───『 Mona Lisa 』 3



















チョタと樺地君をエレベーターまで見送ってから、キッチンの片づけを終えた。
そろそろ跡部も帰ってくるだろうと思ってコーヒーメーカーをセットする。
コーヒーのいい香りがしだした頃、玄関を開ける音がした。


「おかえり」
「ああ」

跡部はリビングで雑魚寝状態の仲間を見ながら、半分呆れたように笑った。

「ったく、のんきな奴らだな」
「お疲れさま。コーヒー飲む?」
「ああ」

は食器棚から跡部のカップと、自分用によく使っているマグカップを取り出してコーヒーを注いだ。
酒臭い部屋の窓から出て、バルコニーの椅子に座っている跡部にカップを渡す。
隣に腰を下ろして一口啜った。

「悪ぃな」
「大変だね。こんな遅くまで。休日だっていうのに」
「・・・お前だって、バイトだったんだろ?」
「ん、まあね」
「ったく、慈郎のヤツがを呼ぶ呼ぶってうるせぇんだよ」
「はは。でも楽しかったよ」
「・・・そうか」
「跡部、ゴハンは?」
「食ってねぇ」
「食べる?」
「・・・・・・そうだな」

少し間を置いたその返事に、クスリと笑ってしまった。

「無理しないで。別に食べなくたっていいのよ?」
「・・・そんなんじゃねぇよ」
「こんな遅い時間だし」
「バーカ、無理なんかしてねぇ。」

そう言って、跡部は軽くの頭を小突く。

「・・・お前だって疲れてんだろ。あいつらのお守りで。」
「全然。今日は大学休みだからバイトだけだったし。」
「あんまり無理すんな。たまにはちゃんと休め」
「それはこっちのセリフ!最近ハード過ぎない?大丈夫?」
「オレを誰だと思ってやがる」
「はいはい。オレ様跡部様。ここにお料理持ってきてあげるよ。風がいい気持ちだから」

笑いながらは部屋に戻りキッチンに向かった。
冷蔵庫からあらかじめ跡部用に取り分けて置いた料理をトレーにのせて運んだ。
料理をさっと見渡して、跡部が笑う。
は訝しげに見上げた。

「どうしたの?」
「いや、・・・あいつらの好物ばっかだな」
「さすが〜、よくわかってるね〜、インサイトっていうやつ?」
「バーカ・・・・・・」
「・・・?・・・跡部?」
「・・・・・・オレのはねぇのかよ」
「・・・あ〜・・・ごめん・・・跡部と忍足のは、ちょっと今日は時間無くて・・・」
「あ〜ん?」
「ん〜・・・ごめん!」

両手を合わせて謝る。

「バーカ。冗談だ」

それだけ言って、跡部は食べ始めた。
無言で食べる跡部と二人バルコニーにいて、なんだか気恥ずかしくなる。
ごまかすように、コーヒーを飲んだ。

「お前、就職決まってんだってな。忍足に聞いた」
「・・・・・・忍足め・・・」
「なんでオレに言わねぇんだよ」
「だって・・・」
「別にお前が嫌がるのに、無理矢理ウチの会社に入れたりしねぇよ。わかってんだろ?」
「・・・跡部のとこの会社が嫌って訳じゃなかったんだよ」
「当たり前だ。世界規模だぞ、ウチは」
「・・・・ちゃんと、自分の力でやってみたかっただけなの」
「わかってる」
「だから・・・やってみた」
「そうか」
「内定、もらったの」
「どこに?」
「ん〜っと・・・・・・・・・・・・・・・あんたんとこ・・・」
「・・・はぁ?なんて言った、今?」
「・・・・・だから・・・跡部商事」
「・・・・・・・・・・・・・マジかよ」
「・・・大マジ・・・です」
「・・・・・・・・・・・ったく、いつの間に・・・・・」
「結構早い時期だったな。去年の暮れ、ゼミの先輩がリクルーターしてて声かけられたの」
「人事部から、うちの大学からエントリーしたやつの名前見せられたけどお前の名前なんて見てねぇぞ」
「たぶん、法務で資格者採用だからだと思う。総合職と採用枠が違うって先輩言ってたよ」
「あぁ、お前資格持ってるんだったか」
「うん。だから厳密に言うと新卒の採用と微妙に違うみたい。」

脱力したように椅子に沈み込む跡部は大きなため息をついた。
こんなの跡部らしくないのだが。

「・・・・・・なんだよ、結局うちの会社に来るなら、オレに隠す必要ねぇだろ」
「だって・・・跡部に言ったら絶対裏から手を回して、縁故入社になっちゃうじゃない」
「結果は同じだろ。」
「全然違うよ」
「何で」
「いつも言ってるじゃない。私は自分の力でやりたいって」
「誰もお前に実力がないなんて言ってねぇだろ。実際在学中に司法書士の資格もとってんだ」
「それでも、周りは跡部の力で入社したって思うもの」
「周りなんてどう思われようが関係ねぇだろ」
「私にはあるよ・・・私には、そうことでしか自分を認めてもらう方法、ないじゃない?
跡部みたいに最初から一目置かれる家柄でも立場でもない訳だし。
一から築き上げて行かなきゃなんないの。 寿退社狙ってる昔のOLとは違うんだからさ」

いつもの高慢そうな表情で、跡部は長い足を組んだ。
悔しいが、こんな話をしているときでもいちいち絵になる男だ。

「あのなぁ、オレだって周りが全て好意的に受け入れてくれる訳じゃねぇんだぞ。
『社長の息子だからできて当然』、 ヘマすりゃしたで『これだから世間知らずのボンボンは・・・』。
けどそんなの問題じゃねぇだろ。要はどれだけ自分の実力を証明できるか、それだけだ。
仕事ができりゃ誰も文句は言えねぇ。」
「それはそうだけど・・・・・でもやっぱり私は跡部景吾のお情けでなんでも許されるんだって思われるのはイヤなの」
「・・・・お前なぁ・・」
「何かそれって・・・・なんていうか・・・対等じゃないっていうのかな・・・」
「対等?はん、お前はバカか」
「・・・何よ」
「対等も何も、このオレにこんな生意気な口きける女がどこにいるんだよ、他に」
「むぅ・・・なによそのいい方──」
「オレがお前にそれを許してるのは、お前がそれだけの人間だって、オレが認めてる証拠だろうが」
「・・・え?」
「がんばるのもいいけどよ、もう少し自分に自信持ったらどうなんだよ」
「・・・跡部・・」
「このオレが、そんな能力のない人間を自分のそばに置くわけねぇだろ。会社は遊びじゃねぇんだ、ビジネスなんだよ」
「・・・・・・そう・・・・だよね・・・・」
「でも、まぁ、自力で入社した方が、確かにお前の実力認められやすいかもな」
「・・・・・ホントにそう思ってくれる?」
「当たり前だろうが」
「良かった・・・・・だって・・・・」



は隣の跡部を下から心配そうに見上げた。
そのいつにない何ともしおらしい表情にゴクリと息をのみながら、跡部も身体をに傾ける。
安心したように微笑むに、思わず手をのばしかけた。


・・・その時。



「・・・もっと怒るかと思った・・・。あ〜、安心した!」




跡部が、ヒクと顔を引き攣らせる。
てめぇは、と呟く。

「ほんっとに、分かってねぇなっ!」
「・・・・?・・・・・やっぱり怒るんじゃないの」



はぁあ〜〜と大きく息をついてから、跡部は膝に肘をついて手で額をおおう。
今日の午後、忍足に言われた言葉が頭をよぎる。


「跡部も苦労するな。
をものにするのは相当大変やで〜。
なんてったってあの鈍感と頑固はグランドスラムとるより難しいとちゃうか。
お前さんもどこまで我慢できるかやな〜。 ま、がんばりぃや」


あのメガネのニヤニヤ笑いを思い出しても、腹が立つ。
が、その言葉はまさに的を得ている、と自分で認めるのも、よけいに腹が立った。









そして部屋の中では───。
ため息をつく者、小さくガッツポーズを取る者、笑いを堪える者、
それぞれが息を潜めて事の成り行きを見守っていた。

それは、跡部もも知らない・・・・・。













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やっと跡部出てきました(汗)。
・・・やっぱりヘタレっぽいなぁ(涙)。