2019年 1月    更新



  あたたかい土
                               本多 洋子

 花の名を想い出せない今朝の道

 ゆるい坂だった 独りの坂だった

 ある時は涙の跡ののこる道

 想い出したわ うすむらさきの匂う川

 振り向きはしない 寂しい雲だった

 温かい土があるから頑張るわ

 かたつむり 独りの旅はまだつづく

 オリオンがそっと見詰めてくれている

 旅のラクダも行ったね 銀の鈴ふって













                             
 2018年 12月 更新

 アート・フェルメール
                    印象吟
  


 消えそうな花びら             本多 洋子

秋に散るサクラ 冬に咲くタンポポ

揺れているのはこころの襞か 優しさか

両手に包む 消えそうな花びら

湧き水に映る 遠い日の少女

少女の耳にはドビッシーのピアノ

月光の青と少女の真珠色


                                2018年11月  更新

アート 冠鶴 イメージ吟


      赦されよ                       本多 洋子


冠を外すと楽になれますよ

お高くとまっていては淋しくないですか

声をかけて下さい 一緒に泣きましょう

道化師のポケットにある温い海

プライドは水に 愛ならポケットに

マフラーでそっと包んであげる首

赦されよ ゆるされよとて 風の秋

やがて冬 眞心だけをてのひらに


                       
2018年10月 更新


 


   
山の音 風の音                 本多 洋子

 
    山の音 むかしむかしの風の音

    すれ違ったのは爽やかな 青年たち

    その中のひとりが詩集をくれたのよ

    忘れたりしないわ 光の中の風

    風はみずいろ あるいは薄むらさきかしら

    なにもかも きれいに流す水の音

    なにもかも 昔のままで山の音



                       
2018年9月   更新

    


                                     本多 洋子
    
笑い声

    フルートの響きで咲いた青い花

    稜線を越えて来たのは白い花

    我儘を赦してくれる赤い花

    どの花も風の言葉を聞きわける

    エンゼルの翼につける花の種

    花の種 この世の外へ行きたがる

    紫のソプラノ 緑のコントラバス

    お花畑からコロコロと笑い声


                         
 2018年8月     更新


  
街角のアート  大阪中之島にて

 
お閑だったら                   松原市  本多 洋子

お暇だったら昔話をしませんか

中之島でボート遊びをしましたね

覚えてる?オールが光っていたことを

揺れていたわね 公会堂の赤レンガ

水の都の学生音楽友の会

大阪だって捨てたものではなかったわ

いつからか無口になった鳩のむれ

そうね そうね いい婆ちゃんになりました







                             
2018年7月  更新

 ハートの美女 イメージ吟







   馬鹿だネェ                        本多 洋子


スペードのエースが心の底にある

ハートの裏が涙で滲んでいませんか

寂しさを誰にも見せぬひとでした

魔女でしょう指鉄砲が赤いから

ゴメンネも言わずにあの人は何処へ

甘い声だけがリピートしています

馬鹿だネェしっかり生きて行きなさい









                                                                                          
2018年6月       更新



  そなんだね                      本多 洋子


五月闇 縞フクロウの胸の蒼
      
まなこ
ばっちりと眼の奥の懐疑心

まばたき一つ 静かな殺気

しあわせを探しに行って戻らない

あれからのことは誰にも解らない

ふくろうは銀河を越えて行ったよね

いつの日か逢えるだなんて闇の闇

君もたった独りなんだね そなんだね




                                                                                             









  
    2018年5月 更新




     
どこへ行くのだろう                   本多 洋子



                                  
   裏切りは誰だったのか地平線

   明後日を見つめてそんなに血走って

   触れたのは指先だったかナイフだったか

   宙から落ちた星が集まっている 渚

   何処から来てどこへ行くのだろう 言葉

   切り岸に来たから振り返ったりしない

   いつまでも折れない首と冷たい風と

   慰めはいらないケーナが鳴っている

   夏椿が咲いたら連絡してください

   青から蒼 君はわたしを見ていない

                             





                                  2018年4月         更新




   午後の美術館                           本多 洋子


   さえずりは朝からハ長調ト短調

   メロディはサックス午後の美術館

   妄想は雲のかたちになっている

   カーテン揺れるクレオパトラの靴の音

   雲に乗る話 雲になる話

   おもちゃのピアノ まどみちおのピアノ

   ギブアップはしないタンポポのわたげ

   廃材遊び 無から有 有から無

   ピノキオの落書きトムソーヤのらくがき

   ガラスの館 足跡は残らない
















                                
2018年3月           更新





   
街角の画廊                           本多 洋子


   いつか帽子は魚になりたいと思う

   オペラ座の怪人がいる港町

   古い煙突 黄色い戦争を語る

   裏街の角 あさってを待っている

   舟唄が流れる暗いベニスから

   夕陽もう焔と化したガラスのビル

   三角の街には無垢な子がひとり

   光と遊ぶメジロの羽が濡れている

   青い旅人帽子をひとつ見失う

   裏街の紫すこし濡れている













                                
  2018年2月         更新



  黄色い家                           本多 洋子

   死なないと行けぬ黄色い家がある

   幸せなんて赤・青・黄色・麦畑

   死にたくなったら雲をシャッフルして下さい

   虹を渡れば見えないところまで行ける

   青空の青 アイリスの青 あしたの青

   ポテトチップスぱりっと自我を切り捨てる

   プライドを無くしはしないガマ蛙

   石投げる虹のかなたに届くまで

   手づかみで親しい友を試食する
















                              
 2018年1月        更新


   
春の奈良町                         本多 洋子



   奈良町の朝 透明な陽をあびる

   身代わり猿 小さな手足括られて

   つらつら椿 土につらなる赤い鈴

   日あたりの屋根 三猿のひそひそ話

   結界や暖簾の奥にある 竈

   格子の家の温い日溜り 午後の黙

   手造りのコンニャクを買う昼下がり

   蚊帳のてざわり古都の手ざわり ドット・コム

   寂しくなったらぶらりと奈良町を歩く

   狛犬ギョロ目 こよなく奈良を愛した人















                             
2017年12月           更新




     大阪
     
  中之島の秋                         本多 洋子


      天空にクレーン止まる午後の秋

      鳩群れる さて談合は済みましたか

      枯れ枝にムクドリ混声合唱団

      中之島 銀杏に透ける赤レンガ

      孤独かな午後のベンチに一人づつ

      裸婦像の乳房が光る昼さがり

      雀だって一人でいたい秋の午後

      堂島川ゆらりと喧噪のドラマ

      川底にあるのは戦争の傷み

      教育勅語は覚えていない雀の子

      知らん顔しないで欲しい 青い空

      水かげろうはアートのかたち悲のかたち

      澪(
みおつくし)明るい大阪に戻る

      


















                              
2017年11月         更新



   桃源郷    「真月 美雨 ニコン写真展より」       本多 洋子



   数え唄 子供と犬の影あそび

   少年は土の臭いをまき散らす

   豚は仰向け 神の命を戴きます

   水紋とこころの影と月あかり

   屈伸をするのは髭の無宿人

   石を積むひとつひとつに貌があり

   船を漕ぐ青い言葉を紡いでいる

   桃源郷ならきっと椰子の木の向こう

   朝焼けの女ひとりと神の位置
                                 るつぼ
   水は情念 雲を映している坩堝

   大音響で沈む 椰子の木の西日


 註 真月美雨さんはヘアデザイナー・メイクアップデザイナーであり、写真家としても
    活躍。今回は東チベット・四川省・雲南省など少数民族を訪ね、生命の流れや
    本当の豊かさとはなんであるかをカメラアイ通して探求したもの。
    ニコンプラザ大阪の写真展を覗いて見ました。           洋子 記    

   


   

















                               
2017年10月         更新



    
                              本多 洋子


    S字型カーブで迷いから抜ける

    明暗を分けるY字路のポスト

    Y字路の真ん中にある私小説

    重力が消えるY字路の基点

    三角の一辺 暗い道である

    Y字路に江戸と昭和が混在する

    架空の町に跨るSとYの道

    裏道にまわって正面から入る

















                                
2017年9月           更新



   
話しことば                              本多 洋子


   言葉だったか雫だったか 桃から

   ビワの種転がる「あっ」と声だして

   ヒヤシンスから殺意が洩れてしまったわ

   万願寺唐辛子だから赦したの

   バラは薔薇 ツツジは躑躅と書きなさい

   白桃の産毛のことで揉めたのよ

   独り居には竪穴住居がいいですね

   忙しくなりそうですね お父さん

   口笛が鳴ってるきっとロメオだな

   赦せないこともあるのよ 夏薊






                                  
2017年8月       更新





   
亜細亜フェアー見て歩き                     本多 洋子


   タイルート飛びます野鳥もわたくしも

   トルコ石 底の底まで海の蒼

   イスタンブールの迷路に入ってしまったわ

   象の背にまたがり迷宮まで参る

   僕のルーツはやっぱり赤いTHILAND

   プルメリアの花びらをのむマグカップ

   なまこ石鹸ふわりと蝶にさそわれる

   白いTシャツ タイの太陽はね返す

   アンダマン海 ジンベイザメの広い背な

   
象にはゾウの悩みがあって 長い鼻





                              
2017年7月          更新




    
 木×仏像

                  大阪市立美術館にて        本多洋子


     胸板に哀しみがある飛鳥仏

     幼さは裾ひろがりの裾のひだ

     舞うように釈迦三尊の足捌き

     ユーモアが零れる脇侍の足の裏

     自信満々四頭身の女人仏

     ふと兄の背中を思う弥勒仏

     何もかも赦す螺髪の後頭部

     指を反らして仏は間違いを糺す

     顔を裂き自らほとけになる仏

     仏像の奇形もありぬ五月闇





                           
 2017年6月         更新

   大阪中之島

        バラ園散策                      本多 洋子


    ミサイルが来るかもしれぬ五月晴れ

    さあビルも緑の風を吸いなさい

    そこ此処でピンクの薔薇の笑い声

    言の葉がつもる薄むらさきのバラ

    真紅のバラに指紋つけてはいけません

    絡まって薔薇の執念みせる棘

    サイバー攻撃うけてしまった青いバラ

    誰をまっているのか空っぽのベンチ

    クレーンに吊り上げられる薔薇の精

    ビルのガラスに飛行機雲とピカソゲルニカ

    排他的地域に着地した蝶々

    赤レンガ秘密結社という昔

    太陽が乗っかるライオンの背中

    蝶が一匹せんだん橋を渡って行った

    青春のままで止まった時計台

    

    



                           
2017年5月          更新



  
うめくるバス (梅田界隈一周バス)              本多 洋子


    大阪灰色 バス停はガード下

    朝日跳ね返す 梅田新地変身

    浮雲がぽっかり覗く曽根崎署

    バスも私も5月の空へ飛んで行け

    ここよりはお初天神 疼く恋

    熟しきった街 妄想は赦される

    丸善もジュンクも青春の影絵

    蟻が這う蕪村の句碑は 菜の花畑

    三番街あたりに沈んでしまう恋

    曽根崎署あたりで月を見失う

    ビル林立 真昼の月の四月馬鹿

    次は雲に乗って大阪を歩く

    

    















                         
2017年4月         更新




   気化するまで                          本多洋子


   グウチョキのチョキで狂いだすプラン

   月の裏みる計画をたてている

   気化するまでの長い試練かもしれぬ

   くれよんポキッと何時かのように来た不幸

   方舟にのるか 笹舟にのるか

   堕落したリンゴをひとつ持っている

   右手に春男 左手に秋男

   いつの間にか誰あれもついて来なくなる

   無添加のままで一生終わらせる

   むくむくとアスパラ お早うと光り













                             
2017年3月         更新





  
黒から玄へ                             本多 洋子

       MAYA  MAXX展より


 

   人見知りらしい春には遠い風

   石の動悸を確かめながら石を抱く

   音のない世界に耳を傾ける

   切株に体温があり思想があり

   真実が欲しくて耳を引き伸ばす

   石には石の言葉があって濡れている

   不覚かな目に触れるもの手に触れるもの

   裂け目には黒い軟膏塗っておく

   白象の目の優しさに頼りきる

   無になれば確かなものが甦る













                                
2017年2月     更新




 続 作二郎を偲ぶ   点鐘勉強会から

   
 最中も酢コンブも                         本多 洋子



    メゾソプラノで泣いているのはカスミソウ

    作二郎が抜けて 大きな穴になる

    セーノーで呼ぶ 作二郎作二郎

    鉛筆削っているか?川柳書いているか?

    どちらかと云えば赤鬼やったかなぁ

    最中も酢コンブも作二郎の匂い

    ことば溢れて字余りになる 破調になる

    今頃は天で折ってる赤い鶴

    太い声やったなぁ 温い声やったなぁ

    冬二と逢っているか 吟二と逢っているか

    節分の鬼も泣いているらしい

    堺の土になった 堺の風になった











                             2017年1月           更新





  
墨汁のしずく      墨作二郎氏を偲ぶ          本多 洋子

 墨作二郎氏は平成28年12月23日夕刻に、九十歳の天命を全うされました。
 謹んで哀悼の意を表します。                        合掌



     鈴虫もモリアオガエルも居る涅槃

     石ひとつ燃えて転がる向こう岸

     空蝉を握るとまっ赤な音がする

     冬銀河の忘年句会に招かれる

     十大弟子のひとりと遊ぶ作二郎

     作二郎の太字がにじむ冬の空

     涙など堪えるでない伎芸天

     道づれに女人埴輪を添えておく

     楢山のみどりに消えた鳥の影

     かくれんぼ もう出てこない作二郎                                                       

                                                                                                                                                                                              












                             
2016年12月          更新






  
 東京を漂う  (高野広治 写真展)             本多 洋子



   東京を漂う孤独なアーティスト

   夕陽が喋る路面電車の横っ腹

   猫だったのか人だったのか悲しい貌

   リリーフランキーが笑う横田基地の壁

   街は多忙 夕焼けだけが美しい

   石段を降りて魔界に辿り着く

   大空襲のあった街なんだよ ここは

   悲しみがわかる下町の仔猫

   街には詩がある 灯りにも詩がある

   電波塔に昭和の夕焼けが覗く


               (
梅田ダイビル・キャノンギャラリーにて)























                            
2016年11月        更新



   時事吟

    
 山は銀                              本多 洋子


   盛り土を運びきれない猫車

   地下水をたっぷり掬っている帽子

   股のぞき確かめたくて旅に出る

   通ぶってボブ・ディランなど口ずさむ

   山は銀 田部井淳子の眠る銀

   しばらくはカボチャを齧っているネズミ

   アボリジニを土民と呼んではいけません

   帽子いま生前退位かんがえる

   鯰は笑っている 鰻は怒っている

   猫背になってませんか 太陽の塔

   最初はグウのグウに力を入れすぎる

   原罪はそこに鉛があったから

   

























                                        2016年10月         更新





  
 ビートルズ来日50年目の秋                本多 洋子



   秋暑し男四人の靴の音

   喧噪の街 曲想をねじまげる

   四分音符 横断歩道を渡りきる

   Tシャツの胸で熱くなるレノン

   イエスタデーをたっぷりと飲むマグカップ

   紀伊国屋の前で待っているレノン

   地下街で見つけたヨーコに似合う靴

   イマジン流れる 九条のこれから

   音の無い街 ビートルズのいない街

   ビートルズを絞ると零れてくる昭和























                                     2016年9月               更新




    行く夏                              本多 洋子



   産寧坂で迷ってしまう老いた蛇

   六波羅のあたりで消えたあげは蝶

   姉三六角 京には長いわらべ唄

   一線を越えてはならぬ鬼やんま

   稜線の果までしゃぼん玉を追う

   刹那かなきのう啼く蝉きょう泣く蝉

   K点に集まる流星ペルセウス

   行く夏を惜しむらんちゅうの尾鰭

   よもつひらさかまで てふてふをおいかける

   結界のあたりで回れ右をする


























                                          2016年8月        更新





  近詠  
仮想の森                     本多洋子


  バックボーンは4Bで出来ている

  アンモナイトの末裔であるメロンパン

  ネズミ目りす科モモンガ飛べるんです

  梅雨荒れて正しいことを見失う

  ゼブラゾーンで善か悪かを確かめる

  オキナワの風は骨肉を削る

  亀の首 水平線を見続ける

  刹那かな昨日啼くせみ今日啼く蝉

  仮想の森で雪の女王に逢っている

  A列B列 ディズニープリンセス反射

  脳の配列 とうもろこしの粒々 

  言いたいことがあって泡立っている

  微粒子になってしまった形容詞

  水の音 水の光の中の音

  蟻一匹 仮想の森に迷い込む

  ポケモンが居るのはオリオンの座あたり























                                    2016年7月                更新







   近詠 
青い雨                            本多 洋子


   蝉は初鳴き 生きるとは生きるとは

   雨を見ている ドロップをなめがら

   蝸牛が潜っていった青い雨

   青葉風 白いハンカチ振っている

   オンザロックかちんと鳴って静かな時間

   傘のしずくを結んでからの縁です

   決して開かない心の握りこぶし

   ハトが来ている独り暮らしの窓である

   許せないかたちに結ぶくすり指

   グウ・チョキ・パーのグウは結論

   






















                                   2016年6月     更新





   とき
  
時空の広場   OSAKA  STAISION  CITY にて     本多 洋子


      花をモチーフにした「驚きと不思議があふれるフラワーガーデン」


    騒音を食べてしまった造花たち

    巣箱から聞こえる鳥のはかりごと

    いつまでも羽の手入れをしています

    傷いやす薔薇の芯まで潜り込み

    ブランコ止まる 死後硬直の時間です

    泣いているのは紫陽花の根のあたり

    時空を超えて天へ天へと豆の蔓

    大根ニョキッと世間話を聞きたがる

    忘れたき事ばかりあり 風に花

    おとといを食べてしまった金時計

    風の広場で核廃絶を訴える

    ぶらんこに花のハンカチ残される

    

    


                                      








































                                       2016年5月           更新





  大阪天満天神
   
    鎮花祭の朝                              本多洋子


              ざ こ ば
   常夜燈に雑魚場の名残り 鎮花祭

   大阪の戦火を覚えている金魚

   竹箒 儀式の空気ととのえる

   走り根のあたりに病葉を寄せる

   泣き過ぎたらしい花びらが 溜まる

   針塚に風 文楽の袖いろいろ

   番付絵馬に浪花の賑わいが残る

   うたかたの夢を追うてる昼の月

   阿と吽のリズムで青嵐をうける

   鎮魂のかたち 散る花のかたち

   儀式の前の朝の空気を確かめる

   鎮火祭か鎮花祭か 火花か花火か




























                                      2016年4月             更新 







    紙の舟                             本多 洋子


    花びらに埋まる笹舟の水路

    親離れ子ばなれ サクラ咲きました

    春彼岸 亀と一緒に干す甲羅

    あげは蝶の羽音でひらく自動ドア

    人肌の燗がよろしい曽根崎心中

    春の井戸 小町の声で誘われる

    大事に持っているおやゆび姫の爪

    もののけに追われて春画展を出る

    ビアズリーの黒あざやかなエロスだな

    蛇の穴 音なき息が洩れてくる

    春の辻 ずんべらぼうに待たされる

    春愁の独りを乗せる紙の舟























                                    2016年3月              更新




   南シナ海                                本多 洋子


   猫の日があるから犬の日もつくる

   両膝に猫の温みが残される

   鯱のウロコが飛んだ春嵐

   綱渡りしているTPPの列

   折箱に他意などあろう筈がない

   「文春に書きますわよ」と言っておく

   いやに膨らんでいるなぁ 南シナ海

   柔らかく結んで じんわりと締める

   熟睡をしながら猫の髭うごく

   ジャムを煮る今日が昨日であるように

   もののけ姫の気配と春の闇にいる

   右へ倣えならえと傾く蟻である





















                                        2016年2月           更新









   好きやねん                         本多 洋子



   大阪の子は泣くときも笑うねん

   豹柄で弱いところをカバーする

   損してもええねん喜んでもらうねん

   あほやなぁ あほやあほやと抱いている

   ひとりになってから 何でやねん何でやねん

   どうしても許せん事もあるさかい

   ど根性だけはしっかり持っている

   大阪やさかい泣いたらアカンねん  

   こいさんと呼ばれたこともあったけど

   大阪好きやねん 紺さんも好きやねん    
追悼 久保田 紺さん 















                                   
2016年1月     更新





  固有名詞                              本多 洋子


  T字路に樺美智子の影法師

  戦争の絵を並べフジタは 考える

  水府さんも来はったことのある蕎麦屋

  あゞ原節子も水木しげるも逝かはったし

  寂聴さん たっぷり肉をめしあがる

  なんとまあナオミの家に細雪

  だし汁に入れる聖徳太子の爪

  小浜にはオバマの本が置いてある

  シェクスピアも源氏もみんな原文で

  神の留守 クレオパトラに逢いにゆく

  ひっそりと泣いて源氏を困らせる

  クリムトの二人の背なを押す ♪♪

















                                                                                   
2015年12月          更新



  遊び                                  本多 洋子

   ダルマ落としの達磨は逆立ちがうまい

   秋空を泳いでみたい熱帯魚

   石榴はじけて素敵な童話こぼれ出す

   ピンクを足そう 化粧地蔵の頬あたり

   みよちゃんの下駄が流れて行った川

   満月に絡まっている芋の蔓

   竹馬を使って昭和期に戻る

   グーチョキを出して人生を決める

   ストレッチしてから虹にぶら下がる

   使用済みの核はお持ち帰り下さい

   ピンクで遊ぶかブルーで遊ぶかでもめる

   しばらく留守にします 原節子に逢うて来ます





















                                  
 2015年11月    更新





  仮面                              本多 洋子                                                        


   息継ぎの乱れよろよろ多面体

   何事の予兆か鏡ざわめいて

   何時からか皮膚の一部になる仮面

   風止んで青い仮面がひびわれる

   あるときはカラスの羽音 暗い雲

   仮面ま二つ 黒い樹液が溢れ出す

   新月の真夜には懺悔する仮面

   そっと息とめては水の音を聴く

   慰めになればと握る温い土

   救われて湖畔に辿り着く仮面


















                                  
2015年10月   更新



   ムーミンと生きる  トーベ・ヤンソン展             本多 洋子


   屋根裏に幸せがあるムーミン家

   ムーミン村の住民票ならとってある

   煙突の辺りで燻ぶる平和論

   ムーミンパパの体温がある木のベッド

   胸奥にインクの染みが残される

   ムーミン谷にプルトニュウムは無かったか

   スナフキンの帽子がフクシマに届く

   頬骨は遠い明日を見つめている

   スナフキンと出会うシンフォニーホール

   ヒヤシンスも私も透明になった
















                              
2015年9月        更新




   
秋のサキソホーン                        本多 洋子



   秋はアレグロおもちゃの兵隊のラッパ

   三時間かけても鬼に逢いにゆく

   ワンテンポ早める秋のサキソホーン

   空き缶にこおろぎ 愈々寂しくなる

   秋の蝶 暗い螺髪のその辺り

   水のごと佇む秋の朱唇仏

   人形を湖に沈めている愁思

   探さない方が幸せなんだけど

   蜩が鳴くから鬼ごっこは止める

   息つめて秋の吊り橋を渡る


















                                
         2015年

8月     更新



  七十年目の蝉                             本多 洋子


  昼さがり耳鼻科に通う油蝉

  三角の穴から覗く過去未来

  プルトニュウムがぽとりぽとりと落ちる穴

  枯れ向日葵 へいわ憲法よみなおす

  冷凍庫から「わだつみの声」出してくる

  音階は七つ 蝉殻をつぶす

  昼顔みずいろ 終戦の日を忘れない

  オルガンは緑をぬける平和論

  白い椅子ひとつ浜辺に残される

  紙ヒコーキが消えた 知覧の滑走路

  ドローンに乗っかっているドラえもん

  七十年目の蝉と戦争の話



















                                 
2015年7月     更新





   イタドリを噛む                     本多 洋子
  

  塩からトンボもB29も飛んだ空

  予科練の歌を唄ったことがある

  国民学校一年生の防空頭巾

  戦災の炎を知っている金魚

  戦争はいつ終るの?と月見草

  玉音放送じりじりじりと炎天下

  先生と一緒に習う民主主義

  教科書の天皇の字を消しなさい

  新聞紙で折った進駐軍の帽子

  三本足で路地に佇む傷痍軍人

  闇市とノミとしらみとチュウインガム

  「鐘の鳴る丘」で悲しみをわかち合う

  ラジオ囲んで古橋ガンバレ橋本がんばれ

  イタドリをかむ 苦い戦争を噛む  

  九条を遠近法で確かめる



















                                2015年6月      更新




    猫百態                             本多 洋子



    フジタの猫も夢二のネコも性善説

    浮世から憂き世へ 哲学的な猫

    洛中のうわさ話にのぼる猫

    恋の猫セピアの夢を弄ぶ

    箱階段を静かに降りる春の猫

    懐の猫にひみつを打ち明ける

    誰も来ぬ骨董店の隅の猫

    猫にはネコのプライドがあり五月闇

    浮世ばなれの猫オルガンを蹴っ飛ばす

    猫はうたたね 青い昔の猫おどり

    招かぬ人の膝に乗っかる招き猫

    老いたネコ首を伸ばして見たけれど

    猫百態ひゃくの秘策を持ちながら

    結局はだれも信じていない猫

    屋根のネコ 銀河列車に飛び移る





















                                                          
                                 2015年5月         更新



   
惜春                             本多 洋子


   わたくしは春 ラララ ふらんす

   踏み切りのあたりで蝶を見失う

   ゴスペルですか 桜の悲鳴ですか

   少女羽化 木苺のキ 黄ちょうのキ

   告白をはじめる真夜中のさくら

   桜にも老いあり 静かな雨ですね

   月蝕の宵の ひとりで観るサクラ

   付箋つけて 無かったことにする桜

   つい口がすべってしまう桜餅

   菜種梅雨 これから家庭裁判所

   心療内科 黄色い花の風車

   菜花漬けはんなり 生きるとは 々々々々々

















                               
2015年4月          更新



    3分間吟  北田辺句会にて             本多 洋子



                           
 ( )内はお題 各題制限時間  3分

    色鉛筆が立ってる春の向こう岸         (カラフル)

    原色の言葉をミキサーにかける         (カラフル)

    吐いて吸って吐いてブーフーウーの ふー  (ふ)

    誰も知らないけれど越後獅子の裔       (腹芸)

    茶碗と箸で浮かれるパーカッションのプロ   (腹芸)

    口笛でピリピリ πrの2乗            (円)

    猿知恵にたっぷりかける三杯酢         (猿)

    補聴器を持ってる三猿のひとり         (猿)

    右の耳から左の耳に突き抜ける        (超音速)

    おくれ毛の辺りの風を撮ってます        (撮)

    ジャコメッティの乳房を探しているのだが    (じろじろ)

























                               
   2015年3月     更新


  近詠
      
春のパレット                     本多 洋子


   春のパレット 微罪なのか欲なのか

   欲はもう積木くずしになっている

   伏字になっている とっても赤い欲

   百段を数えて もののけになった

   春泥にまみれてしまう男の死

   残像は黄色 男の後頭部

   写楽の首を切ってしまった事がある

   欲かもしれない前頭葉がちかちかする

   欲望を運んでしまうショベルカー

   レモン輪切り昨日のことは忘れよう

   切手なめている あしたを舐めている

   三階の窓は黄砂のなかにある

   人質になってしまった鬼瓦

   海神の声を反古になどしない

   朗読は海の底から 春の底から


















                             
 2015年 2月     更新





   
桃と栗                             本多 洋子


   イスラムから日本へ烈震がつづく

   雪崩はじまる三角の地球

   寒卵まだまだ明日が見えません

   聴く耳は持たないイスラム国の冬

   ごみ溜めにいのちが二つ置いてある

   人質を助けに行った桃と栗

   烈しい音たてて満月が割れる

   あれ以来オレンジなんて大嫌い

   ゼブラゾーンに赤い万年筆を置く

   どう出るか 仕掛け花火を持つことに

   勝利とは何だ ヒットラーの靴

   七十年の罅がいまだに埋まらない

   寒風にアンネの日記と椅子がある

   きさらぎの鬼 胃薬を持っている

   夕焼けの向こうの約束が消える




















                              
2015年1月        更新




    ピンセット                             本多 洋子


    星の中からはやぶさを掴みだす

    呼び戻すには遠すぎる男の影

    胸に刺さった言葉を除けるピンセット

    夢の中を迷い続けて舞う 小雪

    ナイーブな少女に送る花切手

    知らなかったわ ガラスのハートだった頃

    戦争という黒い昭和がありました

    十二月八日の紙ヒコーキが重い

    わたくしの羽を広げるピンセット

    蒙古班だけは大事に隠しておく

    ピンセットの先にからまる褒め言葉

    ピラカンサの赤が叫んでいるようだ

    全部吐いてしまった 真っ白になった

    遠吠えを聞いてる傷ついた羊

    夢を選り分ける真っ赤なピンセット

    




















                                
    2014年12月    更新





   天使                      本多 洋子



   崖から舞い下りる モノクロの天使

   手さぐりで探すエンゼルの右手

   底のない穴からメヌエットが聞こえる

   それはきっと天使のしわざ

   お尻まで赤いリンゴを持つ 天使

   泣いている天使 あしたのない天使

   ポートレートが一枚もない 天使

   羽繕いをしているミスボラシイ 天使

   鏡の奥へ奥へと羽が遠ざかる

   誰かが待っている 止まれそうに無い

   いつか 疑いが晴れるまで 歩く

   億年前の枯れ葉を握っている 天使

   ひざまづく天使 疲れている天使

   空を見つめて 笑わない天使

   萎れない羽を持っている 天使





















                                 
2014年11月      更新



    パレット                           本多 洋子


    郷愁の運河にゆれる赤レンガ

    片羽を月にさらして青き蝶

    高慢ちきな白猫がいる暮れの秋

    春の河馬ピンクのマスクつけなさい

    エンマコオロギこそっと桃缶をあける

    濃むらさき 母もわたしも来た峠

    巷の冬を泣き尽したか赤い月

    銀木犀 もうすぐ月に戻ります

    毒をもつ心の隅の青とかげ

    白萩のほろりと道にそれた恋

    秋の鹿 もう桃色に戻れない

    心痛や御嶽山のねずみ色

    らんちゅうの赤 おとといを忘れている

    わが生の行きつくところ青みどろ

    白には白の相克があり秋の果て




     ミュッシャー・晶子展                    本多 洋子

  

     額縁にからむアールヌーボーの巻毛

     二の腕に蛇の感触 ぬらりと妬心

     奪われてゆくのは百合の嫉妬心

     雫してあやめの精になりすます

     ミュッシャーの蛇が逃げ出す秋のドア

     食べられるバラです食べられる女です

     マカロニだったのねミュシャの髪は

     晶子展出て帽子屋に寄ってみる









                               
2014年10月         更新







     
不連続線                            本多 洋子

        ・・・ 夢の連作・・・



     マドンナの首の黒子は消しておく

     言葉尻あいまいにしてキリン草

     ブタクサと一緒に消えたかぐや姫

     消しそこなった 目の上の黒子

     ダブルクリックすると裏側が見える

     赤い靴も巷のドンも消えて冬

     アリババのゴマをフライパンでパー

     行燈を消してせんない事ばかり

     死角でしたか 蛇の穴でしたか

     確かこの辺だった トムソーヤの落書き

     行方不明になってしまったオニヤンマ

     白桔梗 咲いたあたりを確かめる

     パスワードを消して冥界に入る

     消印に星の欠片がついていた

     口裏を合わせる猫化けの話

















                              
2014年9月         更新





     
わたくしの大阪                      本多 洋子



  生まれ育った大阪には、昭和の私がいっぱい詰まっています。
  父は大和の出身でしたが、11歳の時から大阪の足袋屋に奉公に出されて
  はたち過ぎてから、暖簾わけしてもらって日本橋にお店を持ったようです。
  大阪商人の血を徹底的に叩き込まれた父でした。

  戦争・敗戦を経て苦労の後、大阪船場の丼池に繊維問屋の店を構えました。
  父は小学校しか出ていませんが、子供たちにはみんな立派な教育を身につけさせました。
  長兄は薬剤師に次兄は医者になりました。

  父の残したお店は今も船場センター街の近くに小さなビルとして残っています。
  そのビルは私の甥っ子が受け継ぎビル貸し業を営んでいます。
  父のど根性が形になったものでしょう。

  戦災に遇ったので住まいは転々としましたが 上町台地はわたくしの故里です。
  私が6歳のときに20歳で亡くなった兄がいます。彼は小児麻痺で足が不自由でした。
  亡くなったのは結核が元でした。その兄と私の誕生日は、同じ8月11日なのでした。

                                  


      蛇つるむ 相生坂の真っ昼間

      浄瑠璃や父のコハゼと肉襦袢

      朝顔のむらさき絞る白狐

      みみ・はな・のど 松虫鈴虫ハイカイす

      赤橋にアカシア 運動靴に雨

      上町台地の夕日に兄の松葉杖

      無果花も母も発酵する ルツボ

      旅続く 路面電車とカシオペア



















                                           2014年8月       更新






  現代アートなら             本多 洋子
       国際アート展2014






      巨木ぐにゃりと縄文期の笑い

      断面はシャープ 迸る個体

      古代へのオマージュ 皮膚は微熱して

      風に揺れ人語にゆれる 和紙の天   
      
そら
      宙を泳ぐ てのひらに星華ゆらめく

      円盤から落ちて 第三展示室

      母と子の指ふれ そして光の和音

      小さくなり点となり 宙の果てへ

      猛獣のような巨石を手懐ける

      言霊は石に 石はまぼろしに
          
 うたかた
      何もかも泡沫 闇に確かな思惟

      石の裂け目に蒼い曼陀羅

      半跏思惟ひらりと開く黄の胸もと

      言霊は地を這いやがて昇天する
           
アルファ         オメガ
      ひらひらとα ふつふつとΩ
























                                          2014年7月      更新






    橋本関雪記念館の庭園             本多 洋子



    
    半夏生 素顔を隠すふりをして

    おとといは姉の命日 白桔梗

    手花火のごと額の花とび散れり

    二つ数えて蛍ぶくろの内緒ごと

    藪の羅漢はうそぶいており梅雨晴れ間

    走り根の動悸激しき苔の庭

    夏萩はえくぼのごとし 石羅漢

    寂びさびと流れを溜める陶の壷

    陶の壷 静かに自我を肯定せり

    発ちがたき石仏の膝 青あげは 
























                                       2014年6月        更新





  ノスタルジー & ファンタジー            本多 洋子

                   
国立国際美術館にて



   オリーブの浜辺でくちびるを拾う

   渚には星の欠片とアンダンテ

   船べりに残る雫と足跡と

   愛が欲しくてするする降りる青い虫

   とっぷり暮れて耳のあたりが熱くなる


   銃口にすっぽり嵌る青あげは

   戦場の父と出逢った冬銀河

   父は笑顔で卓袱台を懐かしむ

   ちゃぶ台には母の涙の跡があり

   箱をはみ出す赤い脈拍 青い脈拍


   火口湖の月を掬いに行くところ

   ドライフラワー 確かに響いてくる動悸

   大洪水の真ん中へんに立つ木馬

   黄泉比良坂 フクシマを救えない

   瓦礫の山の 記念日をつくる

   






















                                          2014年5月        更新







         さくら拾遺                      本多洋子




        ガス燈のさくらと 遠い戦争と

        昏い影おとす 満開のさくら

        戦争の兄とサクラと無蓋貨車

        さくら散る パントマイムの影もろとも

        思ひ川 花は水辺を光らせて

        妖艶な鬼の首あり夕ざくら

        千姫の腰紐なれば さくら さくら

        卒塔婆小町になるまで さくら拾遺かな

        湖底には落人の首沈むなり

        硬い決心だった サクラは散っていた

        晩春の愚痴をたっぷり零す耳

        振り向けば含み笑いをする桜

        おぼろ月見ながら ナイフ研ぎながら


        

        


















                                      2014年 4月      更新





      Spring has come                       本多 洋子



   春遅し 少うし苦いチョコレート

   通りすがりに沈丁の香が呼び止める

   業平が来るかもしれぬ夜半すぎ

   春はそこまで商店街のコロッケ屋

   春の亀プルトニウムを産み落とす

   わたくしもメダカも除染して下さい

   背伸びして壁の向こうを確かめる

   お彼岸の出店 昭和が止まっている

   真っ直ぐのつもり 斜塔もわたくしも

   ルーキーはピンクのシャツでやって来る

   未開封です ワクワクしています

   面倒なはなしに乗らぬ春のブタ

   深いかどうか確かめてみる春の沼

   帰るつもりが春の木乃伊になっている

   壁に凭れて青の時代になっている



   

   

   









                                          2014年3月      更新





     大阪城の梅林                     本多 洋子



     メモリーの空白があり黄水仙

     陽春の水鳥 集まってはひらく

     楊貴妃の 梅惜しむよう名を惜しむよう
      
ひとえやばい
     一重野梅の枝くねくねと ヤバイわね

     秀吉が思いのままに見下ろす梅

     紅梅の香りほろほろ 道しるべ

     梅一輪 血潮のように枝の先

     緑ガクの そは丹精な男の顎

     抱いた児に梅匂わせる 鼻の先

     手を引いて老母と歩む 梅の影

     「送春」という名の梅を寂しがる

     そこここに静寂のあり 梅ばやし

     綿虫舞って花の視線をさまたげる

     キャンバスを広げる人の 梅日和

     梅匂う柵の中には入らぬよう

     白梅の横貌りんと糺しおり

     鶯はとんと見かけぬ梅ばやし

     紅梅に手を触れており車椅子

     軍師官兵衛 梅一輪を所望せり

     記憶喪失 ろう梅の黄の占拠せり



























                                              2014年2月      更新




   呂か律か                             本多 洋子



   冬の樹にラの音がもう届かない

   雪雲にファゴットのファを響かせる

   響きあうことばを探す冬の海

   クリオネは絶対音に導かれる

   あの青は月下を渡る蛇の音

   ドビッシーだろうか姉の背だろうか

   春のピエロのピッコロが鳴る湖の底

   オーボエに委ねてしまう海の碧

   鬼太鼓に誘導される春の海

   呂か律か 風の声明なりやまぬ






















                                           2014年1月          更新







      やわらかい手                  本多 洋子
          
花岡大学短編童話集より




     痛みある方に傾く冬の鈴

     いもうとは橋を渡って行ったきり

     逢えそうな気がする午後の西出口

     柔らかい哀しみがある左の手

     いもうとが鳴らし続ける青い鈴

     後ろ手に隠してしまう緋のナイフ

     母の手にカミキリムシの切った髪

     湧き水に流す少女の長い髪

     水の音 髪をやさしく解きほぐす

     行き違いばかりを責める桃の芯

     良心のように水密を投げる

     耳たぶにチロチロと鳴る神の鈴

     てのひらを抜けるやわらかい雌しべ

     胸奥で哭いているのは冬の蝉

     飢えという虚しい愛が手に残る





     















































          




                          2013年度 






      前年度へ








                                            2013年12月     更新







  近詠作品より


     御堂筋ぶらり                      本多 洋子



     秋は斜めに放置自転車倒れている

     地下道を通り銀杏の街に出る

     焼きたてのパンが匂って秋はそのへん

     南へ南へ ムヤミヤタラに急ぐ街

     よく喋るポストの赤と銀杏の黄

     日溜りに来て浮雲と対話する

     ぎんなん蹴って少うし痛む靴の先

     窓に銀杏の 人待つ影のある喫茶

     寒空を斜めにクレーン車の黄色

     晩秋を追いかけているビルの底

     ぎんなんは痩せ気味 秘密の隠し場所

     図書館の地下食堂という懺悔

     日銀の重さと 赤レンガの重さ

     橋詰の水かげろうを追いかける

     橋桁に秘密保護法 ドットコム





























                                       2013年11月          更新
   




     縄を綯う                          本多 洋子


    断ち切れば水 手繰り寄せれば沼

    Y字路に転がる疑い深い縄

    縄梯子ゆるりと半月をおろす

    名月を縄文土器で煮ふくめる

    ひらかなの縄で夕月を縛る

    オリオンの腰をきりっと結ぶ縄

    縒りをもどせばももいろのワラ

    納豆の中に縄梯子をおろす

    やがて冬 鵺のかたちに縄を綯う

    縄張りにエンマコオロギ蟄居する

    幕切れに縄一本が残される





























                                           2013年10月     更新





    近詠

     
 味な大阪                      本多 洋子




   酢こんぶだと思う通天閣の下
   
てんのじ
   天王寺七坂 とろとろとろろ芋

   わさび醤油を効かせておいた天下茶屋

   闇市というものありしチリソース

   しぐれ煮や天神ノ森通り抜け

   紅生姜いやというほど道頓堀

   向こう三軒糸こんにゃくや焼き豆腐

   住吉は住み良し 酢味噌あえも良し

   丼池で顔を洗って三杯酢

   喰いだおれ ひとまず辛子マヨネーズ






















                                           2013年9月     更新








    
どうぶつ図鑑 動物図鑑        本多洋子




    Y字路に突き刺しておく迷子札

    天地無用 動物図鑑のゲバゲバ

    三島由紀夫だか耳なし芳一だか

    卓袱台に上がるワニ・カメそして横尾忠則

    いずれどの道 真っ赤っかの大阪

    ジープ・ガム・フレ
スカート・靴ミガキ

    ゼロ戦もエレキギターも海の底

    ドブ板の下で蚯蚓の声がする

    戦争の話が煮える蛸の足

    美空ひばりも宮城まり子もガード下

    海亀の腹に敷かれていた戦後

    発疹チフスもジープもトマトジュースだな

    道頓堀の底に鎮もるワニ一族

    


















                                        2013年8月       更新








     
  八月忌                       本多 洋子





      八月虚ろ 釘一本をどこに打つ

      戦争の 空一枚は虚か実か
                       
くう
      父か母かモンペか鉄兜か  空

      夾竹桃は血の色 八・一五の空

      パレットをひっくり返すヒロシマ忌

      切除した尻尾がいつまでも痛む

      風を切ったらしい鮮血が奔る

      改憲の話とアブクを吐く金魚

      夕空の区画整理はできている

      敗戦忌の空に金魚を泳がせる

      


















                                               2013年7月  更新



    川柳と音楽 


          響  演                         本多 洋子







       G線をたぐって過去を引き寄せる

       長靴を出てゆく春の鼓笛隊

       オーボエは寄り添うように森の奥

       哀しみは夜明けのホルン 弱音器

       さざ波か白砂か第一ヴァイオリン

       不協和音こぼれる夏の大三角

       雨垂れつづく姉の手紙のピアニシモ

       オカリナの穴から洩れる森の私語

       ハーモニーを奏でてしまう月見草

       湧き水の囁くようにドビッシー

       ハープだろうか せせらぎだろうか

       タンポポとパーカッションの小休止

       ドビッシーは白 ビバルディは緑
 
       過去未来 スクランブルの交差点

       白い道トランペットを追い詰める

       オーケストラ魔女のホウキを指揮棒に

       絶対音感 ブラックホールまでの距離

  




















                                                2013年6月 更新






     竹の風    兄の七七忌に               本多 洋子




     大胆に白いペンキを塗る五月

     五月にはキリンに届く葬送詩

     海凪いでことさら遠いレクイエム

     七言絶句 兄には兄の早春賦

     夕映えのいつまでを追う回転木馬

     家系図のしんがりで聴く竹の風

     オーボエはラの音で鳴る五月の森

     森を出て自由自在になった兄

     妖精はピッコロの音に反射する

     尺八は空耳 宇宙の「春の海」

     五月晴れ 兄いもうとの譜面台

     酒に浸るか詩をたしなむか 五月闇

     宇宙遊泳 雲龍の背に乗る兄貴

     最果ての虹には父母も同居する

     追って通知 ケイタイを持ちましたか
















 
                                          2013年5月       更新                        





  追悼  石部 明                     本多 洋子
      
          ふくろうの顎


      三日月はガーゼを掛けてから 握る

      三枚におろした情け深い湾

      アドレスはヨモツヒラサカ ドット ヤギ

      マンボーは顎をはずしてから 踊る

      フクロウに顎があるのをご存知か

      除染しても除染しても 塗り壁

      おぼろ夜のぶらんこに乗るセレナーデ

      影はもう影になりきり 存在する

      青葉闇 鬼に手首を握られる

      小面を外したらしい おぼろ月

      大きな石だった 弁解しなかった

      ペーパーナイフで斬られたようだ朧月

      鉈を使って青い仏を彫り上げる

      地滑りを起こしたらしい耳の奥

      薄墨ざくら明日はきっと晴れるから





      













                                       
                                           2013年4月    更新



      連想ゲーム                   本多 洋子



     法螺貝のぼうぼうという独り言

     春がくずれるドレミファ・ソファ・ミファ

     気丈な声は窪んだところ

     河童集合 アエイウ・エオ・アオ

     あしたを刻むももいろの湾

     湾を逃げ出す絶滅危惧種

     顎を出してるニホンカワウソ

     シャボン玉なら春のゆび先

     ウエストのあたりは丁度メヌエット

     捩れたところにワルツを入れる

     消しゴムと折り合いがつくザラ半紙

     荒波も嵐もクリップで留める

     アレルギーなら象の鼻・天狗の鼻

     折れたところに赤チンを塗る

     疵の深さをチェックしながら

     さくらの下でニーチェ読んでる















                                             2013年3月  更新






     大山崎山荘美術館                本多 洋子




 私がいつも心の励みにしておりました川柳公論(主宰 尾藤三柳)がこのところ休刊になって、
とても淋しい思いをしております。公論誌にはいつもテーマをもって20句の投句を続けておりました。
今月のこの欄には、公論誌208号に掲載された作品を転載させていただきます。

 尾藤三柳氏がまた健康を取り戻されて、元気に公論誌の再開を果たされますことを、こころから待ちたい
とおもいます。




           山荘の古時計から秋になる

           浮雲は三角屋根にひっかかる

           遠い日を歩くモネの日傘して

           泣き止まぬ睡蓮のあり深い沼

           一政のバラから安心をもらう

           アラームが鳴ってる小さな落とし穴

           桔梗むらさき一度きりの愛

           絵の中の果実と熟れてゆく少女

           オルゴールは消えた心音のように















                                          2013年2月     更新




    文楽初春公演                 本多 洋子

                平成25年1月度




       寿式三番叟

       義経千本桜  すしやの段

       増補大江山  戻り橋の段


                   






               人形のたましいと逢う寒の入り       

               翁面 海は吹雪いているらしい

               三番叟とうとうたらりとうたらり

               連れ舞いの一人の眉が笑いだす
                                         かしら
               ほんの少しよけいにすすり泣く頭

               胸と首 声は掠れてずれている

               風は怪しげ月夜の一条戻り橋

               初ぼたる恋路の闇に迷い出る
                   
きぎょう
               月光に鬼形のこころ現れる

               恋を仕掛けて綱はツナ鬼はオニ

               乱打する鼓 鬼炎をほのめかす

                      かいな
               春の闇 鬼の腕の大根切り

               太棹に追いかけられる枯れた骨

               生臭い風と地下道にもぐる

               あの世からこの世へ地下鉄日本橋


















                                               2013年 1月  更新







   今年も何かしらテーマを見つけて作品を綴って行きたいと思っています。
   群作というのか 連作というのか 私にははっきり区別はつきませんが、
   私なりの試みで これはこれからもずっとテーマで川柳を 続けたいと思っています。





             くちなわ                      本多 洋子




        蛇の舌 桃の匂いがするのです

        手ざわりで 善か悪かを確かめる

        蛇の耳 少うし隙間風がある

        朽ち縄の芯に触ったことがある

        蒟蒻の背骨に添って立ち上がる

        蛇草のぬらりと絡む白い沼

        ヨーグルトだから安心できるから

        蛇の穴 黄泉比良坂が見える

        鵺も善知鳥も夜空に消える

        寒々と口縄坂の白い風

        坂下に落ちてた鼻緒の切れた下駄
        
じゃ
        蛇の道は蛇の道 これから先の道






















                                      2012年12月     更新





     葛飾北斎展           本多洋子

         特別展    於  大阪市立美術館






          




                 プルシアンブルー



            銀杏燦燦 北斎展に紛れ込む

            プルシアンブルーの中に浮かぶ富士

            幾何学のかたちに滝の音落ちる

            遠景の富士まで届く淡い藍

            藍から藍へ そっくり返る波しぶき

            虫眼鏡 北斎まんが覗き込む

            両国橋の向こうへ富士を盗りに行く

            哀しみの深いところで揺れる船

            空蒼し水なお青し百の富士

            生業や海の匂いを浄化する

            水百態 藍にまつわる悲喜こもごも

            後期高齢 北斎の神さえわたる

            空と水 藍に傾く秋の果て

            北斎の角度で通天閣を見る

            大阪もええとこやんか葛飾北斎

            通天閣を跨いで北斎が消える


               





















                                           2012年11月  更新







            
 感動のコンチェルト        本多 洋子


              
 関西フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会






                  秋をななめに悠々とファゴット

                  ギンナン転がるピチカート集散

                  真みどりを残すコントラバスの首

                  クリスタルな秋が来ているビル谷間

                  泣き声になったソプラノサクソフォーン

                  凍土より序曲 哀しみの裂け目

                  耳裏にたまってしまうシベリウス

                  半世紀前の風だよビブラート

                  凍蝶をゆするピアニストの右手

                  冬隣りトロンボーンに傾けり
















                                     
 2012年10月  更新



 紅型   琉球王朝のいろとかたち

                          大阪市立美術館にて




                     





        民族の哀しみ                     本多 洋子




           紺地流水いにしえの音風の音

           青海波 民の誇りを取り囲む
                               びく あぼし
           生業のこころ模様か魚籠網干

           雷鳴を文様にする おこそとの


           夜の野の秘め事なれば 深地藍染

           かげは光にひかりは陰に人の世は
                
おとこ   ちょま
           藍染の 漢を繋ぐ苧麻の


           貝殻は雲間をゆれて連なって

           あっけらかんと太陽のもと 松竹梅

           王朝のリバーシブルを衣紋掛け

           紅型の背景にある悲のいくさ

           民族に哀しみがある黄地赤地

           哀しみは空と海との出会う場所

           ちゅら海に流す撫子のピンク

           橘も雪輪も まぼろしのかたち

  

  














                                                2012年9月   更新





 湖北の秘仏の里、高月では一年に一度八月の第一日曜に「高月観音まつり」が行なわれます。その日ばかりは里にある秘仏を全部一般に公開されるのです。今年は機会があってそれに参加することが出来ました。




           






    秘仏の里                             本多 洋子


        湖北には静かに息をつぐ仏

        一村に木の言葉あり優しさあり

        神ほとけ皆ふところに水の郷

        馬頭観音 土の臭いを確かめる

        村人の接待なれば湯茶麦茶

        大笑も忿怒の面もみな微熱

        千手千足おんなの悲願享け止める

        てのひらで囲む 一族の秘仏

        稲の花さとに息づく悲のほとけ

        赦されて秘仏の里の風となる

                                  凛誌「風映集」 投稿作品より
















                                              2012年 8月  更新





  T・文楽夏の特別公演       本多 洋子



            地下道をくぐって江戸にもぐり込む

            逃避かな平成の世を後にする

            助六弁当買う 文楽の夏やすみ

            艶というならお高祖づきんに黒縮緬

            邪恋とて言い訳はある 袖を噛む

            太棹のバチの緩急 ゲリラ雨

            禁断の恋だったのか油蝉

            三の音 口説く響きになつている

            蝉しぐれ苦しみの数 恋の数

            梳き込んだ髪はいのちの証かも

            臓器移植だね肝臓の生き血だね

            人形の手足ポキンと十人斬り
            
ふけおやま
            老女方 女の業を演じ切る

            順番はない炎天の黄泉の道

            生きるとは死ぬとは蝉が鳴き止まぬ












           U・
炎天の歎異抄          本多 洋子



             まなうらの金魚の赤と敗戦忌

             蝉殻は白い楽譜に残される

             八月の雲 父を呼ぶ兄を呼ぶ

             何を消し何を残すか 油蝉


             大八車に父の手ぬぐい父の汗

             リヤカーで運ぶピカソの涙粒

             活断層の上で迎える敗戦忌

             原子炉の手前で回れ右をせよ

             魚青し 肺活量を確かめる

             ここまでは生き朱の塔の影にいる

              ひたひたと足首までの水の性

              蜩を追うて迷路のなかほどに

              バックアップですかジャングルジムですか

              ナイフ研ぐ 二枚重ねの羽ですから

              炎天の石 炎天の歎異抄
 
             油蝉生きよ生きよと油蝉

















                                            
2012年7月  更新


  
     十四字詩


            夏の大三角           本多 洋子






              祀りのように沙羅の花散る

              金魚を掬う金魚の浴衣

              線香花火で恋のおまつり

              恋のからくり見せぬ手の内

              祇園ばやしに猫もうかれる

              未来は夏の大三角へ

              口開けて見るからくり時計

              ダリの時計もきっとからくり

              水と光にゆれる船渡御

              弱っているなぁ夜店の金魚

              金環食を孫と見ている

              三・一一 消えた団らん

              入道雲が睨む原子炉

              心斎橋でこいさんを待つ

              遠い道行 お初天神

              不発弾さえ残る大阪

              通天閣を守るビリケン

              夏雲を抜く塔の尖端

              旅の帽子へ赤トンボくる

              旅の思いをのせる海鳴り
 



















                                                   2012年6月 更新




  熊谷守一 展  於 伊丹市立美術館

             小さな画面に無限の世界




 熊谷守一は97歳の長寿をまっとうするまで約70年にわたって絵を描きつづけたと言われている。(1880年ー1977年)岐阜県生まれ。晩年は小さな虫たちや猫、鳥などを平明で鮮やかな色彩と明瞭な輪郭線で個性ある画風を打ち立てた。その珠玉の作品を今回は伊丹市立美術館にて鑑賞した。


            
              猫                   薔薇




        猫の位置                       本多洋子


              愛も死も心得ている猫の位置

              モリカズの猫 守一を信じきる

              焼き場から帰る ことばを引きずって

              哀しみが深くて貌が描けない

              猫すでに次の瞬時を身構える

              足裏に体温があり眠る猫

              蟻は無口に鬼百合を潜る

              土饅頭 風の中には流人の墓 

              黒あげは 生きているから生きるから

              蟻を見つめる薔薇をみつめる どうするか
 
              猫はモリカズ守一はネコ 相討ちに
  

              豆の芽におされてしまう蟻の足

              半音あげる ほたる袋の真昼どき

               稚魚は群遊 宇宙の一画

              とうとう〇になってしまった額あじさい

              デスマスク置くように 獅子頭おくように

              枯れカマキリの羽を掴んだ彼岸花

               熊ン蜂なのだ クマガイモリカズなのだ
















                                         
2012年 5月 更新





          例年より一週間も遅れて各地で桜の開花を見ました。
         咲いてからも、花冷えの時期が続いていつもより長くさくらを楽しめました。
         奈良氷室神社の桜は丁度満開の時にカメラに収めることが出来ました。
         今回のテーマは「さくら」です。


                                

                




          さくら拾遺 

               さくら拾遺                         本多 洋子




              花冷えのこころの隅にあるゆるみ     

              一分二分ほころぶ尼寺の桜

              十二神将さくらの声を聞きとめる

              満開の真下に仏足石がある

              千年を生きて枝垂れている桜

              靜と動の間で息を継ぐさくら

              枝垂れては迷いを風に打明ける

              あるときは淫らになってみたい花

              水煙を抜ける花びら色の風

              もくれんの優雅に押されそうになる

              花びらを集めて文字をなぞらえる

              水の音 さくらは平かなになった

              母も姉もさくらの下で迷い出す

              白猫はさくらの頃に居なくなる

              葉桜になってなぞなぞが解ける




















                                        
2012年 4月 更新





          国宝 十一面観音めぐり      本多 洋子




春まだ浅い三月末、国宝十一面観音めぐりに出かけました。
国宝の十一面観音は現在、全国で七体あります。そのうち五体の仏様を拝んでまいりました。室生寺の十一面観音と観音寺の十一面観音はこの日はじめてお逢いした観音さまです。とっても感動いたしました。





                   

               




            春浅し尼僧静かに道を説く         道明寺

            さんしゅゆの黄の声らしい 経を読む

            桜はつぼみ 十一面は厨子の奥

            厨子ギイと開けばすすり泣いている

            尼寺の厨子にはももいろの悲面

            風のごと水のごと花のごと仏

            紅椿転がる泣き止む筈がない        聖林寺

            今もなお卑弥呼の里に向く仏
  
            ほんの少し明るい方に動く指

            水瓶の口じっくりと天を向く

            迷うなと春の出口を指差して

            ガラスからほとけの泣声が洩れる

            太鼓橋 女人高野の涙のいろ        室生寺
  
            転ばぬように滑らぬように赤い橋

            潜り抜け安心できる門になる

            悲しみも火照りもあって朱唇仏

            恥じらうて少女の仏 やぶ椿

            てのひらに五重塔を載せる春

            唐風呂はあかずの扉 遅々と春       法華寺
 
            朱唇仏 花の匂いを身にまとう

            沈丁花 観音の手は地に触れて

            連翹の黄の風に酔う忿怒面

            モクレンの白ほつほつと多佳子句碑

            菜の花の波およぎきる観音寺        観音寺

            木心乾漆かんのんさまはアスリート

            離れては近づき仏の圏内に

            春は黄に溺れる山城の甍









                                                2012年3月  更新



 
  天満天神 盆梅展            本多 洋子



 今年は2月20日を過ぎても何時までも寒くて、梅の蕾はまだまだ固い。そんな中、天満宮の盆梅はすでに満開のものもあるとの情報を得たので、さっそくふらりと出掛けて見た。お庭の方では、梅酒試飲の飲み放題というイベントもあり賑やかな梅まつりが開催されていた。



                          




               喧騒を逃れ梅の香にひたる

               ゆるぎなきものの気配を梅の幹

               耳よせて梅の動悸を確かめる

               白梅はきっと迷路の道しるべ

               問われれば密かに答の戻る梅

               涙する白梅もありふり返る

               言葉すくなに思いの丈をつのらせる

               片隅でクスクス笑う紅い梅

               バイパスを潜ればあの世この世かな













                                                     2012年 2月 更新


      没後50年


               柳宗悦展     

                        暮らしへの眼差し

                                      於・大阪歴史博物館





 柳宗悦(1889−1961)は無名の職人たちの手によって生み出された日用雑器に美を見出し、独自の審美眼により新しい美の概念と工芸理論を展開しました。1936年、東京駒場の地に日本民藝館を開設し、以後ここを拠点に四半世紀にわたり、生活の中で美を重んじ、手仕事の復権を目指す民芸運動を繰り広げました。2011年は宗悦の没後50年、民芸館開館から75年目の節目にあたります。本展では明治末から昭和にかけて時代が大きく変る中、新しい美の概念と工芸理論を展開した宗悦の眼を切り口にしてその仕事と人物像に迫ります。(展覧会付図録より)



     


            白樺サロン宗悦邸の温い椅子

            宗悦の眼鏡が光る春の底

            ペン皿にペン 宗悦の手の温み

            魁か愉悦か宗悦のメガネ
  
            春はその辺 白磁の壷のゆるむ口

            とくとくと民族の血の音がする

            笑う木喰 宗悦と目が合った
 
            鯉形水滴とびはねている踊っている
 
            銘は無いけれど心に手が触れる
  
            船箪笥 漁夫のこころを閉じ込める

            ゆるぎない爺の背中の竹の籠

            運命は白磁の壷の息づかい
 
            哀しいほどあたたかい 宗悦


   















                                                 2012年1月    更新





  時事詠

 時事を詠んだ作品は、一過性のものだとして軽視されがちなのですが、私は決してそうは思っておりません。しっかり現代を見つめることなくして、将来はありません。時事雑事から逃げる事が芸術ではない筈です。こんな大変な時代にどう生きたかをしっかり残したいと思います。






         どじょっこだって ふなっこだって        本多 洋子



              音もなく雪 音もなく放射能

              雪吊りの縄と 絆になる縄と

              どじょっこだって ふなっこだって被曝する

              水平線 メルトダウンをする夕日

              測定器背負って砂漠を行くラクダ

              原発の噂を突ついている鴉

              使い慣れたバケツとホースで除染する

              粉ミルクからセシウムが顔を出す

              丸描いてチョンと終息できますか

              収束か終息か 原発か厳罰か

              浦島太郎になってフクシマへ戻る

              ひょうたん島あたりに幸福論がある

              不意に途切れた将軍さまの線路

              劇中劇かもしれぬ 将軍さま消える

              災いを掴んでしまう龍の爪


              海鳴りを忘れはしない昇り竜







   テーマで川柳


            テーマで川柳


            2020年

 2010年5月より ブログでの洋子の部屋欄に引越しをします。よろしくご愛読下さい。
    


音楽を聴いたり、絵画を見たり、演劇を鑑賞したり、旅行をしたり、何か大きな感動を得たときに連作して語りかけることにしています。これも一つの川柳のかたちです。
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                                   2019年4月                更新





    ―

 
      墨にじむ                          本多 洋子

   春の奥 豊かな水の音がする

   墨にじむ心の底に澱むもの

   修羅・阿修羅ゆるして貰えぬことばかり

   溺れてはならぬ馴染んでもならぬ

   豊かなる墨の濃淡  夕ざくら








                                                   2019年 3月更新 



 
                   フルートが流れる         本多 洋子


               七彩のひみつを抱いて暮れる湖

               いつまでも立ち尽くしている 冬の湖




               水音がする てのひらの隙間から

               ホラごらん虹を渡って行ったひと

               春になったら小鳥になって逢いにゆく

               フルートが流れる湖の向こうから
















































                                                 2019年2月       更新







             ピカソ 父性愛 
                   父の膝               本多 洋子

            父の骨は子の骨 墨汁が滲む
                     夕焼けを見ていた父の肩車
                     父の膝 あのアゴヒゲが痛かった
                     ある時は無口になった父の眉
                     ある時はピエロの靴を履いた父
                     ある時は行方不明になった父
                     息子よこれが父のサインだ体温だよ
                     青に青重ねる父の地平線
                     父の父は今も幻影 宙へ宙へ