジっちゃてね。薬盛られちゃったみたい」
「媚薬か」
「オレはここら辺でなんとかしていくから、お前達は先行ってて?」
「大丈夫か」
「ま、なんとかなるでしょ」
「・・・わかった。気を付けろよ」
「了〜解。そっちもね」

その言葉が終わるとともに、シュッと消える暗部たち。
気配が遠ざかるのを確認してから一つ息を吐いて、大木の根本を背に座り込む。
火照る身体から少しでも意識が離れるように、目を閉じた。

・・・・さて。

ホントは、自分で処理するなんて気が進まないんだけどね。
それで鎮まってくれるとも到底思えないが。
ま、しかたないでしょ。
緊急時だ。


はぁと息を吐き出したそのとき、ふと感じる気配。
見上げれば、さっき消えたはずの暗部。
髪の長い、「」と呼ばれているくの一だ。
思わず舌打ちした。
よりによって、こんなときに。

「なーにしてんの?早く行きなよ」
「・・・・・・」
「あのさ、聞いてなかったの?オレが今どういう状態かわかってるでしょ?」
「・・・・・・だから・・・来ました」
「は?」
「お手伝い・・・します」

そういって、はオレの前に座る。
暗部ベストに触れようとするその手を払った。
ちょっとした刺激にさえ敏感なこの状態で、本物の女に触れられたらどうなるか自分でも自信がなかった。
必死に平静を装ってはいるものの、実を言えば、気を緩めれば今にも爆発しそうな自分がいる。


「何言ってるかわかってんの?」
「わかってますよ、これでも忍です。媚薬ってものがどういうものかも」
「・・・・・・・」
「窮地に陥った仲間を助ける。これも任務のうちでしょう?」

そういうとは酉の面の下でクスリと笑った。
媚薬のせいとはいえ、その笑い声にも反応してしまう。

「カカシ上忍ともあろう人がこれくらいのことで動揺するなんて・・・意外ですね」

お世辞にも女癖がいいとは言い難いオレの評判をさしているのだろう。

「それとも・・・あとで私がこの事をたてに、あなたに迫るとでも思ってます?」

表情は見えないが、が面白がるような声で話す。
自惚れるな・・・そういうことか。

自分の手より、しなやかな女の身体の方がいいに決まってる。
華奢な腕を引き寄せると、あっ、と声をあげるの面を素早く外した。
こんな状況なのだから、たとえ器量が悪くても文句は言えないとは思ったが・・・。

長い黒髪に、雪のように真っ白な肌と紅い唇の、いわゆる美人といわれる類の女だった。
・・・・・・しかも、極上品だ。

「悪いけど、面をした女を抱く趣味はないんだ」
「カカシ上忍だって顔を隠してるじゃないですか」
「ま、そうだね」

そう答えて、額当てを外して口布を下ろした。

「これでいいかな」

返事を聞くよりも先に、その唇を塞いだ。
自分のそれで。


あとはただ夢中で、彼女を貪った。
媚薬の効き目が薄れるまで。
いや実際は、媚薬が切れても止まらなかった。
何度目かわからない絶頂に彼女と、それから自分を追いつめながら、
気がつけばうっすらと朝靄がかかっていた。
最後にのぼり詰めて、疲労にうとうとしてふと目覚めると、
横に抱いていたはずの女が・・・消えていた。

まるで夢のような、だが、確かにこの手に抱いていた。
その証拠に、自分にはまだ彼女の移り香が残っている。


彼女の残り香。


薬の効き目が切れたはずなのに、なおまだこの手に抱いていたかったと思うのは何故だろう・・・?






































「よ、テンゾウ」



火影様の執務室の前で壁に寄りかかって、報告帰りのテンゾウをつかまえた。


「カカシ先輩、どうしました?」
「ちょっと、聞きたいことがあってね〜」
「聞きたいこと?」
「暗部にって女いるよね」
?」
「そ、長い黒髪のすっごい美人さん」
「・・・・・・」
「白い肌で紅い唇の──」
「誰のことです?」
「へ?」
「残念ですが、今の暗部には『』というくの一も、『長い黒髪と白い肌で紅い唇のすっごい美人』もいませんよ。
 もちろん、夕顔以外に、ということですけど・・・」
「・・・冗談でしょ?」
「長い髪のくの一と、白い肌のくの一と、紅い唇のくの一ならいますけどね。
それから、すっごくはないですが、そこそこの美人っていうのもいますが。」
「・・・・あ、・・・そう・・・・」
「その『』という女が、どうかしたんですか?」
「え・・いや、なんでもない・・・」



確かに。
暗部が部外者との任務で本名をさらすわけはない、か。
たとえその部外者が『元・暗部』といっても用心深い忍ならば不思議なことじゃあない。
暗部の人間は素性が知られるようなことは避ける。
それを考えれば、コードネームを使うことも、変化をしていることも納得はいく。
だが・・・。

男に抱かれて何度となく絶頂に達しながらも解けないほどの変化。
確かにあの時彼女は気を失っていた。
ならばあの声も、彼女本来のものではないということか。
あの時の残り香すらも・・
いくら薬を盛られてたとはいえ、たかが変化とはいえ、このオレが見抜けないほどの術を仕掛けられる女。
「本物」の彼女をこの手に掴んでみたい。
まるで「狩り」にも似た感情。


その日から、「本物」探しが始まった。


まずは、火影様の執務室周辺。
だが、案の定というか、それらしきチャクラは見あたらない。

念のため、上忍待機所やアカデミー、木の葉病院もチャクラを探りながら歩いた。
もちろん暗部が集まってそうな場所にも。
訝しげなテンゾウの視線を無視して。
それでも、あの時と同じチャクラを見つけだすことはできなかった。


















「本日も収穫ナシっと・・・」


このところ、任務が終わるとすぐには家に帰らず、里を一周するのが日課になってしまった。
もしかしたら任務帰りの寄り道や休暇中の買い物でそこらへんに「」がいないとも限らない。
忍に限定された場所ではあの女を見つけられない今、こんな方法しか残っていなかった。
いつものように「散歩」を終えて、自分の家に帰ろうとした時、
人よりはるかに敏感な嗅覚が、ほんの一瞬反応した。

あの時とよく似た、匂い。
オレの身体に残った、あの移り香と──。

考えるより先に、その方向に翔ていた。


どこだ。


任務中よりも速いんじゃないかと思うほどのスピードで。
あのチャクラ──正確にはよく似たチャクラ──を追いかける。
微妙に違う気配だから、本人ではないのかも知れない。
だが、これだけ似ているのだから身内だとか何らかの関係者には違いないだろう。
少なくともこれで何かしらの情報は得られるはず。


・・・かなり、近づいたはずだ。

どこだ。

もう少し──・・・・・・っ!!




立ち止まる。
肩で息をしながら、辺りを見回す。

気配が──。






消えた。





「・・・はぁ・・はぁ・・・まいったね・・・・はぁ・・・」





突然消えた気配。
すぐそばまで迫ったのは確かだった。
なのに。
オレが近づいたことに気づいたに違いない。
そういう消し方だった。


口布の下でクッと笑いが零れる。




このオレが。

木の葉一の業師と呼ばれるオレが。

してやられたってワケか。





もう一度、気配がいた方向を見る。
人通りの多い、木の葉の茶通り。

この中に、あの女がいる。






















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