インプットトランス式SEPP回路(1)

2009年4月24日公開 2009年4月25日改訂

はじめに

 かつてパワーアンプ回路にインプットトランス式SEPP回路というものがありました。現在では解説書もなく、Webでさえほとんど取り上げられない回路です。少し興味があったので、今回色々と実験してみることにしました。

SEPP回路について

コンプリメンタリSEPP回路

 SEPPとはSingle Ended Push-Pullの頭文字を略したもので、電力増幅回路ではおなじみの回路形式です。特に右図に示す、NPNとPNPのコンプリメンタリペアのトランジスタを用いたコンプリメンタリSPEE回路は、オペアンプをはじめとするほとんど全ての半導体アンプの出力段に採用されており、現在では逆にこれ以外の形式の方が珍しいぐらいです。

 

トランス結合DEPP回路

 しかしながらトランジスタ回路の黎明期からこの形式が全てだった訳ではなく、かつて様々な形式の回路が存在しました。例えばちょっと古い電子工学の本を見ると、B級プッシュプル電力増幅回路として、右図に示す回路が良く挙げられています。
 これはトランス結合Double Ended Push-Pull(DEPP)と呼ばれる回路で、昔(1960年代初頭)のトランジスタラジオやテープレコーダー、インターホンの出力段によく使われていました。
 見ての通り入出力にトランスが使われており、NFBも深くかけられないことから、周波数特性、歪み率ともにあまり多くは期待できません。特に低電圧大電流というトランジスタの特徴が裏目に出て、出力トランスにはコアボリュームが要求され、真空管アンプと比較しても性能を出すのは非常に困難です。

 実はこの時代すでにコンプリメンタリSPEE回路は知られていました。では何故それが使われなかったかというと、当時はゲルマニウムトランジスタが主流で、特性のそろったコンプリメンタリトランジスタ、特にパワートランジスタの製造が出来なかったこと、トランジスタ自体の品質が悪く、直結回路にすると不安定になりがちだったこと等が原因です。右のトランス結合DEPP回路は、不安定なトランジスタを左右からトランスで囲んで保護しているようにも見えます。

 そうは言っても性能を高めていくにはトランスレスにするしかありません。特に出力トランスは大型になりがちな割に性能を出すのが困難なことから、アウトプットトランス無し(Output Trans Less)、すなわちOTL回路が、高性能化の合い言葉となり回路技術が発展していきました。最終的に初段−差動増幅、出力段−コンプリメンタリSEPP回路というDCアンプ構成まで発展し、今に至るわけです。もちろんその裏には、品質が安定した丈夫なシリコンパワートランジスタの存在と、特性のそろったコンプリメンタリペアトランジスタが入手出来るようになったという背景があります。

 

インプットトランス式SEPP回路

同極性トランジスタによるSEPP回路

 前に書いたように、SEPP回路はコンプリメンタリペアを使った回路が一般的ですが、同極性のトランジスタでも構成することが出来ます。右の回路がその基本構成です。コンプリメンタリペアのトランジスタは不要で、同じ種類のトランジスタを使えばよいことから、トランジスタの入手が容易で、さらに2つのトランジスタ特性のばらつきによる性能悪化を最低限にできそうです。

 しかしこの回路の場合、両方のトランジスタにそれぞれ逆位相の信号を入力しなくてはならず、そのための位相反転回路が必要となります。さらにそれぞれの入力のグラウンドは異なっているため、この位相反転回路にはかなりの工夫が必要となります。

 

インプットトランス式SEPP回路

 位相反転回路にはCE分割回路や差動増幅回路を使う方法など、様々な方式が考えられていますが、最も簡単な方法はトランスの使用です。右の図がその回路です。トランスの独立した2つの2次側を使い、位相とグラウンドの違う入力を2つのトランジスタに与えています。インプットトランスを使っていると言うことで、インプットトランス式SEPP回路と呼ばれています。

 回路が簡単で、出力短絡によるパワートランジスタの破壊が起こりにくいことから、かつてはPA用によく使われたそうです。

 

インプットトランス式SEPP回路を検証

実験風景

 インプットトランス式SEPP回路の最大の弱点はトランスを使用していると言う点で、極限まで性能を出すには不向きであり、Hi−Fi用途にはあまり使われずに廃れていきました。ではHi−Fi用としてまるっきり駄目かというと、アウトプットトランスを使った真空管アンプが現在でもHi−Fi用として評価されていることを考えれば、実はそれほど捨てたものではないかもしれません。それに少なくともアウトプットトランス付きの回路より、性能は期待できるはずです。

 以上の考察から、インプットトランス式SEPP回路を実際に製作して、そのポテンシャルを評価してみることにしました。前置きが長くなってしまったので、実験結果はまた次回に。

 

参考文献

 「基礎電子回路T」 柳沢健著 丸善
 「実用トランジスター回路集」 無線と実験 臨時増刊(昭和38年6月) 誠文堂新光社
 「実験で学ぶトランジスタ・アンプ設計法」 黒田徹著 ラジオ技術社
 「ソリッドステートアンプの基礎」ラジオ技術全書014 宮沢一道著 ラジオ技術社