三十日目(特別)
仕事を終えた夜中の4時、自宅へぼんやりと歩く。
「もうすぐ眠れる」という安心感以外は何もない。
玄関の鍵を探すためにポケットの中を何度も叩くが
こんな時は決まって最後に叩いたポケットに入っている。
ボクサーとは程遠い、ニブ〜い動作で家の中に入る。
「?」
暗いはずの居間が明るい。
妻が照明を消し忘れたのかと思って近づくと
そこにはパソコンをやっている直樹がいた。
「どうしたんだ、お前?」
「冬休みだから遊びに来た…」
ずっとパソコンのゲームで遊んでいたらしい。
直樹の家には接触不良のファミリーコンピューターがあるだけなので
最近のポリゴン表示された立体ゲームが新鮮なのだろう。
「俺、駅前のラーメン屋に就職が決まったから…」
「そしたらボクシング、本気でやるつもり…」
「越谷でも友達とボディだけでスパーしたから…」
「西沢君、明日は暇…?」
ゲーム画面を見ながらぶつぶつと話す直樹。
ぶっきらぼうな少年だがその気持ちは伝わってくる。
(やりたかったんだ、ボクシング。)
俺が教えたばっかりにボクシングを愛してしまい、
高校進学せずにプロボクサーとしての成功を志す直樹。
私としては「プロを目指す」指導ではなく
「拳闘を体験させる」という指導を心がけたつもりだが、
私の想像以上に火がついてしまったようだ。
「明日、ミット持ってやるからもう寝ろよ。」
「うん、寝る。」
翌日、焦る直樹をパソコンの前に座らせる。
「まず、佐野ジムでのスパー動画を見ろ。
お前の悪い点が全部、出てるから勉強しろ!」
攻め込まれた際に上半身から下がる(逃げる)癖。
後ろ体重になった状態が長く続くために
反撃パワーが半減してしまい怖さがない。
主武器の右ストレートが錆び付いてしまい、
ビデオの直樹から圧力はまったく感じられない。
自分からコーナーに移動するなど無意味なステップが目立つ上、
両足が揃ってしまう動作が入るので無駄に危険である。
心配そうな直樹に訂正すべき点をゆっくり説明する。
まずピポッド・ステップという前足を残したまま、
後ろ足だけをズバッと下げるステップを指導。
これだと攻撃重心を維持したまま半歩下がれる。
即座に打てるので相手の空振りを狙うことができる。
同時相打ちを狙うカウンターとは根本的に違う技術で
平仲(弟)選手や松本好二選手が自然にやっていた。
久々にミットを構えると私も熱くなってくる。
「違う、もっと膝を柔らかく。そうっ!」
ワンテンポ早く動ける自分に驚く直樹。
その後、教えていなかった期間が長かっただけに
教えたかった技術的要素をじっくりと指導。
この日の直樹はやけに飲み込みがいい。
3分間ミット打ちを激しいラッシュで締めくくり、
スパーなしだが久々の熱い練習を終えた。
毎日のシャドーでもピポッドを繰り返して
体の奥深くに染み付けると宣言した直樹。
これまでと本気の度合いが違う、そう感じました。
今回は特別練習です。
西沢ジム活動再開ではありません。
申し訳ありません。
三十一日目(特別)
その後、直樹は約束どおりに某地元ジムに通うが、
練習生が飽和状態、なかなか指導してもらえない環境に戸惑う。
客観的に見て、ジム自体もちょうどある節目を迎えており、
なかなか新人を受け入れるような状態でないのは感じられた。
そんな時に新しいジムが西沢ジムの近所にオープンした。
駅前の素晴らしい立地条件、熱いスタッフ…
直樹は自分をもっと燃やしたいと考え、
自宅から遠くなってしまうがジムの移籍を決意した。
が、その決断は間違っていなかったと思う。
今、直樹の毎日は輝いているように感じられる。
時々、遊びに来る際も技術的な内容の会話がキチンとしてきた。
(これまではグワッときてガンッってやられた!みたいな?
まるで長嶋茂雄氏みたいな直感的な話し方だった…)
「低く接近してくる相手で、しつこいんだけど…」
「相手の下がっている頭を左手でこっちへ引き寄せてみろ、
そうすると重心が前にずれてしまってパンチ打てないよ。」
「アッパーで迎え撃ちしたいんだけど、ガードしちゃうと固まっちゃうよ…」
「ガード姿勢から膝曲げて、膝だけでアッパー打てるよ。
打ったらすぐに相手を引き寄せちゃえ…」
みたいな内容を話していると私もついムラムラ?。
「じゃ、とにかくやってみよう♪」
正面に立っている直樹、構えてみると大人になったのが感じられる。
妻の実家に挨拶に行った19歳の頃、
直樹は幼稚園前の子供で走り回っていた。
俺の顔をじっと見て、「この人、口が臭い!」が第一声だったっけ…
(ふふふ、直樹も大きくなったなぁ…
まだ俺のボクシング、通用するのかなぁ?)
最近の自分は「実写でボクシング」の製作一直線で運動はしていない。
あえて言えば車の運転中にシートベルトを縮めたり伸ばしたりして、
生命線であるジャブ、左腕の筋力だけは維持しようと思っていた。
ゴングが鳴り、私が接近戦を挑むと確かに直樹はガードで固まる。
返しがワンテンポ遅いので、自分に余裕が残るのを感じる。
(確かにお前の接近戦対策、鈍いぜ…)
空いているボディに左フックを入れ、今度は離れてジャブ。
距離調整で直樹の飛び込みを誘う。
低く飛び込んでくる直樹の後頭部を左手で引き寄せ、重心を崩す。
おっとっと…と前のめり、立ち直る姿勢を更にアッパーで追う。
直樹は食らいながら、しゃべった。
「そ〜やるのか!」
その後は私も疲れてきたので、フェイントで若い直樹を悩ませる作戦。
西沢ヨシノリ選手の右左分離フォームからのジャブ、
薬師寺が辺に何度もヒットさせたアッパー拳からのジャブ。
これは福嶋も多用していたっけ。俺は彼を評価している。
(なんか、俺、調子いいなぁ…)
ラウンドの最後、調子に乗って単調になった私のジャブに、
直樹が右フック半歩踏み込みのカウンターを放った。
(うおっ! こりゃ食らうか?)
と足りないかもしれないスウェーをしながら、覚悟した私。
結果を書くと、その拳は当たらなかった。
私のスウェーが鼻先で避けることに成功したのか、
もしくは直樹が年寄り相手に温情で寸止めしたのか…
今までの経験から言って、ドンピシャだったと思う。
(ふふふ、強くなってんだな〜。うふふ♪)
嬉しさを感じつつ、直樹の足りない部分も露見したスパー。
振り返りのディスカッションをしっかり行い、
直樹は元気にジムワークに出かけていった。
「また来るから!」
「おしっ! 悪いトコ直ってからな!」
「わかった!」
西沢ジムとしての再開はまだ先になるだろう。
その時、まだ自分が動けたら、と切に思った…。
こんにゃろ〜大きくなりやがって♪
(今年中のデビューを目標に頑張っています)
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