───『 銀の雫』 2















































今日はちゃんと玄関からカカシさんの部屋へ入る。
そう言えば、昨夜は慰霊碑からそのままベッドへ直行したようなものだったから忘れていたけれど、
この部屋に来るのも久しぶりだ。
昔は休暇が重なったとき、たまのオフには外出しないでのんびりしていたいというカカシさんと
この部屋でよく一緒に過ごした。
今思えば、恋人でも何でもなかったのに一緒にいる時間が多かった気がする。
彼の当時の彼女に妬まれるのも仕方なかったかもしれない。
だって、彼女達の物よりも私の物の方が、この部屋には多かったから。
お互いに貸し合った本や音楽、多めに作ったおかずを届けてその後たまってしまったお皿。
この部屋には私専用の包丁まであったっけ。
切れない包丁じゃあ料理する気がおきないと言った私に、カカシさんが買ってくれたのだ。
久しぶりに部屋をゆっくり見渡して、そんなことを考えていた。


不意に後ろから回される腕。
カカシさんが私を抱きしめて、ホッと息を吐いた。

「もう、来てくれないかと思った」
「私こそ、もう嫌われちゃったと思った」
「・・・なーんで?」
「だって・・・呆れられちゃったって・・・ゆうべ・・・」
「そんなことあるわけなーいでしょ?」
「あんな状況で・・・あんなことする女いないよね?」
「・・・は初めてなんだから、怖くて当たり前でしょ?」


その言葉に全身から湯気が出るかと思うほど赤くなってしまった。
咄嗟にカカシさんから離れようとするけれど、彼がそれを許すはずもなく。


「な、なんでそんなこと・・・」
「え?違〜うの?」
「や、そ、そうだけど・・・でも!なんで知ってるのよ?!」
「え〜?だって、そんな簡単に男にカラダ許すような女じゃないでしょ?
そんでもって、その前に、そんな簡単に男と付き合うような女でもないじゃな〜い?」
「う・・・うん。」
「だ〜か〜ら〜、ね。考えれば簡単なワケ。ゆうべだって、コトを急ぎすぎたオレが悪いの!
 の気持ちも考えないでオレ一人で突っ走っちゃって・・。ゴメン」

後ろから抱きしめたまま私の頭のてっぺんに顎をのせるカカシさん。
その体勢がこの上なく親密に思えて、ドキドキする。
こんなに男の人と近い距離なんて、昨日を除けば初めてだ。


「違うの、」
「ん〜?」
「そうじゃなくて、・・・カカシさんは悪くない。往生際が悪いのは、私──」
「ちょっと、待って、
「え?」
「一つだけ聞かせて?はオレに触れられたくないって思ってる?」
「・・・まさか、そんなこと──」
「なら、いいよ。オレ待つから」
「カカシさん・・・」
「今すぐなんて言わなーいよ。無理しなくていいから」


カカシさんの気持ちが痛いほど嬉しくて、私もそんな彼に応えなきゃと心から思った。

しばらくそのままカカシさんの腕のなかにいて、カカシさんの優しさに背中を押されるように、
意を決して、震える手でシャツのボタンを外す。

カカシさんが息を呑んだ。



さすがにカカシさんの顔を見ていられなくて、ボタンを外しながら、
けれど上手くいかない指先に集中するように俯いた。
その指先を彼の手で包まれた。
顔を上げると、カカシさんの苦笑い。

「無理しなくていいって。ホントに──」
「無理なんかじゃないよ」


まるで子供に言い聞かせるようなカカシさんに、振り向いてその胸にもたれた。

「私は・・・カカシさんと一緒にいたい」

「ホントだよ。ただ・・・怖かっただけ」
「ん。分かってる」
「違うの。こういうこと、初めてだからじゃないの。だって相手がカカシさんだから怖くない。」



その言葉と同時に、ぎゅっと抱きしめられた。
だから私も彼の背中に両手を回してそのぬくもりを確かめる。
カカシさんを見上げて、勇気を奮い起こす。


「だから、私の全てを受け止めてくれる?」


額当てを外して、口布も下ろして、彼が素顔を見せる。

「とーっくに受け止めてるつもりだよ、を丸ごと。」


カカシさんはその整った顔でキレイに優しく微笑んだ。
抱き上げられ寝室へ運ばれて、ベットに下ろされた。
ボタンを外そうとすると、その手をどかされた。

「ひとつひとつ、を知っていきたいから・・・」

自分で脱ぐならともかく、彼の手で肌をあらわにされることに、さっきまでの決心が鈍る。
やっぱり彼の反応が怖かった。
その目に浮かぶかもしれない嫌悪感や哀れみを認めたくなかった。

下着を取られて、彼に全てをさらけ出す。
その瞬間の彼の表情を見たくなくて、目を逸らした。

右肩から左腿まで伝う大きな傷跡。
気の遠くなるような長い治療のあとでも、消すことができなかったほどの傷。
忍者にケガはつきものだといっても、さすがにこんな傷を残しながら生き延びるのも
珍しいのではないだろうか。
一時は、"英雄になり損ねた"と陰口をたたかれたことすらあるこの傷。
里内でも一、二を争う美人達に見慣れているカカシさんの目には一体どんなふうに映るのだろう。
魅力的なものではないのは確かだ。
そんなふうに少し自虐的に考えてしまって、目を閉じた。






どのくらいそうしていただろうか。





私を呼ぶ彼の声。


、こっち向いて」


その声音には、覚悟していた嫌悪感も哀れみも感じない。
けれど、やはり彼の目を見ることができなかった。




ふと身体に感じる生暖かい感触。




彼が私の傷跡に口づけているとわかるまでに数秒かかった。

傷跡の端から一つずつ優しくなぞっていく唇。

もう痛みなんて感じないのに、これ以上傷つけないようになのか、

・・・・・・そっと、そっと。

まるでそうすることで、この傷跡が消えるかのように。




こめかみから耳に流れる水滴に、自分が泣いていることに気づいた。


最後までキスでなぞってから、最後に私の涙をキスで拭う彼。








「・・・・・・見られるの、怖かったの」





「醜いって思われるの、怖かった・・・」


「きれいだよ、は」



その言葉に首を振る。



「綺麗だよ」










「この傷は、が生きている証拠だから」










その言葉で、私の中でずっと冷たく固まってしまっていた何かが解けた気がした。
まだ涙が溢れるのを止められない目で、カカシさんを見上げる。



カカシさんは紅と蒼の両の瞳で優しく微笑んでいた。


「やっと、オレを見てくれた。」



堪えきれずに、彼の首に両手を回して、抱きしめる。


優しく背中をさすってくれる彼の腕のなかで、泣きじゃくった。












































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