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嵐の夜に ◆◆◆
夕方に変な雲が立ち籠めたと思ったら、その一時間後には激しい雨と強い風に晒された。
こういった現象は、フェンリルではそうそう起きない…つーか、滅多に無い。
そもそも、年間降雨量が他国に比べてずっと少ない国だしな。だからって、こう極端に降られても困るんだが…
「早く止まねぇかな」
外の暗がりから暴風雨が吹きつけてくるのを、ただ黙って見てるだけの俺。
窓なんて、んなモンねぇから,、まさしく吹きっ曝し状態だ。
瓦礫と岩山に囲まれたこの地に、そんな近代的なモノは用を成さない…つーか、まだ導入されてねぇってだけのハナシ。
まぁ、そんな状態だから…俺は本気でこのフェンリルの街のことを心配してる。
「あと数時間は、この状態だろう」
俺の傍らで書類を片付けてるカッツェが、外に視線を向けながら答える。
「やっぱりか…」
遠くの空から、ゴロゴロという耳障りな音が聞こえてきた。
そのうちピカッ!とかって稲妻が走るんじゃねぇだろうな。街中なんかに落っこちたりしたら、シャレになんねーぜ…
俺は不安な気持ちを振り払うように、パッと頭に浮かんだことを口にする。
「もし、ここにクルトがいたら、どうすっかなぁ…」
明るくて、表情がコロコロ変わるクルトが、もしこの場に居たら。
きっと、雷の音だけで怯えちまうかもしんねーな。
ま、縮こまって震えてるクルトも、かわいーんだろうけどな。
そんな俺の何気ない一言に、カッツェがすかさずツッコミを入れてくる。
「そんなの、すぐさま従者殿の部屋に飛び込んで、半ベソになりながら縋り付くに決まってるだろう」
縋るって…あのステランとかいうメガネの従者に?
まぁ俺からしてみれば、むしろステランのヤツも一緒になってオロオロしてそーな感じがすんだけどな。
「…ってお前、クルトのこと、すんげぇお子様だと思ってんだろ」
「そういうお前こそ、クルトが来た時にやたらと頭を撫で回してるだろう。相手は一国の王子だというのに」
…それとこれとは、話が別だろ。
つーか王族だろうが何だろうが、俺がかわいいと思うヤツの頭撫でて、何が悪いんだっつーの。
「はっ、お前には心のこもった挨拶ってのが、わかんねーのかなぁ?」
「生憎オレには、その挨拶とやらが相手の意向を無視した身勝手な振る舞いにしか見えないんだが…」
カッツェの野郎は小馬鹿にでもするように、フッと肩を竦めてみせる。
なんだよ。その言い草は!!
「うるせぇよ。てめぇなんかに、わかるかっての!」
「うるさいのはお前だ。いちいち怒鳴るな…」
不機嫌そうなカッツェをよそに、俺はふと、思いついた疑問を口にする。
「…そういやお前、最近家には帰ってんのか?」
「さぁな。帰れたとしても、居るのは数時間程度だしな」
腕組みしながら答えるカッツェは、何やら意味ありげな視線を俺に向けてくる。
そんだけで俺は、コイツの言いたいことが何となくわかった。きっと、不満とか不服といった類のそれだ。
…へぇ。だったら尚のこと、ちゃんと家に帰って寛いでもらわねぇとな?
「そりゃ大変だな。んな放置してたら、部屋が埃でいっぱいなんじゃねーの?」
「…貴様じゃあるまいし。掃除くらい定期的にしてる」
氷のように素っ気なく言い放つと、カッツェの野郎はやれやれとでも言うように浅く溜息を吐く。
…っとに、ムカつく野郎だな!
「ハイハイ、そーですか。じゃあ今夜もココに泊まってくワケ?」
嫌味を含んだ俺の言葉に、冷めた金色の瞳が見返してくる。
「当たり前だろう。何のために城に自室を構えてると思ってる」
マスクで隠れた口元には、何の感情も浮かんじゃいない。
まるで、その問いかけ自体が愚問だとでも言いたげな、素っ気ない口振りだ。
なんかすげー、馬鹿にされた気がすんだけど。
「フン。やぁっぱ、帰れねーよなぁ。この嵐の中じゃ、さすがの黒猫さんも」
「何が言いたい?」
即座に返ってくる、予想通りの刺々しい声。
「べっつにー。あ、そうだ。部屋出てくなら、ついでにそこのゴミ入ってる袋、持ってけよ」
俺は、部屋の隅に転がってるデカイ袋をアゴで示す。
「…部屋にゴミの塊を放置しておいて平気でいられるなど、貴様くらいのものだな」
カッツェはチラリと俺を睨みつつ、嫌味たっぷりに吐き捨てる。
俺は聞こえないふりを決めつけると、そっぽ向いて、シッシと追い払うように手を振った。
「小言はいいから、さっさと捨てに行きやがれ」
「それが、人にモノを頼む態度か」
呆れたようにそう言って、カッツェが袋の口を掴んで持ち上げる。
…と、その瞬間。
「ぁ…ッ」
僅かに戸惑いを含んだカッツェの声がして。それに釣られて、図らずもピクリと動く俺の耳。
視線をやるよりも先に俺の耳が捉えたのは、予想だにしない『ビリィッ』という不穏な音と…
続けざまに『ドサドサッ』と、何かがド派手に床に叩きつけられる音。
振り返った時には、バラバラに散らばったゴミ(と言っても、ほとんどが紙の束なんだけどな)が、床一面に広がってた。
「何、やってんだよ!」
「知らん。持ち上げたら、袋の口が切れたようだな」
いつもと変わらない口調で、淡々と言ってのける。
けどな、その袋の破れ方はどう見たってフツーじゃねぇ。
だって、結んだ口の部分だけがスパッと、ものの見事に切り裂かれてるっつったら…考えられる可能性は一つ。
「おま、爪で引っかけたんだろ!伸びすぎなんだよ!ったく、これだから猫は…」
「っ…!お前と大差ないだろう。それより、そんなとこに突っ立ってないでさっさと拾え」
床に散らばったゴミらを掻き集めながら、カッツェが言う。
相変わらず冷たい風と針のような雨は、床を、壁を濡らしていて。
「俺は関係ねーだろが」
「うるさい。そもそも、これはお前の廃棄物だろう。つべこべ言わずに手伝え」
「…エラそーに指図すんなっての!」
自分のこと棚に上げて、よくそういうこと言えるよなぁ。
俺は心底嫌そうな顔してみせて、仕方なく床のゴミに手を伸ばす。そうして傍らの新しい袋に放り込みながら、何気なく視線を外の暗闇に向けた。
…と、いきなり後ろからグイッと勢いよく耳を引っ張られて、半身が大きく揺らぐ。突然のこととはいえ、不覚にもバランスを崩しそーになっちまう。
「ってーな!何すんだよ!!」
声を荒げて振り返ると、何か言いたそうな顔したカッツェが睨んできて。
「ヴィント…」
俺の抗議の声なんか丸ごと無視して、小さな溜息を一つ。
「んだよ!」
「お前、これ…」
目の前に突き出されたのは、俺の…エロ本。
なんで、カッツェがこんなモン持ってんだよ?って、一瞬思ったけど。
そうそう、しまう場所がなくなってきたから、部屋の整理ついでに捨てたんだっけ。
「って、耳引っ張るこたぁねーだろ!」
「いちいち怒鳴るな。お前、こういうモノを捨てるときは、表紙が見えないように工夫くらいしろ」
「余計なお世話だっ!!」
なんで俺がカッツェごときに、あれこれ指図されなきゃなんねーんだよ!
冷めた表情で俺を見返すカッツェの野郎は、小さく肩を竦めてみせる。
「まったく。こんなのが、次期国王とはな…」
呆れたようなその言い方に、俺はなぜだか無性にイラついて。
「ッ…!」
素早い身のこなしでもってカッツェの背後に回り込むと、お返しと言わんばかりにその両耳を思いきり引っ張ってやる。
不意をつかれたカッツェはバランスを崩し、そのまま俺に凭れ掛かる形になる。
「なぁ、カッツェ、これ以上俺を怒らせるよーなこと言ってみろ…」
ワザと低い声で耳元に囁いてやれば、金色の瞳がキッと俺を睨み返してくる。
「離せ…」
「ヤダって言ったら?」
一瞬の静寂を破って、無言で繰り出される容赦ない肘鉄。
だけど…
「甘いっ」
肘が到達するより先に、俺の左手はカッツェのそれを受け止める。
先が読めてたから、防ぐのは簡単で。
それに、完全に背後を取られたこの状態で、俺に敵うわけねぇだろ?
「お前、ココに泊まってくって言ったよな?」
まぁ、今夜は嵐で雷まで鳴ってやがるし。
今だって容赦なく叩きつける雨風が、行く手を阻む勢いで荒れ狂ってる。
「ココ…?表現が的確じゃないな。オレが泊まるのはこの小汚い部屋じゃなく、普段から慣れ親しんでいる自分の部屋だ」
「ふーん……だったら俺が、そうさせねぇ」
言い放つと同時に、俺はカッツェの猫耳に歯を立てた。
薄っぺらな肉が歯に食い込んでいくのを存外心地よく感じながら、弱い部分を刺激するように甘噛みしてやる。
「…やめろっ」
微かに身を強張らせて、弾かれたように息を呑むカッツェ。
怒りと戸惑いと驚きが入り混じったような、困惑した響きが俺を煽る。
なんつーか…ちょっと、キちまったかも。
だなんて、一瞬でも思っちまった俺は、もしかしなくてもヤバいのか?
やっぱこういう状況ってのは、「ったく、いかにもな反応すんじゃねーよ」とか、なんだとか。
そんな、からかいの言葉を投げかけてやれば、悪い冗談として丸く収まるんだろうが。
なのにコイツは、上擦ったような掠れ声なんかで制止の言葉吐いて。それが妙に切羽詰ってるっつーか、必死で。
ちょっとヤバい…って直感的に悟った時には、もう遅いっつーか…
気づいたら俺は、ヤツの耳にそのまま舌を捩じ込んでた。ついでにピチャピチャ音を立てながら、内側のピンクの皮膚を舐め回してやる。
「いい加減に、…ッ」
カッツェの野郎は口ではそう言うものの、さっきみたいな反撃の威勢はカケラもない。
「やめ、ろ…ッ」
膝に力が入ってないとこを見ると、やっぱ少しは感じてんのか?
唇噛み締めて、漏れる吐息を無理やり抑え込んで。
そんな顔されたら、ますます歯止めが利かなくなるっての。
「マジ柔らかい…これじゃ、簡単に食い千切れるぞ」
食みながら、片方の耳を指でつまみ上げるようにして弄ぶ。
まだムキになってやがんのか、カッツェの野郎は大して力の入らない腕で、俺の体を押し退けようとする。
けど、それが本気でも何でもない、ただの意地張った足掻きってヤツで、ましてや俺への拒絶でもないってことがわかると…
俺はカッツェを後ろから抱きすくめたままの格好で、その白い肌にやんわりと爪を立てると、雨に滲んだ冷たい床にゆっくりと押し倒した。
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update : 2006.12
カッツェにゃんが為すがまま状態に。。
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