2010年12月 更新
紅葉冷え 本多 洋子
人形展は素通り秋のオルゴール
落葉踏むブーツの赤ははしゃぎ過ぎ
ベレー帽に着地 紅葉の現在地
指先で変換キイを押すモミジ
女の碑 落ち葉の嵩に蹲る
紅葉冷え 女ひとりを生きた石
野路菊の早口ことば書きとめる
風鐸の睥睨すれば古都の秋
恋忘れ ギンナンの実の転びよう
鼻メガネ落ちそうに喰うずくし柿
石蕗の首ほそぼそと乳がん検診
梔子の実の頑なに外反母趾
高齢の紅葉を哂う竹箒
しばらくは足湯に浸かる哲学書
喪の知らせ次から次へ実南天
ろうやかき
清水のお皿に載せる老爺柿
寒椿しょうこと無しに歯科の椅子
午後の猫ポインセチアを独り占め
冬の卑弥呼か魔性の鯉か 水の底
2010年11月 更新
こすもす と 芒 本多 洋子
酷暑の夏もようやく治まった十月の半ば、藤原宮跡に広がるコスモス園と広大な曽爾高原のすすきを見てまいりました。
三山に抱かれるように秋桜
花野には大宮人の沓の跡
うなじには淋しさのあり秋ざくら
こころにも少うし風の通り道
乱れては昨日の恋を秋ざくら
土湿る花の涙を吸いすぎて
コスモスの首 三脚にひっかかる
悲恋かな黄のこすもすに誘われる
秋ざくら素顔のままに陽を浴びる
凭れては少し離れているすすき
ススキまだ老いの言葉を跳ねのける
水音がする優しさはきっとある
小休止して神さまの声を待つ
竜胆に呼び止められているカメラ
ある時は風の音符を書きとめる
ことばだったか懺悔だったか芒の穂
神さまの足跡がある曽爾の道
2010年10月 更新
白川郷から井波・瑞泉寺へ 本多 洋子
白川郷合掌造り 野の花と
出会い橋
一度は行って見たかった白川郷へのバスツアーに参加しました。猛暑猛暑の夏の終わり、でも もう秋は水の音に、風の気配に、確かな色を見せていました。
白山スーパー林道を通って、山代温泉に一泊。あとは井波町の瑞泉寺に立ち寄り、門前町の静かな佇まいを散策しました。
白川郷にて
ゆい
結という絆を思う風の秋
繭匂う汗の民具は残されて
水車小屋ごとりと過去を呼び戻す
くりかえす人の情けと秋の水
秋深む茅葺き屋根を鋭角に
童謡は空耳だろう蕎麦の花
どぶろくの里 骨太のおとこ唄
であい橋 世界遺産をひとまたぎ
人知れず咲く萩の花 滝しぶき
挽歌かな滝にふるえる乱れ萩
晩秋の身を晒さんと仰ぐ滝
木彫の町 井波八日町どおり
瑞泉寺の太子堂 勅使門
井波の町 瑞泉寺
黒猫も散策 門前町通り
匠には巧みの誇り秋深む
秋アカネ木彫りの椅子に着地する
一向一揆という底力 鱗雲
失った時間を門前町の秋
秋さびし無口のままの勅使門
唐獅子の目のやりどころ秋の闇
子落としの獅子の今昔 風止まる
木彫の立て札があるサルスベリ
迦陵頻迦の羽を拾えり瑞泉寺
2010年9月 更新
ぬれおんな 妖怪図鑑より 本多 洋子
秋暑かな妖怪図鑑四ページ
一反もめん河童の水を吸い尽くす
かわたろう静かに秋の水を聴く
砂かけ婆か小豆洗いか水の秋
お歯黒べったり蜻蛉は妖のかたちして
ろくろ首濡れて男を責め通す
安達が原 妊婦逆さに吊るされる
秋まつり牛鬼がでる鵺が出る
濡れ女ニタリと愛を舐めつくす
すきま風 初秋の枕返される
描き損じ描き損じては女の首
傘・砧・箒・提灯みな夜行
妖怪は今も水底 犇く澱
水澄んで蟋蟀の骨 蝉の骨
2010年8月 更新
八月の大阪 本多 洋子
毛虫一族 陸橋を渡りきる
風一陣 蝉殻は木に縋りつく
寂しさに堪えるかたちに蝉の脚
一期一会 青大将の目と出合う
片陰は冥途につづく明るさか
炎天の塔は座禅を組む如し
大寺の真昼の鐘を浴びている
石舞台 舞楽の昔今日の炎天
引導の鐘が毛虫を諭しきる
亀井堂 経木の墨は流されて
経木流し此岸彼岸の旅はじまる
この世も楽しあの世も楽し古着市
骨董の店番 小説読みながら
キンカンの効能書きを売る老女
漢方の信用 門前市の端
西日さす店 藍染の袋物
孫・ひ孫・やしゃごも乗せる亀の池
亀の池 こいさんいとさん寄っといで
弱法師の影ゆらゆらと古い池
明治の父の足跡もあり天王寺
安心の歩幅で鳩の群れに寄る
大阪の昔を残している朱色
石の鳥居の影ながながと八月忌
2010年7月 更新
湖北 天の川ホタルの夕べ 本多 洋子
朝から雨、午後からは豪雨になるという予報のなか
JTBの「湖北天の川ホタルの夕べ」ツアーに参加。
芦刈園では西洋あじさい和あじさい各五百種類一万株の様々なカラフルな花々に出会う。
中山道沿いの醒ヶ井は渓流にそってひっそりとし昔ながらの町並み。浅いながらその清流の底には梅花藻がそこここに生育して今の時期、直径五ミリほどの白い小さな花をつけている。梅の花のかたちをしているが、よく見ないと見過ごしてしまいそう。丸いポストや、古い看板の醤油屋など大正昭和の昔が残っている。
関が原のレストランで、夕食。最後は雨の激しく降る中、山東町でホタル狩。観光バスが十台ちかく押し寄せ、都会並みの賑やかさ。自然が破壊されて、もうここまで来なければ蛍を見られない現代の日本がわびしくも哀れにも感じられる。
あじさいの涙は星のかたちして
まったりと心をゆらす濃あじさい
紫陽花は女人のいくさ風を待つ
俯いてあじさいの白雫する
目を閉じてこころの彩をなぞるかな
暗がりに悪女ぶったり花ざくろ
醒ヶ井の水さらさらと悲を流す
梅花藻の白流されてながされて
青梅雨や中山道の石地蔵
醒ヶ井は丸いポストを守り抜く
地蔵川遠い歴史を押し流す
優しさに飢えて蛍に逢いにゆく
てのひらに哀しみ蛍の灯りほど
夕蛍 他人の声にかき消さる
これよりは結界なりと蛍消ゆ
2010年6月 更新
六月の仏 本多 洋子
音楽を聴くように
絵を観るように
わたしの心の周辺には
いつも仏像が寄り添う
たぶん思春期の頃から
ずぅーと そうだった
神将の視線をさける猫一族
水無月の猫 暗闇を凝視する
伐沙羅から逃れバサラに縛られる
青葉闇 第三の眼を意識して
黄菖蒲の黄に諭される風の尖
縺れては水にほぐれる深みどり
指先に風の音階 生まれる蝉
若葉影ゆらぐ朱唇仏の頬
青梅雨やすっくと首のない仏
受け止めてくれる気配を木の仏
哀しみに触れる吉祥天の髪
あるときは孤高の天に突き放す
混沌と六月の闇 忿怒仏
水瓶にしたたる指先のしずく
胸奥に戦さを溜める阿修羅像
ふるさとの山河を想う薄き胸
紫が降りる天啓かもしれぬ
どくだみ群生こんがら童子紛れ込む
湧き水の情けに触れる泣き弥勒
泣けるだけ哭いて六月の仏
2010年5月 更新
国立文楽劇場
妹背山婦女庭訓
これは大化の改新を題材に、大和各地の伝説や風景を取り入れた歴史的大ロマンを展開する一大パノラマ。今回は一部二部の通し狂言として上演されたが、私が観劇したのは一部のみ。
中大兄皇子(天智天皇)と中臣(藤原)鎌足が権勢を振るった蘇我入鹿を打倒した大化の改新を土台にドラマは転回する。
第一部では、久我之助と雛鳥の恋物語を軸に、大逆臣入鹿の恐怖政治に巻き込まれて死に直面せざるを得ない恋人たちとその家族の悲劇が演じられる。
きわめつけは妹山背山の段。舞台中央に流れる吉野川(客席は川の中という設定)を挟んで上手に背山大判事清澄の家、下手に妹山太宰少弐の家。床も上手下手双方に分かれ掛け合うという特殊な舞台構造になる。まるでオペラを鑑賞しているような不思議な雰囲気になる。そのなかで、対立する家同士ながら相思相愛の久我之助と雛鳥が入鹿の権勢の前に最後は死を選んでしまうと言うドラマ展開。
最近は3Dが話題になっているが、この伝統的な古典芸能の中にすでにこのような立体的な演出のあったことに驚きを隠せなかった。
妹山 背山 本多 洋子
遺恨ある定めと知れる雨宿り
鴛鴦の口と口とを吹き矢竹
どのような処にも添う長きもの
言わいでも言うても深き罪の彩
猿沢の池にまつわる鹿・采女
かささぎの渡せる橋を散る桜
妹山背山 川を挟んで念の絡んで
手を握ることさえならぬ雛の夜
みなぎるは水の情けか首の血か
死を選ぶ子よりも親の四苦八苦
展開のドラマ客席巻き込んで
太棹のうねり義太夫二重唱
桜死ぬ 和製ロミオとジュリエット
2010年4月 更新
没後十年 小倉遊亀展
兵庫県立美術館
小倉遊亀は1895年に滋賀県大津市に生まれ2000年に105才で世を去った日本画家。本展覧会は、遊亀の没後10年にあたって、初期から最晩年までの作品、下絵、挿絵など百点を集めその画業を回顧するもの。展示は四つの章に分けられている。
第一章は遊亀が本格的に活動を始めた大正末から戦争中にかけての代表作20点。
第二章は戦後、あらゆる価値観が見直されて日本画に大きな変化が訪れた時代。遊亀も大胆なデフォルメと形態の単純化をとおして近代絵画を意識的に追求した。
第三章では静物画の多くが紹介されている。野菜や果物、梅や椿などが遊亀の好んだ器と組み合わされて生き生きと描かれる。簡潔な構図と瑞々しい色彩の静物画は人物画と並ぶ重要なジャンル。
第四章では挿絵画家としての横顔が紹介されている。
会場で上演されているビデオとともに小倉遊亀の全貌を探ることのできるすばらしい展覧会である。
オカッパの少女 やさしい丸い膝
切子の壷 むすめの春を聡明に
8を4に 4を2にして抽象画
月満ちてやがて女の菩薩像
純真であること無限の白のこと
すりはりとうげ
磨針峠 厳しい僧の目に出会う
哀しみは大津皇子の眉間のしわ
金銀を塗り重ねては深まる朱
秋草が似合う古九谷のまろみ
梅古木 地を這い天に伸びる枝
ものみんなほとけのように皿に盛る
古陶には古陶の誇り 青い柿
古九谷のいのちマンゴー熟れている
つかのまと云うは花びら二、三枚
おもいのたま 宙のこころを探っている
2010年3月 更新
大阪城の梅林 本多 洋子
毎年のように春先には大阪城の梅林を訪れる。
都会の真ん中にしては纏って本格的な梅林の雰囲気が味合える。天守閣が梅林を見下ろすような位置にあって写真のアングルにも格好である。ただ ちょっと目を遠景に投ずると、そこは近代的なビルの林立する大都会の真ん中。そのアンバランスも妙味であるかもしれない。とにかく大阪人の憩いの場ではある。
蝋梅はポーカーフェイス押し通す
神経の細部にふれる梅の白
紅梅のざわめき天守閣の視野
マナーモードにしておきました枝垂れ梅
被告席に立つ三分咲きの梅
白梅のいずれは殉教者の気配
紅梅の唄 石垣を這い上がる
内濠のどこかに埋蔵金がある
ガラスの城ならクレーンでつりあげる
梅の香を引き裂くように飛行雲
機影追うビルの脇腹あたりまで
風は西から雨の匂いを連れてくる
2010年2月 更新
文楽 平成22年 初春公演 国立文楽劇場
めいぼく せんだいはぎ
伽羅先代萩 本多洋子
萩は主従の人形ゆれる文楽劇場
竹の間の段 ざわと風ざわと影
太棹の波 胸中を掻きたてる
毒入りを疑う太夫の低い声
企みを胸にカッカッと哂う首
鶴喜代の声・千松の声使い分け
米を研ぐ仕草 悲しみの深さ
緋ちりめん噛んで文楽悔しがる
ママ
女にも武士の一分 米を研ぐ
ナキガラ
相克や子の亡骸に対峙する
人形にさせて赦せぬことばかり
いつの世も もの言わぬ首さむい首
耐えて萩こらえて萩の一代記
餅花をくぐって劇場をあとに
雑踏へ太棹ひびく胸の内
2010年1月 更新
十四字詩 本多 洋子
十四字詩にはじめて兆戦してみました。
七・七 と言う世界で どれだけの事が表現できるでしょうか。
十四字という範囲でなら破調ということもあり得るのでしょうか。
色々な疑問をかかえながら その 面白さに兆戦しました。
キイを握った歳晩の猫
借りてくるのは虎の巻き舌
談笑もれる森の入り口
忍び笑いはからす瓜から
堕ちてしまった完熟トマト
誰れ彼となく噂 屈折
ユニコーンには桃色の角
もののけ姫にワイングラスを
虎の尻尾を踏んで さよなら
旅に疲れてドビッシー聴く
寒椿にもお笑いの芸
黄の冷たさをひとりじめする
自動改札ぬける蓑虫
ひとり芝居と春はあけぼの
あれやこれやと滲ませる月
ポッペンを吹く歌麿の口
朧月にも読める指文字
文字盤洗うダリの 親指
星まんだらの真ん中に居る