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HAPPY、HAPPY、LOVELY ! − summer festival −





次々に病室に運ばれる花々。
白い部屋を埋め尽くしていく色彩。

「・・・ん? なに? チカ」
シズカは微笑みながら、なにかを言いたそうにする女の子から 呼吸器をはずして耳を近づけた。
「これ?」

「デンファレ。わがままな美人」
女の子がシズカを叩いた。

「カトレア。あなたは美しい」
「アンスリウム、恋にもだえる心」
「シクラメン・・・『 切ない私の愛を受けてください 』」
くすくすと額を合わせて笑う二人。

「ディモルフォセカ、元気、無邪気。ほのかな喜び・・・」
シズカの穏やかな声が、ひとつひとつ花言葉を告げていく。
「ハルシャギク、陽気、ペチュニア、やわらぐ心・・・」
「カランコエ、・・・幸福を告げる・・・」
彼女の母親が、こらえ切れない嗚咽を漏らした。
しかしきっと、その悲しみは花にかこまれた二人には届かない。
まるで二人きりで天国にいるかのよう。

シズカが身体を起こすと、彼女の目から涙が流れて、枕を濡らした。シズカが 目蓋にキスをする。 その頬の手をとってシズカの目を見つめた彼女は、ふわ、と微笑み、 細めた目から新たに一粒、涙が零れた。

月子さんが綺麗だといった女の子は、それはキレイに笑って。


二度と、目をひらくことはなかった。





ドン、と遠い花火の音。

女の子の家から、病院へ帰り道。
病室をうめた花々は、彼女の通夜のため、自宅に移された。
喪服をもたない俺と伊集院は、参列者に混じることなく、バイクの置いてある病院へ 帰ることにした。

川べりの道を、黙々と歩く。
シズカは当然のように喪服を用意していて、改めて全てを覚悟の上でのことだったのだと 思い知らされた。遠い空に浮ぶ花火が、ちらちらと水面を揺れる。 俺の数歩うしろを歩く伊集院は、終始 無言だった。 勘の鈍くない伊集院は詳しいことを聞かずともすべてを悟っただろう。

「・・・レンギョウ」

「希望」

「サンダーソニア・・・・・・祈り」

ぽつり、ぽつりと伊集院が花言葉を口にする。
振り返ると、それに合わせて伊集院は歩みを止めた。


「スイートピー、別離、門出、・・・優しい思い出・・・」


ぼたり、と大粒の涙が落ちた。
伊集院は俯いていたが、花火の光に照らされて落下する雫が光り、俺の目はそれを正確にとらえることができた。
「・・・伊集院?」
「・・・っふ・・・く、・・・う・・・」
俯いたまま、手を口にやって嗚咽をこらえている。
    っ・・・」
乱暴に目をこすって、伊集院は涙を拭おうとしたが、あとからあとから溢れて止まらないようだった。
シズカや彼女の家族の手前、ずっと我慢していたのだろう。
ぽん、と頭に手を乗せると怒ったように払われた。
伊集院は自分の涙腺が弱いことを負い目に感じているようで、いつも必死に涙をこらえている。

「・・・っ!」
もっと泣かせてやりたくなって、抱き込んだ。
肩口に顔を埋めた伊集院が俺を引き剥がそうとしたけれど、力は緩めてやらなかった。
「うー・・・」
癇癪をおこしたように数度 背中を叩いた伊集院は、それでも拘束が変わらないことに諦めて、ぎゅうッと抱き付いてきた。
「・・・竜くん        

泣かないで、と伊集院が。

「一緒にいるから・・・離れないから・・・」
だから泣かないで、とわけのわからない見当違いなことをいって、力一杯にしがみつかれる。

泣いてるのはそっちなんですけど。

「そばにいるから・・・」

そうはいってもなぁ。

人っていつ死ぬかわかんねえし。
気持ちだって、どう変わるか。

それでも。
・・・いや、だからこそ?

「うん、そうだな、伊集院」


こんなにも。


川べりの、草原からリンと虫の音がする。
風が吹いて、葉ずれの音。
遠い打ち上げ音。

夜空に光るそれは、その名のとおり大きな花だった。





つづく








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