――― 『 不覚 』 2








「やっぱりさ、オレの背中を預けられるのはオマエくらいしかいないねぇ、うん」

木の葉の里への帰り道。
ツーマンセルでの任務遂行後、休憩をとった森の中で、水筒をくわえながらカカシが満足げに言った。
数日前までのぎこちないやりとりが和らいだようだ。

「あら、木の葉一の上忍にそんなこといってもらえるなんて、光栄ね」

静かに笑い合ったあと、カカシがを見つめる。
その雰囲気でカカシが何を話したいかにはなんとなく察しがついた。

「・・・あのさ、、この間のことなんだけど―――」
「カカシ、気にしなくていいんだよ、ホントに。あの時とは違うんだから」



あの時。

まだずっと若かった、あの頃。
が特別上忍になる少し前だった。
色の任務を命じられた。
いつかはそんな日が来るだろうとは思っていた。
だが実際その時がやってくると、身近に相談できる人間がいないは途方に暮れた。
なぜか、くの一仲間には言えなかった。
こんなことぐらいで動揺しているのを知られたくなかった。

暗部の任務を終えたカカシが、いつものようにがくつろいでいる木の上にやってきたのはそんな時だった。
よっ!っと片手を上げて笑うカカシに、強張った笑みを返すことしかできなかった。
まさかいくら仲間でも異性のカカシに相談できるわけもなく。
それでもの動揺にカカシはすぐに感づいた。

「何かあった?」
「・・・別に」

話したくない気持ちを悟ったカカシは何も言わず、ただ隣にならんだ。
どれくらいの間続いただろうか、しばらくの沈黙の後、がボソッと呟いた。

「来週・・・色の任務命じられた」

隣に腰掛けていたカカシがゆっくりとを見下ろす。

「オマエ――」

経験あったっけ?
そう聞こうとしたが、やめた。
がどんな任務についてどんな生活をしているかはよく知っている。
今までに付き合った男がいなかったことも。
何かを振り切るようにが口を開いた。

「ま、別にたいしたことじゃないし!くの一なら当然のことだしね」

言葉だけは強気だ。
しかしうつむいたままで表情は見えない。
幼い頃に母親を亡くし、いるのかいないのかわからないくらい頼りにならない父親しかいないには
こういったことを相談できる家族がいない。

「本気で言ってる?」
「もちろん」
「なら、こっち向いて答えろよ」

顔を覆っていたの腕を引いて、無理矢理自分の方を向かせた。

半泣きの顔。
見られたことを嫌がってはカカシの手を振り払った。
どんな任務の時でも強気なの、初めて見る表情だった。
それはカカシの胸に突き刺さった。

立ち上がったカカシは、の方は見ず、一言だけ言った。

「明日からの任務の予定は?」
「・・・3日間休暇でそのあとはDランクが連続4日」
簡単な任務の間に心構えをしておけということか。
カカシは木の葉を一枚出し、簡単な術をかけてから飛ばした。
そうして、ポケットに手を入れてを見下ろした。

「行こう」
「行くってどこに?」
「まずオマエの家に行って1週間分の着替えを持って、オレの部屋に帰る」
「・・・なんで?」
「オレがオマエを女にする」

きょとんとする

「何言ってんの?」
「今日から1週間、オレと過ごすんだよ。
オレも3日間休みを取った。あとの4日はオレのとこから任務に出ること」
「なっ!何言ってんのよ!カカシは仲間でしょ!そんなことできないっ!」
「ふーん・・・じゃあ、初めての相手がブヨブヨの脂臭いオヤジでもいいのかよ」
「・・・っ!」

いくら色恋沙汰に疎いとて、年頃の娘である。
漠然とであっても初体験くらいは好きな相手と。
好きな相手がいないとしても、任務だとしてもまさか不快な相手と・・・なんて考えたこともなかった。
しかし任務とはそういうもの。


カカシに指摘されてガツンと現実を思い知らされた気がした。



自分の部屋へどうやって辿り着いたかも覚えてなかった。
気がつけば荷物を手に、カカシの部屋の真ん中に突っ立っていた。

「とりあえず飯食いに行くか」

手甲を外しながらカカシが口布を下ろした。

「・・・いらない」

こんな状況で食べ物だなんて。

「そう」

の緊張をわかっているカカシは、それ以上言わなかった。
がカカシのベッドにスポンと腰かけた。

「チャッチャと終わらせちゃおうっ!」

カカシが困ったように眉をハの字に曲げる。

「チャッチャと・・・って、、オマエねぇ・・・」

「私はっ・・・カカシとこんなふうにはなりたくない!
だってアンタは大事な仲間だから。しかも私のせいでこんな・・・」

「だから、今夜だけ。さっさと終わらせて!」

カカシはを見つめた。

「悪いけどさっさと終わらせるつもりなんてないから」

カカシがニッコリと笑う。

「1回ヤッておしまい、なんて『使い捨て』みないなコトするつもりはない。
には、男と女の事をしっかり覚えてもらうつもり。1週間みっちりね」

の目が面白いくらい丸くなる。

「どういうこと?何冗談言ってんのよ?」

声が震えてる。

「至って大真面目だよ」

カカシがベッドに片膝をついての脇に手をついた。
ごく至近距離での顔を覗いた。

「これはにとって、忍としてだけじゃない、女としての人生に大切なことなんだよ」
「カカシ――」
「男に抱かれることが嫌なことじゃないって心から感じて欲しいんだ。
好きな男・・・とまではいかなくても、信頼できる男に触れられるのは決して不快なことじゃない。
安心して身を任せられるってことを」
「・・・でもやっぱり間違ってるよ」

震える声が、の口から漏れた。
少し体温の低いカカシの指が頬に触れるのを感じた。


「なら、その『間違い』は全部オレが引き受けるから」


銀色の髪の奥で、カカシの目が弧を描いた。


「一生、オレが背負ってやるから」






この世の中で、その笑顔だけが信じられるような気がした。

















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photo by らら