─── 『 銀の雫』 1



































「で、どうしたのよ。元気ないじゃない」







任務が早く終わったから、と木の葉病院に顔を出した紅にそのまま酒酒屋に引っ張って行かれた。
勤務時間が終わっているとはいえ、本格的に飲むにはまだちょっと日が暮れてない時間だけれど、
夕食といえば食べるよりも飲むという感じの彼女にはあまりそんなことは関係ない。









夕方診察室に入ってきて私の顔を見るなり、彼女が出した言葉は、

「もう仕事終わったんでしょ?行くわよ」

看護婦のオトハちゃんに、帰るけどまぁ何かあったら伝令飛ばしてくれればいいから、と
私の代わりに伝えて、有無を言わさず帰り支度をさせられた。
いきなりどうしたのか、と思いながら運ばれてきたお酒をお互いにつぎ終わったところで、
紅が口を開いた。




「で、どうしたのよ。元気ないじゃない。」
「え?」
「私に隠してもムダよ。なーんか自己嫌悪に浸ってるでしょ。病院にいるときからそんな顔、してる。」
「そんなこと──」
「いいからしゃべっちゃいなさいよ。楽になるわよ。」
「紅・・・」
「なんのために、友達ってもんがいると思ってんの?あんたはすぐため込んじゃうんだから、
いいかげんガス抜きしないと壊れちゃうわよ?」


勤務中はいつもと変わらない態度で過ごしていたつもりなのに、何も言わないでもこの親友にはお見通しで。
いつのまにか人に頼る事を拒んでしまう癖がついてしまった私に、紅はいつも厳しいながらも
愛情のこもった言葉を投げかけてくれる。



「・・・そう・・・だよね」
「そうよ!」

やっと素直になり始めた私に、まったく、と言いながら、焼酎をぐいとあおる。
店員のお京ちゃんに早くもおかわりを頼む紅に苦笑いをこぼして、
杏露酒を一口飲んでから、昨日のことを話し始めた。





「・・・・・・昨日、ね。カカシさんの部屋に行ったんだけど・・・」



その言葉に、ひじをついて聞いていた紅が体を起こす。
ふふふ、と小さく笑って、お通しを口に運んだ。

「あら、あのエロ上忍、やっと本気でアンタをつかまえる気になったの」
「・・・なんで笑うのよ。しかもエロ上忍って・・・」
「だぁって、見てるこっちの方がイライラしてたんだから、ずっと。
アンタが帰ってきてから、何ヶ月経ってると思ってんのよ」
「私たち、別に・・・」
「カカシが誰を見つめてるかなんて、周りはとっくに気づいてたわよ、ずっと昔から、ね」
「そうだったの?」
「気づかないのはアンタく・ら・い」
「うそ・・・」
「やぁーっと、私達が納得できるトコロに収まってくれたってわけね」
「それがさ・・・」



もう一口お酒を飲んでグラスを置くと、思わずため息が出てしまった。








昨日、慰霊碑の前でカカシさんから気持ちを伝えられて、ようやく私も自分の気持ちに素直になることができた。
抱きしめられてそのまま瞬身の術でカカシさんの部屋に連れて行かれた──







「───んだけど、ね・・・」

昨夜の自分を思い出すと、朝から絶え間なくはまっている自己嫌悪に再び陥り、
はぁ〜〜〜っとため息をついてそのままテーブルに突っ伏してしまった。


「紅〜〜〜〜、もうダメかも。私きっと呆れられちゃったよ、カカシさんに」
「あ〜、もしかしてアンタ、寸前で拒絶した、とか・・・」
「・・・・・・どうしてわかるのよ。私まだ何も言ってないよ」
「アンタの性格考えればすぐわかる」
「何でよ〜」
「あのこと、気にしてるんでしょ?」

紅の予想外の、でもドンピシャの答えに一瞬息をするのも忘れた。
それでも、紅が指しているのが違うことかもしれない、と話を何気なくすり替えた。

「私の体の・・・機能的なことなら、カカシさん知ってた」
「そっか。でも私が言ってるのはそっちじゃなくて──、」


苦笑が漏れる。

やっぱり、紅の目はごまかせないよね。

『あのこと』については特に紅に相談したことはなかった。
でもお互いに部屋に泊まったり温泉に行ったりしたときに見ているはずだ。
私の体を。
親友の前でだけは隠す必要もなかったし、紅も何も言ったことはなかったけれど、
同じ女として何も感じないはずはない。





突っ伏している私の頭をポンと軽く叩いてのその一言がまるで、安心しなさい、と言っているような気がした。
こんなとき、いつも紅は姉のように優しく励ましもし、背中を押してもしてくれる。
私がくだらない小さなコトでウジウジしているときには厳しく叱ってもくれる。
そんな紅の思いに、体を起こした。

、カカシは、そんなこと気にしないわよ」
「紅・・・」
「それに、アンタにベタ惚れなのは一目瞭然じゃない」
「そんなこと・・・」
「それにそんなこと気にするほど、アイツは器の小さいヤツじゃないよ・・・でしょ?」
「ん・・・わかってる」
「だったら──」
「でもね・・・やっぱり怖い、っていうかこの体見られるの恥ずかしいよ」
、私たちは忍者だよ。身体の傷なんてそんなのたいしたことじゃないって、アイツもわかってるはずよ」
「そうだけど」
「だいいち、そんなこと気にしてアンタを傷つけるような男だったら、」


ドンっとグラスをテーブルに置く。



「私が許さないわよ!!」



その力強い言葉と勢いに、周りのテーブルの客達も注目する。















「な〜にが許さないって?」



湧いたように突然現れたその姿に心臓が止まるかと思った。
声も出ない私とちがって、不敵に笑う紅。

「出たわね、甲斐性なしのエロ上忍。」
「なーによ、ひどいじゃない、その呼び名。」
「ヒゲまで、何で気配消して来るのよ」
「おまえ、もう出来上がってんのかよ、しょうがねぇなぁ」

お京ちゃんに、オレらもこのテーブルでいいからおしぼりちょーだい、と頼んでから座るカカシさんとアスマさん。

こういうとき何も言わないのに紅の横にアスマさんが当たり前のように座るのは、なんていうか、
口では憎まれ口ばかり叩いていても二人の絆みたいなものを感じる。

そういえば、と、ふと自分の隣を見る。

昔から宴会とかパーティとかどんなに大勢の人がいるときでも、気がつくとカカシさんが隣に座っていた。
そんな状況に自分では当たり前のように慣れていたけれど、
今にして思えば、それはちゃんと意味のあることだったのかもしれない。

でも、昨日のことがあったあとで、どうしても今日の私はぎこちない態度になってしまう。
カカシさんはいつもと変わりないのに。


「木の葉病院に行ったら、紅と帰ったってオトハちゃんが教えてくれたんだ。
だから、きっとここだと思ってアスマ誘って来てみたってワケ」
「今日は女同士、心おきなく楽しむんだから、アンタ達邪魔なの!特にカカシ、アンタはね!」
「何それ〜、どういうことよ?」
「うるさい!女を不安にするようなヤツは男じゃないのよ」
「ちょっと、紅、やめてよ」


訝しげに私を横目で見るカカシさんに、かぁっと顔が熱くなるのが自分でもわかった。
カカシさんが立ち上がりながら、笑った。

「なーんか今日オレ、紅に嫌われてるみたい。やっぱ帰るわ。アスマ、紅よろしくね。」
「おう、何か悪ぃな」
「ぷっ!なーんでお前が謝んのよ!」
「・・・いや、なんつーかよ・・・」
「アースマちゃん、照れて可愛〜い」
「うるせー、とっとと消えやがれ。ついでに忘れていくなよ」
「ついでじゃなくて、ちゃ〜んと連れていくよ」

カカシさんは片方の目を弓なりにしながら笑って、ごく自然に私の方へ手を差し出した。
昨夜のことを全く気にしていない様子の彼に少し戸惑いながらも、その手を取った。
彼の温かいぬくもりにうれしさと不安が入り交じる。
この手を離したくない、慰霊碑の前でそう願った昨日を思い出していた。



店を出ると、夜とはいえ夏の暑さが身体を包む。
繋いだ手はそのままにほんの少し前を歩くカカシさんが、ふと足を止めた。
私を見下ろすその表情が、いつもより堅いような気がした。

「・・・・・・うち、来る?」
「あ、うん」

少しホッとしたように優しく微笑うカカシさんの表情を見て、
昨夜私が拒んだことを彼が全く忘れているわけではないとわかった。
幾分遠慮がちに繋いでいた手をしっかりと握られて、
てっきり瞬身の術で彼の部屋へ連れて行かれるのかと思ったけれど、
カカシさんは何も言わず、私の手を引いて歩く。
それでも繋がった指先から流れてくるのは、私を安心させようとするような彼の優しさ。







大切にされているんだと、感じた。






















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