扉の向こうの青い空 11
その夜は大きな事件・事故も無く。2時間ほどの仮眠を二度も取ることが出来た俺は、夜勤明けにしては随分とすっきりとした朝を迎えていた。
何といっても大佐が仕事を終えて行ってくれたお陰だ。でなきゃ大佐を恨みつつまともな仮眠も取れないひどい夜となっただろう。
チヒロの無邪気なはっぱかけがもうしばらく有効に働いてくれることを祈りつつ、机の上を整理しているとコンコンと小さくノックが聞こえる。
この遠慮がちな叩き方は…。
「どうぞ、早いな。」
「…おはよう御座います。」
入ってきたチヒロは、ノースリーブのTシャツに白と黒の大き目の格子模様のワンピース。本来後ろで結わくのだろうリボンのベルトをそのまま脇に垂らしたままダボッと着ていて、やたら涼しげでかわいかった。
髪の毛も一部を後ろで括り、多分薄く化粧をしている。これが、この子のいつものスタイルなのかも…。昨日は化粧する余裕も整える服も無かった訳で…。
「おはよう。随分早いな。まだ皆来ないから、もう少しゆっくりしてても良かったんだぞ。」
「皆さんが来てからバタバタするのも嫌だったので…。…あの、何か昨夜は運んでもらってしまったみたいで…。」
「ああ、いいよ。起こそうかとも思ったけど、又眠れなくなってもいけないと思ってな。」
「おかげさまで、朝までぐっすり眠れました。」
にっこりと笑う。不味いぞ。
「お前。んなかわいいかっこしてると、大佐のターゲットになっちまうぞ。」
「ターゲット?」
「…だから…大佐は女好きだから。」
「大丈夫です。」
イヤに自信ありげに笑う。
「私、美人じゃありませんから。」
や、そうじゃなくてだなあ。何かちがうんだよなぁ。
服の着方とか合わせ方とか、大体何でノースリーブのワンピースの下がノースリーブのTシャツなんだ?ほっそりとした腕がやたら強調される。ワンピースのウエストを締めないことでリラックスしたラフな感じに見えるし。
もっと露出の激しい服や派手な服を着る女の子も確かにいる。センス良く着こなす美人もいるけど…。
チヒロは何かつい『アレ?』って目が行くんだよな。
これが、異世界との微妙な文化の違いなんだろうか?
「そうじゃなくてだなあ。何か違うんだよなあ。」
「へ?変…ですか?」
慌てて自分の服を見下ろす。
「や、変じゃない。すっげえ、かわいい。何かなあ、何て言ったらいいのか……。良い感じ…なんだよ。」
「は?」
きょとんと見返してくるチヒロの目を、まともに真直ぐ見ちまって…。
うっわー。何ドキドキしてんだ俺っ!
あせって固まっているところへ、ホークアイ中尉が出勤してきた。
「おはよう。ハボック少尉。」
「あ、おはよう御座いますっ!」
「おはよう御座います。リザさん。」
「おはよう、チヒロさん。…もう起きていたの?昨夜は良く眠れた?」
「はい。ぐっすりでした。」
「そう、良かったわ。」
「中尉。今朝は、早いっスね。」
「少しだけね。…二人共朝食を取りに行っても良いわよ。私が残っているから。」
「じゃあ、お言葉に甘えて…。チヒロ、行こうか。」
「はい。」
少し早めの方が空いているし、そのほうがチヒロも落ち着いてゆっくり朝食を取れるだろうと食堂へ向かった。
朝食を終えて指令室へ戻ってくると、そろそろ他のメンバーも出勤してくる頃合いだった。
マスタング大佐も出勤してきて…。中尉の手前、あまり態度には出さないよう気をつけていたみたいだけど。チヒロを見て目が輝いたよな、一瞬。絶対!!
チヒロは今日は出勤のフュリー曹長と挨拶したり、昨日買った荷物を整理したり、中尉に連れられ将軍に挨拶をしにいったりしていた。
俺は仕事の引継ぎや、今日の買い物や引越しの段取りを大佐や中尉と相談したりしていた。そして、相当荷物が多くなることを予想して、車を借りる手続きも済ませる。
そのうち、エドワードやアルフォンスもやって来て賑やかになってきた。
エドワードはチヒロを見て真っ赤になっていたし、アルフォンスは『うわー、かわいー。』とやたら喜んでいた。
「何か、皆褒めすぎだよ。そんなに昨日の私は酷かったかな…。」
困ったように笑って、ぶつぶつと口の中で呟いている。確かに憔悴しきった様子じゃあったけど、そうじゃないんだっつーの。
「あれ?荷物これだけか?」
さて、と帰る段になってチヒロが仮眠室から持ち出してきたのは、昨日の半分くらいの量の荷物だった。
「中身整理してまとめましたから。重さは変わらないと思いますよ?」
「そっか。んじゃあ、帰るか。」
「はい。…それじゃあ、失礼します。」
「気をつけてね。」
「はい。」
「頼んだわよ、少尉。」
「うっす。」
ホークアイ中尉に見送られ。
「チヒロ。ハボック少尉に、一番気をつけるんだぞ!」
「…ハア。」
マスタング大佐に見送られ。
「落ち着いたら、一回遊びに行ってもいいか?」
「勿論。」
「わー、楽しみー。」
エドワードとアルフォンスに見送られ。
「せっかくだから、沢山買ってもらえよ。」
「ハーイ。」
ブレダ少尉・ファルマン准尉・フュリー曹長、皆に見送られて俺とチヒロは指令室を後にした。
駐車場へ廻って、車を出す。
「うわ〜。」
チヒロの世界の車とは大分様子が違うようで、しげしげと眺める。荷物を積み込み、助手席に座らせる。
「んじゃ、行くか。まず、家具屋な。」
「はい。」
車内も珍しそうに、見ている。
「服って、着替えるんですね。」
「ああ、勤務時以外は私服だよ。」
「私服も素敵ですね。」
「アハハ…サンキュ。」
とは言ってもTシャツとGパンだけど。
家具屋について車を停める。
ベッドや寝具、数種の棚や食器棚などを決めていく。
「キッチンにテーブルがいるだろ?」
「…はあ。」
「椅子は何脚にする?」
「…1つってのは凄く淋しいですよね。」
「まあな。」
「じゃ、2つ?」
「…で、いいのか?」
「4つあっても、ほとんど使わないのも淋しいかと…。」
「ああ、確かに。」
「あ、けどエドやアルが遊びに来たいって言ってたっけ…。」
「足りなくなったら、俺の所から持っていくか?」
「え?…あ、折りたたみの椅子とかって無いですか?」
「ああ、折りたたみかぁ。パイプ椅子みたいなのはあるだろうけど…いいのあるかなぁ。」
テーブルと椅子2脚は取り敢えず決めて、バラ売りの椅子を見たり…。
「ソファはどうする?」
「ソファ?」
きょとんと見返してくる。
「ローテーブルもあった方がいいだろ?」
「……ああ!」
グーとパーにした手をポンと打つ。
「もしかして、土足…なんですね。家の中。」
「……普通だろ?」
「あっちは違うんで。玄関で靴脱ぐんです。クッションあればソファ無くたって平気だし。」
「ああ、そうなんだ?」
「わあ、ちょっと憧れちゃう。…けど、ずっと靴履いてるのもイヤかも…。」
「じゃあ、玄関で靴脱いでスリッパに履き替えるようにしたら?」
「ああ、良いですね。」
「靴箱もいるな。」
「ソファはかわいいのがいいな。」
そう言ってにこっと笑うチヒロが選ぶ家具は、基本的に明るい色の物が多い。明るい茶色・淡いグリーン・鮮やかなオレンジ…。俺じゃ到底選ばないような色で…。これが部屋の中でどう組み合わさるのか楽しみになる。
買った家具は午後に配達してもらうことにして、次の買い物へ移る。
スリッパ、鍋類、食器類、掃除用具に雑多な生活用品。
「時計もいるな。」
「目覚まし時計。」
「ああ、後ラジオも買うか?」
「はい。」
「カーテンもだな。」
「布買って自分で縫ってもいいけど、しばらくはそれどころじゃないんでしょうね。」
「裁縫、得意なのか?」
「結構好きですね。縫い物も編み物も。」
「へー。」
「ちなみに料理は大して出来ません。本当に簡単なものしか…。」
へへと笑う。
「教えようか?」
「えー?ジャンさん料理出来るんですか?」
「一人暮らし、長いしな。それに実家は兄弟多くて、下の面倒見るの俺の担当だったし。おやつとか夕食とか作って食わせてたから。」
「すごーい。料理の出来る男の人って、ポイント高いんですよ!」
「ポイント?…そうかぁ?…ま、料理って言っても男の料理だよ、結構適当。」
「充分です。今度ご馳走してくださいね。」
「や、今夜は俺が作るつもりだったけど?」
「!!」
何故だか目をキラキラさせてこっちを見ている。
「うわー。楽しみ!」
こぶしを握って喜んでいた…。
20050725UP
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えーと、「チヒロはセンスが良い」というのは今後結構出てくるフレーズですが。
読んでいただいて分かるかな?結構彼女のしている服装は普通ですよね。
チヒロとしても格別気合の入ったコーディネイトをしているつもりはなく、普通に何時も
こちらの世界で着ていた服を着ているつもりです。
それが、ほんの少し微妙にあちらの世界と違うという感じ。
だから、「あれ?」って目が行く。そんな感じでお願いします。
…何か、お願いしてばっかりだなあ。
(05,10,24)