─── 『 額当て 2 』










「さてっと、そろそろ行きますか」
その日の仕事も終わり、白衣を脱いで、帰り支度を始めた。
一度家に戻る時間はなかったので、軽く化粧直しをしていつも使っている香水を軽くつけ直した。



「へぇ〜〜、ずいぶん念入りだねー」
「きゃあっ!」
いきなり耳元に囁かれて、飛び上がるほど驚きながら振り向いた。
「カ、カカシさん!?」
瞬身の術を使ったのだろう、いつの間にか背後にいたカカシがにっこりと笑う。
「よっ。」
「もう!気配消して近づかないで!びっくりするじゃないですか!」
けれど、そんな私の言葉など聞いてないようにカカシさんは淡々と続ける。
「なーに?これからデート?おめかししちゃって。」
「べ、別におめかしなんてしてないです。それより、どうしたんですか?
もう診察時間は終わってるけど。」
「あ〜、なんかさ〜、腹が痛くてさ〜。ちょっと診てもらおうと思ってね〜」
カカシさんは手でお腹を押さえながら、時間外なのに悪いねと笑った。

どうしよう。
もう出なきゃ間に合わない。
でも、病人おいて行くわけにも行かないか。
まあどうせ最初から気が進まなかったから、急患が入ったってことで今日は勘弁してもらおう。
っていうか、なんか言葉の割にカカシさん、具合悪そうには見えないないんだけど・・・。

「じゃあ、そこに座ってください。」

一度片付けた聴診器を取りだして、首に掛けた。





「特に問題は無いみたいだけど、念のためにお薬出しておきましょうか?」

診察を終えて道具を再び片付けながら、カカシさんに訊いた。

合コンには、もう完璧間に合わない時間。
ごめんね〜マキホちゃん。
そう思いながら心のどこかで、行かなくて済んだという安心感もあった。

「いや、少し良くなってきたからいいよ。ありがと、。」
にっこりと「カカシスマイル」を浮かべながら、口布をおろしたままカカシさんが言う。


額当てをしたままとはいえ、久しぶりに見たカカシさんの素顔。
この顔を見たくて、里の女の子達は躍起になってたっけ。
本人は、故意なのかただ単にそういう気持ちに本当に気付いてないだけなのか、必要以上に口布をおろそうとはしない。
だからこの人の素顔を見たことがある人は、あまりいない。
おそらく、任務外で会う彼の恋人くらいだろう。
ああ、それと恋人じゃないけど、私もよく見てた。
彼がまだ暗部にいた頃、妙に気が合ったので、お互いの休日が重なると映画を観に行ったり遊びに出かけたりした。
恋人と行けばいいじゃないと言ったら、そういう子とは息が詰まるから楽しくない、なんて言ってた。
なら、なーんで、そんな子と付き合うの?って、よく不思議に思ったものだ。
あの頃も、彼は家にいるとき以外はいつも口布をしていた。


「何だか最近、カルテに『仮病』って書くことが多いのよね〜」
「へぇ〜、そうなんだ〜」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ごめん。・・・あ〜、・・・なんか、ガイが最近落ち込んでてさ。」

やっぱり。
思わず大きなため息が出てしまった。

「アスマとかがいろいろ事情を聞いたら、が結婚相手を探してるって・・・」
「・・・・・・どうしてそうなるかな・・・」
「今日、合コンなんだって?」
「そうね。結局、予定で終わっちゃったけど。」
「行かないの?まだなんとか間に合うんじゃない?」
「いいの。 急患が入ったからって言えば、マキホちゃんもわかってくれるでしょう。
別に乗り気だったわけじゃないし。人数合わせに駆り出されただけだから。」
「え?そうなの?」
「・・・・・・意外?」
「あ、いや・・・。が合コンするって聞いたときの方が意外だったな。
どっちかっていうと、お前そういうの苦手でしょ?」
「わかってるんだったら───」
「それでもさ、ちょっと焦っちゃったわけだ、オレも」
「え?」

思いがけないカカシさんの言葉に、ドクンと大きく胸が鳴った。

「知らなかったよ、昔、ガイにプロポーズされてたなんてさ」
「あ・・・」
「あの頃、のリハビリのジャマしちゃいけないって思ってたんだ。
でもそのうち誰にも言わないで、は里からいなくなっちゃうし。」
「三代目にはちゃんと話して行ったんだけど」
「うん、しばらくしてから聞いた。ガイの様子がおかしかった理由、その時やっとわかったよ。」
「ガイさんが?」
「あの濃ゆ〜い存在感がめっきり薄くなってた」

なんだか不思議な感じ。
カカシさんと、こうやってガイさんの話をするなんて。


「そういうオレもしばらく、落ち込んだけど。」
そう言われて思わず顔を上げると、カカシさんは複雑そうな顔で笑っていた。
その笑顔は優しいけれど、少し傷ついているようにも見えた。
「まさかオレにも黙って里を出ていくとは思ってなかった」
「カカシさん・・・。」
「オレってにとって、そんなにどうでもいい存在だったのかってね。」
「・・・ごめんなさい。」
「ガイとおんなじようなもんなのかよって、悔しかったんだ。」
「あの・・・」
この会話がどこに行き着くのか予想できなくて、私は戸惑いながら
ただカカシさんを見ているしかできなかった。

「ねえ、
私に問いながら、けれどカカシさんはポケットに手を入れながら
窓の外を見つめる。
「あの時、もしオレがプロポーズしてたら、里に残ってた?出ていかなかった?」
ありえない事を訊ねられて、私は目を瞠った。
きっと今の私の目は真ん丸になってるだろう。
それでも、まじまじとカカシさんを見ずにはいられなかった。
「なに、言ってるの?あの時、カカシさん、彼女いたじゃない。」
しばらく何かを考えるように窓の外を眺めていた彼は、ふとこちらを向いていつものように笑った。
「そうだよね、オレ、何言ってるのかな〜。ごめんごめん」
送ってくよ、そう言って、カカシさんは口布を戻した。


カカシさんが何を言いたかったのか、今の私にはよくわからないけれど。


「カカシさん」


診察室を、今度はきちんとドアから出ていこうとしていたカカシさんを引き止める。
なーに、と振り返る彼に、ちゃんと目を見て言った。
「私にとって、この3年間はやっぱり大事な時間だったと思う。
木の葉から離れて、少しだけど自信が持てた気がするの。
忍としてではなくても、一人の人間として何かできないかって。
大したことはできないかもしれないけど、いくらかは人の役に立てるんじゃないかって。
いてもいいんだって思えるようになった。
だから、三代目から帰ってこいと呼ばれた時も、決心できた。
あのまま木の葉にいたら、私はたぶん、潰れていたと思う。
自分で自分を追いつめていたと思う。」 

私が話すのを聞きながら、カカシさんは口布を降ろした。
そう。
昔から、珍しく真面目な話をするときは、きちんと口布を降ろして聞いてくれた。
いつのまにか2人の間にあった、ちゃんと聞いているよという合図。
布を通してではなく、直に聞く彼の声はいつも私に安心感を与えてくれるって、彼は解っているから。

「じゃあ、約束してよ。」
「約束?」
「そ。次にどこかへ行くときは、必ずオレに言うって。でもね・・・」
そう言って、額当てに手をやる。
「カカシさん?」
何をするのだろうかと訝しげに見上げる私に、カカシさんはつけていた額当てを外して、差し出す。
翡翠の瞳と燃えるような瞳に見つめられ、思わず目をそらした。
この紅い瞳には特別な力があるから長く見ていることはできないけれど、
戦いのときしか見せない瞳を、私にさらしてくれたことに少し嬉しかった。

「この額当て、のだよ。」
意外な言葉に、驚く。
「え?」
「木の葉病院に運ばれたときに、していたヤツ。
お前の意識がなくて、たまたまオレがそばにいたときに医療班に訊かれたんだ。
だから、オレが預かるって言っといた。」

だとしたら、たぶん血まみれだったはずだ。
いくらきれいにしたとしても、何故彼がそれを自分でしていたのか、わからない。
「・・・どうして?」
自分でも不思議なくらい動揺していた。

「オレにはコレしか無かったから。」
そういって、額当てを撫でる。
大切そうに、そして・・・愛しそうに。
がいなくなって、」
見たことのない、切なそうな表情で私を見る。
自分には向けられたことのなかったその顔に、心許なくなる。
それでも、今度は目をそらすことができなかった。
「オレにはコレしか残らなかったんだ。」
そして、手の中のものに視線を落としながら握りしめる。
「もう、離さないって決めたから」




「もう、どこにもやらないって決めたから。」




「だから、も覚悟しといて」














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