2011年12月 更新
奥丹波 紅葉巡り
本多 洋子
高源寺から洞光寺
天目のもみじに惹かれ奥丹波
息あらく遅れて寺の秋に着く
僧若しギンナンの実を踏んでゆく
鐘の音は毘沙門天のあたりから
結界のように石橋をわたる
傾斜面もみじの紅を堰き止める
参拝をすませ無人売り場の葱
哀しみの数だけ重し実南天
山茶花の息をひそめているかたち
無住寺を密かに守っている紅葉
仙人の落として行った花ヤツデ
山に戻る天狗の影を見ましたか
2011年11月 更新
登美山鼻高
霊山寺 本多 洋子
1300年の昔、通称鼻高仙人がこの地の湯屋に薬師三尊を祀り、薬草風呂で庶民の病を治したのが霊山寺の遠因と言い伝えられている。聖武天皇の勅命で行基菩薩が伽藍を建立した。鎌倉から徳川の世にかけて寺は隆盛を極め、徳川の御朱印寺として栄えた。明治維新の廃仏毀釈では200体もの仏像焼が焼却にあったが、昭和平成に入り再度隆盛し現在に至っている。薬師三尊は特別開扉以外は厨子に納められている。山門の代りのような大きな朱の鳥居は歴史的に神仏混交の現われかと思われる。奥の院までは約一キロ、奥深い山道は老齢にはすこしキツイが汗を流すのもひとつの精神修養ではあった。
橋わたるこの世を少し忘れたし
大鳥居 大きな声で迎えらる
さやさやと秋のいりくち 石畳
秋冷の薬師湯殿に誘われる
ホトトギスいつまで人を恋うかたち
酔芙蓉むかしの人と歩をあわす
走り根をたどれば脈々と 血潮
深呼吸してしばらくは森の精
水の音・樹の音・風の音 みんな
黄泉比良坂 桃の話をしてあげる
切株に座る寒山の麗子
幻か現か 仙人の声音
一尽の風 現世にもどされる
三尊の俯き加減 暮れ近し
いちまつの寂しさはあり 汗の首
2011年10月 更新
生誕120年記念
岸田劉生展
於 大阪市立美術館
チケットの麗子像 黒き帽子の自画像 壷の上の林檎
麗子の手 本多 洋子
怪しげに麗子が誘うから行こう
木下闇くすくす笑っている麗子
百日紅しぶとく咲いて誘うから
石段を登って薄暗いベール
哀しみは転べぬ位置にいるリンゴ
生きて林檎はしかと創世記に触れる
宇宙的なリンゴがひとつ壷に乗る
黒い帽子にぎっしり自負を詰め込んで
切り岸は明日に向かって歪むのか
ゴッホになって自画像を描く
セザンヌと一緒に銀座四丁目
バーナードリーチに触れる熱い胸
自画像の一枚づつに歪みがある
妻の手は胸に 赦されぬ胸に
実は饒舌な 三つのりんご
静寂を破ろうとする 破れない
リンゴにある言葉 りんごにない言葉
やじろべえの位置で緊張がつづく
肩掛けのほつれと微笑んでいる麗子
泣いているのか哂っているのか苦しい麗子
二度童子になってしまったか 麗子
寒山のように笑っている麗子
画家は孤独で自分の穴を掘り続ける
美術館を出る 麗子の手が冷える
2011年9月 更新
天竺へ
三蔵法師3万キロの旅
於・奈良国立博物館
求法僧のひとりが握るパスワード 本多 洋子
そくそくと孤独を埋める水の音
悪鬼あり邪鬼あり邪心あり 念ず
崖をめくればまた崖のあり経をよむ
つくつく法師 悟空の行方問うてみる
八戒が寝転ぶ浮雲のひとつ
息絶えて雪下に埋もれてゆく人馬
旅半ば仏足石は偏平足
仏足石こそばい丸が描いてある
三万キロ歩いた沓が置いてある
2011年8月 更新
今月は私の誕生月です。悲しみの数はそれだけ増えてゆくようです。
心の底に 静かに沈殿してゆくものを 感じます。
テーマは誕生月の私の詩というところでしようか。
蜩を追う 本多 洋子
手離したものが深みに嵌まりこむ
藍色のグラデーションに置く右手
追うな追うな静かに流れてゆくものを
手首から落とされてゆく万華鏡
行間を置く 雷鳴が鎮まるまで
緑陰に残されている一輪車
蛇苺バリアフリーの中に居る
藪の中ミノタウロスが蹲る
蒼い衝撃 時間は止まったままである
巻き戻す 浮世草子のなかほどまで
毒キノコ赤い茸と梁塵秘抄
愛をかぞえる 水蜜桃の冷えるまで
稲わらから古いコントが零れだす
口にはしない青い終焉
内部被曝 金魚の胸鰭を叩く
綿棒でくすぐる埴輪の馬の耳
今すこし離れて連鎖の萩ききょう
測定器 織姫さまに差し上げる
列島を洗い流しているホース
森の奥 鬼の座った跡がある
切株が尻のかたちになっている
蜩を追う真実を知りたくて
森すでに日没 矢印を放つ
藍色に染まる想定外の馬
圏外で発芽の準備整える
2011年7月 更新
奈良
いさかわ
率川神社 百合祭り
さいくさ
(三枝祭り) 本多洋子
近頃各地に残されている伝統的な祭りに興味を持ち始めた。三大祭りと言われるような大きなお祭より、ちょっと見過ごされがちな小さなお祭がいい。毎年6月17日に行なわれる百合祭りを覗いてみた。
奈良率川神社の三枝祭りは通称百合祭りと言って、笹百合で飾った酒樽を神前に供えて無病息災を祈る。千三百年の歴史をもつ伝統的な神事。三輪山に住んでいた祭神で、三輪山麓に笹百合が咲いていた故事にならってユリを奉納する。神主が儀式に従って祝詞を唱え百合を手にした百合姫(巫女)が雅楽に合わせて舞いを奉納する。その後、午後から稚児行列や百合姫が町内を練り歩く。
率川神社入り口 百合姫の舞
行列の稚児たち
ならまち
人の世の孤独を積んだ石の船
池の面に水無月の塔鎮まれり
原発の噂を耳に亀の首
梅雨晴れ間 木の看板の古梅園
東北を思い身代り猿ゆれる
過去を湿らせネパールの飾り窓
百合祭り
ゆり酒とゆり姫に酔う三輪の神
ならまちの軒練り歩く笠の紅
百合の絵馬 白い未来を信じきる
紅白のタスキ弾ける稚児の列
2011年6月 更新
6月雑感 本多 洋子
青い薔薇まだ内心を明かさない
カタツムリいつまで逡巡しているか
舞えまえとはやし立てては傍観者
青嵐 鬼は仮面を脱がされる
崩された過去を追うのは痩せた鬼
花しょうぶ鹿鳴館のフリルだろう
紫のメールが届くかきつばた
月の裏見てきたように黄の菖蒲
おとといを引っぱっている走り梅雨
走り梅雨一筆箋で済ます用
晴雨兼用いつもの傘がひらかない
Uターンして黒猫の跡を追う
紫陽花の闇に消えたか二度童子
星屑か粒子か花にルビを打つ
てのひらに青梅の疵しずみ込む
水葬の人形しずむ青葉梅雨
未来から億光年を来るホタル
目隠しをして水音をききわける
T字路を曲がりきれないカタツムリ
赤いもの吐いて自虐の中にいる
いつまでの呪縛だろうかアマリリス
水無月の水のありよう啓示の果て
トランプを繰る六月の逃亡者
一輪車まっすぐ白い道をゆく
2011年5月 更新
歌川国芳展 大阪市立天王寺美術館
この展覧会は国芳没後150年を記念して、初公開の傑作や新発見の秀作を含む420点を集めて過去最大級の規模で開催されました。
国芳の画想の豊かさや斬新なデザイン力、奇想天外な創造力は、浮世絵の枠にとどまらず現代でも目を瞠るものがありました。中には世相批判や、ユーモアもたっぷり含まれていて、川柳的な視野を大いに楽しむ事が出来ました。
国芳の鯨 本多 洋子
国芳の鯨が暴れたので津波
妖怪が笑う大江戸のアニメ
両国橋のあたりをスリーDで見る
ガリバーが抓むお江戸の大名行列
水滸伝百人百様 刺青の背な
にわか雨 女のお喋りが続く
版画から動画の瀧が落ちてくる
借りてきた猫だが言いたい事を言う
怖い顔して みんな善人
三味を爪弾く夕涼みの猫
猫舌・猫背 ネコには小判かつを節
びく
緋鯉真鯉 左うちわに魚篭を持つ
国芳の鯨に乗っかってみたい
2011年4月 更新
東北関東大震災によせて
ひとり一句
断層の上にもさくら咲いて散る 阪部 文子
この場所にみんな戻ってきたいから 内山 雅子
ドドドドッと揺れ哀しみが始まった 中野 六助
憎い 三月十一日の真昼 清水すみれ
被災者を労わりなさい天の海 小林満寿夫
紙漉きの地震津波で食っている 藤井 孝作
子よ友よ大事はないか生きてるか 八田 灯子
激震も人の絆は断ち切れず 嶋澤喜八郎
乙姫を流した波を逮捕せよ 壷内 半酔
定形外郵便 痛みに届くまで 森田 律子
雪が降る雪は灯らぬ町に降る 墨 作二郎
尋ね人欄から春が狂い出す 笠嶋恵美子
断層の真上で綴る方丈記 小池 正博
海は海の顔して震の前 岩崎千佐子
悲しみが深くて震えないこぶし 神野 節子
被災地の人達前を向くのです 瀬尾 照一
お元気ですか地震のあとのことを訊く 福田 弘
地球がんばれこれっ位で壊れない 太田扶美代
瓦礫から春の膨らみさがす鬼 八木 侑子
濡れたほうれん草にポパイが泣き出した 久保田元紀
忽然と消えたその日に石を置く たむらあきこ
抱きしめよ時空 117 311 山口ろっぱ
涙までさらっていった大津波 北原 照子
春は名のみの被災地に手が届かない 桑原 伸吉
ぽっかりと空洞になる目も耳も 大橋あけみ
悲しみの深いところに塗る黄色 西田 雅子
麦踏のリズム日本立ちあがれ 内田真理子
祈り何時しか慟哭の民となる 古田 祐子
焦点が合わず深爪の龍雲 平井 玲子
吹雪のなかで話し込んでる地震つづく 辻 嬉久子
銀河列車千の祈りを乗せてゆく 長谷川久美子
画用紙にバス停を描き ひとり 前田芙巳代
見返り阿弥陀から一枚の切符 浜 純子
春遠く花屋の花を全部買う 中林 典子
震災で無くし得たもの雲流る 湯浅佳代子
ありがとう断然強いありがとう 岩根 彰子
避難場所の笑顔に根っこ教えられ 行田 秀生
鎮魂の音色になった雪解水 合田瑠美子
性善説がずしりと重い募金箱 岡谷 樹
指先に残る絆に四季の音 桂 晶月
被災地の雪 神さまが泣いている 赤松ますみ
壊滅の街にただよう鎮魂の祈り 松宮きらり
国民がひとつになれと神の鞭 河津寅次郎
原子炉の次のニュースを息詰めて 小川 佳恵
あらためて日本をひとつに繋げよう 久恒 邦子
幾万のドラマ凍てつく海のいろ 瀬川 瑞紀
アメージンググレイス北へただ祈る 美馬りゅうこ
涙もろくなった三月のご飯 北村 幸子
みんな頑張れ真っ赤なボールふくらんだ 今井 和子
震災のこの木もつぼみつけている 中岡千代美
みちのくに罪もないのにこの悲劇 田頭 良子
被災地へ一丸となるボランティア 荻野 浩子
列島は長いトンネルに入る 本多 洋子
2011年3月 更新
梅苑 本多 洋子
梅ひらく雪の雫を迷わせて
梅三分 小さなコントふくらます
ささやきは華かもしれぬ風かもしれぬ
狛犬の耳をくすぐる枝垂れ梅
枝垂れては石燈籠の守備範囲
梅に誘われ橋のひとつを渡りきる
白梅の虚心坦懐 朽ちる枝
朱の橋を拒み続ける花の芯
断絶のえにしもあって細い枝
山茶花のはなびらを踏む風をふむ
毛氈にふわりと座る串団子
藪椿お土居のむかし匂わせる
京都 北野天満宮にて
2011年2月 更新
生誕120年
河井寛次郎 生命の歓喜 展
(大阪高島屋 グランドホール) 本多 洋子
人間国宝も文化勲章も断り、生涯無位無官を貫いた陶芸家。
河井寛次郎は2010年に生誕百二十年を迎えた。今回の展覧会は、技・暮らし・交わり・生命・造形・祈りの六つのキーワードから、ひたすら美を追求した一陶工としての河井寛次郎を振り返っている。陶芸はもとより木彫や家具調度品、真鍮のキセル、文筆や書の作品など約180余点が展示されていた。
深海の潮音を聴く壷の耳
海鼠釉ゆらりと壷を支配する
鳥かおんなか女かとりか壷のくび
篇壷夕焼け 砂漠が沈む
おのれ見つめる 鉄錆の口
乳白色にどっぷり浸かる春の壷
父なる天 母なる地あり 煮えたぎる
じんじんと包容力の滲む壷
ペインティング自分探しは続いている
指太しこころの玉を遊ばせる
掌に座る てのひらで祷る
寛次郎の壷には腹筋力がある
吊りあって存在感の壷ふたつ
2011年1月 更新
冬の動物園 本多 洋子
フラミンゴ大地の夕陽ひきずって
翔べることを覚えているかフラミンゴ
あか
交響詩フラミンゴの朱 飛翔する
首を結んで動悸を隠すフラミンゴ
鶴はツルの威厳で冠を揺らす
ペンギン一族ドレミファソっと潜水す
野生の位置で五位鷺の斜視
冬の河馬どかんと父を主張する
おおらかに行く年来る年 河馬の尻
河馬の尻 多少のことは見逃せる
ラクダ二瘤 ゆっくり冬の陽を食べる
遠い視線 その先にあるゴビ砂漠
政権交替出来たかどうか オランウータン
ウータンのひとりは登校拒否らしい
嬌声は檻を揺るがす危機管理
雑音を調整できる象の耳
後期高齢だったか深い象の皺
セカセカと狼 眼の奥の充血
檻の狼 月が昇れば吠えても見ろ
虎は定位置 にんげんを睥睨
何があってもブレたりしない虎の耳
冬日透明キリンは哀愁のかたち
泣いたりはしないと決めた雪兎