扉の向こうの青い空 12

 一通り買い物を終えると、昼を少し過ぎた時間だった。荷物は車に積み込んでおいて、昼食をとる。それでも、家具が届くまでにはもう少し時間があった。

「あんまり早く戻っても、家具が入ってなきゃ意味ねーしな。服とか追加するか?」

「んー。靴が欲しいかも…。」

「ああ。それ一足しかないのか。」

「はい。」

「確か、ここからちょいと歩いたところにあったな。腹ごなしに少し歩くか。」

「はい。」

 店を出て、街を歩く。

 チヒロは相変わらず、キョロキョロしていて…。

「おい。ぶつかる。」

「わあっ。」

「しゃーねーな。」

 ほれと手を出す。

「へ?」

「迷子になりそうだから。」

「あ゙ー。…はい。」

 ほっそりした手が繋がれる。

「ふふ、本当にお兄さんが出来たみたい。」

「そうかー?」

「はい。お兄さんに憧れてて…。欲しいなーって。」

「…ふーん?」

「出来たんですよ。姉が結婚したんで。でも…向こうも突然出来た妹をどう扱っていいのか分からなかったみたいで、お互い馴染まないうちにこっちへ来ちゃって。」

「…俺もなぁ、お前と同じ年の妹がいるんだけどさ。」

「そうなんですか?」

「おうよ。ちいせー頃は俺の後追いかけてきて可愛かったんだけどな。

士官学校入るんで俺が家を出て以来、たまにしか帰らねーだろ。そーすっと、警戒して近寄ってこねーの。」

「警戒してるんじゃないと思いますよ。」

「そうかぁ?」

「照れくさいんです。」

 私もそうでした。と笑う。

「こんなことになって、お前さんにとっちゃとんだ災難なんだろうけど、俺は妹が出来たみてーで嬉しいよ。」

 そう言うと、びっくりした目で見上げてきた。

「私も…、本当言うと飛んだ災難でしたけど。東方司令部の皆さんは優しいし、素敵なお兄さんも出来たのでとっても良かったです。」

 と、にっこり笑った。

 

 

「あ。古着屋さんだ。」

「ん?ああ。靴屋はその向こ…。」

「見てみてもいいですかっ!?」

「あ゙?…ああ…いいけど…。」

 古着屋だぞ? ガタピシいうガラス戸をあけて中へ入る。

 …埃っぽいし…。大体この店は偏屈なオヤジが居ることで有名な店だ。よく商売が成り立つと感心する。

 店の奥からジロリと視線が飛んできた。オヤジ健在だ。

 以前、ある犯罪者が好んでこの店へ通っていたというので、交友範囲を探るためにこの店へ事情を聞きに来たことがあった。

 始めに来たのは俺の隊の隊員だったが、『話も聞いてもらえず叩き出された』と泣きついてきたので仕方なく俺が来た。

 さすがに叩き出されることは無かったが、まともに会話が成り立たなかった覚えがある。とりあえず必要最低限のことだけを聞いて、店から出たときにはほっとしたもんだ。

「おじさん。おじさん。」

 そんなオヤジにさらりと声をかけるチヒロ。ある意味凄いぞお前。

「これって、お幾らぐらいなの?」

「値札がついとるだろ。」

 チヒロも数字は読める。

「え?こんなに安いの?」

 や、古着だから。

「これも?これも?凄い。宝の山だわ。」

 あっけにとられたのはオヤジも一緒だったようで、目があった。

「ねえ、おじさん。例えばさ。このジャンパーのポケットの所をこっちの服の生地で付け直してもらうとかしたら、幾らぐらいになるの?」

「なんじゃと?」

 オヤジが重い腰を上げ、チヒロの手元を見る。

「後、もう少し丈を短くして欲しいの。このくらい。」

 と、自分のウエストより少し上の辺りを示す。

 普通古着屋の客といえば、服の消耗の激しい作業員や、普通に服の買えない低所得者層が中心だろう。『着られればいい』という客が多い。

こんな注文は生まれて初めて受けたのかも知れなかった。

 さすがのオヤジもすぐには声が出ない。

「……倍にはならんよ。」

 やっと声を絞り出した。

「わあー、じゃあお願いします!後、後ね。こっちのGパンを……。」

 だあーっとしゃべりだした。それをほいほいと頷きながら聞くオヤジ。

…なあんか、嬉しそうじゃん。ニヤニヤと笑いながら煙草をふかしていると、

「靴屋、行って来る!」

 と、服に合った靴を見に店を飛び出していった。隣だけど、付いて行くか?と考えていると。

「ここは禁煙じゃよ。軍人。」

「おっと、失礼。」

 携帯灰皿にしまう。

「俺のこと、覚えてんだ?」

「まだ、耄碌しとらん。」

「そりゃ、失敬。」

「随分と毛色の変わったのを連れとるな。」

「どうも。」

 まさか古着屋で、『宝の山だわ』と目を輝かせる子だとは思わなかったよ。俺も。

「しかし、ま。たまにお前さんが連れとる碌でもない無い女子(おなご)たちよりは、格段にマシじゃ。大事にしてやれよ。」

「あ゙、何?碌でも無いって。」

「そんなもんじゃろ。その証拠に長続きせん。」

「うっ、よく見てんな、オヤジ。」

「…あの子はいい子じゃ。」

「まあね。けど、俺の彼女って訳じゃねーよ。ちょいと、訳ありで軍で保護してるんだ。」

「ふん。」

 ふんて、おい。

「悪いようにしてやってくれるな。」

「ああ、大丈夫だよ。」

 そう答えたところにチヒロが戻ってきた。

「ジャンさん。お金!」

「あー、はいはい。」

 出て行こうとすると、

「出来上がったら連絡してやる。電話番号を書いていけ。」

 とオヤジがニッと笑った。

 

 

それから部屋へ行った。

外階段のある、余りおしゃれとは言いがたい3階建てのアパート。

ジャンさんと私の部屋は2階。一番奥が私で、その手前がジャンさんの部屋。

外見的にはちょっぴりがっかりしたけど、中は案外明るくて広かった。元の世界で私が一人暮らししていた部屋より1部屋分くらい広いんだもんねー。

キッチンも広くていい感じ。どの部屋にどう家具を置いていくか考えたりしているうちに、家具到着。

『引越し』のわりには荷物は少ない。

運び込まれた家具に、それぞれ物を詰め込んでいけば終了。

「案外早く終わったな。」

「ですね。」

「違うもんだなぁ。」

「?」

「間取りは全く同じなのに、やっぱ女の子の部屋だよなぁ。」

「そうですか?…実はまだ、自分の部屋だという実感は無いんですが…。」

 本来の自分のものはこっちへ来るときに持っていたバッグとその中身だけ。

 この部屋の中のほとんどのものが、(自分で選んだものではあるけれど)まだ借り物のようで…。

「ま、そのうち慣れるよ。」

「…はい。」

 返事はしたものの。…そのうちって?

 本当はこちらでの生活の準備が整っていけばいくほど、怖くて仕方が無かった。

本当に、ここに住むんだ。もう元の世界には戻れなくて、家族や友達にも会えないんだ。

 そう、思い知らされているようで。

 …ここにずっと住む?

 ずっとって、いつまでなんだろう?

死ぬまで?今度はいつ死ぬんだろう?又、あんなに痛くて怖い思いするのかな?

その時、私は何を考えているんだろう?『死にたくない』?『やっと死ねる』?

大切な人はいるのかな?私を好きになってくれる人は?その時一人ぼっちだったら、きっと凄く淋しいだろう。

周りの人は皆親切で、いい人たちだけど。だからこそ、この心の中に渦巻く不安も、底知れない恐怖も言うことは出来なくて…。

全部飲み込んで、元気に振舞った。元の私を知っている人はいないから、これを本当の私だと誰も疑わないだろう。

私を知っている人が見たら、驚いて熱を測りに来るかも…。

 『あんた、ちょっと変よ。何舞い上がってんの?』というに違いない。

ああ、お母さん、お父さん。そして、お姉ちゃん。『何かあった?』って怪訝そうに、顔を覗きこむ姿が思い浮かぶよ。

「もう、夕方だな。」

「あ、本当だ。」

「よし、夕食の材料を買いにいくか。近くの八百屋と肉屋を教えてやる。」

「はい。」

 こっちは、スーパーみたいに色々なものをいっしょくたに売る店は無いらしい。

 本当にすぐ近くに数軒の店があり、色々と買い込む。

 今日は、パスタと野菜スープだって。

 パン屋で明日の朝食用のパンを買ったり、ジャンさんは煙草も買って。『今日だけ特別な』って酒屋でビールも買った。

 魚屋は少し離れてるから、又今度なって笑う。

 男の人で、しかも若くて軍人さんで。そういう人が、まめに食材を買うのは珍しいらしくって、お店の人は皆ジャンさんを覚えていて。『妹みたいなもん』って紹介してくれた私にも親切にしてくれて。

 すっごく嬉しくって、震えるほど怖くってよろけそうになる。

硬いはずなのに、雲の上のように現実感の無い石畳をやっとの思いで歩いていった。

 

 

 

 

 

20050930UP
NEXT

 

 

 

 

色気も何も無く手繋ぎクリア。
チヒロは漫画を読んでいなかったので、誰が『ハガレン』の登場人物で誰がそうじゃないのか
分かりません。
せっかくあちらへ行ったのだから、沢山の人と係わっていって欲しいと思うのですが…。
そして、あちらでは古着は古着としてしか着ないということで…。
結構貧富の差がありそうですしね。
(05,10,26)

 

 

 

前 へ  目 次  次 へ