扉の向こうの青い空 6

「ふむ。生活…。『衣・食・住』か。…何にしても先立つものは金だな。」

「それは、大佐が出してくだされば問題はないかと…。」

「私がか!?…まあ、いいが。」

「え、あの。…そんな。」

「あーいいよ。気にすんな。高給取りなんだから。」

「その上、一人暮らしだから使い道も大してないようですし。」

「そ、奴の邪な煩悩に使われるくらいなら、チヒロの為に使ったほうが有益だし。」

「は、はあ…。」

「君たち!人に金を出させようというのに随分な言い様じゃないか!」

「あ、あの。すぐには無理ですけど、ちゃんと仕事をしてお返ししますので!」

「ああ、いいのだよ、チヒロ。君がそんなに心配しなくても。」

「そうですよ、チヒロさん。どうせ、大佐のことですからあれこれ理由を付けて軍の予算から落とすに決まっています。」

「…中尉…。」

「あ、きったね!軍人としての給料と国家錬金術師の研究費と両方もらってるくせに!」

「え?大佐も国家錬金術師なんですか?…ああ、それでさっき『焔の…』って言ってたんですね。」

 それでかー。と頷く。

「…チヒロ。」

 素直なチヒロの表情に珍しく困ったような苦笑を浮かべながら、大佐がチヒロに呼びかけた。

「住むところなら、私の家へ来ないかい?」

「は?」

「広いし、部屋は沢山あるし…。」

「「「「駄目です!」」っス!」だろっ!」

「………。」

 語尾こそ違うものの、俺たちの一斉のダメ出しにチヒロの目が丸くなる。

「何なんだね。君たちは。」

「大佐のところだけはいけません。」

「チヒロ、絶対ダメだぞ。」

「そうですよ、チヒロさん。危険です。」

「食われっちまうぞ。」

「へ?」

 俺の最後の一言を怪訝そうに聞いたチヒロ。けど、すぐに意味は分かったようで、疑いの眼を大佐へ向けた。

「なっ、別にそんなつもりではっ!」

「とにかく、大佐の家は却下です。」

「はい。」

「君たち、私の話をだなあ…。」

「家については、心当たりがあるんですが…。」

「何?あなたの家もダメよ。」

「違いますよ、中尉。勘弁してください。俺の家じゃなくて、隣です。」

「お隣?」

「先週、田舎に帰るとかで引っ越して行ったんですよ。不動産屋に聞いてみなけりゃ確実なことはいえませんが、今は空いています。」

「そうね。大佐の家は論外だし、軍人じゃないから寮には入れないし。

かといって最初から全くの一人暮らしも心細いでしょうし、慣れないことも多いでしょう…。悪くないかも知れないわ。後で不動産屋に連絡を入れておきましょう。…間取りは?」

「1LDKです。後、小さい物置みたいな部屋と。」

「…せせこましく暮らしてるな。」

「余計なお世話っス。一人暮らしなんで、全く不自由感じません。」

「どうかしら?」

「あ、…はい。それで良いです。何か…色々と…すいません。」

「ああ、いいって。俺だって隣がむさいおっさんより、かわいい女の子の方が良いし。」

「チヒロ!こいつにも気を付けろ!」

 と、喚く大佐。

「…失礼な…。あんたじゃあるまいし。」

 呆れたように言った俺の言葉に、やっとチヒロはクスリと笑ったのだった。

 

 

 何だか、久しぶりに笑ったような気がした。そんな訳は無いのに…。

 顔が強張って、上手く笑えてなかったと思う。けど、笑ったことで少し気持ちが楽になったような気がする。

 いい人たちに出会えたと思う。今日会ったばかりの、ただひたすら胡散臭い私のために、あれこれ考えてくれている。お金まで、出してくれるという。

 マスタング大佐だって結局お金をどこから出すのか分からないけど、私のためにしてくれようとしているのは本当だし。

 いつか、この親切に報いることが出来れば良いなと思った。

「……午後2時ね。」

 おもむろにリザさんが時計を見た。

「え?」

 思わず、声を上げてしまった。

「ん?」

 皆がこちらを見る。

「あ…事故のとき、夕方の5時頃だったので…。」

 その時のことは、なるべく思い出さないようにしながらそう言った。

「チヒロさんが落っこちて来たのは午前中でしたよ。10時過ぎ位…かなあ。」

 と、アルフォンス君。

「そーそー。ここへ運んだ後皆で交代で昼飯食ったんだから。」

 と、エドワード君。

そうなるともう今日が何月何日なのかとか、向こうと時間の流れはどうなのかとか、そういうのはどうでも良くなって『はあ、そうですか…』とあいまいに頷いた。

「お腹は空いていない?」

 リザさんがそう聞いてくれて、お腹に手を当ててみたけれど何だか良く分からなかったので、そう言ったら、『じゃあ、何か食べたくなったら言ってね。』と優しく言われた。何だかいさぎいいのに優しくて、家のお姉ちゃんみたいだぁと嬉しくなる。

「先生、今夜泊まりは誰ですか?」

 医務室の先生に聞く。

「ああ、アレンだよ。」

「…じゃあ、ここに彼女を今夜休ませる訳にはいきませんね。」

 リザさんが苦々しそうに言う。

「?」

 首を傾げた私に、ジャンさんが『大佐の次に危険な奴。』と教えてくれた。ああ成程。

「今日の夜勤は誰だったかしら?」

「あ、俺っス。」

「そう。…大佐。」

「何だね。」

「大佐の仮眠室を使わせていただいてよろしいですか。」

 疑問形なのに聞いてないし…。大佐は『かまわんが。』と了承する。

「あそこなら部屋に鍵がかかるし、すぐ傍の部屋にはハボック少尉がいるし、仮に少尉が居なくてもこの建物内には常に誰かが居るから。」

「はい。」

 こちらのことが分からない私には、決められたことに従うことしか出来ない。

「では、まだ時間があることですし、起きられるようなら着替えやすぐに必要な物を買いに出ましょうか。」

「あ、はい。」

 あれ、私どんな服だっけ?どんな靴履いてたっけ?そっと自分の姿を確認すると、七部袖の白と水色のブラウスに淡いグリーンのカプリパンツだった。ベッドの下にそろえておいてあったのはローヒールの茶色のサンダルで、この夏から秋にかけて一番気に入って履いていたもの。…なんか、楽な服装でよかったかも…。そう思って、ゆっくりと足をベッドの下へ降ろしたら少しよろけてしまって。『大丈夫か?』ってジャンさんががっしりとした腕で身体を支えてくれた。

「す、すいません。」

 そっとサンダルを履いたら、

「チヒロ。そういう時は『すいません』じゃなくて『ありがとう』だろ。」

 って、優しく言われた。思わず、その顔を見上げてまじまじと見つめてしまった。

「あ…、す…。じゃ無くて、ありがとうございます。」

 『うっし。』と頭をがしがしと撫ぜられた。

 …私がこんだけ見上げてしまうって事は、この人凄く背が高い。

「チヒロ…、背え高けーなー。」

 エドワード君が呆然と言った感じで言う。見ると立ち上がった彼は私よりも小さかった。

「あ…はは…。私、前から友達に無駄に背が高いって言われてて…。」

「無駄にって…。」

「何でですか?スタイル良くて良いじゃないですか。」

「運動神経良さそうに見えて、そうでもないから…かなあ?」

 手も足も長くて、モデル体型だ…って友達には羨ましがられた。確かに後姿で期待した人に良く声は掛けられた。けど、顔を見てあからさまにがっかりされるので、自分ではあまり良いと思ったことは無い。

 別に自分でも美人じゃないことは分かっている。だけど、こんなに背が高くなければそこまでがっかりされる程ひどい顔でもないと思えただろうに。

そういう自信の無さからか、つい控えめになる私を本気で心配してくれた友達からは『あんた時々卑屈なのよ!気をつけなさい!』と、怒られたことが何度もある。

 今だって、そう。何も分からない私。人に頼らなければ右も左も分からない私。迷惑をかけている。そう思うから、つい出る言葉が『すいません』になってしまう。だけど感謝しているから。…本当に感謝していて、いつか必ず返したいと思っているから。

 『すいません』より『ありがとう』を上手に言える人になれるようにがんばろう。みんなのあったかい視線を感じながら、そう心に決めた。

 そう私が決心している目の前で、大佐がエドワード君をからかっている。

「君が小さいだけだろう。」

「んだとこらー!」

 つかみ掛からんばかりのエドワード君をアルフォンス君が後ろから羽交い絞めにしている。

「エドワード君は、いくつなの?」

「14。」

「…じゅうよん!?」

「なんだよ!…文句あんのかっ!」

「え…いえ。…しっかりしてるなあ、と思って。」

 私が14歳のときって…もっとぼんやりしてたよ、…うん。

「…んなっ…。」

 エドワード君の顔が赤くなる。…何?

「14歳なら…伸びるのはこれからでしょう?私、14歳の頃、クラスで私より背の高い男の子なんて、四・五人しかいなかったよ?」

「や、それはチヒロの背が高いから…。」

「でも、高校生…えっと、16歳とか17歳とかになったら、クラスの半分以上の男の子は私より背が高くなってたし…。だからエドワード君もその頃に伸びるのよ。」

 何だか、背のことを気にしているようなのでそう言ってみる。

「チヒロっ!」

 がしっと両腕を掴まれる。

「お前はいい奴だ!」

「え…?」

「俺に何が出来るのか分かんねーが、出来ることがあったら言ってくれっ、力になるぞ!」

「あ、…ありが…とう。」

「兄さんってば、チヒロさん驚いてるから。」

 アルフォンス君がエドワード君の手を解く。

 うーん。ジャンさんにとっさに支えてもらえてなかったら、ベッドの上に再び乗り上げてしまっていたかも。

周りの大人の人たちはそんな私たちを面白そうに笑って見ていた。

 

 

 

 

 

20050614UP
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何だかんだ言って、大佐たちはエドたちを可愛がって保護してると思うのね。
それと同じ枠にチヒロも入れたという感じ?
家はハボックのお隣へ。
ハボック相手の異世界トリップって、ハボックと同居ってのが多いけど、「無理なく同居」って
難しい。だって男と女だよ。…とか、考えてしまう私はおかしいの?
勿論話の流れで上手く同居させている方もいらっしゃるんだけど…。頑張ったけど私には無理でした。
文才無くて…、情けない。

 

 

 

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