───『 Jumpin' the gun 』 1

















「真田君、部活あるんでしょ?あとやっておくから、行っていいよ」


放課後、委員会の仕事で残っていた私は、隣で作業している真田君に声を掛けた。
帰宅部の私と違って、『王者・立海』を副部長として支える彼は何かと忙しいはず。
半分くらいまで今日の分の作業も終わったし、残りはなんとか自分一人でできそうだと思ったので、
彼に部活に行くよう勧めたのだけれど、彼は少し顔を上げただけでまた書類に目を戻した。


「私なら、どうせヒマだから大丈夫──」
「自分の仕事を人に押しつけるなど、そんな無責任なことができる訳なかろう」

ピシャリと言い放たれる。


「あ〜・・・ごめんなさい」

責任感が人一倍強い彼の性格を思い出して思わず謝った。
彼は、自分の言い方がきつ過ぎたと思ったようで、

「いや、すまん。の気持ちはありがたく受け取っておく。」

そう言って手元の書類に目を落とした。









「そっちも終わったか。」


一通り書類を確認したとき、陽が傾いた窓の外を見ながら真田君が言った。

「結構遅くなったな。送っていく。」
「あ、大丈夫。心配しないで。まだそんなに暗くないし。」
「こんな時間に女子を一人で帰らせる訳にはいかん。」
「でも、遠回りになっちゃうし──」
「何かあったら、俺の責任だ」


ああ、責任・・・。
その言葉が出ると、真田君は絶対にひかない。
こうなると何が何でも自分の意見を通すのが彼、というのはよくわかってる。
前世はきっと武士だわ・・・なんて思いながら、大人しく彼の言うとおりにした。
「じゃあ・・・お言葉に甘えまして・・・」
「うむ」
少し満足げに、彼が頷いた。

こんなやりとりも、もう何度目だろう。
たまたま1年の時から同じ委員会で、気がついてみればもう3年目。
本が好きな私は、部活の代わりに趣味と実益を兼ねて毎年図書委員。
でも、どちらかといえば風紀委員や選挙管理委員が似合いそうな真田君が
図書委員っていうのは、結構意外だった。
「たるんどる」なんて言いながら、生徒に喝を入れてそうなんだけどな・・・。

そんな「生徒の鏡」のような真田君と、当番じゃなくても放課後の図書室に入り浸っている私が、
自然と先生から委員会の仕事をいろいろ頼まれるようになったのも別に不思議ではなかった。
他に用のない私はともかく、部活で忙しい真田君には煩わしいだろうに、
真面目な彼は当たり前のように仕事を引き受けていた。
そして今日のように一緒に仕事を頼まれて遅くなったときは、必ず真田君は家まで送ってくれた。








「あ、きれい」



図書室の戸締まりをして職員室に鍵を返しに行く途中、廊下の窓から見える景色に足を止めた。
陽が落ちたばかりの町に宝石みたいに点々と灯りがともっている。

「ほら、真田君、見て。」

外を眺めながら手招きをする。


「ほう。確かになかなかいい眺めだ。」
「ここからの眺め、この時間が一番きれいなのよね。」
「・・・・・いつもこんな遅くまで残っているのか?」

不機嫌そうな彼の言い方に振り返ると、眉を寄せた真田君と目があった。

「感心せんな」
「当番の時だけよ」
「だが、よく他のヤツの当番を代わってやってるだろう」
「え?」


驚いた。

まさか真田君がそんなことを知っているなんて思わなかったから。
確かに、部活で忙しい子に頼まれて図書委員の当番を代わりにやってあげたりしてる。
だって、どうせ私はほぼ毎日と言っていいほど放課後は図書室で過ごしているから、
その時間をカウンターの中で過ごすか外で過ごすかの違いなわけで。

でも、それを真田君が知っているとは思っていなかった。


「これからは俺が送る。」
「・・・は?」
が遅くなった日は、俺が送っていく。」
「ちょっと・・・待って。あの──」

いきなりの予想外の申し出に戸惑う私をよそに、腕の時計を見ながら真田君はさくさくと話を進めていく。

「この時間なら15分ほど待てば、ちょうどテニス部の部活も終わる頃だからな。」
「そうじゃなくて───」
「不服か?」
「・・・不服とかそういう問題じゃ──」
「結構。ではそういうことだ。行くぞ。」

一方的に会話を終わらせて、真田君は唖然としている私の横をスタスタと通り過ぎていった。
妙に姿勢の良いその後ろ姿をただ見つめていると、彼がピタリと止まって振り向いた。

「何をしている。鍵を返して帰るぞ」

その声でようやく我に返った私は、とりあえず彼の後を追う。
帰り道、何度かその件について話をしようとしたけれど、結局ことごとくバッサリ切り捨てられてしまったのだった。

























さん、お客さんだよ」



昼休みに廊下に呼び出されて出てみれば、選択科目でいつも隣の席に座る飯田君。
何の用だろうと訝しげにしていると、いつもより歯切れの悪い彼。
それでも黙って聞いていた・・・のだけれど。






・・・・・・。

・・・・・・・・・どうしよう・・・?

こういうのって、あんまり(というか全く)慣れてない・・・。





「それで・・・もし良かったら・・・なんだけど・・・」
「・・・・・・」
「いやっ!もちろんっ、さんに、つきあってるヤツとかいるんだったら・・・・」
「それは───」


「悪いが、飯田、俺に無断でそういうことをされると困るな。」


飯田君の言葉を否定しようとした私を遮った声に二人で振り返ると、
いつの間に来ていたのか、真田君が腕を組んで立っていた。

「真田君?」
「真田?・・・どうしてお前が・・・・」

いったん言葉をつぐんだあと、何を感じたのか飯田君は私と真田君を交互に見てから、
真田君に向き合った。

「・・・そういうことか?真田」
「ああ、悪いな。」

私を無視して、何やら合意に達したらしい男子二人。
けれど、私にはさっぱり訳が分からない。

第一、何故ここに真田君が出てくるのだろう?

「・・・そっか。ごめんな、さん。そうとは知らなかったからさ。」
「あの・・・」
「真田が相手じゃ敵わないしな。」
「いや、そうじゃなくて───」
「じゃあ、がんばれよ」
「ちょ・・・飯田君・・・」

事情がいまいち把握できていない私を置いて、一人納得しながら
自分の教室に戻っていく飯田君をただ見送っていると、
今度は真田君に声を掛けられた。

「では、俺も教室に戻るぞ」
そう言って、もう用はないとばかりに
歩き出す。


・・・ちょっと待って。


すでに随分離れたところまで行ってしまった彼を、なんとか呼び止めようとするけれど、

「真──」

彼を呼んだ私の声は、始業のチャイムにかき消されてしまった。




















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