インプットトランス式SEPP回路の実験(2)

2009年4月29日公開 2009年5月11日改訂

はじめに

 前の記事で歴史的経緯や原理の説明を行ったので、さっそく実際に回路を組み立てて、色々検証してみることにします。

回路設計

インプットトランス式SEPP実験回路

 インプットトランス式SEPPの実験用回路として、右の図に示す回路を設計しました。
 トランジスタは2SD235です。大昔の製作記事でよく使われた、東芝製のパワートランジスタです。古い回路の検証と言うことで、使用するトランジスタもそれに合われたと言うところです。
 トランスは2次巻線を2組持つものが必要となります。幸いサンスイ(橋本電気)のトランジスタ用トランスのラインアップにST−92というトランスがありましたので、これを利用しました。巻線比は2.9:1(×2)で、インピーダンスは1.3kΩ:150Ω(×2)という仕様です。

 バイアス電圧はトランスの2次巻線を介して、抵抗分割回路で与えています。アイドリング電流の設計値は100mAです。トランジスタのばらつきもあるので、抵抗分割回路の可変抵抗器(500Ω)を調整して、電流を合わせ込むようになっています。

 また今回、特に温度補償は行いませんでした。したがってVbeの温度特性によってコレクタ(アイドリング)電流が変化します。本来ならダイオードなどを使って温度補償を行うべき所ですが、過去の製作記事を見ると、この回路のように単純な抵抗分割回路で済ましているものも結構見受けられます。このため、今回はあえて温度補償は行わず、コレクタ電流がどの程度不安定になるのかの検証も考えました。

 回路は検証実験と言うことで、平ラグ板に実装しました。ほとんどバラック(仮設建築)です。

 

性能評価

基本性能

理論式

 教科書によればインプットトランス式SEPPの理論的な出力電力は、コンプリメンタリSEPPと同様、右図の(1)式で計算されます。電源電圧±12V、負荷抵抗8Ωの場合、最大出力は9Wとなります。実際には、出力波形がクリップした時の電力は6.5Wでした。最大出力は、エミッタ抵抗によるロスやトランジスタの飽和電圧により、理論値の7割程度の値になるため、大体理論通りの出力が得られていることになります。

 一般的なコンプリメンタリ式SEPPはコレクタ接地(エミッタフォロワ)で動作しているため、そのゲインはほぼ1であるのに対し、インプットトランス式はエミッタ接地で動作しているためゲインを持ちます。ゲインは右図(2)式で計算できます。トランジスタのhfeを70、Rbb’を12Ωと仮定し、今回の回路定数と信号源抵抗Rsとしてトランス2次側の直流抵抗値21.5Ωを代入すると、ゲインは1.86倍と計算されます。実験では0.55V入力に対して1Vの出力が得られ、ゲインは1.81倍となりました。ほぼ計算通りの結果です。

 入力インピーダンスの理論値は右図(3)式です。上記の定数で計算すると872Ωとなります。実測値は877Ωでしたので、これも理論通りの結果となりました。
 この程度のインピーダンスなら、ちょっと出力電流の大きなオペアンプでドライブできそうです。

 

周波数特性

周波数特性

 周波数特性を上に示します。−3dBポイントで3〜26kHzという特性です。
 低域はかなり低い周波数までレスポンスが落ちず、可聴領域を十分にカバーしています。トランス式でありながらなかなか優秀です。
 高域は10kHzを超えたあたりから徐々に落ち込んでいます。オーディオアンプとしては若干気になりますが、かろうじて次第点と言ったところです。

 

歪み率

歪み率

 歪み率を右に示します。どの周波数でも出力に比例して徐々に歪み率が上昇し、歪み率が数%のところでなだらかになるという面白い特性です。
 周波数による違いについては、1kHzと100Hzはほとんど同じ。高音域(10kHz)で歪み率が悪化しています。

 歪み率の値からすると、明らかに聞き分けられることができる値で、音質への影響は明らかです。ただ真空管シングルアンプの歪み率はもっと悪く、それでいてシングルアンプの音質がそれなりに評価されていることを考えれば、このグラフを持って直ちに音が悪いとは言えません。

 

アイドリング電流

 アイドリング電流の設計値は100mAですので、最初に500Ωの可変抵抗器を調整して100mAにセットします。しかしながら温度補償を行っていないため、テスト中次第にトランジスタが暖まり、アイドリング電流が増加します。事実、45分後のテスト終了時に120mAまで増加していました。放熱板の性能がよいためか熱暴走を起こすほどの発熱ではありませんでしたが、あまり気分のよいものではなく、対策が必要と思われます。
 

まとめ

 この実験で、最大出力やゲインなどについては、ほぼ理論通り動作していることを確認しました。
 一般的な半導体アンプと比較すると、周波数特性、歪み率ともにかなり見劣りがしますが、まるっきりダメとも思えません。特にNO−NFBであることを考えればなおさらです。

 今回はまず基本回路の検証ということで、性能面に対する工夫は一切行いませんでした。したがって特性がパッとしないのも仕方がないことです。今後、この回路を元にして、周波数特性、歪み率、温度補償などの対策を講じて、特性改善を図っていきたいと考えています。
 

参考文献

 「Hi-Fiステレオメインアンプの製作」小林文男著,電波科学,1965年6月,p58−63,日本放送出版協会
 「トランジスタ・アンプの設計と製作」木塚茂著,ラジオ技術全書026,ラジオ技術社
 「はじめてのトランジスタ回路設計」黒田徹著,CQ出版社