志望学部 ------ 商学部 









志望動機(又は、希望の職業) ------ 嫁











                                                      -------- 『 Lover Man 』 1






















「すんごいことになってんね〜」



前の席に後ろ向きで座るの声に、手を止めて少し見上げた。

うんざり、という顔で首を振る親友に、申し訳ないと思いながらも手元の議事録に再び視線を戻す。


「会うヤツ、会うヤツ、そればっかよ。 『ちゃんの彼氏は誰だ?!』って。」

「ごめん」

「ちなみにみんなからの推測ランキングとしては、一位は手塚、二位は不二、番外編としては氷帝跡部ってとこかな。
ま、それはいいんだけどさ、あんたも思い切ったことするね。
まさか進路調査票にあんな事書くとは・・・・」
「う・・・・・・。すいません」
「進路指導の間瀬ちゃんも、さぞかしびっくりしたんじゃ───」


ガラッッ。


「あれ?さんと坂井さん、まだいたの?どうしたんだい?」



いきなり開いた教室の扉を二人して見やる。



「おー、タカさんじゃん。今日、、日直で、あたしはその付き合い〜。」
が私の机を指差しながら言う。

「へー、大変だね。お疲れ様、さん。がんばってね。」
自分の机の中を覗きながら、あったあった、とノートを取り出すタカさんに声をかけられて
思わずガタッと椅子から立ち上がってしまった。

「あああ、ありがとう!!タ、タカさんも部活がんばって!!!!!」
「え?あ、ああ、うん」

もの凄い勢いで答えたものだから、少したじろぐタカさん。
が、すぐにいつもの優しい笑顔になった。

「ありがとう、さん」

じゃあ、といって教室を出ていくタカさんの後ろ姿をじっと見つめる。









・・・・・・・・・・かっこいい・・・・。









〜〜〜、おーい、〜。戻っておいでー」

が目の前をパタパタと仰いで、しばしうっとりと夢の世界をさまよっていた私を現実に引き戻した。
























初めてタカさんと会ったのは、高1の夏休み。

中等部から彼と一緒の学校だから、初めて、というのはちょっと違うかもしれない。
けれど、同じクラスになったこともなければ同じ委員会になったこともなかった私にとっては、
やっぱりあの日が私と彼の初めてあった日。
とはいえ、その日のことを彼が覚えているとは思えない。
きっと、誰にでも優しいタカさんはそんなこといちいち気にかけてもいないだろう。



とても暑かったあの夏の日、自転車で本屋さんに出かけた私は、
帰り道、チェーンが外れてしまって途方に暮れていた。
自転車の扱い方なんて全然わからなくて、どうしようかとただうずくまっていた私に、


『どうしたの?』


お家の手伝いの途中らしく、『かわむらずし』の白衣を着た彼が心配そうに声を掛けてくれた。
忙しいだろうに、自転車を黙って直してくれた彼は、私がお礼を言うと笑顔で去っていった。


腕で汗を拭いながら、少し照れくさそうに笑った彼の顔を忘れることができなかった。








あの瞬間、私は恋に落ちた。





























「・・・ちょっとこの件は会長に聞いてみないと判断できないな」
「じゃあ、テニス部まで呼びに───」
「あ、はい!あたし行って来る!行きます!」


生徒会室で体育祭の打ち合わせ中、生徒会長の手塚君を呼びに行く役目を強引に奪い取る。
その場にいたのが以外は全員男子だったから、すんなり『じゃあ、よろしく〜』と頼まれた。

タカさんの姿をチラッとでも見られると思うと、自然笑みがこぼれる。


「お〜お、だらしない顔しちゃって〜」

横からが小声でからかってきても、そんなのどうでもいい。
いつもなら、やり返すのだけど。
今はタカさんに会える(正しくは『見る』なんだけどね)方が大事なんだから!

「そんな姿、男どもが見たらがっかりするよ〜。
『青学のさん』が一人の男にヘロヘロになっちゃってるなんてさ。」
「ふふふ〜。なんとでも言ってくれ〜。タカさんに会いにいくんだから〜」


ああ、顔が緩む。


「いや、アンタが会いに行くのは手塚だから。 ついでに連れてくるのも手塚だからね」
「きゃ〜、タカさんが待ってる〜」
「いや、だから待ってないから・・・って聞いてないね、こりゃ」

脇でうるさいに手を振って、生徒会室を出た。
ため息をつくが呟いていたことなんて、全然聞こえない。




「・・・あれで、この学校一の才媛って言われてんだから全く信じらんないねー。」
















テニスコートのだいぶ手前から、女の子達の黄色い声が聞こえる。
たぶん、手塚君と不二君あたりが目当ての子達だろう。
かなり近くまで来ても、フェンスの中が見えない。
とにかく、凄い女の子達の数。

用のない子達はそれ以上コートに近づくことは許されていないけれど、
生徒会の仕事で手塚君を呼びに来た私は、特権でフリーパス。


・・・・・・のハズだったんだけど。


私の姿を見て、女の子達がざわめき出す。
何だろう、と思っているとその中の何人かが口を開いた。


「あの!先輩!先輩と手塚先輩は付き合っているんですか?」
「やっぱり手塚先輩に会いにきたんですよね?!」


・・・・・・・・・・はい?


驚いてしばらく何も言えずにいると他の子達も騒ぎ出した。


「え〜?!やっぱりそうなの?」
「あの噂、本当だったんだ」
「うそー!ショックー!!」

どんどん大きくなる騒ぎに、テニス部に迷惑だから、となだめるように言っても
私の声など簡単にかき消されてしまった。
さすがに私も女の子達に囲まれて騒がれるのには慣れていなくて、
どうしようかと思ってると、自分の前に大きな影ができた。
ふと視線を上げると、私をかばうように目の前に立つ人の後ろ姿。
それと同時に一瞬治まる喧騒。


「いい加減にしなよ」


優しい声ではないけれど、決してバーニングではない、
それはいつものタカさんの、でもいつもとは何かが違う声。


さんが、怖がってるじゃないか」


タカさんが私を守ってくれているという信じられない事実に、
別に怖いわけではないんだけど、と否定するのも、
そんなことを考えるのも頭から吹っ飛んでしまっていた。


再びざわめき立つ女の子達。
けれど誰かが、バーニングだ、とつぶやいた途端、
一人、二人と焦ったようにフェンスから離れていった。
どうやらバーニング状態のタカさんは女の子達から恐れられているらしい。


ほとんど周りに人がいなくなると、タカさんは何も言わずにコートに戻ろうとした。
ちゃんとお礼も言ってなかったことに気付いた私は、やっとのことで彼を引き止める。


「あ、ありがとう!タカさん、あの───」
「しばらくは、コートに来ない方がいいよ」
「え?」
「またこんな事があると大変でしょ?」

ああ、やっぱり迷惑かけてしまったから・・・。
そう思うと恥ずかしくてタカさんの顔を見れなかった。

「・・・ごめんなさい。迷惑かけて──」
「手塚が心配するし」
「は?」

思いがけない言葉に、咄嗟に顔を上げた。


・・・何で、そこに手塚君の名前が出てくるの?!


けれどそんな私を気にもせず、タカさんがコートに向かう。


「じゃあ。」
「ちょっと!待って!タカさん!」
「え?」

何だか誤解されてるみたいで、それがすごくすごく悔しくて、
彼が部活中だということも、すっかり忘れてしまってた。

「全っ然、関係ないから!!」
「え?」
「手塚君なんて関係ないから!」
「え、あの、さん?」
「私は!私が好──」


「関係ないのはお前だ」


勢いでタカさんへの気持ちが溢れそうになった私を遮る、低い声。
その不機嫌そうな声音に、ギクリとして恐る恐る振り返った。


「て、手塚君・・・?」
「ここで何をしている、。コートは部外者立入禁止だ」

思いっきり深くなっている眉間のしわ。

「それにさっきから随分と騒がしかったようだが、原因はお前か」
「いや、別に私が引き起こした訳では、ないんだけど・・・?」
「河村。お前もその場にいたな。」
「や、タカさんは何も関係ないから──」
「グラウンド20周」
「ちょ、ちょっと、手塚君。タカさんは私をかばってくれただけで・・・」
、お前もだ」

何とか説明しようとした私に容赦なく下されるテニス部恒例の罰。


・・・・・・私はテニス部でもないし、もとはといえば、ただ手塚君を呼びに来ただけなんだけど。


が、取りつくしまもない手塚君の様子に諦めて、仕方なくグラウンドに向かう。



走ればいいんでしょ?!走れば!!









さんって走るの速いんだね」


グラウンド20周を走りきった後に、ずっと隣に並んで走っていたタカさんから声を掛けられた。

「オレもそんなに遅くないほうなのに、さん余裕だし」
「全然。だって、タカさん、バーニングじゃないじゃん。ゆっくり走ってくれたんでしょ?」
「そんなことないよ。さすが、さんだよね」



その言葉に、立ち止まる。


─── サスガ、サン。


その言葉を、どれだけ言われてきただろう・・・。


だけど、私は・・・・。





「・・・タカさんとだから、走れたんだよ」
「え?」

少し前を行ったタカさんが訝しげに振り返る。

「タカさんと一緒に走ったから・・・だから、楽しかったの。」
さん?」
「タカさんと一緒に走れたから、疲れなんて感じなかった。」

タカさんの顔を見る事ができなかった。
さっきのタカさんの言葉で、私の気持ちに望みなんて全くないってわかっている。
それでも言わずにいられなかった。


「私が好きなのは、タカさんだから」








「はは、さんったら、何冗談言って・・・」

しばらくの沈黙の後の、タカさんの一言。
私には、一撃の、言葉。
だって、そうだろう。
好きだとか嫌い以前に、本気と受け止めてもらえないのだから。
自分の言葉を信じてもらえないのだから。


それ以上何も言えなかった。

















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