───『 Jumpin' the gun 』2
放課後の誰もいない図書室で、いつもの窓辺の席に座った。
窓の外を見ると、テニス部が活動していた。
しばらくそれを眺めた後、ふとブレザーの胸ポケットの生徒手帳を取り出した。
昼休みのやりとりを思い出してため息をつきながらページをめくろうとした時、
ドアが開く音がして顔を上げると、ジャージ姿の真田君が立っていた。
私の座るところまで歩いてくると、窓際に寄りかかる。
休憩中なのだろう、スポーツドリンクを手に持っている。
私は、さっき言えずに終わってしまった続きを切り出した。
「・・・いきなりあんなふうに人の会話に入ってきて、
勝手に話を終わらせちゃうのって、どうかなって・・・。
一応、私のプライベートなことだし、真田君には関係ないじゃない?」
これでもなるべく穏やかに、しかもすごく真っ当な事を自分でも言っているつもりだったのに、
真田君は私の言葉が信じられないとでもいうように目を丸くした。
「」
「はい?」
「聞き捨てならんな」
「は・・・?」
「俺には関係ないと言ったな?」
「・・・・・・だって、そうじゃない・・・?」
その一言で。
ピクリ、と。
彼のただでさえ厳しいその表情に。
何かが落ちてしまったようだ。
向き直って、腕を組んで、仁王立ちする彼。
長身の、しかも普段でさえしかめ面の彼に上から睨まれるのは、さすがに少し怖い。
私の言った言葉は、彼を怒らせてしまったらしい。
「べ、別に、私たち、つき合っている訳でもないんだし───」
「付き合ってないのか?」
「・・・・・・でしょ?」
私の記憶の中ではそういうやりとりはなかったはずだから、
当たり前じゃない、と速攻でうち消したいところを、
少し困惑しているようにも見える彼の表情を伺いながら、念のため訊いてみる。
「・・・付き合ってたっけ?」
真田君は、不本意そうに目をそらしてため息をついた。
気のせいだろうか、わずかに頬の当たりが赤い。
「一緒に帰っているだろう。」
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・は?。
・・・・・・それって・・・。
今度は私の方がため息をつく番だった。
「真田君・・・申し訳ないんだけど、それだけじゃ、付き合っているとは言えない──」
「何を言う。俺は何とも思ってない女を毎日のように送るような男ではないぞ」
「でも、一般的には──」
「それでは、何か、は俺がそういうことを軽々しくするような男だと思うのか」
「軽々しくって・・・。そりゃ、責任感の強い人だと思ったよ?でもね───」
正直に言った私に、真田君がイラついたように肩で息を吐いた。
「。いくら俺でも、節操なしに相手が誰でも少し遅くなったからといって、
そんな度々一緒に帰るなんてことはせんぞ」
「・・・・・・そうなの?」
「当たり前だろう」
「そう・・・ですか・・・」
「そうだ」
真田君が、顔を少し赤らめながら窓の外に視線をやる。
「お、俺はだな。その・・・本当は、風紀委員に推薦されていたんだ。」
「は?」
一見、関係ないような話題に変わってしまって、何と答えればいいか
考えあぐねている私をちらっと見て、真田君は再び視線をはずして続けた。
「いや、1年の時はたまたま図書委員だったんだが、去年と今年は
周りや先生方から風紀委員を勧められて、だな・・・。
確かに自分でもその方が向いているんじゃないかという気はしたんだが・・・」
「私も、真田君は風紀委員の方が断然似合うと思ってた」
誰が見ても、そう思うだろう。
そして、また彼がチラリとこちらを見る。
「その、まあ、なんだ、図書委員も悪くはないのではないかと、思って、だな」
「そうかな〜、結構放課後の当番あったり、テニス部には面倒なだけじゃない?」
「う・・、ま、まぁ、それは確かにそうだが・・・、時にはうれしいこともあるし・・・な」
「うれしいこと?」
「・・・・・・がいるからな」
「へぇ・・・・・って、はい?」
「は中等部の時から毎年図書委員だと聞いた」
「え、あ、うん──」
「クラスも違うし、それくらいしか接点もないし」
「真田君──」
「今年でもう高校生活も終わりだしな。」
意外な事実に驚いてただ言葉が見つからず、あんぐりと口を開けたまま黙ってしまった私に、
彼は誤解してしまったようで、
「しかし、まあ・・・思い違いをしていたようだ」
ため息とともに聞こえてきた、落胆したような声にやっと我に返ると、
少し申し訳なさそうな顔で彼は微笑んでいた。
「迷惑だったのなら、謝る」
「真田君?」
「悪かった」
「さな──」
コートに戻らねば、と言って寄りかかっていた壁から離れて図書室から出て行こうとする彼を、
今度は置いていかれないように追いかける。
彼のジャージの裾を掴んだ瞬間、パサリと手から落ちる手帳。
慌てて拾おうと手を伸ばすけれど、背の高い彼の方が早かった。
拾った手帳を何気なく差し出されて、私が内心ホッとしながら受け取ろうとした瞬間、
真田君はページの間から落ちそうになっている物に気づいて、眉をひそめた。
そんな彼に、焦って取り返そうとした。
「返して」
私より頭ひとつ分も大きい彼は、難なく私をかわしてわざと手の届かない位置までそれを掲げる。
必死になって取り返そうとする私を訝しげに見てから、手帳からのぞいている1枚の写真を抜き出した。
「ちょ、ダメ!返して!お願い!」
そこに見慣れた色を見つけて、彼の表情が固まる。
「これは・・・」
なんとか彼の手から手帳と写真を奪い返して背を向ける。
逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに、あまりに動揺してそれ以上足が動かなかった。
「」
自分を呼ぶ声が聞こえても、恥ずかしさのあまり返事なんてできない。
「」
ポン、と頭に何かを置かれる感触に、反射的に空いている手で押さえて手にとって見てみると、
それは真田君の生徒手帳だった。
・・・・・・見ろってこと?
恐る恐る開いてみると、そこに現れたのは・・・。
これは・・・。
私・・・・・・?
確かに、そこには去年の海原祭の時の私がいた。
思わず振り返って、真田君を見上げる。
彼は腕組みをしながら少し顔を赤らめて、それでも私をまっすぐに見つめていた。
「これって・・・」
「同じ、だな」
そう言って手を差し出す。
そこに彼の手帳を載せようとすると、違う、と首を振られた。
少し躊躇しながら今度は自分の手帳を渡すと、
彼はそれを開いて挟まれている自分の写真をまじまじと眺める。
それは、いつもの彼のユニフォーム姿。
自信に満ちあふれて、プレーしている姿。
私がいつも窓から眺めていた、その姿。
「今日からは──」
彼が幾分ご満悦気味に言う。
「練習が終わるまで、コートサイドで待ってろ」
─── 窓越しから少し、近付いた日。
真田よ、なぜジャージなのに生徒手帳を持っているんだ・・・。
練習中じゃなかったのか・・・?
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