Webを巡回していたら、CMoyなるヘッドホンアンプが話題になっているのに出くわしました。回路がシンプルで簡単に作れて、音も良いとのこと。さらにオペアンプを交換して音の違いも楽しめると言うことです。早速作ってみることにしました。
製作は2003年。第20作目のアンプとなります。
CMoy回路というのは略称で、Chu Moy氏が発表したヘッドホンアンプ回路という意味です。語感がよいので、この略称を使わせて頂いています。出典はHeadWizeと言うサイトにある"A Pocket Headphone Amplifier"というポータブル型ヘッドホンアンプの製作記事です。
上がその回路図です。オペアンプの教科書からそのまま持ってきたような、典型的な非反転型増幅回路です。コンパクト設計と言うことで、FET入力のオペアンプを使い、入力抵抗を高くして、容量の小さいカップリングコンデンサが使えるように設計されています。オペアンプはバーブラウン社(現在はテキサスインスツルメンツ社に買収され、1ブランド名になった)のOPA134です。SoundPlus(TM)というネーミングのついた、Hi−Fiオーディオ用を強く意識したオペアンプです。デュアル版としてOPA2134もあります。
ポータブル型ですので電源として006P(9V)の電池を使い、これを抵抗と電解コンデンサで分割し、オペアンプに必要な±電源を得ています。こういう回路ですので、電池のマイナスがオペアンプのグラウンドでは無いことに、注意する必要があります。
普通オーディオアンプを設計するときは、出力に十分な余裕を持たせ、電源には物量を投入するのが常識です。この観点からすると、オペアンプで直接ヘッドホンを駆動し、さらに抵抗とコンデンサの分圧回路で±電源を作ると言う発想は、この常識の真逆を行っています。思いもよらない発想のアンプですが、これが実用になるというだけでなく、音質も良いというのはかなりの驚きで、初めて目にしたときは目から鱗が落ちる思いでした。
製作したアンプの回路図を上に示します。オリジナルのCMoy回路から少しアレンジを行っています。まず入力側の抵抗ですが、バイポーラ入力のオペアンプも使えるように、抵抗値を10kΩに下げています。このため入力のカップリングコンデンサの容量は2.2μFに増やしました。オリジナルのCMoyアンプの電源回路には、電解コンデンサしか使われていませんが、本作品ではアナログ回路の常道にしたがい、デカップリング用の0.1μFのセラミックコンデンサを追加しています。もちろんこのコンデンサは、オペアンプの電源ピンのすぐそばに取り付けます。高価なOSコンデンサをいい加減に使うよりは、こちらの方が遙かに効果的だと思います。
CMoyオリジナル回路の抵抗器R5については、CMoy原典の説明によると低インピーダンスヘッドホンを使うときに、ヒスノイズを減らすために付けるとあります。しかしながら、NFBループ内にこういう形で抵抗を挿入すると、オペアンプの位相余裕を削ってしまい、発振しやすくなってしまいます。OPA134で普通に使う場合はまず大丈夫ですが、位相余裕の無い高速オペアンプを使う場合には気をつけなければなりません。むしろこんな抵抗は挿入しない方がよいと思います。
そういう訳で、本機では抵抗器R5は挿入していません。代わりにパワーアンプの出力で良く使われる、抵抗とコイルの並列回路を挿入しています。この回路は、超高周波領域でアンプと負荷を分離する作用があり、容量性負荷による超高周波発振を防止します。
またCMoyオリジナル回路では、シングルのOPA134が使われていますが、本機ではデュアルタイプのOPA2134を使いました。製作時点でOPA134が入手できなかったのと、デュアルタイプの方がコンパクトにまとまること、4558や5532と言った有名OPアンプにデュアルタイプが多いことがその理由です。チャンネルセパレーションの悪化が懸念されますが、目をつむりました。
本機では、オペアンプの音質の聞き比べを容易に行うため、2つのアンプユニットを実装できるようにしてあります。入力と出力の切り替えが必要ですが、これを一つのスイッチにすると出力から入力に誘導して発振するといったトラブルの原因となるので、両者は別々のスイッチで切り替えるようにしました。
電源についても、006P(9V)とACアダプタの両方が使えるようになっています。
シンプルな回路とは言えそれなりに部品点数はありますし、何組か作るつもりなので、プリント基板を起こしました。特にオーディオ部品は使っていませんが、ボリュームは贅沢して東京光音電波の2CP601を使っています。
ケースはリードの普通のアルミケースです。このアンプはオペアンプのテストベンチという位置づけで作りましたので、特にデザインにもこだわりませんでした。そんなわけで、いかにもアマチュアの自作品という外見になっています。
出力200mVでの周波数特性を、負荷100Ωと33Ωのそれぞれで測定しました。負荷が重くなると超高域に影響が出ますが、可聴領域を遙かに超えた周波数なので、この違いが音質に影響することはないでしょう。
負荷100Ωの時の歪み率を右に示します。OPA134/2134のカタログスペックは、0.0008%(1kHz、負荷2kΩ)ですが、CMoyの場合は負荷が重い、と言うよりは想定外の使い方なので、カタログスペックほどの性能は出ていません。1kHzで0.01%弱と言ったところです。周波数が高くなるほど歪み率が悪くなるのは、単純にNFB量を反映しているものと思われます。
負荷32Ωの時の歪み率が右の図です。歪み率はさらに悪化し、1kHzで0.02%強となっています。10kHzでは0.2%とかなり悪化しています。数値的にはそろそろ音に影響のあるレベルです。
カタログスペックからすると、ずいぶん悪い特性です。やはり負荷が重いことが影響しているようです。ただこの歪みが聞こえるかというと、最も悪い条件である32Ω10kHzで0.2%ですから、数値的には聞こえるかどうかというレベルです。この辺は試聴してみないと何とも言えませ。
特性を求めるなら、やはりバッファを追加すべきでしょう。
カナル型イヤホンER−4Sで試聴しました。このイヤホンのインピーダンスは公称100Ωですので、負荷条件としては比較的有利な方です。
音質ですが噂に違わぬ非常に良い音です。少なくとも市販プリメインアンプのおまけにくっついているヘッドホン端子とは一線を画す音質です。さすが評判になるだけのことはあります。このようなオーディオアンプの常識の逆を行く設計で、これだけの良い音を出せると言うことは、これまでのアンプ製作で言われているジンクスとは何なのか・・・と考えてしまったほどです。
オペアンプの音質ですが、いろいろ交換して試聴したところ、OPA2134については、特に弦楽器など、きらびやかに聞こえる傾向があるように思いました。ただこれも何となくそう言う感じがするという程度の違いで、私の耳が良くないのかもしれませんが、明らかに違うというものでもないと思います。この辺はまた別途突っ込んで検討したいと考えています。
このアンプ、現在USBオーディオインターフェイスと組み合わせて、PC用のヘッドホンアンプとして使用しています。USBオーディオの高性能さと相まって、普通のオーディオ機器に勝るとも劣らない音質で音楽を聴かせてくれます。プレーヤーはPCですので、使い勝手も良く、ある意味デスクサイドの理想のオーディオシステムです。
ただこのアンプ、ルックスがイマイチです。いずれ、もっと格好良い次号機を製作したいと思っています。