扉の向こうの青い空 8

 大荷物を(主にジャンさんが)担いで、東方司令部へ戻ってきた。

 時間は夕方で、夜勤じゃない人はそろそろ帰る時間らしかった。

「おおっ!」

「まあ。」

 大佐の執務室へ戻った事を報告に行った私たち。

 ドアを開けた途端、ジャンさんとリザさんが驚きの声を上げた。見ると、机の上に残る書類はもう後ほんの5・6枚といったところだった。

「うわあ。大佐、もう後それだけなんですか?凄いです。本当に終わるんですね。あんなにあったのに!」

 私が感心してそう言うと、『いやあ』とか言って自分のプチ自慢なんてしていた。

「いつも、こうだといいんですがねぇ。」

「本当に。」

 ジャンさんとリザさんが小声で言っていた。…いつもは違うんだろうか?

 大佐が処理した後、提出先へ送ったりそれを元に作業を指示したりと皆には他に仕事があるらしかったので、荷物を仮眠室に置き指令室の方へと移動することになった。

「あの二人に声を掛けてくれないか?」

 大佐がジャンさんに言う。あの二人?

誰ですか?って聞いたら、エドワード君たちのことだった。

「ほおっておくと、徹夜でもしかねないからね。」

「へー。」

 何か、やっぱ偉いんだぁ。ここの人たちって皆一生懸命で凄い。

 私はたまたま好きなことを専攻できたから、勉強も楽しかったけど。知り合いの中には、遊ぶことに夢中な人もいて、大学であまり見かけない人もたくさんいた。バイトばかりの人もいたし…。

あ、けど、人のこと言えないかも…。

親にお金を出してもらって、学校行って部屋借りて…。お小遣いの分だけバイトしとけば良くて…。友達との楽しいおしゃべりが一番好きだった。

守られて、甘えて、ぬるま湯の中でボーっと生きてたかも…。しかも、うっかり死んじゃったし。

ああ、ちょっと反省。ここで生きるって決めたんだから、私も頑張らなきゃね。

「あの、ジャンさん。」

「ん?」

「エドワード君たち、呼びに行くの。私がしましょうか?」

「え?」

「場所を教えてもらえれば…。…ここへ来るようにって言えばいいんですよね。」

「そう。…じゃあ、頼むか。」

 私が頑張ろうって思っているのが分かったのか、ジャンさんはニッと笑うと、いらない紙に簡単に建物内の見取り図を書いて、エドワード君たちの居る資料室の場所を教えてくれた。

「じゃ、行ってきます。」

「おう、行って来い。」

 部屋を出ようと顔を上げたら、リザさんやブレダ少尉、ファルマン准尉もこっちを見ていて。“頑張れ”って顔で送り出してくれた。

「えーと、まず階段を下りて…。」

 紙を眺めながら歩く。多分大丈夫。私、方向音痴じゃないし。

 階段を下りて、いくつかの角を曲がる。あ、…ここだ、きっと。扉の上に書いてある文字は正直なんて書いてあるのか分からなかったけど…。…違ってたら謝ればいいや。なんて、開き直ってみたりして…。

 今までの私には出来なかったこと。積極的で羨ましかった友人たち、いつも後ろに隠れていた私。

ここに居る人は今までの私を知らない。頑張って良い方に変わったら、変わった私を“私”と認めてくれるだろうか?

 コンコンと扉をノックして開ける。

入ってすぐのところに大きな机。本やファイルがいっぱい並んでいて…ああよかった、資料室っぽい。

「エドワード君?アルフォンス君?」

 ちょっぴり遠慮がちな声。でも静かな室内には響いていた。奥のほうからアルフォンス君の“ハーイ”という声が聞こえる。

 ほっとしてそっちのほうへ行くと、小さな机と椅子が置いてあってエドワード君はそこで本を読んでいた。アルフォンス君はその隣に立っていて…。

「大佐が執務室に戻ってくるように…って。」

「はい。待ってくださいね。今、片付けます。」

 その辺に数冊出してある本を本棚へと戻し始めた。

「…エドワード君…?」

 声を掛けるけど、返事もしない。

「すみません。今集中してるので…。ちょっと呼んだくらいじゃ駄目かと…。」

「へー、凄いね…。…本当、凄いね。14歳なのに。私、14歳の頃はきっともっとボーっとしてた。」

「あ、はは…。」

「そういえば、アルフォンス君は幾つなの?」

「ボクは13歳です。」

「へーえ、大きいねー。」

「あ、ははは。ええ、まあ。」

 話しながらも本の片づけが終わる。

「エドワード君?」

「兄さん?」

 少し大きめの声を掛けるけど駄目。

「…どうしよう?」

「殴ってみます?」

「え゙っ!?」

「冗談です。」

「アルフォンス君…。」

「あ、アルでいいです。」

「…アル、大胆ね。兄弟って皆そんな風に遠慮が無いのかなあ。男の子同士だからかしら…?…っあ、そうだ。…ふふふ。」

「な、なんですか?」

 そーっとエドワード君の後ろに近寄っていって、ふうっと耳に息を吹きかけてみた。

「……っう、…わあ!?」

 ビクンとエドワード君が動く。

「あ、戻ってきた。」

「チヒロさんってば…。(絶対兄さんのこと、おもちゃかなんかと勘違いしてる。確かにちょっとゼンマイ仕掛けっぽいけど)」

「な…なっ…!?」

「あのね。大佐が呼んで来いって。」

「え…って、何?今の何だよ!」

「え…だって、エドワード君聞こえてないみたいだったから…。」

「だからって!」

「これで駄目ならくすぐるとか考えてたんだけど…。あ、目隠しすれば良かったか。」

 なんだ、もっと簡単な方法があった。

「お前なあ…。」

 エドワード君は呆れたようにそう言うと立ち上がった。

「大佐が呼んでるって?」

「うん。もう、帰るんじゃないかな。そろそろ定時なんでしょ?」

「や、あいつ、今日は残業だろう。机の上凄かったし。」

「え?もうほとんど残ってなかったよ。」

「何!?」

「『私が本気を出せば、こんなもんさぁ。はっはっはっ』って言ってたけど?」

「マジかよ。ムラの多い奴だなあ。」

 エドワード君はそう言うと、手元にあって数冊の本を抱えて歩き出した。

「え?どうするの?その本。」

「ここにあるのは、借りるのに大佐の許可がいんだよ。錬金術の本は外部持ち出し禁止のものが多いからな。」

「へー。」

 資料室を出て扉に鍵を掛ける。

「ま、入門書的な簡単なものは普通の図書館にもあるし本屋でも売ってるから、お前も勉強するんならそういうのからだな。」

「うん。ありがとう。…けど、その前に文字の勉強かなぁ。」

「え、全然読めねーの?」

「アルファベットは分かるよ。簡単な単語もね。…けど、込み入ってくるとねー。」

「へー、不思議ですね。話は出来るのに。」

「うん。どういう加減だろうね?」

「お前、随分スッキリした顔してるじゃん。」

 エドワード君がニッと笑う。

「うん。途中で食べたサンドイッチが美味しくて、買い物もいっぱいしちゃって。ジャンさんが奢ってくれたストロベリーアイスが美味しくって。…空が広くていいなあ…って。」

「ああ、いいですね。それ。」

「でしょう?アルはどんなときに『いいなあ』って思う?」

「ボク?…そうだなあ。ああ、兄さんが呑気にイビキかいて居眠りしてるときかなあ。」

「ナヌッ。」

「ああ、分かる分かる。私も塀の上とかで猫がうーんって伸びして大きな欠伸してんのとか見ると、いいなあと思う。」

「あー、いいですよねえ。」

「ねー。」

「そこ!二人で分かり合ってるんじゃない!…にしても、なんでアルが『アル』で俺が『エドワード』なんだよ。」

「え?『アルでいい』って言ってくれたから。」

「じゃ、俺もエドでいい。」

「うん。分かった。エドね。」

「兄さんってば、分かりやす!」

「うるさい。」

「?」

「…そっ、そういえばさっき。」

「うん?」

「空が広いとかって言ってたけど…?」

「うん。こっち、広いねー。高い建物が少ないからだね、きっと。」

「ああ、広く見えるって事な。」

「そう、高くて5階建てくらい?一番大きいのはここ?」

「この辺じゃあな。時計台とか塔なんかは結構高いのもあるかなあ。

軍の建物とかは1階1階が高く出来てるから、他のよりも随分大きく見えるかもな。セントラルに行きゃあ、もう少しでかい建物はあるが…。」

「ああ、セントラルが都心なのね。東京みたいな感じかなあ。」

「トーキョ?」

「私の国の首都。」

「ふ…ん?…セントラルの大総統府は何階建てだっけ?」

「どうだったかなあ?5・6階建てって言うのは変わらないんじゃないかな。」

「そうか。高さは変わらないかもな。敷地はすっげえ広いけど。チヒロんとこは?あんなすげえ機械があるくらいなんだから、やっぱりそれなりに高い建物があるんだろ?」

 2階への階段を上る。

「機械?ああ、携帯の事ね。うん、高い建物も多いよ。

 個人の住宅は普通に2階3階建てくらいかなあ。マンションになると7・8階なんてのも多くなるね。最近はもっと高いのも増えたかな?」

「…ふ、ふーん。」

「住宅街はそんな感じ。駅前とかになると少し高い建物が増えるかなあ。都心はねえ…。又別物だから。」

「別物?」

「うん。高層ビル群とか言ってさ、あーいうの何階建てくらいなんだろう?ああ、『サンシャイン60』は60階建てだっけ。」

「ろ…60階!?」

 

 

 

 

 

 

20050628UP
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ハボックの小説なのに…、あんまり出てきませんでしたね。
中々甘くはならないんですよう。この話は。
けど、だんだんと二人の距離が短くなっていき…、て本当か!?
エドはチヒロのことを好きというよりは、半分妹半分子分であとちょっと憧れ(身長が?)。

 

 

 

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