扉の向こうの青い空 2

 大学入学と同時に、一人暮らしを始めた。

 休みの時など機会をみて帰る実家は、玄関のドアを開けると、煙草の香りがした。

 父親が、ヘビースモーカーだったから。

 本人の前では文句を言いながらも、その香りを嗅ぐと『守られてるな』『家へ帰ってきたんだな』と肩の力が抜けて安心したものだった。

 

 

 ふと、目を開けると白い天井が目に入った。

「?」

 辺りを見回すと、消毒薬のにおいに白いベッド。…保健室…?

 受けた印象を心の中で綴った時、サッとカーテンが開いて、鉄の顔が覗いた。

『ヒッ!』

 声も出ない。何?お面?ロボット?動いてる? あ、中に誰か入っているの?鎧?

「あ、気が付きました?」

 大きな身体に似合わず、声変わり前の少年のようなかわいらしい声。

「兄さん!気が付いたみたいだよ。」

 振り返って、カーテンの向こうの『兄さん』を呼ぶ。

「お、気が付いた?」

 ひょいっと顔を出したのは、金髪もまぶしいかわいい男の子だった。

 …あれ?…見たこと、ある?……どこでだっけ?…

 首を傾げていると、金髪の少年がニッと勝気そうな瞳を煌かせて笑った。

「お前、名前は?」

「もう、兄さん。その前に彼女の身体の心配が先でしょ? お姉さん、大丈夫?気分は?どこか怪我してるところは無いですか?」

 素直そうな声が鎧(?)から聞こえる。その違和感にクラリとしながらも、ゆっくりと身体を起こしてみる。

「…大丈夫…みたい。」

 座って改めて二人を見る。

 金髪で黒い服の少年に視線をやる。

「…兄…さん?」

「あ?…ああ。」

 鎧に目をやる。

「…弟?」

「うん、そうだよ。」

 ………どういうDNA?

「お前、名前は?」

「中原 千尋。」

「ナカハラ?…変わった名前だなぁ。」

 …そうかしら?割と良くある名前だと思うけど…。

「俺は、エドワード・エルリック。」

「ボクは、アルフォンス・エルリックだよ。」

「あ……。」

 そっか、名前と苗字、逆?

「何?」

「えっと、…逆…だったみたい。千尋 中原。千尋が名前で中原が苗字。」

「チヒロ?チヒロね。でも、変わってるな。やっぱり。」

「ん。…あんまり聞かないね。」

「そ、そう……。」

 ちょっと、待って?外人…よねえ?…何で言葉通じるの?…ここが日本なら言葉が通じる訳は分かるけど、『中原 千尋』に違和感を感じる彼らが分からないわ。

 だって、そもそも鎧…って?

「あの、本当の兄弟?」

「ああ、そうだけど?」

「同じ親から生まれた?」

「ああ、まあな。」

「………?」

 やっぱり変よねえ。

「鎧の赤ちゃんなんて、ないわよね。」

「へ?」

「やっぱり、中に入ってるのよね?……二人位?」

「二人?」

「だって、こっちの子がお兄さんってことは、こっちの子はもっと小さいはずでしょ?」

「ちっさい言うなー!誰が鎧に入っても見えないくらいのドチビかーー!!」

「……?あなたのことを小さいとは言ってないけど?」

「ああんんっ!!!」

「もー、兄さんってば。…あ、この姿には色々事情がありまして…。」

「?」

「と・に・か・く・」

 遮るように金髪の少年、エドワード君が言葉を綴った。

「聞きたい事があるのは俺らの方!お前、どこから来たんだよ! 俺らが中庭にいたとき、上から降って来たんだぜ。ハボック少尉が受け止めなきゃ、お前地面に激突してた。」

 ビクンと身体が震えた。『地面に激突!?』そんな経験無いはずなのに、心が震えた。

 顔色が変わっただろう私に二人は怪訝そうな視線をくれる。

「お……ちた?」

「そう。あの場所だと上にあるのは、木の枝か建物の上の階か屋上ってとこだな。」

「…そんな…所に…覚えは無いわ。」

 私、高い所には…いなかった…よねえ。 変だわ。良く思い出せない。

「そ…なのか?」

「うん。」

 頷いて二人を見るとどうしたもんかと顔を見合わせている。エドワード君の横顔…見たことあるよ。…やっぱり…どこかで。 ゆっくりとこちらへ向き直る顔の動き……。

「何だっけ…あ………。『鋼の錬金術師』?だっけ?」

「……?俺の事知ってるのか?」

「…え、本当に?」

 だって、あれは本…漫画の話でしょ?

 去年、本屋さんでバイトしてた時平積みになってた漫画。イラスト集とか…出れば結構売れてた。友達にも好きな子がいて薦められたけど『いつか』と思っているうちに今日になってしまった。アニメ化もされたんだっけ? …そう、確か。金髪で三つ編みの男の子が、マントだかコートだかを脱ごうとしているような絵で…。

「腕が…機械だった…。」

「ってか、機械鎧な。」

「オートメイル?」

 聞いたことの無い単語だ。ちらりと見える袖口から出ている手は、普通の手と…機械の手…。

「じゃあ。アルフォンス…君もオートメイル?」

 聞いてみたら、『いや、鎧。』と、あっさりエドワード君が教えてくれる。

「ふーん。」

 我ながら、分かったんだか分からないんだか、良く分からないよ。

「で、俺の事何で知ってんの?」

「え…あ…あの…本当に『鋼の錬金術師』?」

「ああ。」

「どこかで、会ったかなあ?」

「あ、いえ。その…本屋で……。」

「本屋?店で会ったっけ?」

「あの。…私、去年本屋でバイトしてて。」

「あ、その店で会ったのか?」

 かなりニュアンス違うけど、取り敢えず『うん』と頷いた。

「あの、…錬金…術師…なの?」

「おう。」

「…金を作る?」

「金は作っちゃいけねーんだ。」

「……?錬術じゃないの?」

「禁止されてるんだよ。」

 じゃあ、何の為の錬金術?…ああ、こんなことなら漫画を読んでおけば良かったわ。

「錬金術ってのはあ…」

 エドワード君が面倒臭そうに口を開いた。

 科学で…。物質の内に存在する…。理解…。分解…。再構築…。練成陣…。練成反応…。質量保存の原則…。

 立て板に水の如くあれこれ説明されて、言葉が頭の中に入ってくる。…?変なの。初めて聞く話な上に結構難しいはずなのにすんなりと納得している。

「で、俺は国家錬金術師で…。」

 国家?国が認めているの?凄いには凄いんだろうけど、錬金術はペテンっていうかインチキっていう印象の拭えない私の顔は、思いっきり胡散臭そうに彼を見ていただろう。

「普通は練成陣を書いてやるんだけど、俺はこうして両手を合わせれば出来るんだ。」

 胸のところで両手を合わせてみせる。

「ふーん。こう?」

 真似するように私も両手を合わせてみる。練成…か。先程のエドワード君の話を思い浮かべる。理解…分解…再構築…。ああ昔やった理科の実験みたい。水は確か水素と酸素で出来てるんだよね。子供の頃は何で気体が合わさると液体になるのか不思議だった…。

「きゃあ!?」

 両手の間から青白い光が漏れる。慌てて手を離すと、すっと消えた。

「今の、何?」

「練成反応!?」

「お前、錬金術出来るのか?」

「まさか。」

「だって、今の光!」

「お前!…『真理』を見たのか?」

 エドワード君の声が低くなる。

「?……『真理』?」

 何?…何か、聞きたくない単語…。

「そうさ。大きな扉があって、中から手が…。」

「…い……いや…。」

「見たんだな。」

「し…しらな…。」

「おい!」

 掴み掛からんばかりの勢いで、エドワード君が詰め寄ってくる。…すると。

「これこれ。患者を興奮させちゃいかんよ。」

 穏やかなおじいさんの声。見ると白衣を着たおじいさんが苦笑して立っていた。

「先生。」

「エド、落ち着きなさい。少なくとも、初対面の女性に対する態度じゃないぞ。」

「……ふん。」

 そっぽを向いたエドワード君の手が離れた。

 その時、コンコンとドアがノックされた。

「よ、気が付いたかぁ?」

 部屋のドアがガチャリと開き、金髪の背の高い青い服を着た男の人が入ってきた。

…又、外人?

 目の前が暗くなりそうな気がした時、ふわりと煙草の香りがした。

 その途端にほっと肩から力が抜けて、すとんと私は落ち着いたのだった。

 

 

『あ、こいつ。今、あからさまにほっとしやがった。』

 思わずむっとするエドワード。

 自分の周りには、自信家というかずうずうしいというか、主張の激しい性格の者が多い。万事控えめに見える弟ですら、エドワードに対しては言動に遠慮がない。

 だから、こう始終不安気で自信無さ気な態度を取られると、どこまで追求して良いのか困るのだ。

 聞きたい事はたくさんあるはずなのに、上手く聞き出せないもどかしさ。こんな時、自分はまだまだ子供なのだと認めざるをえなくなる。

 口には決して出さないけれど。

 

 

 

 

 

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エエと。この話は、視点がころころと変わります。
そのたびに、分かるようにはしてあるつもりですが…。

 

 

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