マジンガー雑感





私説・闇の帝王の正体について

 アニメ『グレートマジンガー』の第56話において、地獄大元帥以下ミケーネ帝国の主要幹部たちは、グレートマジンガーとマジンガーZの共同戦線の前に敗れ去り、その主力部隊が壊滅したところをもって物語は終結を迎えた。
 だが、ミケーネ帝国の首魁である闇の帝王はまだ倒されておらず、為に、闇の帝王との決着を望む声が爾来上がり続けて来たものである。
 しかし、この言わば「闇の帝王決着編」を望む衆意というものは、一面では、物語中では遂にその正体が判明しなかった闇の帝王の秘密を知りたいという欲求の現れでもあるように思える。
 私個人の感慨からしても、この「決着のつかない決着」というのは割と好みで、その主要戦力のほとんどを失って再び地底で雌伏するというシチュエーションにはゾクゾクさせられるものがあるので、ヘタに決着など付けてほしくないという思いの方が実は強いのだが、それとは別にしても、「闇の帝王の正体」には興味を強く刺激され、かつ、その謎を解き明かしたいという衝動を禁じ得ない。
 いったい、闇の帝王とは何者だったのか? その謎に迫るべく稿を進めてみたい。


確定事項の整理

 まずはテレビ本編に現れた闇の帝王およびミケーネの歴史について、その情報を整理してみよう。

G第16話
 平和なミケーネ王国を、闇の帝王が配下の暗黒大将軍に命じて戦闘兵軍団で攻め寄せて滅ぼし、ミケーネ帝国を打ち立てた。王子のケルビニウスは捕えられて戦闘獣に改造された。また、ミケーネの人民たちはミケーネスにされた。

Z第2話
 バードス島の発掘調査に赴いた時のドクター・ヘルの言葉によれば
「紀元前この島(著者注:ロードス島のこと)はミケーネ人の支配下にあって、莫大な財宝が隠されていたのだ。それを狙ってあらゆる国が攻めてきた。しかし、ミケーネ人はビクともしなかった。何故なら彼らにはこのロボットがあったからだ。だが、無敵を誇るミケーネ人も自然の力には勝てなかった。そして、エーゲ海を襲った大地震の前に彼らは滅び去っていった。」
とのこと。

マジンガーZ対暗黒大将軍
暗黒大将軍「我々ミケーネ人は、長い間地底で暮らし太陽の光に餓えておる。そのため、地上を制圧しこの手に太陽の光を取り戻すのだ。」

さやか「お父様、古代ミケーネ人は滅亡したんじゃなかったの?」
弓教授「一般的にはそう信じられていた。しかし、兜十蔵博士の遺品を調べたところによれば、暗黒大将軍の率いる古代ミケーネ人が七つの軍団と共に地底のどこかに潜み、再起の時を待っている可能性があると予言している。」

G第21話以降
 姿を現した闇の帝王の姿は、火炎に包まれた巨人だった。

G第44話
 アルゴス長官の言葉
「楽しみにしてお休みください」
の言葉により、どうやら闇の帝王も眠るのではないかと推測される。

といった具合。正直なところ、ミケーネの歴史のおおよそは判っても、闇の帝王の正体についてはほとんど判然としない。だが、少なくとも「闇の帝王」と名乗る存在が約三千年前のミケーネ帝国創設時から存在したことは判明する。

 次は、各種資料がどのように記しているか年代順に確認してみよう。(注:朱字筆者補正)

(1)『テレビマガジンS49.10』(講談社刊)
 「昭和35年 兜十蔵博士(甲児のおじいさん)は、バードス島でドクター=ヘルの世界征服の野望を知ってから、マジンガーZの製造をちゃくちゃくとすすめていた。だが、十蔵博士には、もう一つの心配があった。それは、バードス島の機械獣を作った古代ミケーネ人が、まだどこかに生きているのではないかということだった。」

 「昭和40年 兜剣造博士は(中略)このころまでには、ミケーネ帝国の闇の帝王≠ェ世界征服のチャンスをねらっていることもわかっていた。」

(2)『テレビマガジンS49.12』(講談社刊)
  「いまから三千年ほどまえ、ギリシアにミケーネとよばれる国があった。ミケーネ王国は、すばらしく発達していて、そのころのギリシア一の大国だった。のちに、あしゅら男爵となった男女の貴族が生きていたのもこのころである。ミケーネ王国の人々は、平和を愛し、世界でも五本の指に数えられるほどの文化をほこっていたのだ。だが、この平和な日々も、長くはつづかなかった。とつぜん、ミケーネ王国をゆるがすような大事件がおこった。やみの帝王と名のるなぞの人物が、戦闘獣をひきいて、おそってきたのだ。
 やみの帝王がひきいる戦闘獣軍団の力はものすごかった。平和なミケーネ王国は、あっというまにせいふくされてしまった。ミケーネ王国の国王はころされ、王子もいけどりにされて、戦闘獣にかいぞうされてしまった。また、国民もぜんいんがサイボーグしゅじゅつをされ、ミケーネスというもっとも位の低い戦闘員に、かいぞうされた。こうして、平和な国であったミケーネは、ついにほろぼされてしまったのだ。そして、やみの帝王を国王に、暗黒大将軍・アルゴス長官を幹部とする、強大なミケーネ帝国が生まれたのである。ミケーネ王国をせいふくしたやみの帝王は、つぎの作戦をはじめた。戦闘獣をつぎつぎにつくりだし、大軍団を結成して、世界をせいふくしようと、かんがえたのだ。
 やみの帝王の戦闘獣製造工場は、バードス島にあった。ここで、いろいろな戦闘獣の形がかんがえだされていった。だが、完成されないままに、のこった戦闘獣もたくさんあった。というのは、ものすごい大じしんが、ミケーネ帝国を、おそったのである。帝国は、一日でかんぜんに海の中にしずんでいった。強大な軍団をひきいて、ギリシアでおそれられていたやみの帝王、暗黒大将軍などもすがたをけしていった。のこったのは、バードス島の遺跡だけだった。だが、この遺跡が三千年のちになって、大きな力をもつことになった。バードス島の遺跡調査に来たドクター=ヘルが、完成しないままのこされた戦闘獣をかいぞうして、機械獣をつくり、世界せいふくにたちあがっていった。
 こうして、地上のミケーネ帝国はほろんだ。だが、やみの帝王たちはしななかった。大じしんがおこったとき、いちはやく地下へひなんし、生きのびていたのだ。しかし、じぶんたちがつくりあげたあの強大なミケーネ帝国も、多くの戦闘獣もうしなってしまった。もうかれらには、地上へ帰っていく力もなかったのだ。長い長い、地下でのくらやみの生活がつづいた。地上へもどり、ふたたび世界せいふくにたちあがるため、やみの帝王、暗黒大将軍たちは、勢力をひろげる努力をした。あらたに戦闘獣をつくり、人間形・猛獣形・鳥類形・魚類形・こん虫形・は虫類形・幽霊形の七つの軍団にふりわけた。この七大軍団を完成させるのに、やみの帝王は、じつに三千年の年月をついやしたのである。
 地下のミケーネ帝国では、戦闘獣が大量につくられ、七大軍団も完成し、いよいよ地上へでてもおかしくない実力がついた。だがこんどは、やみの帝王はしんちょうだった。ただちに、こうげきにうつさず、ちょうほう軍長官アルゴスに、地上をスパイするようにめいじたのである。アルゴス長官は、部下のゴーゴン大公を地上へおくった。スバイのやくわりをおって地上へでたゴーゴン大公は、バードス島でぐうぜんドクター=ヘルとであった。そして、ヘルの世界せいふくのたくらみをきかされた。ゴーゴン大公は、おなじ目的ほもつこのヘルにおどろいたが、しばらくじゆうにあばれさせて、ようすをみようという作戦をたてた。(以下略)」

 「やみの帝王 ミケーネ帝国のしはい者だ。だが、一度もすがたをあらわしたことがなく、その正体はわからない。ただ、暗黒大将軍やアルゴス長官などの幹部を戦闘獣にかいぞうしたのは、このやみの帝王であり、すぐれた科学者であることは、まちがいない。」

(3)『テレビランドS50.4』(徳間書店刊)
 「暗黒大将軍の履歴書 アレス王国の鬼将軍として活躍をしていた。闇の帝王との戦いでころされてしまった。闇の帝王の手で、戦闘獣としていきかえった。帝王の片腕となってミケーネ王国を征服した。大地震のため帝国を、土の中に建設した。」

(4)『テレビマガジン増刊S50.4.15 三大ヒーロー大百科号』(講談社刊)
 「150メートル 12000トン」

(5)『決定版 大あばれロボット図鑑』(S50.5.30 朝日ソノラマ刊)
 「闇の帝王は年をとらない

 「幹部をのぞいて、本当の姿をみたものは、ひとりもいない」

 「炎は5万度といわれている」


 ここに、闇の帝王の正体を示唆する情報が散見されていることが判る。だが、その情報は断片的にすぎて、その正体を特定するには残念ながら至らない。生死を云々と言及しているところから、「なにかしらの生命体」であることだけは確定出来そうである。また、年をとらないということから、「通常の生命体ではない」ことも確定条項に入れて良さそうだ。
 以後の「闇の帝王」の正体を巡る動きを見ていこう。


桜多氏版『UFOロボ グレンダイザー』

 次に闇の帝王の正体について発表されたのは、桜多吾作氏の漫画『UFOロボ グレンダイザー』(『冒険王』S50.10〜S52.3 秋田書店刊)においてであった。ここでは闇の帝王は通常見せている溶岩と炎の塊のような姿は「遠くからコントロールされている純粋エネルギー」であり、その実体は生命維持装置と思われる機械に収納された「ちっぽけなシワの多い脳と心臓だけのきっかいな生きもの」であった。この姿で「数千年もの間ミケーネの地に君臨し 地上にもその野望を燃やした」というのである。
 なお、「数十万年前のむかしこの地球には火星やベガ星にも行けるほどの科学力をもったシグマ文明とよばれるものがあっ」て栄えており、「シグマ 人はオリンポスのゼウスともいう」ギリシア神話に現れる指導者に治められていたようであり、その本拠地は「伝説のアトランティス」と思われる描写が為されている。そして、そのシグマ文明はベガ星へも罪人をサイボーグ化して送り込んで資源開発をしていたのだが、「その後は時をへるにつれ衰退しつづけ数十万年という気の遠くなるような時間の経過のあとには地球にそんなものがあったことすら忘れさられてしまった」のだという。その後の地球でミケーネ文明が勃興したとき、ミケーネに伝説としてシグマ文明の守護神である「大魔神ラーガ」の存在が伝えられており、そこにはラーガの操縦ライセンスである指輪も伝わっていたのである。

 この桜多版『UFOロボ グレンダイザー』は、その最終回が地球滅亡という結末を迎えることもあり、アニメ版とは違う「別物」として一般には理解されている。実際、桜多氏は『マジンガーZ大全集』(S63.1.15 講談社刊)にて「機械獣のようなキャラクターだけをもらって、独自のストーリーでやることが多かったようですね。ただ、そうした物語の展開や設定などについて、永井さんの方から特別な指示を受けたことはなかったと思います。」と云っており、基本的には桜多氏のマジンガーシリーズは、アニメ版の設定とは異なるものとして捉えるべき性質のものであり、これを根拠に論を進めるのは好ましいものではないと考える。
 尤も、シグマ文明の設定についてはそのラーガの存在とともにアニメには全く登場しない設定であるだけに、これをアニメ版の設定として導入しようという考えは一般には見られない。
 だが、闇の帝王の正体として提示された「ちっぽけなシワの多い脳と心臓だけのきっかいな生きもの」説は、アニメや既発表の文献に見られる記事に抵触するところもないため、以後も一般の間ではこれが「闇の帝王の正体」として支持されていった。


『マジンガーZ大全集』

 次に闇の帝王の正体について言及されたのは、『マジンガーZ大全集』(S63.1.15 講談社刊)であった。そこには「その正体は全く不明である。」としながらも「おそらく闇の帝王は、精神生命体と思われる。」とされている。

 この「精神生命体」説も、アニメや既発表の文献に抵触しないこともあり、また、以後のファン層や製作者サイドに『マジンガーZ大全集』は必須の資料本と目されて信奉されていった為、「精神生命体」説は席捲していった。以後はこの「精神生命体」説と「生命維持装置によって脳と心臓だけの存在」説の両説が並び立つようになってしまったのだ。


『鉄の城 マジンガーZ解体新書』

 しかし、ここで更に第三の説が勃興して来た。『鉄の城 マジンガーZ解体新書』(H10.2.7 講談社刊)に掲載された「マジンガーシリーズ第3弾! ゴッドマジンガー」の企画書である。ここには、
「闇の帝王、それは遙か昔に地球へやって来た宇宙人の子孫である科学者の集団であった。彼らはアトランティス文明、ムー文明などの古代文明を作りあげたが、すべて天変地異によって潰え去り、最後の試みであったミケーネ文明をも大地震で失っていた。だが、彼らはくじけなかった。この地上に再び彼らの帝国を築くべく。2千年の眠りから覚めてきたのだ。
 更に闇の帝王は地獄大元帥に対し、彼らの最後の切り札を示した。それは彼らが地球へやって来た時に乗ってきた円盤で、現在の科学力を遙に上回る文明の粋を集めたものだった。闇の帝王はその円盤を解体し、兵器に改造する意志を明らかにした。そうすれば、恐るべき超兵器が次々と完成される事だろう。だが、同時に、それは彼らが故郷の星へ帰るてだてを失うという事だった。彼らはこの地球へ骨を埋める決心だった。とすれば、なんとしても地球を征服しなければならない。そのためには、ゴッド・マジンガーを倒すのだ!」
とされている。

 企画書からの記載とあって、この「宇宙人の子孫の科学者集団」説は重大な意味を持つかに見えた。だが、所詮は没企画(=決定した企画書ではない)の記述とあって、一般への浸透は今ひとつだったように思う。そして、この設定をアニメ版にそのまま当てはめるのはやはり愚かしい行為であると考える。何故なら、例えばマジンガーZでは、企画書第一稿である『アイアンZ』では「アイアンZ・風進・赤銅博士・アイアンZ開発研究所」と名称が実際のものとは違っているのを筆頭に、Dr.ヘルが「ロードス島の遺跡発掘に向かったまま行方を絶った」のと「アイアンZは後一週間で完成」というようにほぼ同時並行に事件が進んでいるし、また、アイアンZは戦闘用ロボットとして開発されたものではなかったものが、機械獣の襲来によって急遽史上最強の戦闘用ロボットに作りかえ」られたものだった、など、実際の映像における設定とは多々相違を見せているものであるからだ。
 DVD『マジンガーZ BOX.1』(H15.2.21 東映ビデオ株式会社)の解説書に掲載された『アイアンZシノプス』においても、ミケーネの遺産についての記述は、「ミケーネは押しまくられるドーリア人との戦いの最後の切り札に、ミケーネの科学と頭脳の総力を結集して、脅威の戦闘能力を備えた戦うためだけのマシーン、機械獣としか表現し得ないようなロボット軍団を、ロードス島沖合いの海底工場で隠密裏に開発し、組織しようとしていたのだ。だが、それらが日の目を見ぬうちに、ミケーネは壊滅した。伝説に残る巨人ロボットは、ドイツのV1号等と同じように、純粋の意味での完成ではなく、ある程度の脅威を敵に与えながらも、ドーリア人の勢いの前に屈したものに違いない。」とあるように、実映像や、設定とは明らかに違う設定となっている。
 これらの例からも判るように、初期企画書と実際の設定には乖離があることが多く、映像化には至らなかったこの『ゴッドマジンガー』の企画書も、その設定面においては何等拘束力は備えていないと見なさざるを得ないのではないだろうか。


小説『スーパーロボット大戦』

 『マガジンノベルズスペシャル スーパーロボット大戦』(H10.7.24〜12.24 講談社刊)は、テレビアニメ放映時にダイナミック企画でアニメの設定を手掛けていた菊地忠昭氏こと団龍彦氏の筆になる小説である。ここでの闇の帝王は「ギャラハン」というのが「本当の名前」であり、「わたしには肉体はない。この体はすべて精神エネルギーだ。肉体はいずれ滅びるもの。だが私は不滅だ。不死の体を得るために、ミケーネの科学のすべてをそそぎ込んで造り上げたのがこの体なのだ。」と語る。『マジンガーZ大全集』に続く、「精神生命体」説の登場である。

 立場上は桜多氏の漫画と同じく、アニメとは別物の創作物として位置付けられて然るべき類の物である。実際、氏はその「あとがきにかえて」に「ここに登場する人物、ロボットはアニメ版とも原作版とも微妙に異なる、私のイメージの中での存在である。そのことをお断りしておきたい。」と明言しているほどである。しかし、事実上テレビアニメ版の設定を一手に手掛けていた菊地忠昭氏の小説ともなると、一般への思考上の拘束力は計り知れない。コミカライズとしての桜多版マジンガーの「生命維持装置によって脳と心臓だけの存在」説よりも、原作者の一人である菊地版の「精神生命体」説の方が遥かに正統性をもって一般には響いてくるものではある。


『検証・70年代アニメーション オレはグレートマジンガー』

 そしてその後、『検証・70年代アニメーション オレはグレートマジンガー』(H12.5.20 辰巳出版刊)が刊行され、そこには「〜オフィシャル版〜」として「闇の帝王 ミケーネ帝国の支配者。命令時に火炎のような姿を現すが、その正体は不明。おそらく精神生命体だと思われる。」と紹介されるに至る。

 ここにおいて、ようやく闇の帝王の正体が決定されたと言って過言なかろう。何故なら、『検証・70年代アニメーション オレはグレートマジンガー』は放映当時設定を手掛けていたダイナミック企画が監修を務めており、その書の中に「〜オフィシャル版〜」とまで謳っているからだ。なお、「オフィシャル」の言葉の定義を念の為確認すると「公式。公認。」とある。疑いなく闇の帝王のその正体について、「おそらく精神生命体だと思われる」ということが「公式設定として認定された」のである。


『番組紹介 グレートマジンガー』

 闇の帝王の正体が「おそらく精神生命体だと思われる」と確定されたが、その後発売されたDVD『グレートマジンガー』(H15.5.21 東映ビデオ株式会社)の特典『番組紹介 グレートマジンガー』の中に、もう一つ闇の帝王の正体に関する重大な記述が為されているものがある。ここには「闇の帝王 古代ミケーネ王国の王家の血を引くミケーネ帝国の支配者。」とあるのだ。

 実は筆者が独自に手に入れた資料で、『新番組発表資料 グレートマジンガー』と題された、S49.8.9にフジテレビ広報部から発行された冊子にも同様の記載がある。この『新番組発表資料 グレートマジンガー』には、グレートマジンガーの諸元などに若干の相違があるものの、そのストーリー紹介は完全に実際の映像と対応しており、その作成時期(一ヵ月後にはグレートマジンガーの放映が始まっている)から考えても、企画書の最終稿から採られたものとしか考えられないものである。闇の帝王が古代ミケーネを攻撃して来た侵略者として描かれているのは上記のようにテレビ第16話でも判るが、この16話の放映日はS49.12.22であり、通常アニメ一本を作成するのに3ヶ月かかると云われていることから、テレビ放映に先駆けたS49.9月ごろにはこのシナリオは書かれているものと推定される。つまりは、『新番組発表資料 グレートマジンガー』はアニメ16話の製作と同時期に発表された資料なのである。また、これも筆者が独自に手に入れたものとして、当時スタッフが使用していたと見られるグレートマジンガー設定資料画の中に、『新番組発表資料 グレートマジンガー』の記載と同じながらも細かな違いを手書きで訂正した『グレートマジンガー』と題する設定書が発見されており、そこでも「闇の帝王 古代ミケーネ王国の王家の血を引くミケーネ帝国の支配者。」と記載されている。このことから、闇の帝王は「古代ミケーネ王国の王家の血を引」いているのは公式設定と見て良いと考えられる。
 ちなみに、同DVD『グレートマジンガー』の解説書にもゴッドマジンガー時代の企画書が掲載されているのだが、そこには「謎の帝王 古代ミケーネ王国代々の王家の血を継ぐミケーネ帝国の支配者。」とあり、「狭い地下カプセルの中での生活で、完全に祖先より体力的に劣ってきていることを悟っていた。」とあることからも判るように、闇の帝王は三千年を生きてきたのではなく、代々の王が地下のミケーネ帝国を統治しており、グレートマジンガー時代には「謎の帝王」と呼ばれる人物が統治していたというように解せる。但し、これはあくまで初期企画書『ゴッドマジンガー』での設定であり、放映直前にはその設定は棄却して「古代ミケーネ王国の王家の血を引くミケーネ帝国の支配者」と確定したことは疑いを入れないだろう。


各説と確定事項との照合

 闇の帝王の正体が「精神生命体」であり「古代ミケーネ王国の王家の血を引いている」ことが確定したところで、先の確定事項も含めて各説と照合していこう。

 まずは、「生命維持装置によって脳と心臓だけの存在」説。これは「精神生命体」であると結論付けられた先の条項とは対立する設定であり、成立するものではない。

 次に、「宇宙人の子孫の科学者集団」説を見よう。これも、その説を見てみると「宇宙人の子孫=肉体を伴った生物」と定義されているとしか思えず、「精神生命体」であるその正体とは結びつかない。しかも、「闇の帝王は年をとらない」という条件からも外れてしまう。彼らは、「二千年の眠りから覚めて来た」とあり、そこからは人工冬眠していたとは解せられるのだが、冬眠していた時はいざ知らず、目覚めてからは「宇宙人の子孫=肉体を伴った生物」であるならば「年をとる」としか考えられない。もし、彼ら宇宙人は年をとらないというのであれば、それはつまり肉体の劣化を避けられることとなり、未来永劫生き続けられることとなり、子孫に支配権を委譲することなく自分自身でずっとアトランティス〜ミケーネ帝国を支配し続ければ良いこととなる。つまり、そこで「子孫」という条件からも外れていくことになるのだ。
 また、闇の帝王の正体が「宇宙人の子孫の科学者集団」であり、「現在の科学力を遙に上回る文明の粋を集めた」「円盤」を「彼らが地球へやって来た時」から所持していたのであれば、ミケーネ帝国が地震により崩壊してしまったにせよ、三千年もの間地上にでることが出来なかったというのはあまりに奇異に過ぎることと云わねばならない。それほどの科学力を持っていたのであれば一年と経たずに地上復帰は可能であろうし、それにそもそも征服した人民であるミケーネ人などは打ち捨てて、宇宙に避難してその後は別の地で円盤をもって征服し、新しい帝国を立てるのが順当な道なのではないだろうか。どうにも採るべきところがないと云わざるを得ない。

 巷間には、「闇の帝王は惑星間戦争に敗れて地球に亡命してきた」とする説もある。だが、これは後に精神生命体に体を改造したとして、「精神生命体」であることはクリアー出来ても、「古代ミケーネ王国の王家の血を引いている」条件をクリアーするのは難しい。「宇宙人そのもの」である闇の帝王が「古代ミケーネ王国の王家の血を引いている」ことなどどう両立させたものか。また、亡命してきてミケーネ王国を滅ぼしてミケーネ帝国を興した闇の帝王が、地震で崩壊後直ちに地上に出て支配出来なかったことも、「惑星間を航行するだけの科学力を持っていた」のであればおかしいというのは前論のとおりである。

 これらに対して、 『マガジンノベルズスペシャル スーパーロボット大戦』の設定は流石に設定を手掛けていた団氏だけあって、よどみない。確定事項の「精神生命体」であることと「古代ミケーネ王国の王家の血を引いている」ことを繋ぐものとしては、「王家の血を引く」者が「不死の体を得るために、ミケーネの科学のすべてをそそぎ込んで」「精神エネルギー」の体になったということであろう。


ギリシア神話との整合性

 ところで、「王家の血を引く」者が「不死の体を得るために、ミケーネの科学のすべてをそそぎ込んで」「精神エネルギー」の体になったと考えられるこの結論について、もう一歩探求欲が首をもたげるのは禁じえないところである。
 というのは、この、「ミケーネ王国を滅ぼしてミケーネ帝国を興した大事件」が、ギリシア神話の中のミケーネの伝説に語られていないのはおかしいのではないかということである。もちろん、現実的には、はるか後世に作られたアニメの設定がギリシア神話に反映されているはずなどないのだが、逆に考えると、この物語を作った時点で、ギリシア神話のミケーネの説話に当てはめて作られていたとするのは奇異とはしないところであろう。そして、物語上は「闇の帝王がミケーネ王国を滅ぼしてミケーネ帝国を打ち立て、そして大地震により姿を消していった」ことがあった世界なのであり、ギリシア神話のミケーネ説話と闇の帝王の存在は等価値にあるのだから、ギリシア神話のミケーネ説話の中に闇の帝王に比定し得る存在があったとするほうが、むしろ整合性がある。

 史実のミケーネ文明の滅亡を究明していくと、考古学上は「地震説」と「ドーリア人南下説」と「海の民襲来説」があった。学問上は、どれも決定的とされているものはなく、今もってその滅亡に関しては諸説が並列しているのだが、それだけに物語上ではこの滅亡の原因を複合して語っても差し支えないものとなる。
 アニメの設定ではミケーネ帝国の滅亡は「大地震」によるものとされている。だが、企画書『アイアンZ』ではミケーネの滅亡は「ドーリア人に滅ぼされた」とあり、更に企画書『ゴッドマジンガー』(グレートマジンガー原案)では「天変地異を予測した彼らは、王族以下、優秀な人材だけを選んで巨大な円盤型カプセルに乗り込み、地下深く潜行したのである。地上には、数は多いが、頭脳的にも体力的にも劣るミケーネ人しか残らなかった。そこへ、予測した通りの天変地異がミケーネを襲い、地上のミケーネの民族は何の手を加えなくとも滅ぶ寸前という状態になってしまった。そこへ更に他の民族の追い討ちが重なり。さしもの強力を誇ったミケーネの民族も、地下に潜んだミケーネ人を残すだけで完全に滅んでしまったのである。」となっている。地震でミケーネ帝国が地下に逃れて、地上のミケーネ帝国そのものはここで滅亡してしまったと解して、その後、地上に残ったミケーネ人たちはドーリア人に滅ぼされたという事で良ろしかろう。
 また、三千年前のミケーネ帝国の版図は、『決定版 大あばれロボット図鑑』に「ギリシャ地方に現われ、恐るべき科学力を使ってつぎつぎと各国を征服。ついに当時随一の大国だったミケーネ王国を征服して、ミケーネ帝国をうちたてる」とあり、また、『マジンガーZ大全集』『スーパーロボット大図鑑1』(H4.7.20 潟oンダイ刊)『魔神全書』(H14.1.25 双葉社刊)にも「ギリシア一帯を支配していた」ということから、ミケーネ王国のみならず当時のギリシア一帯の大部分を支配していたものであろう。

 そして、これを実際のギリシア神話のミケーネ説話に当てはめるべく照合してみよう。当HPの「ギリシア神話に見るミケーネ王国」を参照されたい。
 ここで、闇の帝王を神話に当てはめるための条件は、
(1)ミケーネ王国の王家の血を引く者である。
(2)ミケーネ王国の現国王を殺して、自分が王になったこと。
(3)ギリシアの大半を統治たこと。
(4)地震の頻発した時期の国王であること。
(5)王が姿を隠してから、比較的短期間のうちにミケーネはドーリア人に滅ぼされていること。
である。
 この五条件全てに合致する人物こそは、ミケーネ国王オレステスである。
「(1)ミケーネ王国の王家の血を引く者である。」については、オレステスはミケーネ王国の正嫡の国王アガメムノンの子であり、傍系のアイギストス−アテレスの二代にわたる国王に王位を簒奪されていて、充分に条件を満たす。
「(2)ミケーネ王国の現国王を殺して、自分が王になったこと。」。これも、オレステスはミケーネ国王アテレスを攻め殺して、国王になっている。
「(3)ギリシアの大半を統治たこと。」。オレステスは一代のうちに、ミケーネ国の他に、スパルタ国・アルカディア地方の大部分・アルゴス国・アカイア地方を征服し、レスボス島やテネドス島も統治したとか、エーペイロス地方にも城塞を建てたとも伝えられる。ギリシア地帯の大半を領有したことになる。
「(4)地震の頻発した時期の国王であること。」は、トロイア戦争以後(詳しい時期は不明)、ギリシアには地震が相次いだという。この地震がミケーネ世界を崩壊に導いたとする説がある。オレステスの統治期間に被る時期としても差し支えないものである。
「(5)王が姿を隠してから、比較的短期間のうちにミケーネはドーリア人に滅ぼされていること。」。ミケーネが滅亡したとされているのはオレステスの子・ティサメノスの代であるが、ティサメノスの統治期間というのは詳しく伝わっていない。オレステス自身は高齢(70歳とも90歳ともいう)で死んでいるというので、後を継いだティサメノスもかなりの年齢になっていたはずである。オレステス死後短期間のうちにドーリア人に攻め滅ぼされたと見てまず間違いない。

 以上のように、諸条件はその全てがオレステスが闇の帝王に転化し得ると主張して止まない。ここで、「オレステス=闇の帝王」と仮定して、その生涯を辿ってみよう。

その名前
  『マガジンノベルズスペシャル スーパーロボット大戦』によれば、闇の帝王の真の名前は「ギャラハン」という。ギャラハンとオレステスでは、名前が違うという指摘にまずぶつかる。
 だが、当時ギリシアでは、呼び習わされている名前は真の名前ではないこともしばしば見受けられる。例えば、オレステスの姉のエレクトラは、(異説はあるにせよ)本当の名はラオディケといったが、母に虐待されて奴隷にされ、適齢期を過ぎても結婚しなかったことから「夫婦の床知らず=エレクトロン→エレクトラ」と人々に呼ばれるようになったとしている。また、有名なヘラクレスも、元の名はアルカイオスともパライモンとも伝えられており、後に名を顕したことにより「ヘラの栄光=ヘラクレス」と呼ばれることになった。アキレウスなども、元の名はやはり別のものだったのが、唇が薄いことから「唇のない者=アキレウス」と呼ばれるようになったのだという。
 で、オレステスの場合は、この「オレステス」とは「山に住む者」という意味を持つ。彼の生まれはミケーネであり、山中で生まれ育ったわけではない。母を殺して追放中にアルカディアの山々を移り住んでいたことから、「山に住む者=オレステス」となったという説が強い。そして、オレステスの元の名は伝わっていないことから、オレステスの真の名はマジンガーの物語の中では「ギャラハン」としても一向に構わないことである。本当の名は「ギャラハン」だったものが、放浪中には人々から「オレステス」と呼ばれ、力を得てからは「闇の帝王」と自称したとして宜しかろう。

『イリアス』〜トロイア戦役〜
 オレステスの父のアガメムノンは、ミケーネ王国の国王で、当時ギリシア諸国の宗主的地位を持っていた。ある時、トロイアの王子パリスがアガメムノンの弟のメネラオスの支配するスパルタにやって来て、メネラオスの留守中にメネラオスの妻で絶世の美女・ヘレナを連れ去ってしまったことから、トロイアと、アガメムノンを総大将とするギリシア諸国連合軍の戦端が開かれることになった。オレステスは将にその時生まれたといい、戦に先立ってアルテミスへの生贄を捧げるために姉のイピゲネイアを殺すことになった時、乳児のオレステスも母のクリュタイムネストラに連れられてアウリスにやって来たのだという。不幸にして姉のイピゲネイアは生贄として祭壇で殺されてしまったが、帰途についたクリュタイムネストラはこのことから夫のアガメムノンを深く恨むようになったという。
 一方で、アガメムノンはトロイアを相手に以後十年近くを戦い続け、勇将アキレウスの活躍や、智謀の将オデュッセウスの木馬の計などによって、遂にトロイアを攻め落とした。

『アガメムノン』
 トロイアとの戦争中、留守を預かるクリュタイムネストラは夫のアガメムノンに叛意を抱くようになって、アガメムノン一族の不倶戴天の敵・アイギストスと情を通じるようになっていた。これに反感を覚えたエレクトラは母と距離を置くようになり、弟のオレステスを母の手に任せず自分の手で育てたという。これによりオレステスは母よりも姉贔屓になっていったという。
 やがて、トロイアとの戦争が終わりアガメムノンが帰国して来た。クリュタイムネストラは情夫のアイギストスと共謀して、アガメムノンを浴室で殺害して、アガメムノンの護衛の兵も皆殺しにしたという。エレクトラはこの変に気付いて、弟のオレステスの身も危ないと判断して、父のかつての教育係にオレステスを託して落ち延びさせたということである。

『エレクトラ』
 落ち延びたオレステスは、一時タヌス川付近で羊飼いたちに匿われて身を潜め、その後クリッサを治める義理の叔父ストロピオスを頼ってここで養われた。ここで、オレステスは従兄のピュラデスと親友となった。
 一方、ミケーネ国では、アイギストスがクリュタイムネストラと結婚して、国王となっていた。二人には子も三人儲けたという。エレクトラはこの二人を「人殺しの姦通者」と呼ばわっていたため、二人から憎まれていた。アイギストスはエレクトラを殺害しようと企んだが、クリュタイムネストラはこれ以上神々からの怒りを買うのを避けたい為、エレクトラを奴隷の身分に落し虐待する。
 8年後、デルポイで仇討ちの神託を得たオレステスは、親友ピュラデスとともに密かにミケーネに侵入する。折りしも、クリュタイムネストラは蛇を生んでその蛇に乳房を噛まれるという不吉な夢を見た。夢が気になったクリュタイムネストラは、奴隷女たちにアガメムノンの霊を鎮めさせるために墓に神酒をそそぐよう命じた。その奴隷女の中にエレクトラもいた。エレクトラは、墓に供えられた毛髪の束を見て、弟がいることを悟って周囲を探したところ、商人に扮装したオレステスとピュラデスを見つけた。ここにニ姉弟は再会を果たし、仇討ちを誓い合う。
 王宮に商人として乗り込んだオレステスとピュラデスは、オレステスが異国で果てたためその遺灰を届けに来たと偽ってクリュタイムネストラとアイギストスに面会する。そして、二人を殺害して、父の仇をとった。

『オレステス』
 だが、民衆はこの「母殺し」の行為を忌み嫌った。クリュタイムネストラの父のテュンダレオスはスバルタからやって来て、オレステスを母殺しの罪で告発した。ちょうどその折、叔父のメネラオスが8年も海路を彷徨った末に帰国してきて、この事件に遭遇した。オレステスとエレクトラ、ピュラデスは叔父に助力を請うが、メネラオスは民衆の勢いを恐れて三人を見捨てる。その為、裁判は三人に自決を命じた。叔父の不実に怒った三人は、死ぬくらいなら、叔父に報復をせんとして、叔父の妻ヘレネと娘のヘルミオーネを人質にして自決を図ろうとした。
 神話ではここで神・アポロンが仲裁に入って民衆たちを納得させたというのだが、我々現代人は神により事態が解決されるという荒唐無稽なことはない事を知っている。オレステス、エレクトラ、ピュラデスはそのまま脱出を計ったと見ていいのではないだろうか。そして、オレステスを逃がす為にピュラデスも、エレクトラも命を落したというところか。ピュラデスもエレクトラも、もともとその生涯については異説が多い。ここで二人共死んだとしても異とはしない。二人が結婚して子を為したという伝説は、二人を哀惜したオレステスが後年、死を持って二人は結ばれたと考えて祭った結果と云えなくもない。そして、父を謀殺され、母は情夫と通じ、今またかけがえのない親友ピュラデスと姉エレクトラを失ったことがオレステスをして世界を憎悪する決定的な要因となったと見て良い。彼が冷酷無比な闇の帝王になる下地はこうして出来たのだ。

『慈みの女神たち』
 オレステスは各地を逃げ回った。個人的には、オレステスは逃亡中ずっと親友ピュラデスの遺髪を携えて、友と一緒に旅しているつもりで大事にしていたとしたい。山々を逃げ回った彼のことを世人は「山に住む者=オレステス」というようになった。アレイオパゴスの最高裁ではオレステスの罪を審議していた。神話では、アテナやアポロンといった神々が審判を下して無罪としたというが、実際は人間たちが審判したのは当然であろう。そして、以後もオレステスが放浪していることや、同族殺しは追放という当時の慣習から考えると、オレステスはギリシア諸国からの追放(あるいは死罪)とされたのであろう。神話ではオレステスも列席していたが、実際は欠席裁判だったとしてもいいかもしれない。

『アンドロマケ』
 勇将アキレウスの息子のネオプトレモスは、父の跡を継いでイオルコスの国王となっていた。ネオプトレモスは、オレステスの婚約者だったヘルミオーネと結婚していて、トロイア戦役の戦利品として敵将ヘクトルの妻のアンドロマケを妾としていた。ヘルミオーネは、自分に子が出来なく夫の寵愛をアンドロマケが専らにしていることに嫉妬して、父のメネラオスに頼んでアンドロマケとその子を殺害しようとする。だが、ネオプトレモスの祖父のペレウスにその企みは阻まれた。このことが夫にばれれば、ヘルミオーネはどんな仕打ちに遭うか判らない。不安に怯えるヘルミオーネの前に、放浪中のオレステスが現われた。
 オレステスはネオプトレモスをデルポイにおいて殺害して、ヘルミオーネを連れ出したとも云い、また、『アンドロマック』では、それでも夫を愛していたヘルミオーネは後を追って自決したとも云う。とまれ、オレステスはイオルコスを後にして、再び放浪を重ねる。
 当時の慣習では、子が娘しかいない場合は、その一族の中で最も立場が上である伯父に嫁ぐものとされていた。しかし、伯父は往々にして既に正妻を持っているものであり、その場合は伯父の息子たち(長幼の順に)嫁ぐものであった。それも無理な場合は、次の伯父・伯父の息子たち、というように順々に繰り越していくのである。メネラオスには息子もいたが、息子は奴隷身分の女の出生であり、相続権はなかった。そこで、正嫡の子としては娘のヘルミオーネしかいなかったわけである。上の慣習に照らし合わせれば、ヘルミオーネの結婚相手はオレステスに権利があったのだ。
だが、ヘルミオーネはネオプトレモスに嫁いでしまった。オレステスにとっては、最大の恥辱を受けたものとして、復讐に走るのは頷けなくもない。

『タウリケのイピゲネイア』
 神話では、トロイア戦争に先立って生贄にされたはずの姉・イピゲネイアが実は生きていて、神アルテミスに救われてタウリケで巫女となっていたとする物語である。しかし、この神話は後の世に付け足されたものであって本来のギリシア神話にはなかったとする説が強い。神によって救われていたというのも、現実的ではない。
 ところで、オレステスが闇の帝王だったとして、そうするとミケーネ王国を滅ぼした軍事力や科学力をどこで手に入れたのかという疑問が出てくる。
 これに対する私の答えはこうである。
 『テレビマガジンS51.1』(講談社)によれば、「ベガ星は(中略)地球より数万年も早く人類があらわれ、すばらしい文化を発達させたわくせいであった。三千年ほどまえに、すでに宇宙ロケットを開発し、さらにべつの星までとんでいける円盤もつくりだした。」とある。とすると、ベガ星の円盤はこの頃既に地球にやってきていたとしても不思議ではないのだ。当時のベガ星は「平和」だったと言うので、純粋に惑星調査にやって来たのであろう。
 この調査隊の隊長は女性で、名前の発音が「イピゲネイア」に似ていたといったところか。このベガ星の調査隊の円盤が、地球で故障してタウリスの地に不時着したとしたら如何であろう。指名手配を受けて逃げに逃げていたオレステスが、遂にはギリシアから抜け出して黒海のタウリスまで逃亡してきており、そこで偶然不時着していたベガ星の円盤を発見したのであろう。そこで、オレステスはベガ星人の調査隊隊員たちを救って手当てする。彼らの科学力はオレステスには目を見張るもので、彼らのことを神か神に仕える巫女であるかのように錯覚したことであろう。畏怖を込めて、そして、隊長の女性に今は亡き姉・イピゲネイアの面影を抱きつつ、彼らの円盤の修理を手伝って長らく彼らと過ごすうちに、オレステスは彼らの科学技術の一端を知る。やがて、円盤の修理が完了して、隊員たちの傷も癒え、彼らは故星のベガ星へ帰ろうとする。だか、その時オレステスの胸に渦巻いたものは何だったであろうか。
 長い期間をベガ星人と過ごして、今では彼らが神ではないことを知ったオレステス。彼は、科学技術こそが彼らの力を支えている源であることを悟ったことであろう。そして、彼らが星へ帰ると知ったとき、オレステスは彼らを殺害してその科学技術を手に入れ、ミケーネの人々に、いや、ギリシア全土の民に復讐する好機が訪れたことを考えたのではないだろうか。そのチャンスが今、目の前にある。オレステスはこのどす黒い情念に取り付かれ、ベガ星調査隊を皆殺しにし、円盤を手に入れたのであろう。
 ここに、「闇の帝王」が誕生したのだ。

アレス国攻め
 ベガ星の円盤を手に入れたオレステス、いや、闇の帝王は、円盤の科学技術を更に分析し、その科学力を吸収していった。そして、さらに数年をかけて円盤に様々な武装を施して、アレス国に攻め入ったのだろう。
 アレス国は、ギリシア神話上には現われてこない国である。だが、その存在を比定することは出来る。それは、テーバイ国であろう。テーバイ国は、その始祖カドモスが神・アレスの娘と結婚して国を開き、以後その子孫たちが代々王になっていたものである。その経緯から、テーバイ国はアレス神を国の神として崇めていた。「アレスの国」とも称されたこの国が「アレス王国」と見ていいだろう。ちなみに、このテーバイ国=アレス国は、トロイア戦争の少し前に内乱によって荒廃しており(『テーバイ攻めの七将』)、ためにトロイア戦争にも参戦出来ないほどであった。
 闇の帝王オレステスは、ギリシア征服の手始めに、先ず最も弱小となっていたテーバイ国=アレス国を攻め寄せたのであろう。だが、この国で意外な抵抗を示す老将軍がいた。勇敢に立ち向かうその老将を殺して、アレス国を滅ぼして手に入れた闇の帝王オレステスは、この老将の力量を見込んで生き返らせ、戦闘獣「暗黒大将軍」として蘇らせる。一方で、アレス国を手に入れて闇の帝王オレステスは、人民を使って国力を調え、戦闘兵などを造り出して軍備を進める。
 こうして、周囲の国を徐々に制圧していったのであろう。

ミケーネ王国を滅ぼす
 機は熟した。闇の帝王オレステスは、ついにミケーネ王国へ侵攻を開始した。
 神話によれば当時、ミケーネ王国はアイギストスの子のアテレスが国王となっていた。闇の帝王オレステスは、指揮を暗黒大将軍に委ねて、戦闘兵を駆使して、大国ミケーネの軍を圧倒していく。そして、国王アテレスを撃ち殺して、王子のケルビニウスを捕えてミケーネ王国を滅ぼす。ここに闇の帝王オレステスは「ミケーネ帝国」を樹立するのだった。
 ケルビニウス王子を戦闘獣に改造して、ミケーネの人民はサイボーグ手術をして「ミケーネス」として、闇の帝王オレステスは大軍団を編成する。闇の帝王オレステスは世界征服を志すようになった。

アルゴス長官
 神話では、ミケーネに返り咲いたオレステスは、次にアルカディア地方を攻め滅ぼして征服したという。そして、アルゴス国の国王が死んだ後、アルゴスも手に入れたということである。
 この「アルゴス国」という国名を聞いて、諸氏は思い当たるものがあるのではないだろうか? そう、ミケーネ帝国の諜報軍のアルゴス長官である。
 もともと、アルゴス国の国名は、その始祖アルゴスの名にちなんで付けられたものである。三代目の国王もアルゴスという名であった。始祖にちなんだ名をつけるという習慣は当時のギリシアにも当然あり、神話中にもオレステスの叔父(大叔父?)のテュエステスはその息子に祖父の「タンタロス」を名付けていたり、アイギストスもその娘に親戚の「ヘレナ」の名を付けていたりと、例を提示するのに枚挙に暇がないほどである。
 とすると、アルゴス長官もその出自はアルゴス国の王族で、「アルゴス」の名前を実際に持っていたとしても不思議ではなかろう。闇の帝王オレステスは、アルゴス国を攻め寄せて、その王族のアルゴスを見込んで配下に加えたのであろう。

『オデュッセイア』
 イタケ島の王オデュッセウスは、アガメムノンの召集に応じてトロイア戦争に従事して、その智謀でトロイの木馬作戦を実行してトロイアを滅ぼした最勲功者である。彼の名はギリシアのみならず世界各国に響き渡った。
 だが、オデュッセウスはその帰途に一つ目の巨人キュクロプスと戦い、その目を潰したために、キュクロプスの父である海神ポセイドンの怒りに触れ、以後10年間も各地を彷徨って故郷に帰れなかったという。10年目に至って、オデュッセウスはようやく故里のイタケ島に帰り着き、王位を取り戻したという。これが『オデュッセイア』の物語である。
 ところで、この「オデュッセウス」は英語では「ユリシーズ」と読む。この名前もマジンガーの物語では思い浮かぶ人物がいる。七大将軍の一人、超人将軍ユリシーザーである。
 超人将軍ユリシーザーは「ミケーネの勇者で、」その力を見込まれて「暗黒大将軍に」戦闘獣に「改造された」のだという(『テレビマガジンS49.12』より)。イタケ島もミケーネ文明圏の一つで、後世我々は一括して「ミケーネ人」と称しているので、彼を「ミケーネの勇者」と称するのも吝かではない。そして、その肝心のオデュッセウスもまた、その最期には諸説ある人物であり、ぶっちゃけて云うと何時、どうやって死んだか特定できないのである。年代的には、やはりオレステス=闇の帝王の生きていた時代の人物であることは間違いなく、闇の帝王オレステスがイタケ島をも制圧して、智将として名高いオデュッセウスを配下に加えて「超人将軍ユリシーザー」とした可能性は否定できない。

七大将軍
 神話のオレステスはこの他にもアカイア地方をもその膝下に治めたという。これらの諸々の戦いのうちで、先にも触れたように、他の六人の将軍も「ミケーネの勇者で、暗黒大将軍に改造された」のであろう。
 その後は『テレビマガジンS49.12』にあるように、「やみの帝王は、つぎの作戦をはじめた。戦闘獣をつぎつぎにつくりだし、大軍団を結成して、世界をせいふくしようと、かんがえたのだ。やみの帝王の戦闘獣製造工場は、バードス島にあった。ここで、いろいろな戦闘獣の形がかんがえだされていった。」のであろう。
 なお、民族的英雄のヘラクレスは英語で「ハーキュリーズ」である。戦闘獣で一番の戦闘能力の持ち主にその名を与えたものと見える。また、武技に長じた戦闘獣に、トロイア戦争の英雄の「アキレウス」の名を与えているのであろう。義叔母のヘレナには、オレステスは良い感情を持っていなかったようなので、捕えて改造して諜報軍付きの戦闘獣ヘレナに仕立てたというところか。
 なお、ギリシア人が自分の名前をギリシア語ではなく英語で発音するのはおかしいという指摘は当然出てくるであろう。だが、現実に「ユリシーザー」や「ハーキュリーズ」といったように英名を使用しているという事実がある上に、彼らの国名「ミケーネ」も英語であり、本来のギリシア語では「ミュケナイ」と発音されるのである。だが、ドラマ中では彼ら自身が「ミケーネ」という言葉を頻繁に使っている事実から考慮すると、ミケーネ帝国では何時の頃からか英語を使用するようになったとしか思えない。

オレステスの死?
 神話は、オレステスは長らくギリシア一帯を支配した後、70歳で蛇に噛まれて死んだという。また、ミケーネ文明が滅んだ原因として、この頃ギリシア地方には大小の地震が頻発して、為に文明が衰亡していったという説がある。
 これをマジンガーの世界で捉え直して「オレステス=闇の帝王」として考えよう。
 「蛇」とは、ギリシア神話では大地を司る化身である。『テレビマガジンS49.12』に云う、「ものすごい大じしんが、ミケーネ帝国を、おそったのである。帝国は、一日でかんぜんに海の中にしずんでいった。強大な軍団をひきいて、ギリシアでおそれられていたやみの帝王、暗黒大将軍などもすがたをけしていった。」のであるから、地上に残ったミケーネ人たちは「蛇=大地震」により、闇の帝王オレステスが死んだと思ったことであろう。その暗喩であると考えて差し支えない。

ヘラクレダイの帰還
 オレステスの死後、神話ではオレステスの子のテイサメノスが後を継いだが、彼の代にヘラクレスの後裔たちがドーリア人とともに攻め寄せてきて、ミケーネ文明圏を滅ぼしたという。彼らドーリア人は好戦的な部族で、文化を持たなかったためミケーネの文明をただ破壊しまくって、そのため以後の400年は文化も歴史も伝わらない「暗黒時代」となったということである。
 闇の帝王オレステスが「大じしんがおこったとき、いちはやく地下へひなん」(『テレビマガジンS49.12』)した後、地上に残されたミケーネ人たちは大打撃を受けていた中、ドーリア人に攻め滅ぼされてしまったのであろう。
 「オレステスの子」と伝わっているテイサメノスは、ただ単に地上に取り残されたミケーネ人の中で比較的身分の高い貴族で、闇の帝王オレステスのいない後のミケーネを統治するのに都合が良いとの理由で「オレステスの子」と称したといったところか。

そしてマジンガーZへ
 地下に潜った闇の帝王オレステスは、『テレビマガジンS49.12』にあるように「しかし、じぶんたちがつくりあげたあの強大なミケーネ帝国も、多くの戦闘獣もうしなってしまった。もうかれらには、地上へ帰っていく力もなかったのだ。長い長い、地下でのくらやみの生活がつづいた。地上へもどり、ふたたび世界せいふくにたちあがるため、やみの帝王、暗黒大将軍たちは、勢力をひろげる努力をした。あらたに戦闘獣をつくり、人間形・猛獣形・鳥類形・魚類形・こん虫形・は虫類形・幽霊形の七つの軍団にふりわけた。この七大軍団を完成させるのに、やみの帝王は、じつに三千年の年月をついやしたのである。」ということになったのであろう。
 もともとが、ベガ星の円盤を手に入れたことによりその科学力を手に入れたといっても、それはごく一部に止まったレベルであり、再びすぐに地上に出て征服戦争を再開出来るほどの習得はされていなかったのであろう。円盤の分析が再度行われ、力を回復するのに三千年もかかってしまったのはそういう理由からではないだろうか。
 そして、その間に闇の帝王オレステス自身も「不死の体を得るために、ミケーネの科学のすべてをそそぎ込んで」「精神エネルギー」の体になったのであろう。(『マガジンノベルズスペシャル スーパーロボット大戦』より)


結びにかえて

 かくて、オレステスは闇の帝王と成り得るのである。題を付けるならば『闇の帝王はオレステス也』とでもしようか。だが、これはもじった『ジンギスカンは源義経也』と同様、学問的には「積極的根拠」のない「状況推測」だけの代物でしかない。「状況推測」のみで学問を論じてはいけないように、この『闇の帝王はオレステス也』も、論文としての資格は具備していないものである。
 今は只、同人作家の自侭な妄想としてこれを提示しておこう。

平成16年1月11日 記