扉の向こうの青い空 9
「ろ…60階!?」
そう叫ぶのと同時に俺は大佐の執務室の扉を開けていた。アルも唖然とチヒロを見ている。
「うん、そうだよ。60階建てだから『サンシャイン60』って言うんだもの。」
「何だい?鋼の。随分賑やかだな。」
扉を開けたまま止まってしまった俺たち、大佐が出てきて完全に開ける。
「やあ、チヒロ。すまないね。」
「いいえ。もう、資料室の場所は覚えましたから。次にエド達を呼ぶときは地図無しで行けそうです。」
にこやかに会話をしているが。……?微妙にチヒロの腰が引けているような…?
「…で?何を大騒ぎしていたんだい?」
中へ入れと目線で促される。
「だって、大佐。チヒロんとこ60階建ての建物が有るって言うんだ。」
「60階!?」
「はい。…けど、あれが出来たのって…多分10年以上前だと思うから…今はもっと高いのもあると思うんですけど…。…90階…くらい…かな?」
「………。」
大佐も絶句する。先程の俺の声に驚いたのか、ホークアイ中尉とハボック少尉もやってきた。
「どうなさいました?」
「お、行って来れたな。」
「はい!」
屈託なく笑うチヒロ。やっぱ違うよなあ、大佐に対する態度と。
「60階とは、何に使うのだね?」
「あれは…お店とレストランと…後、ホテルや会社の事務所や…そんな感じかしら?プラネタリウム?水族館はあったっけ?何年か前は確かお化け屋敷も…。」
「え、何がっスか?」
「60階建ての建物があるんだってさ。」
「え゙っ、60階?」
話が長くなりそうだと思ったのか、中尉は皆の分のお茶を淹れるために部屋を出て行った。俺らは応接セットへと移る。
そして俺は大慌てで本の貸し出しの書類を書き込んで行った。
「60階とは、安定が悪そうだな。」
「地下にコンクリを埋め込むんですよ。…いえ、私もそう詳しい訳じゃないんですけど。」
そう言って、大佐とチヒロはいらない紙にペンで色々書き込みながら話を始めた。
「地下に埋め込むって?」
「そうです。多分こんな感じで…。で、ここをコンクリで埋めるんです。」
「『コンクリ』?」
「コンクリート。ん…と、何が混ざってるんだろう?混ぜてすぐにはドロドロなんですけど、乾くと硬くなるんです。…で、土台作って…。」
「どれくらいなのかな?」
「深さですか?さあ、何十メートルもだと思いますけど…。」
「ふ…む。」
「…で、地下も使うんです。2階分とか3階分くらい。駐車場、お店…。」
「そして、上に60階か。昇るのが大変そうだな。」
「エレベーターやエスカレータを使いますから。」
「?」
「エレベーターって言うのは、こう箱をワイヤーで吊るしてですねぇ…。」
「うわー、俺も混ぜろ!」
書類を書き上げ声を上げた。ハボック少尉もアルも興味津々で覗き込んでいる。俺だって聞きたいぞ!
「何だ。もう?書けたのか?」
「書いた。サインくれ。」
「後でしておく。それより今はこっちだ。」
「ああ。」
中尉が戻ってきてお茶をそれぞれに出してくれる。
「…で、このワイヤーを動かすことでこの箱が上下に移動するわけです。」
「成程。ここは滑車だな。」
「何十階にもなると、ワイヤーの長さも相当だよな。どこに収納するんだ?」
「え…と。普通の滑車だと重さに絶えられないと思うんですよね。だから多分ここ全体が太くなってて、巻きつけるんじゃないかなあ。すいません。適当で。」
「いや、実に興味深いよ。で、もう1つのエスカレータというのは?」
「はい、それは基本的には1階分の移動になりますね。形としては動く階段です。」
「動く?」
「そう、一段目に足を乗せると階段全体が動いて上に上がるって感じ。」
「移動した階段はどうなるのだね?」
「ここで、こう回転するんです。で、裏側へ。」
「ああ、つまり階段がわっかになってるんだな。」
「そう、そんな感じ。一段一段がこんな形になってて…平らにも階段にもなるの。」
「ほう。」
「へー。」
「で、逆に動かせば下りにもなります。」
「それで、これは何で動かすんだ?」
「電気ですよ。」
「電気…かあ。」
「ふ…む。」
「使…いませんか?電気。」
ちらりと視線を上に上げる。天井からは立派なシャンデリアがぶら下がっていた。そう、それは電気で付くんだよ。
「灯りや、電化製品を使用するために電気を利用するな。ラジオとか電話、冷蔵庫…。」
「シャワーだって結局は水を電気で動かしたポンプで汲み上げるんだしな。」
「工場で、機械を動かすのも、石炭と電気だな。」
「結構使われていますね。」
「けれど、まだまだ作る量が追いつかん。時々電力不足で停電することもある。」
「特に地方はなあ。まだまだランプや蝋燭が手放せねーんだ。」
「へえ。」
何となく一段落したところで、ホークアイ中尉から定時を1時間過ぎる所だと言われ、皆慌てて席を立った。
「すいません。時間も気にせずおしゃべりしてしまって…。」
「いや、面白い話が聞けて、楽しかったよ。」
「おう、俺も。」
「明日…は休みか。明後日又いろいろ聞かせて欲しい。」
「はい。分かりました。」
チヒロが頷く。
「おっと、そうだ。チヒロ!」
「はい?」
マスタング大佐がぐるりと振り返った。
「買い物はあれでいいのか?ちゃんと買ったのか?」
「え?…はい。…あ、買いすぎましたか?すいません。」
「逆だ!」
と返され、チヒロが一歩引く。すぐ後ろに居たハボック少尉にドンとぶつかった。
「え?逆?」
「中尉から領収書を見せてもらったが、あれだけか?足りるのか?ちゃんと買ったのか?」
「あ…え…と、思いつくものは一通り。」
と視線でホークアイ中尉に助けを求める。
「服も着替えも買いましたし、取り敢えず必要な日用品も買いました。後は明日部屋を見てからになると思いますが。」
「そうか。」
「大体、大佐だって俺が担いできた荷物の量を見たでしょう?」
「う、まあな。」
相当多かったらしい。
「そんなに買ったんだ?」
「うん。へへ、パジャマですっごくかわいいのがあったから、ちょっと高いなあと思ったけど買ってもらっちゃった。」
どうやらそれが一番の収穫だったらしい。嬉しそうな様子に、大佐も楽しんできたらしいと納得したようだ。
「高いって、幾ら?」
何気なく聞いた。
「ん、へへへ。9800センズ?」
「ぶっ!」
思わず噴出す。
「な、何?」
「お…前、…かわいいなあ。」
ハボック少尉がガシガシと頭をなぜる。ホークアイ中尉もにっこりと笑っていたし、アルも肩が震えていたから声を殺して笑っているのだろう。
「成程、安く上がった訳が分かったぞ。」
大佐は呆れたように、溜め息を付いた。
「安物ばかり買ったな。」
「安物じゃありません。お買い得品です。」
ぷくんと膨れる。どこが違うのか分からないけど、彼女なりのこだわりはあるらしい。
「セール中だったんスよ。」
そりゃもう凄かった。と少尉が笑う。
「私の金で、セール品を買ったのか。」
「同じものを安く買えるなら、その方がいいじゃないですか。半額なら2枚買えるし。」
一瞬“確かに”と納得してしまった大佐の負けだった。
「あー、しかしだなあ。」
こほんと咳払いを一つして。
「君は、どうしてそうハボック少尉には懐いているんだ?」
大佐に詰め寄られ、ドンと少尉にぶつかった辺りから、又しても服の裾にしがみついている。
「な…何となく?」
「何となく、かね。」
「あ、さっきアイスご馳走になったし。」
「アイス?アイスで餌付けされるのかね?君は。」
「餌付け…って。」
「だったら夕食をご馳走するが、どうだね。」
とにこり。
「え……。」
「どんな高い料理でもいいぞ。」
「ええと。」
チヒロ…顔引きつってるぞ。
「大佐。」
静かにホークアイ中尉の声が割って入った。
「彼女は今日は疲れていると思います。又の機会にされたらどうでしょう?」
「ふむ。…それもそうか。食事の後、又ここへ戻ってくるようになるのだしな。」
以外とあっさりと引いて、では今日は帰る。と部屋を出て行った。
「お疲れ様でした。」
「お疲れっス。」
「じゃあな。」
「おやすみなさい。」
「お、お疲れ様でした。」
それぞれの言葉で送り出して。
ほぅー。とチヒロの肩の力が抜ける。
「チヒロは大佐が苦手か?」
俺が聞くと、チヒロは困ったように笑った。
「お金出してくれるし、色々気に掛けてくれるし。…いい人なのは分かってるのよ。感謝もしてるし…。でも…。」
「何?」
「…何か、あの作り笑いみたいな顔とか、言葉遣いとかが…どうも、苦手で…。」
ホークアイ中尉を除いた全員があんぐりと口をあけた。
大佐の対女性用アイテムが効かない!?
20050628UP
NEXT
さあ、始まりましたよ。いい加減講座が…。
以前少しだけお知らせしていたので知っている方もいらっしゃるでしょうけどここでもう一度。
チヒロの披露する知識ははっきり言って「いい加減」です!
19歳の女の子が建築やその他の技術に対してそれほど専門知識がないだろうという考えから。
勿論、そういう分野に興味を持って勉強している方は詳しい方もいらっしゃるでしょうが、チヒロは違うので。
今後彼女が話すこちらの話は皆そんな感じです。
私が知っていても、あいまいにぼかして話をさせる場合もありますので「それは違います!」という
ツッコミはご遠慮下さい。 ああ、又チヒロがいい加減なことを…。と笑って見守ってやってください。
なにぶんあちらの世界へ行ったのがチヒロ一人なので、誰に訂正させるわけにも行かなかったものですから。
なるべく、文化や文明の違いが出るようにしていきたいのですが…。
さてどうなるでしょうか?
(05,10,20)