MOSFET1石・シンプルヘッドホンアンプ

2009年5月31日公開

はじめに

外観

 入手しやすいスイッチング用MOSFETを使い、なおかつシンプル化の極限をねらったヘッドホンアンプです。

 第28作目のアンプとなります。

 

回路

回路図

 本アンプの回路図を右に示します。ほとんど教科書的なMOSFETソースフォロワ回路です。Headwizeに掲載の「A Class A MOSFET Headphone Driver」と同じ回路になります。Headwizeを参考にしたと言うよりは、MOSFET1石でヘッドホンアンプを作れと言われたら、誰でもこういう回路になってしまうと思います。

 しかしながらHeadwizeの回路定数ではいささか難点がります。それはMOSFETの消費電力が多く、かなり発熱することです。A級シングルアンプは最大出力に見合った電流を常に流さなければならないので、それなりの出力を要求すると発熱の問題は避けられません。(それでも真空管よりはましという考え方もありますが・・・)。そこで本機では、最大出力を必要最低限に限定し、電源電圧を下げることで発熱の問題を回避することにしました。オペアンプと違ってディスクリートのシンプル回路は、あちらが立てばこちらが立たずと言う所が多分にあり、あまり欲張った設計はできないのです。

 話は変わって最近の電子回路はデジタル化が著しく、ついにオーディオパワーアンプまでデジタル化の波が及んでいます。一方のアナログ回路についても最近は全てオペアンプが中心になっています。そのような状況のためか、アナログアンプ用のディスクリート半導体が次第に入手し難くなっているように感じられます。このままでいくと将来アナログアンプ用のディスクリート半導体は消滅し、スイッチング用しか入手できなくなるかもしれません。
 そこでそういう事態になっても大丈夫なように、本機ではMOSFETとしてスイッチング用の品種をあえて採用し、ヘッドホンアンプとして実用になるかどうかも確かめてみることにしました。もしうまくいけば、アナログアンプ用ディスクリート半導体が入手できなくなっても、ヘッドホンアンプ自作は可能ということで、ひと安心できます。

 さて本機の回路定数ですが、上で書いたように発熱を回避するため電源電圧は5Vとしました。本当はもう少し電圧が高い方が設計は楽なのですが、ロジック回路やPC電源、USBの電源ラインなど、5Vの電源を持つものが多く電源の選択肢が広がるため、あえて5Vとしました。
 MOSFETの動作電流は74mAとしました。したがってMOSFETのソース抵抗は、ソース電位を2.5V(=5V/2)とすると34Ωとなります。回路図では68Ωがパラレルになっていますが、これは実は最初の設計でソース抵抗を68Ωに設定した名残で、低インピーダンスヘッドホンの駆動に難点があったため、パラレル接続で34Ωにしたという次第。最初から組むなら33Ωの抵抗1本でも差し支えありません。
 バイアス電圧は抵抗分割回路で供給します。MOSFETですのでなるべく抵抗値を高くし、入力インピーダンスを高く保ちたいところです。本機ではマイナス側を220kΩに固定し、プラス側を半固定抵抗として、MOSFETのばらつきや型番の違いに対応できるようにしました。またMOSFETのゲートに抵抗を直列に挿入し、発振対策としてあります。ただこの値をやたら大きくするとゲート入力容量の影響が大きくなり、高域特性や歪み率が悪化します。本機では100Ωとしました。

 

製作

内部写真

 MOSFETは秋月電子で購入した2SK2936です。特に選んだわけではなく、たまたま買い置きがあっただけの選定です。電源とカップリング用のコンデンサは一般用電解コンデンサを使いました。入力カップリングコンデンサも最初は電解コンデンサを使おうと思っていましたが、パーツ箱にマルツ電波で購入したフィルムコンデンサがあったので、これを使いました。抵抗は全てカーボン抵抗です。入力の可変抵抗は、以前買い置きしておいた、アルプス社の基板取り付け型です。

 電源はDCジャックを介して、5VのスイッチングACアダプタから供給します。

 回路はサンハヤトのユニバーサル基板ICB−88G上に組み立てました。MOSFETは足を曲げて裏側に取り付け、ケースに直接ねじ止めすることで、放熱と基板の固定を兼ねられるようにしました。

 ケースはごく一般用のタカチのアルミケースです。回路がシンプルと言うことで、ルックスもシンプルにまとめました。入力はピンプラグは使わず、3.5インチステレオジャックを使って、コンパクトにまとめてあります。最終的にミニアンプという形容がふさわしい外観となりました。

 

特性

基本特性

 最大出力(歪率3%)は、100Ω負荷で1.4V(20mW)、33Ω負荷で0.9V(25mW)でした。ヘッドホンアンプとしても小さい値ですが、普通のヘッドホンなら1mWで90〜100dB程度の音量が出るので、実用上は十分と思われます。

周波数特性

周波数特性

 周波数特性は8Hz〜300kHz(−3dB)です。予想以上に高域特性は優秀です。ピークもなく全体的に素直な特性です。低域はカップリングコンデンサの容量が小さいため、20Hzでも若干落ち込んでいますが、可聴限界と言うことでそれほど影響があるとは思えません。気になる方はカップリングコンデンサを10μFぐらいまで増やすと良いでしょう。

歪み率

歪み率 歪み率

 歪み率のグラフは、出力にほぼ比例して歪みも増えるというA級アンプの特徴が良く表れています。100Ωと33Ωの両負荷とも、1mWで0.2〜0.3%というなかなか微妙な値です。というのは高調波歪みの検知限界が1〜0.1%前後と言われており、本アンプの歪みは聞き取れるかどうかという微妙なラインに位置しているからです。はっきり言えるのは、半導体アンプとしては物理特性は今ひとつで、複雑なディスクリート回路やオペアンプを使った回路に比べると明らかに悪いことです。とは言うものの真空管式のパワーアンプ等と比較すると、この程度の特性(物によってはもっと悪い)のアンプも多く、それらの評価が決して低いわけではないので、このデータを持って音が悪いという判断はできません。最終的には実際に音を聞いて評価する必要があると思います。
 

試聴記(プラセボ入り)と後書き

 LM4562使用のCMoyアンプと比較試聴を行いました。
 最初は正直言ってあまり期待していませんでしたが、実際に音を聞いてみると、物理特性ほどの違いは感じられず、結構いい音です。逆にこのような基本的シンプル回路で、これほどの音質が得られたことに驚きを感じています。1石でこのぐらいの音質が得られるなら、わざわざディスクリート部品をたくさん使ってアンプを作ることも無いように思われたぐらいです。

 肝心の音質ですが、印象として明るい音という感じを受けました。

 本機は電圧増幅を行わないため、接続できる機器が限定され、いささか使い難いのも事実です。また気にならないとは言ってももう少し物理特性も改善したいところです。MOSFET1石ではやはり無理があるので、もう1石トランジスタを追加して、より実用的なアンプを計画したいと考えています。