備後國分寺だより
備後國分寺 寺報[平成二十一年盆月号] 第二十三号

 備後國分寺だより

発行所 唐尾山國分寺・寺報編集室 年三回発行


 神辺結衆布教師「法話」草稿
 
『仏前勤行次第』の 
  意味するところ 


 六年前には、「仏教とは何か」などという話しをしました。確か私たちは仏教徒なんですが、皆さんそういう意識がありますか、とお尋ねして、仏教徒とは何か、皆さんの家の仏壇とはどんなものか、などという話しもしたように記憶しています。憶えておいでですか。

 仏教は学ぶという姿勢がとても大切な訳なんですが、仏教というのは学べば学ぶほど、そのすばらしさを感じずにはいられないものです。その第一とは何かというと、他の宗教と言われるものと絶対的に異なることがあるということに最近気づきました。

 それは、何かというと、他の宗教では、絶対に神様でも何でも、その宗教が絶対的に上位にある尊格と同じになれるとは説いていないですね。ですが、仏教は、お釈迦様は自分と同じ境地を悟ればみんな阿羅漢ですよ、阿羅漢になれば私と何も変わりませんと言われています。そして、そこにいたる為の教えをすべて隠すことなく教えられています。

 もちろんその境地は、お釈迦様の教えを自ら忠実に歩んだ人だけが到達できる、いわゆる最高の悟りですから、誰でも簡単になれる訳ではない。ですが、お釈迦様の時代には結構沢山の人たちが阿羅漢になっている。私たちと同じこの世に生を受けた人が、他の宗教で言えば神の位に到達できるということになりますが、そんなことを教えてくれる宗教は他にありません。みんな崇めなさい、信仰しなさいとしか教えてくれない。そこが仏教の一番凄いところではないかと思うのです。

 もちろん今の時代にもそういう高みに向けて森の中で修行に励んでおられる人たち、修行者たちは大勢います。ですが、私たちは、そこまで出来ませんけれども、何回も生まれ変わりしながら徳を積んで、なんとかそこに至ることが出来ようじゃないかというのが仏教の教えであって、その教えを生きる人々が仏教徒ということになります。

 難しい話しをしてもきりがありませんから、じゃあ、悟りとは何かと言えば、最高の幸せということになります。皆さんだれでも幸せになりたい。ならば最高のものを最終目標にして、目の前の日々をどう生きていくかということを教えるのが仏教です。

 なんだ仏教というのは供養の為じゃないのか、今日の法会も、法事もみんな供養の為じゃないかと言われるかもしれませんが、供養になるためには、お唱えするお経に功徳がなくてはいけない訳ですね。その功徳とは、そのお経を聞き、行じる事で、多くの人が幸せになる幸福に導かれる、だから功徳がある。功徳のあるお経を唱えるから、亡くなった人に回向できるということになる訳なのです。

 それでは幸せになるために仏教では何を教えているのかと言えば、それは私たちの一番身近な『仏前勤行次第』にすべて書いてあるのです。

 勤行次第ですから、まずは日々勤め励むことが必要だということですね。私たちどうしても怠ける習性があります。ですが、すべてのことが因果の世の中です。良いことをすれば報われる、悪いことしていればダメになるというのがこの世の中です。自業自得、因果応報ですから、勤め励む。精進という言葉も仏教語です。なんとか怠けたくても頑張っていこう、そこに必ず結果がついてくるはずだ、それには人種も肌の色も生まれも男も女もない、全くの平等な世界なんだということです。

 で、次第に入りますと、まず礼拝ということがあります。何を礼拝するかと言えば、仏さまです。仏教を説いて下さった方ですね。礼拝というのは、敬う気持ちを表すことです。人は人から学ぶものですと、昔スリランカのお坊さんから教えられたことがあります。この敬う気持ちというのがあって、初めて私たちは何事かを学ぶことが出来るのだと。学校の先生にも敬う気持ちを持たないから、今の子供たちは何も学ぶことが出来ない、身につくのは単なる知識だけ、ということになる。敬う心、大切なことだと思います。だからこうして最初に教えられていると言うこともできます。

 それで、この礼拝文を唱えるとき、うやうやしく御仏を礼拝したてまつる。だから自然と頭が垂れるのが本来でしょう。自分の読んでいるものが自分自身の行となっているかどうかが分かります。勤行次第は自分自身のために読むのです。亡くなった人のためではない。自分の行いとして善行であるから、功徳となり、供養にもなる。自分の行いは自分にかえってくるというのが仏教の教えです。

 それから、懺悔。これは、日頃の生活を反省するわけですけど、普通私たちの何かするときの判断の基準は、物事の原因と結果を理路整然と見て、冷静に客観的に考えるというよりも、それを無視して損か得か、楽かきついか、好きか嫌いかで決めていることが多いわけです。それが、つまり貪瞋痴。三毒とも言いますが、私たちの心も身体も社会生活も破壊する毒だというわけです。

 たとえば、どうですか、私たちは、つい言わないでいいことムカッときて言ってしまうことも往々にしてあるわけですね、みんな人間ですから。ですが、そんなとき、やっぱり素直な気持ちになって反省して、つまり自分を見つめて、自分も悪かったなと思えれば、次にその人に会ったとき、そう言えばスッキリする訳なんです。
 懺悔とは、だから、何でも他の人のせいにしたがる私たちの悪い癖を、そうではなくて、自分の心をまずは反省する、自分の責任をきちんと受け取る、さらには自分を知る、自分の心を観察することが大切なのだということを教えてくれているわけなのです。

 その上で三帰三竟。仏法僧の三宝に帰依する。皆さんにとって仏法僧とは何でしょうか。仏は、お釈迦様、幸せを求める私たちの究極の目標である悟りを得られた人ですから、私たちの人生の理想とでも言うべき存在です。法とは、その理想を実現するための道筋、マニュアル。僧とは、教えを伝え行じる出家の集団を言うのですが、私たちも仏教の流れの中にあるとすると、共に教え励む人たちということです。

 これら三宝に帰依するというのは、仏教徒の条件でもあり、これを唱えれば仏教徒になったということなのです。

 そして、それによって、私たちの生きる方針が明確になったということでもあるのです。おかしなものに洗脳されず、最近のスピリチュアルブームですか、そんなものに惑わされず、仏教で生きる。仏教で生きるというのは、因果の法則を客観的に見ていく、その因果必然の道理を受け入れて生きるということです。

 それから十善戒。戒律と言うよりも、善行為を勧めるものです。○○をしなければいいということではなくて、それぞれ○○の正反対の心を養い実践するための教えです。

 たとえば不殺生であれば、生きものを殺さなければいいというのではなくて、慈悲の心をもって優しく育んであげることを教えるものであり、私たちにとって命が何よりも大切なものだからこそ第一番目にこの不殺生があげられているのです。他の者の命を取るということはあなたも取られることになるよと、だから自分の命が大切なら他の者の命も奪ってはいけないということを教えているのです。

 以下一つ一つの意味は申しませんが、とにかくこの十善戒は、私たちの人生にとって大切なものを教えてくれています。いのち、もの、人間関係、社会、信頼、品格、慈悲、理性、おちつき、などでしょうか。それらが、すべて表現されていると考えて、吟味してくださるとよいと思います。

 そして、発菩提心。オンボウジシッタボダハダヤミ。これは、真言を唱えて、菩提、つまり悟りを求めますと仏さまに宣言するものです。私は悟りを求めます。それを人生の目的にしますと仏さまに向かって、それもインドの言葉で唱えるのですから、仏さまにそのまま宣誓しているのです。仏さまの側からしたら、「よう言った」と受け取られているのではないでしょうか。あまり皆さんそんなことを考えずに気楽に唱えていることでしょうが。

 だから次に三昧耶戒。オンサンマヤサトバン。われは仏と一体なりと来るわけです。決して、到達できないものとしてではなく、つまり他の宗教のようにただ崇めるものとして崇拝するだけの存在ではない仏というものを自分の中できちんと意識して生活するということです。

 それから般若心経を唱えます。心経は、「空」の世界観を説き明かす経典ですが、「空」とは、この世のすべてのものは絶えず変化し無常なわけですけれども、それは他の様々な支え影響のもとに存在しているからで、すべてが相互に依存し、他とともにある。つまり、そのものだけで存在しているものなどなく、実体あるものではない、だからそのあり方をただ静かに見て、一切の計らいの心を捨てよ、と教えられているのです。

 それから十三仏の真言、光明真言など諸真言を唱えますが、これらは、インドの言葉そのままをお唱えして、それらの仏の徳に随喜して功徳を得る。そのあと、祈願して回向もしますが、それはあくまでも、唱える人自らにとってプラスになることがたくさんあるからであって、それは意識するしないにかかわらずある。勤行次第を読むことは、仏道を受け入れ、そのまま学び
行ずることになるのです。

 このように、日々勤行次第を唱え、一日一日功徳を蓄えて、一生でも早くお釈迦様のところに到達するようともに励んでまいりましょう。

 ところで、仏教は平等や慈悲、寛容の教えです。だれでもが頑張れば幸せになれる、生きとし生けるものすべてがよくあるようにと考える教えです。こう申しますとこの厳しい経済社会では役に立たないと言う人もいます。

 哲学思弁ではなく、食うか食われるか利潤を優先して他を圧倒するべき力学を説く宗教の方が今の時代に適しているかの如く言われてきました。それによって物質的な繁栄をもたらし豊かな生活を享受している私たちではありますが、しかし、だからこそ、今世界的に感染病や異常気象、大規模災害、様々な格差、環境問題が生じているのではないでしょうか。

 仏教の説く経済はエスキモーの狩猟生活のようなものなのかもしれません。多く蓄えることなく自然界の生き物を大切に育みながら、必要なものだけを頂戴する経済です。なるべく自然にかなうよう、搾取よりは分配共生、競争よりは共存共栄、瀟洒よりは清楚清貧を求める。

 何のおもしろみもないものなのかもしれませんが、それが本当は未来永劫私たちの生きる地球を大切に優先した、半永久的に繁栄可能な社会なのではないでしょうか。生まれ変わり生まれ変わりして私たちが悟りに到達するまで、この人間社会がずっと存続するためには、未来永劫繁栄可能な仏教経済こそが必要なのだと言えるのではないかと思います。      (全)


大法輪七月号特集
『これでわかる仏教の歴史』掲載

日本の仏教の歴史
江戸時代・明治時代

戒律復興と慈雲尊者

 江戸時代に檀家制度が定着すると、僧侶は官僚化し安逸をむさぼり、腐敗堕落を招いた。そして社会から反感の声があがると、僧風の粛正と戒律の復興運動が各宗に起こってくる。
 諸宗の中、特に真言宗は戒を持せずば霊験なしとして戒を重んじたので、この時代の戒律復興にも、いち早く先鞭をつけた。叡尊の戒律を奈良西大寺に受法した明忍(みょうにん)らは、慶長七年(一六〇二)、京都栂尾(とがのお)にて自誓受戒。戒律の復興を誓い、多くの学徒を養成した。そしてこの真言宗内での戒律運動は、やがて他宗へも伝播されていく。

 寛文から元禄の頃、天台宗では妙立、霊空が大乗小乗律兼学の護持を主張し「安楽律」を唱え、真言宗では淨厳(じょうごん)が戒律を仏道修行の根本に据えた「如法真言律」を唱導。浄土宗では慈空、霊潭が「浄土律」を、日蓮宗の元政らは「法華律」を提唱して、律を広め僧風の刷新をはかった。

 そして宝暦から寛政の頃、釈尊在世時の戒律復興を目指した慈雲尊者飲光(おんこう)(一七一八―一八〇四)が登場する。尊者は、釈尊当時の僧団に回帰するための戒律として、「正法律(しょうぼうりつ)」を創唱。僧侶の生活規律、禁止条項などについて、私意を交えず、時代や場所の不相応を論ずることなく仏説のままに行じることを旨とした。
 僧団の組織や袈裟の縫い方かけ方、日々の誦経坐禅まで釈尊在世時の如くに行う「正法律」に従う限り、その出身宗派にとらわれることがないため、宗派を越えた沢山の僧尼が尊者を師と仰ぎ雲集したのであった。

 正法を仏説の経文律蔵にもとめ、受戒僧坊による自派他派の別を立てず、宗派宗旨の深浅を論ずることを禁じた。そして、十善戒をすべての戒の根本であるとして、身を治め家を治め国を治める大本の教え、人の人たる道であると平易に説いて、数多の道俗を教化。特に多くの皇室関係者が帰依するなど、その徳風は一世を風靡したのであった。
 『梵学津梁』(ぼんがくしんりょう)一千巻、『十善法語』十二巻など多くの著作をなし、特に十善戒に関する著作は近代の仏教者に多大な影響を与えたのである。


廃仏毀釈と肉食妻帯

 江戸時代の仏教は、国教ともいえる地位にあった。しかし、明治新政府は、国家の礎を神道に求め、神武の古に復(かえ)すということを理想としたため、おのずから神仏分離という方針が立てられた。
 慶応四年(九月より明治と改元)三月、諸国大小神社に別当・社僧と称して神勤している僧職の復飾(ふくしょく)(還俗(げんぞく))を命じ、さらに、神号を権現(ごんげん)など仏教語を用いている神社はそれを改め、御神体としての仏像、また鰐口、梵鐘、仏具などは取り払うことが布告された。
 これを世に神仏分離令と言うが、これを背景に、明治五年頃まで全国に展開された仏教排斥の破壊行為を廃仏毀釈という。

 この布告の数日後には、はやくも比叡山麓坂本の日吉山王社では、長年隷属してきた僧職への怨恨もあり、武装した神官出身の志士たちが、当時仏教様式で祀られていた神域に乱入し強引な破壊行為を行った。 
 そして、津和野藩、隠岐、薩摩藩、苗木藩など一部の藩や地方では、廃仏毀釈の方針をとったため、寺院の廃止・合併や僧侶の還俗、神葬祭への強制が行われた。国宝に比すべき貴重な品々も含め、寺院や家々の仏壇の仏像、経巻、法具などが壊され、焼かれたり、路傍の石仏・庚申塚もことごとく破壊されたのであった。

 そしてさらに、新政府は近代国家の基礎を確立する一端として、明治五年四月、「自今僧侶の肉食妻帯蓄髪は勝手たるべきこと」と布告した。
 これは古来僧尼令で定めた肉食妻帯の禁を解く法令であり、出家を基本とする仏教僧の宗教的な特質を国家として否認するものであった。
 本来、戒律は国家によって制定されるものではなく、各宗僧団によって厳守されるべきものである。しかし、長く国法により統制されてきたがために、この法令をもって肉食妻帯に踏み切る僧侶が少なからず現れたのである。
 明治三十年代には僧侶の妻帯が一般化したこともあり、各宗派宗議会でこの肉食妻帯問題が度々取り沙汰され、公認すべきか否か議論紛糾した。が、結局は自然の成り行きに順じるのが至当との解釈が大勢を占め、今日に至っているのである。

 廃仏毀釈が物理的な排仏とすれば、肉食妻帯の解禁は内容的な排仏と言えよう。事実、この法令が日本仏教の世俗化に一層の拍車を掛けたのであった。


近代仏教学の成立

 我が国における伝統的仏教は漢訳経典による仏教であった。しかし近代には、十九世紀頃から仏教文献の学問的な研究を始めた西欧から、あらたに梵語(サンスクリット)やパーリ語などインド語の原典による仏教研究が導入された。

 近代的な梵語学研究は、明治九年、東本願寺の俊英・南条文雄と笠原研寿が英国に留学したことに始まる。二人は、インド学の幅広い分野で研究の基礎を築いたマックス・ミューラーのもとで研鑽し、始めて西洋の近代梵語学を輸入した。
 続いて、同じくミューラーの門下であった高楠順次郎が欧州留学から帰朝すると、明治三十年頃から東京大学で梵語とパーリ語を講じ、初期仏教研究に不可欠なパーリ語の研究に着手。『巴利語仏教文学講本』を著し、後に多くの研究者の総力を結集して南方上座仏教所伝のパーリ聖典を邦訳して『南伝大蔵経』を出版。我が国のインド学仏教学研究の基礎を築いた。また、姉崎正治はパーリ聖典と漢訳経典の比較研究を開拓し、日本人による漢パ梵の仏典比較研究は世界の学界に貢献することになる。

 さらに河口慧海がチベットに潜入して、チベット語大蔵経はじめ膨大な文物をもたらし、チベット学の始祖となった。また、織田得能らの努力で『仏教大辞典』が編纂されるなど、近代仏教学研究の基礎が完備されていった。

 そして、こうした梵語やパーリ語の原典を文献学的になす研究と相俟って、明治二十年代から西洋の科学的方法論による仏教研究が登場する。
 西洋の哲学的方法によって仏教を解釈して仏教の真実性とキリスト教に対する優位性を論証した井上円了、西洋の研究法に従って仏教史研究の基礎を開いた村上専精、精神主義を標榜し心の内面を凝察して真理を探究した清沢満之など多くの開明的仏教学者が現れた。

 欧化主義が蔓延する近代国家の形成期に、このように新しい仏教研究が導入され近代仏教学が成立し、その意義を広く社会に示したのである。 
              (全)



朝日新聞こころ頁『日々是修行』  
完全な消滅こそが安息         
   について考える          

 朝日新聞は毎週土曜日に「こころ」というページを設けている。このページの一角に、今年三月まで花園大学教授佐々木閑氏の『日々是修行』というコラムがあった。この先生の著作は、大蔵出版刊『出家とはなにか』を読んだことがある。そこでは南方上座仏教の僧を標準にして仏教僧の本来のあり方を述べ、日本仏教の俗化した状況を批判的にあとがき等で記している。
 昨年の八月三十日のコラムに、「完全な消滅こそが安息」(下記枠内参照)と題して一文を寄稿されている。

 まず冒頭で、お釈迦様が目標とされたさとり、涅槃を、「完全な消滅」と訳されている。確かに輪廻から解脱され輪廻の輪から脱したわけだから、そのことを完全な消滅と言われるのであろう。それはそれで結構ではあるけれども、それが「釈迦の一番の望みだった、彼が最高の目的とした」と記している。
 お釈迦様の時代の仏教は自利のみを目指した。多くの者を対象に利他を説く大乗仏教とは違う、自分だけ安らかに逝ければいいという教えなのだと言うが如く、冷ややかな物言いが感じられる。お釈迦様は確かにさとられたときには他に説くことを諦めかけたことがあるように仏典には記している。

 しかし、梵天の勧めによりその後の生涯は他への教化のために費やされたことはあきらかなことである。自己の一番の望みが完全な消滅なら、さとられてすぐに死を目指せばよかったのではないか。だから、その後のお釈迦様の人生を見るならば、「死んで完全に消滅することが釈迦の一番の望みだった」というのはいただけない。
 また次には、「愛する人を失って、どこかに生まれ変わって今も生きているに違いないと考えればつらい喪失感にも耐えられる。死んでもまた生まれ変わるという思いは多くの人間社会に共通する救いなのだ」と述べ、あたかも、仏教で説く輪廻転生という教えを単なる気休めであるかの如く扱っている。

 だから、このあとに、「生まれ変わった後は慈悲の御手の中、永遠に安楽世界で暮らしていけると心底信じることが出来れば人生の苦悩は解決する」と述べている。生まれ変わり、輪廻を苦しみから逃れる手立てのようにお考えのようである。はたしてそうなのであろうか。
 輪廻とは、実はとんでもなく厳しい教えなのではないだろうか。己の行い、身体ですること、言葉、心の中の思いすべてに責任を要求するものなのではないのか。救いなどでは決してなく、きちんとすべての善いこと悪いことの行いの明細書が積み重なっている、すべてが自業自得、自己責任を問われる厳格な世界のはずだ。

 「合理精神を保ちながらそこまで(生まれ変わり安楽世界で暮らしていけると)徹底するのは至難の業だ」とも記している。あたかも、輪廻を信じることは合理精神にもとるということをおっしゃりたいようである。お釈迦様が仏典の中で、すべてこの輪廻という教えを土台として法を説かれていることをどのように解釈されておられるのであろうか。
 また「死んだら何も残らないと考えて恐怖する人に、それでいい、それが最高の安息だと言って道を開いてくれた」とも記されているが、本当だろうか。行いの果報、業が来世に結果すると説かれたお釈迦様は、死んだら何も残らないとも言われないし、さとってもいない人に、まして死が安息だとも言うはずがない。

 そして、「我々は死んだら、ひょっとすれば、絶対者がいて救ってくれるかもしれないし、どこかに生まれ変われるかもしれない。しかしそうでなくても、たとえなに一つ残さずに消え去ったとしても、死者は平安だ。それが、釈迦が我々に確信をもって保証してくれた死の真実なのである」とこの文章が締めくくられている。
 絶対者とは、阿弥陀さまのことだろうか。浄土教でいう極楽世界に往生するとは、天界に生まれ変わることを指すのではないか。だとすれば、それは輪廻思想を受け入れての話となる。
 どこかに生まれ変わることなく何一つ残さず消え去るとは、最高のさとり、阿羅漢果をさとったということであり、それは我々が死んだらなどと誰でもがそうできるように書かれるべきものではないだろう。

 そして、「それが、お釈迦様が保証してくれた「死の真実」なのである」とあるが、死んでなに一つ残さずに消え去ることが平安だと保証してくれたと言われるのなら、それは私たちがなすべき修行を厳然となし終えることを前提としてのことであろう。
 短い字数の中で十分な内容を求めるのは酷かもしれないが、現代人の現状認識におもねるような内容であることは否めない。誤解される読者もあろうかと思い、仏教一般の常識から批評させていただいた。(全)


四国遍路行記I 
金剛福寺から延光寺へ
(平成二年三月から五月)


 結局お昼ご飯も御接待いただき、Sさんと金剛福寺の前で別れた。一人石段を登る。朝から雨がポツポツ降っていたが、風もにわかに吹いてきた。沢山の参拝者の間を透明人間の如くにすり抜けて、本堂に向かう。金剛福寺は、弘法大師が弘仁年間にこの地を訪れ、千手観音を感得して嵯峨天皇に上奏し、「補陀落(ふだらく)東門」の額を賜り創建された。境内は観音菩薩の霊地・補陀落渡海の地に相応しく、足摺岬の荒波に揉まれた岸壁を見下ろす。

 本堂前で本尊・千手観音のお姿を思い理趣経一巻。本堂の石段を下り、西の奥に大師堂。大師堂では、小窓から内部を覗くと、御厨子の中で綺麗なお大師様がこちらを向いておられた。ありがたい尊顔を拝みつつ心経一巻。

 思ったより雨がしっかり降っていたようで、土の境内がぬかるんで草鞋の足に土がまとわりつく。石段を下り、雨だというのに観光バスから降りてきた沢山の参詣者の中を抜けて、左へ中村方面に向かう。海沿いの車一台が通れるほどの道をポンチョをまとい歩く。山側は岩場からシダが生い茂り、蔓が絡まるトンネルのようなところをぬけて進む。雨降りのどんより空のせいで真っ暗だ。

 そんな道をすぎると、このあたりも新しい道を作っているところが所々あって、幅の広いアスファルトの道が急に現れる。雨の日にはアスファルトの道も悪くない。途中保育園があり、子供たちが部屋の中で走り回っている。外にトイレがあった。柵の中に入り、断りを入れトイレを借りる。子供たちが歓んで手を振っている。ニコニコして合掌している子もいる。

 どんより雲の海はどす黒い。網代から雨がしたたる。こんな日は暗くなるのが早い。まだ四時過ぎだというのにあたりが真っ暗になってきた。坂を下ると、舟をつり上げるクレーンが岸近くに並んでいた。漁師町の窪津だった。このあたりまで来たら、急に雨脚が強くなってきた。

 早くどこか宿に入りたいところだが、お店らしきものもない。このあたりに民宿かお寺はありませんかと、丁度歩いてきたご婦人に問うと、「このあたりのお寺はどこも無住じゃから、うちに来んさい」そう言われて、家々の間をぬってずっと奥まで先導されて歩いた。雨と汗でびっちゃりの衣を脱ぐと、「まあ、風呂に入りね」と言われてお風呂へ。ご主人を亡くされていて、亡くなったご主人の着ていた浴衣やら丹前を着せてもらった。

 まだ夕刻ということもあり、温かいコーヒーを入れて下さり沢山のパンも添えられていた。朝Sさん宅で作ってくれたおむすびを夕飯に食べる。あんまり干渉してはいけないと思われたのか、広い座敷に一人。この数日のことを反芻しつつ日記を書き、また親元に手紙を書いた。

 今日は雨のせいもあり、道にミミズやら小さなカニが出てきて出迎えてくれたが、行き交う車に潰されてしまったものも多くかわいそうに思えた。車のない社会であれば、こんなことにはならないものをと思いつつ歩いたことが思い出された。

 今日も含め本当に四国に来てから苦労知らずで、車のお接待やら善根宿やらと誠に身に余る施しにありがたさがしみじみ込み上げてくる。楽をさせていただき、あまりしっかりと歩いているという実感もないままに来ていることに焦燥感もないではなかった。が、何事もありのままに受け入れてこれで良しとするしかない。明日から何もないということも考えられるのだし、その時その時の境遇を有難く受け取ろうと思った。

 翌日も大雨。時折強い雨が降っていた。洪水波浪注意報まで出ていた。午前中は、そのまま外にも出られず、テレビを見て過ごす。朝から天ぷらのご馳走。昼には鯵の干物を食べさせていただいた。昼過ぎには日が差し込むほどに天候が回復してきたので、亡くなったご主人の遺影が見下ろす仏壇に心経をお唱えし、お礼を申して善根のお宿を辞した。

 暗かった海が嘘のように日を浴びて青々と、白い砂浜や岩肌、それに波のしぶきのコントラストに見入った。足摺の海のなんと雄大なことか。美しさか。たくましい自然の力強さを感じさせた。大岐の浜はまた殊の外美しい。夏はさぞかし若者たちで賑わうことだろうなどと考えながら先を急ぐ。昼過ぎから四時間くらい歩いただろうか。中村の町に入らずとも、下の加江から次の延光寺に向かう遍路道があるということで、下の加江の安宿(あんじゅく)という遍路宿にお世話になることにした。

 明るいうちに宿に入りのんびりする。四国に入り五回目の剃髪もゆっくり風呂場で済ますことができた。四国へ入る前はいろいろな人から四国はこう歩くのだと言われ、固定したものが頭にあったが、やはり人それぞれ、その人なりの歩き方、遍路があるように思えてきた。無理してすべて歩くこともないし、外に寝なくてはいけないということもない。そんなことを思った。・・・。           (全)


常用経典の仏教私釈A 
やさしい理趣経の話
           
初段本文

 前回までで、この理趣経の舞台設定を説く序文が終わって、ここから初段本文に入る。「せいいっせいほうせいせいくもんそい・・・」と唱え初段が始まる。「説一切法清浄句門(せいいっせいほうせいせいくもん)」とは、「一切の法の清浄句の門を説きたもう」ということ。「一切の法」とあるが、仏教でいう「法」には様々な意味があり、仏教の教えを表したり、また真理であったり、この世に現れたものを意味する場合もある。ここでの「法」は最後の「現実に存在するもの」を意味する。

 「諸行無常」という言葉があるが、現実に存在するものすべては移り変わっていくというこの無常は、なぜ無常かと言えば、他のものに依存して様々な条件のもとで仮にいま存在しているからであって、不安定だから常に変化している。すべてのものが他とともに存在すると言うこともできるので、すべてのものは相互に関係し、みな繋がった大きな一連の存在と見ることができる。

 こうした自と他の繋がりを見ていくと、自も他もない一体不二の関係性が見えてくる。これを別の言葉で「縁起(えんぎ)」ともいい、「空(くう)」ともいう。また「清浄」とも言う。このあたりが般若理趣経と言われる所以であって、「清浄句の門」とは、自も他もない「空」という関係性の教えとの意。だから、「説一切法清浄句門」で「すべてのものが自他の区別のない清らかな心の教えを説く」ということ。

十七清浄句

 そして、この後、「○○せいせいくしほさいー」と唱える定型句が十七回繰り返される。これを十七清浄句(じゅうしちせいせいく)と言い、男女の性交に関する言葉が登場するので有名なところである。まず「妙適清浄句是菩薩位(びょうてきせいせいくしほさい)(妙適清浄の句は是れ菩薩の位なり)」とあり、「妙適」とは、まさに男女の性交のよろこびを意味する言葉であり、またより大きな楽しみという意味もある。理趣経はこうして男女の性という生命を生み育むおおもとの交わりを、一味一体の清らかなものと見て、それを菩薩の心と表現してより神聖なものと捉える。

 その「妙適」が「妙適清浄」と表現されることによって、単なる男女の合体を性的意味合いから転換して個と宇宙、自と他、内と外という仕切りを取り払った全体として物事を捉える世界観を表現する言葉となり、大きくその意味合いが変わってくる。個々の私情をはるかに超えて自と他の境のない、つまり宇宙のすべてのものとの一体、一つであるとの意識により、より大きなよろこび楽しみへと心を差し向ける手かがりとして男女の性交を意味する言葉を表現している。

 このあとも男女の交歓に関する言葉が四つごとのまとまりとして四組、つごう十六の言葉が唱えられるが、二つ目の清浄句からその具体的な内容に入っていく。まず、「欲箭(よくせん)清浄句是菩薩位」とあり、「欲箭」は快楽を求める矢のような心を意味するが、「欲箭清浄」では、すべてのものと一体一つになる境地を欲し、自他ともによくあらんと強く引きつけられるのは菩薩の心であると述べる。

 同様に、欲の心から相手に触れることを意味する「触(しょく)」、お互いに結びつき離れがたくなることを意味する「愛縛(あいはく)」、一体となりすべて思い通りになったことを意味する「一切自在主(いっせいしさいしゅ)」という言葉が使われ、男女の行為の状況を表現しながら、それぞれ「触清浄」「愛縛清浄」「一切自在主清浄」となると、自他を区別する意識がなくなり一体となり、その心地にいつまでも浸りたいと思い、すべてのものと一つとなり、それらがよくあるようになし、すべてが思い通りにかなう心地にあるのは、それぞれ菩薩の心であると教えられる。

 続いて、欲の心から見たいと思うことを意味する「見(けん)」、触れることによる悦びを意味する「適悦(てきえつ)」、お互いに離れがたく思うことを意味する「愛(あい)」、一切のものが自在になったと思う「慢(まん)」という言葉を用いて、男女の関係の情感を表現しながら、「見清浄」「適悦清浄」「愛清浄」「慢清浄」となると、すべてのものと一つとなって世の中を見て、その同体なりとの安楽を得て、慈しみの心を持って愛おしく思い、すべてのものの中にある自分を実感する菩薩の心となる。

 そして、お互いを意識して飾る「荘厳(そうげん)」、触れる歓びから心豊かになる「意滋沢(いしたく)」、愛によって光が差してくる「光明(こうべい)」、すべてが自在になった心地よさから「身楽(しんらく)」という言葉を用いて、男女の関係の心理を表現しながら、「荘厳清浄」「意滋沢清浄」「光明清浄」「身楽清浄」となると、この世のすべてのものと一つになった境地を得てすべてのものが美しく、心満たされ、光り輝き、身体に安らぎと心地よさを実感することに意味が転換される。

 さらに、「色(しょく)」「声(せい)」「香(きょう)」「味(び)」という、眼・耳・鼻・舌に入り感覚として私たちが貪瞋痴の煩悩でとらえがちなものについても、おのおの「色清浄」「声清浄」「香清浄」「味清浄」となると、覚りに導き入れる姿であり、説法となる音声であり、三昧に導く香りであり、歓喜にいたる法味となる。これら十六に展開された清浄なる心はみな各々が菩薩の境地なのであると唱えられる。以上が十七清浄句である。

 次に、何故ならばとことわりがあり、「一切の法が自性清浄なるが故に般若波羅蜜多も清浄なり」と続く。一切すべてのものが本来別々に存在しているものではないので、般若波羅蜜多という覚りの智慧も自他の対立を離れて清浄であるということ。ここでは般若波羅蜜多の智慧は、本来私たちが獲得すべき智慧として捉えられているという。私たちは、みな確かな自分があると思っている。けれども、その自分とは実はそんなに確かな存在ではない、単なる幻想にすぎない。それなのに、自分自分という自己中心的に発想して思い悩み、トラブルを抱え込む。自他の対立を離れるとは、この自分という思いがなくなることであろう。

初段の功徳を説く

 そして、次に、この初段本文、とくにこの十七清浄句についての功徳が述べられる。「金剛手よ」、と沢山の聴衆の代表として、金剛手菩薩に呼びかけ、「このような清浄を実現する般若波羅蜜の覚りの境地を聞くことがあるならば、覚りに至るまで、覚りを邪魔する様々な障害も、貪瞋痴の煩悩も、素直に正しい教えを聞けない障り、業によって生じてくる障り、これらを多く積み重ねたとしても地獄に堕ちることなく、さらに重い罪を重ねても消滅する。だからこの教えを大切に受持してよくよく日々読誦し、注意して深く思索するならば、この一生のうちにすべてのものが分け隔てないものだという覚りの心をえて、自も他もない融通無碍となり、心に歓喜を得て、十六大菩薩の功徳を身につけて、最高の覚りを開くであろう」とある。

 本来は悪事を重ねることは覚りの障害の何ものでもないと考えられている。だから沢山の罪を重ね今に至る私たちは、どれだけの果てしない時間を要しても覚りなど手の届かないものだと諦めてしまいがちではないか。だから阿弥陀如来の本願にすがって念仏にたよろうとの気持ちにもなる。

 しかし、お釈迦様の時代にも、アングリマーラという多くの人を殺し恐れられた極悪凶暴なる者であっても、ひとたび改心して出家し、お釈迦様の教導により修行することによって阿羅漢果を得たという例もある。

 ただし、もちろんのこと、なればいくらでも悪事に走ってもよいとするのではない。この経典に出会い、教えを受け入れ唱えた、いま、心あらたまった、そのときにあっては、過去にとらわれず、たとえ過去にいかなる事があろうとも、覚りを求めることを捨てずに日々一歩でも前進し、今生での覚りを得られるほどに精進することを迫る、正にそのことを強烈にアピールするための功徳文なのだと言えよう。唱えれば誰でも簡単に仏になれる、そんな安易な意味でないことは当然のことであろう。

金剛薩タの瞑想

 そして最後に、「しーふぁきぁふぁんいっせいじょらいたいしょうけんしょう・・・」と唱え、初段のまとめに入る。聞き手の代表だった金剛手菩薩(金剛薩?のこと)が登場して、大日如来のお唱えになった教えをもう一度復唱し、覚りの心髄としての一字の心真言を唱える。
 この金剛手菩薩は、世界のすべての人々を残りなく教化しすべての教えをマスターして、得意満面の微笑みを浮かべて、左の手は拳にして腰に当て右手に持つ金剛杵を揺さぶり、自信に満ちあふれた姿で、すべては一体不二、清浄なるものであると知らしめる心を起こし静かに瞑想に入り、その心髄を現す一字真言「フーン」を唱えた。

 読誦する場合には、この部分は唱える音調に変化を加えて唱え、最後は「さーんまやーしーん」と各所を引いて唱える。そうして、この唱えるとき、正に唱え手もそのままに、この菩薩の瞑想の中に没入するのである。 (全)


〈おたより〉
 『映画「おくりびと」を観て』 

 平成二十一年二月二十三日、ロサンゼルスで行われた第八十一回米アカデミー賞授賞式で日本映画「おくりびと」(滝田洋二郎監督)が日本映画として初めて外国映画賞を受賞した。また、直木賞作品「悼む人」(天童荒太著)とともに、生と死を見つめる作品が人々の心をゆさぶっている。

 「おくりびと」は、日本では昨年九月に封切りされ、タブー視されがちな「死」がテーマであり派手な映画ではないが、いま二十四週目のロングランに入り、三百万人近くが見ているという。亡くなった人の身体を清め、その人にふさわしい姿にして棺に納める納棺師の仕事に就いた男性(本木雅弘さん主演)が、人の死と向き合う姿を描いた作品である。

 私は、昨年九月末、映画「崖の上のポニョ」を見ようとフジグランに出かけた。映画館の前でたまたま「やすらかな旅立ちのお手伝い・・おくりびと・・」のポスターが目にとまり、迷わず「おくりびと」を見ることにした。

 というのは、そのポスターを見た瞬間、五年前、義兄が亡くなったとき、葬祭会館で行われた納棺師による納棺の儀式を初めて見た日のことを思い出したからである。

 あの夜、葬祭会館の一室で、多くの近親者が見守る中、男女二人の納棺師により、約一時間かけて丁重に遺体の湯灌式が行われた。今まで私が経験した形ばかりの湯灌と違い、それは完璧な湯灌式であった。本来ならば身内がするべき「儀式」のはずなのに・・・と多少複雑な思いもあったが、この映画を見て、あの日の思いが少し変わった。

 「おくりびと」が、死者の遺体を清め、装束を着せ、化粧を施す、そのいつくしむような美しい所作。見守る人々は、彼の導きによって死者と向き合い、その人がいかに大切な存在であったことを実感する。死者とのコミュニケーションの場でもある。

 米国映画業界紙は、「死に対する畏敬の念を通して生をたたえる感動作」と評している。カール・ベッカー教授(京大)は「キリスト教が多数派の米国では、近年葬儀の形式化・簡略化が顕著になりつつあるという。一方、死者との心のきずなを大切に思う日本。「おくりびと」に描かれた遺族と死者との深いきずなに、米国人は古きよき時代の『逝き方』を見たのではないか」と分析している。

 死者とのつながりを大切にする日本的な死生観が、文化の壁を越えて米国の映画関係者の心をとらえたのであろうか。

 しかし、今の時代は重いはずの命が軽んじられる時代であることに心が痛む。日本社会でも臨終に立ち会えない人が増え、通夜も葬儀も葬儀社にまかせてしまうのが当たり前に思うようになり、日常生活の中で死の具体的な姿は見えにくくなっている。

 人々は映画「おくりびと」や小説「悼む人」をとおして何が見えてくるのであろうか。                                                      (B)


お釈迦様の言葉(Voice of Buddha)二十二

『たとえ、天界の快楽を受くるとも、
喜ぶことなし。
正しく目ざめたる人(仏陀)の弟子は、
欲望の滅尽を喜ぶ。』
(法句経一八七)

 何とか死後はもっとよい世界に、できれば、極楽に往生したい。いつの時代も同じ思いで人々は手を合わせ仏を拝んできたことでしょう。この偈文は、そうした藁にもすがる人々の心に注文を付けるような内容になっています。
 ですが、極楽つまり天界とは本当に私たちにとって安楽な世界なのでしょうか。天界は持っている功徳によって、ものすごく幸福を感じられる世界ではあるのですが、苦楽がないため、心を成長させることが難しく、輪廻の中の存在であればいつかは下の世界に生まれ変わってしまうのです。
 また、そもそも、往生とは、ゆいて生きるというのが正しいようです。ですから、死んで終わりではない。死後もこの世もなく、自分を支えてくれている大きな力に気づき、その存在にすべてお任せして生きていくときに訪れる安らぎや安心を意味するのだとか。
 だとするならば、この偈文にあるように、善いことを沢山して死後たとえ天界・極楽に逝けたとしても喜ばず、さらにその先を求めていかなくてはいけないのです。
 私たちの最終目標はやはり欲望の滅尽、輪廻からの解脱にあるとこの偈文は教えてくれているようです。(全)


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│ 平成二十一年度 國分寺年中行事
│ 月例御影供並びに護摩供 毎月二十一日午前八時より
│ 万灯供養施餓鬼会      八月二十一日
│ 高野山参拝         十月七日
│ 四国八十八カ所巡拝(讃岐)   十一月十・十一日
│ 除夜の鐘 十二月三十一日
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 ◎ 座禅会    毎月第一土曜日午後三時〜五時
 ◎ 仏教懇話会  毎月第二金曜日午後三時〜四時
 ◎ 理趣経講読会 毎月第二金曜日午後二時〜三時
 ◎ 御詠歌講習会 毎月第四土曜日午後三時〜四時

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