─── 『 Mona Lisa 』 2






















バイトが終わって帰り支度をしながらメールのチェックをすると、1件着信があった。
ジロちゃんからだ。

『今、跡部ん家。もおいでよ。お腹減った。つまみよろしくね〜』

よろしくって・・・。
行くともなんとも言ってないのに。
それでも足は自然と跡部のマンションの方向へ向かう。
途中、食べ物を調達しながら、おそらく揃っているだろうメンバーのそれぞれ好きなものを選んでいるあたり、
何だかんだいいながらもハマってるよなぁ、と自分でも苦笑いがこぼれた。

跡部のマンションは白金にあるデザイナーズマンションで、エントランスを入るとまずコンシェルジュと顔を合わせることになる。
氷帝生活でお金持ちには慣れているといっても、根っからの庶民であるはこういう建物にはどうにもなじめない。
なぜホテルでもないのにロビーにラウンジがあったり噴水まであるのだ。
通常住民以外の人間はこのフロントでまずアポがあるかどうかチェックされるのだが、
の場合、跡部の指示によってフリーパスになっている。
別に跡部がこのマンションのオーナーでも株主でもないのだが、跡部がここに引っ越して来たばかりの頃、
部屋番号を忘れてしまったは跡部の取り巻きと勘違いされて追い返されてしまったことがある。
それを知った跡部が激怒して大変な騒ぎになったのだ。
以来、はもちろんテニス部の面々に関しては、決して失礼な態度をとらぬよう、
この超高級マンションの住民と同じように丁寧に接するように、と本店上層部からの厳しいお達しがきたのだ。
にとってみればそのコンシェルジュは多少の勘違いがあったとはいえ自分の仕事をしていたに過ぎないのだが、
跡部にかかると事が大きくなりすぎて、あやうくクビになりかけたそのときの女性がお気の毒で仕方がなかったほどだ。

そんなことを思い出しながら、コンシェルジュ(にはただの『フロント係』とどう違うのかいまだによくわからないが)に
軽く会釈をしてエレベーターに乗った。
最上階で降りると、目の前に見える立派な玄関ドア。
一戸に1台のエレベーターだから、知らない人間と会うこともない。
いつ見ても、自分の家の一般的なマンションとは根本的に造りが違うなぁ、などと思いながらインターホンを押した。
インターホンが答えることもなく、勢いよくドアが開いて慈郎が出てきた。

「お疲れ〜、。ね〜ね〜、来たよ〜。」

慈郎はリビングにいるのであろう仲間達にの到着を告げた。

遅いから、も〜、お腹ペコペコだC〜」
「え?まさか何も食べてないの?」
「軽く飲んで、お菓子とかは食べたけど、全然お腹いっぱいにならないもん」

の手からスーパーの袋を受け取って、キッチンへと運ぶ。
リビングに入るとおなじみの面々から声がかかる。

「お、、ようやく到着かいな」
おせーぞ」
さんはバイトでお疲れなんですからそんなこと言っちゃダメですよ、宍戸先輩」
ー、なんかメシ作ってミソ〜」
「ウス」

それぞれがみな、まるで自宅にいるかのようにくつろいでいる。
跡部しかいない時は無機質に感じるこの部屋も、こんな図体の大きい男達がうじゃうじゃいると、さすがに少しむさ苦しい。
しかも岳人がしているゲームなんて、よく跡部が持ち込みOKしたものだ。
「オレの部屋をなんだと思ってやがる、てめぇら。人の部屋でそんなにくつろぐんじゃねぇ!」
跡部が口癖のようにそういうのを何度聞いただろうか。
それでも口で悪態をつきながらも、いまだに時折この部屋にみんながこうして集まるのを許しているところをみると、
跡部もまんざら嫌でもないのだろう。勿論、「時折」ならの話ではあるが。
一人っ子の跡部はきっと内心兄弟が欲しかったに違いない。

キッチンで早速スーパー袋から食料を取り出して料理を始めようとしたは、
その思考の中の人物がこの場にいないのに今さらながら気づいた。

「あれ?そういえば跡部は?」
対面式キッチンのカウンターの反対側にやってきた忍足が可笑しそうに答える。
「今頃気づいたんか。景吾たん泣くで」
「・・・その『景吾たん』っていうの、やめようよ、忍足。気色いからさ・・・」
「うわっ、ひどい事いうな〜、アカンわ、ちゃん〜」
「・・・『ちゃん』もやめて」
「つれないな〜、ま、ええわ。跡部なら急に呼び出されて会社行ったで」
「そうなんだ」
「もうそろそろ帰ってくるとちゃうんか?」


跡部は20歳になったとき、家の事業を手伝い始めた。
それ以前から個人的に株の投資などはしていたようだが、成人を機に正式に跡部財閥の後継者としてビジネスの世界に入ったのだ。
大学の講義に出席しながらであるから、当然多忙を極めた。
さらにサークルではなく体育会のテニス部にも所属していたから、周りの人間からしてみるとこの男はいつ睡眠をとっているのだろうと不思議に思ったものだ。
普通ならば卒業を数ヶ月後に控え、気ままな大学生活に終止符を打ち厳しい社会人としてスタートを切ることに不安を感じる人間は多いものだが、
跡部に関していえばまさに逆で、時間的にも精神的にもようやくビジネスに専念できるようになるのである。
一般人と違って就職活動も無縁で卒業見込みも余裕でとれている跡部は、ここのところ大学にいるよりも会社にいる方が多いくらいだ。
今日も夕方まで会社にいたはず。


樺地に手伝ってもらいながらキッチンで料理をしていると、空腹の慈郎と岳人もカウンターにもたれてきた。
「あ、鶏肉じゃん、もしかして唐揚げ作ってくれんの?」
「パンとチーズがあるってことは、チーズサンド?亮の好きなやつじゃん!オレのは〜?」
「ちゃんとあるよ、ジロちゃん。はい、ムースポッキー。ごはんの前に食べないでよ!」
「鳳、見てミソ。ししゃもがあるぜ。これ本物?」
「むぅ〜!当たり前じゃない!紀ノ国屋で買ってきたんだから!高かったのよ!あ、樺地君の好きなピザも作るからね」
「ウス」
「オレんは?」
「・・・ごめん、さすがに関西の伝統料理は作れない・・・」
「ガーン!ホンマかいな。そらショックや〜」
「ごめんごめん!いつか時間あるときチャレンジしてみるから〜」
「頼むで〜、〜」
「ちょっと岳人、テーブルの上片付けてー。」

わいわいと賑やかに夕食の用意をして、跡部がなかなか帰ってこないので先に食べた。
みんなは明日も休日と見えてかなり飲んで、騒いだ。
卒業まで、あとどれくらい皆でこんなふうにバカ騒ぎしながら過ごせるのだろうか。
就職してそれぞれバラバラになるのだ。
おそらく跡部も来年にはMBA取得のために渡米するだろう。
みんなもそれがわかっているからだろうか、最近一緒に過ごす時間のテンションは高い。
飲み過ぎてリビングで潰れてしまったメンバーに布団を掛けて回りながら、はそんなことを考えていた。

食洗機に入りきらない大量の食器を片付けながら、かろうじて起きている鳳と樺地に言う。

「チョタも樺地君も、あと私が片付けとくからいいよ。もう遅いし」
リビングを指さして笑った。
「あっちはもう起きれないだろうから、あのまま寝かしとくよ。どうせみんな明日も休みなんだろうから」

でも、と言う鳳に、肘でつつく。

「ホントは今日彼女とデートだったんでしょ?さっき何回もメールしてたでしょ〜」
「え?し、知ってたんですか?」
「ほら、きっと待ってるよ。早く行ってあげな」
「す、すみません、」
「樺地くんも。跡部が帰ってきて、またこき使われないうちに、早く帰っちゃった方がいいよ」
「・・・・・・ウス」







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跡部、まだ出てこない・・・。