「扉の向こうの青い空」 3

「先生ー、どうなの?様子は。」

「特に怪我はないようだな。自分でベッドに起き上がったし。会話も特におかしなこともない。聞かれたことには答えておるし、言語が不明瞭なこともない。精密検査をしていないから100%とは言えんが、脳に障害も無さそうだ。」

「そっか。」

 良かったね。と言う様に笑いかけられて、つられて口元が少し緩んだ。

「はい、これ。君のバッグ。」

「あ…。」

「悪いけど、中身確認させてもらったから。」

「はい。」

 私がバッグの中身を覗いている間に、長身の男の人はベッドの脇に椅子を持ってきて座った。

「で、鋼の大将。何ワイワイやってたんだ?」

「え?…いやあ。」

「あ……はは…。」

 兄弟が気まずげに視線をそらした。ああ、随分話をしたようだけど、結局はっきりと分かったことってお互いの名前くらいだわ。

「俺はジャン・ハボックだ。ちょっと、質問に答えてくれるかな。」

「はい。」

 エドワード君とアルフォンス君も椅子を持ってきて、並んで座った。

「名前は?」

「中原…じゃなかった、千尋 中原。千尋が名前で中原が苗字。」

 ジャンさんは、サラサラと手元の書類に書き込んでいる。

「年齢は?」

「19歳。」

「「えっ!?」」

「…え?」

 兄弟が声をあげたので、私も驚いてしまった。

「あ、…いや、その。」

「もう1・2歳若くみえるな。」

 ジャンさんが言う。

「あ、そうですか…。」

 今まで言われたことがないので、戸惑う。東洋人は若く見えるって言うから、それでかしら?

「家族構成は?」

「両親と姉一人。」

「それぞれの年齢は?」

「えーと、父が49歳。母が46歳。姉が21歳。」

「21歳?姉ちゃん美人?」

「美人ですけど…もう結婚してますよ。」

「あ、なんだ。」

「あ、あの。…ジャン…さん?」

「何?」

「ジャン・ハボックさん…ですよね。先程私を受け止めてくれたっていう『ハボック少尉』って。」

「あ、俺。」

「そうですか。あの、すみませんでした。」

「ああ、いいよ。突然でびっくりしたけどな。」

「…あの、『少尉』って、軍の人かなんかですか?」

「は?」

 きょとんと見返してくる。何か、不味いこと言ったかしら…?

「この服、軍の制服なんだけど…。」

「そう、なんですか…?」

 なぜ青?普通迷彩色とかじゃないの?後はカーキ色とか黒とか…。首を傾げる私を、ジャンさんはじっと見返してきた。うわあ、青い瞳だよ。

「ま、いいや。話、進めるよ。」

「はい。」

「良くねーだろ。」

 エドワード君から声が上がる。

「軍の制服、知らねーなんて!」

「ま、いいから。ちょっと、待て。…で?家、どこ?」

 何気なく聞いたようだったけど、一瞬視線が鋭くなった。この人、多分私が単純な迷子や行き倒れじゃないって分かってる。…ああ、そうか。荷物、見たんだ。

「住所は…。」

 ダラダラと今住んでいるところの住所を言う。思ったとおり、ジャンさんはそれを書類に書こうとはしなかった。

「それ、どこ?」

「日本っていう国の…。」

 再びダラダラと説明をする。

「そこに一人暮らし?」

「はい。大学に入学してから。」

「『大学』って?」

 聞かれるままに、教育制度の説明をする。

「じゃ、今は学生?」

「はい。」

「そうか…。」

 ふむ、と1つ頷いて何か記入している。多分『職業:学生』といったところだろう。

「お前っ。」

 エドワード君が何か言いたげに口を開いた。それを遮ってジャンさんが折りたたまれた紙を広げる。 …あ、地図。

「これを見てくれるか? …見たこと、あるか?」

「ない…ですねえ。」

「聞いたことある地名は?」

「え…と…。」

 アルファベットだよ。えーと、ここが『セ・ン・ト・ラ・ル』…で良いのかな。…ああ、そして東西南北ね。それから国境線と思しき太線の外まで視線をやったけど…。

「ない……です。」

「そっか。やっぱりな。」

「やっぱりって…少尉!」

「荷物の中に、1つ分からないものが入ってたんだけど…。ピンク色でこのくらいの大きさの…。」

 煙草の箱くらいの大きさを指で示された。

「あ、携帯ですね。」

「…『ケイタイ』?」

「はい。電話です。」

「電話!」

 バッグの中から幾つものストラップを付けた携帯を出す。

「これですよね。こう開いて使うんです。…あ、やっぱ圏外。」

「「「?」」」

「電波飛ばして通話するんです。近くにそれ用のアンテナが無いと使えません。」

「ふーむ。」

「あ、色々機能は付いてますけど…。音楽、鳴らせますよ。」

 取り込んであった着メロを適当に選んで再生する。チャララ〜と流れ出した音楽に、おお…と三人が驚く。

「あ。後、写真も撮れます。」

「写真!?…電話だろ?」

「はい。動かないで下さいね。」

 レンズをジャンさんに向けて、ボタンを押す。カシャっとシャッター音がして…。

「あ、かっこよく撮れましたよ。」

 怪訝そうな顔をしているジャンさんの顔の画面を見せる。

「あ、俺だ。」

「へえー。」

「すごーい。」

 しきりに感心する三人。何とはなしに、和気あいあいとした雰囲気になる。けど、それを元に戻したのは、さすが軍人というか年長者(だよね)というか、ジャンさんだった。

「この辺の地理も知らない、軍の制服も知らない。」

「はい。」

「君の持っていた本を見せてもらったけど、俺にはほとんど読めなかった。」

「はい。」

「さっき地図見たとき、文字を読むのに苦労してたよね。」

「はい。」

「そして、俺たちにとって信じられない機械を持っている。」

「はい。」

「君は……何?」

「………。なぜかは分かりません。けど…多分、全く別の違う世界から来たんだと思います。」

「『違う世界』?」

「…私の世界には多分青い制服の軍なんて無いと思います。それにこのオートメイルって言うのもありません。日常で鎧を着てる人もいません。…それに…。」

「それに?」

「錬金術なんて、結局出来なかったって言うことになってるはずです。」

「そうか…。」

 何となく全体的に納得した空気が流れ始めたとき、エドワード君が『ちょっと、待て』と声を上げた。

「お前、俺のことを知っていただろう?」

「あ…。」

「それにさっき錬金術使いかけた。」

「本当か?」

「いや、あの!錬金術は使えません…ていうか錬金術なんてやったことないし、やったらどうなるのかも分からないし!」

「本当にか?あー、ちょっと待てよ。手を合わせただろう。あれって、『真理』を見た者にしか出来ねーんだぞ!」

 …あ……。又出た。聞きたくない単語。

「見たんだろう、お前。白い人の形をしたもの!大きな扉があってたくさんの手が出てきて…。」

「やめて…!!」

 思い出したくないの。

「やめねえ。あれを見てなきゃ、手を合わせただけで練成反応なんて出ねーんだぞ。」

「…兄さん、落ち着いて。」

「あれは。俺があれを見たのは…母さんを……!」

「いやっ! ……イタイ・イタイ・イタイ・イタイ…!」

「お、おい?」

「……イタイ …サムイヨ …助けてっ! ……死にたくないっ!!」

 自分を抱きしめて泣き叫ぶ私を、抱きしめて背中をさすってくれたのは…優しい煙草の香りだった。

 

 

 

 

 

 

 

20050610UP
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状況説明って難しい。
千尋ちゃんの言うことはかなりいい加減です!今後もそうです!
下手に信じて他の人に言ったりしないように、お願いします。恥ずかしい思いをするのはあなたです!
この世界での生活基盤が整うまで、ハボックは兄的存在。

 

 

 

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