西沢ボクシングジム

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ふと書き殴る近状

孤独な時間が大部分を占めるタクシーの車内だが、
個人的にいつもニヤけてしまう、楽しみな場所がある。

毎週末、多くの家族連れが訪れる上野動物園。
モノレールの下が駅への抜け道なので、私はよくそこを通過する。

モノレールの窓に額をべったりつけたまま、
数メートル下を走る車を眺めている子供達。

向こうが見ていようが見ていまいが、
私は大きく手を振ってアピールするんです。

いい年した男が「オーイッ!」と口を開き、満面の笑み。

私は目が悪く、子供達の表情まで確認できないけれど、
きっと何人かは喜んでくれているんじゃないかと…。

(どんどん歩けよ〜。動物園は広いぞ〜♪。うふふ)

子供達の目から見て、俺はどんな大人に映っているんだろう…



ある休日、私の父に得意先から電話がかかってきた。

日に焼けた父は、地元少年野球チームの監督を務め、
高校時代には強豪校のサードで4番バッター。

地方予選で逆転ホームランを放った信濃新聞の切り抜き記事、
俺はこの記事を遊びに来た友達によく自慢していたっけ。

子供時代の私にとって、ヒーローだった父。

そんな頼もしい父が途端に大人ルールの話し方となり、
ペコペコと電話機に向かって背中を丸めて頭を下げている。

(僕も大人になったら、ああなるんだろうか…?)

少年だった私にとって、強烈な記憶として残っているシーンである。



大人になる直前、ボクシングに強く惹かれた自分。

泣きそうな表情で叩き続けるミット、ボール、サンドバック。
同じように泣きそうな表情で俺の前で構えている対戦相手…

「大人になりたくない」、きっとそんな気持ちだった。

乗れと言われるレールに葛藤を感じている拳を受け止める大人がいた。
理不尽な正義を振り回す俺から、まったく逃げない大人がいた。

子供達から見て「こんな大人もいるんだ」と思われる大人。
子供達から見て「こんな大人になりたい」と思われる大人…



西沢ジムから歩き出した少年ボクサー、直樹。

ゼロから自分が教えた第一号のボクサーであり、
技術的にも自分のスタイルを受け継いでくれた甥っ子。

複雑な家庭の事情もあり、高校受験はしなかった。
アルバイトをしながら、プロになるべくジムに通う毎日。

だが、学校卒業とともに得た自由は彼を染め上げていく。
バイト先の先輩から教わったパチスロやタバコ、酒。

スパーの後にいつも瞳がキラキラしていた少年、直樹は、
あんなに愛していたボクシングからみるみる離れていく…



久々に会った正月、彼を囲む環境の変化に声を失った。

増えたピアス、狭くて汚れた部屋、ゲーム画面を凝視する濁った目。
柄の悪い同僚からの電話、奥の部屋には何年も話をしていない父親。

(父親の役割、果たしていないんじゃないですか!?)

酔っぱらって寝ている男は確かに直樹の実の父親ではない。
一番下、実の子供には、多分に愛情を注いでいると聞いている。

逆に直樹は四畳間で年頃の妹と雑魚寝するしかないような境遇。
何年も食事は別々、ある大げんかを境に家族は壊れてしまっている。

直樹に聞けば、さっきまで直樹と妹を除いたメンバーで
楽しそうにマージャンをして盛り上がっていたそうだ。

(アンタ、俺が来るって聞いて、…わざと寝たんだな!)

正月から酔っぱらい相手に大勢の前で怒るのは得策ではない。
日を改め食事に誘ったが、なんだかんだと断られて今に至る。



春先、フラ〜ッと直樹が遊びに来た。
まじめな時代の友達、高橋君も一緒だった。

直樹なりに俺に気を遣ったのだろう、ピアスは全部外していた。
そのせいか、少しだけあの頃に戻ったような錯覚を感じる。

なにか言いたそうだったが、俺もヤンキー先生のような
ガツンとしたいいアドバイスがまったく思い浮かばない。

ドサッと目の前の床にグラブを落とし、
結局いつもと同じことを言うだけだった。

「せっかく来たんだから、それ付けろ。
3分なら俺もまだ動ける、油断するなよ!」

俺にできるたったの3分、ボクシングを通したメッセージ。
花粉症のせいだろう、目を真っ赤に、潤んだまま帰った直樹。

今の俺は直樹から見て、どんな大人なんだろう…



「相手の拳が体に触れた瞬間、絶対にそっち側の顔面は空いている」
密着ガード姿勢から、接触に反応しての左フック。俺が教えたパンチだ。
ちゃんと忘れていないじゃないか…、直樹! お前、忘れちゃいない。
(画像をクリックするとスパー動画が見れます。)


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