扉の向こうの青い空 13

「すごーい。おいしーい。」

 凄い、ジャンさん。美味しい!

「そうかあ。」

 何て、ビールを飲みながら笑っている。

 ここは、ジャンさんの部屋のダイニング。調理器具や調味料を教えてもらいながら、お手伝いをした。そして夕食。

 男の料理。なんていってたけど。確かに、ちょっとそんな感じではあったけど。

 でも、今までのお店や食堂の定食とは違う『家庭の味』って感じで、凄くあったかくってほっとした。

「チヒロは酒、飲めるのか?」

「えーと。まあ。」

 大学では何かって言うと飲み会があった。

「へー。チヒロんとこでは未成年も酒を飲んでいいのか?」

「ダメです!」

 ええ、法律では。(ダメですよ!特に一気飲みは!)

「ただ、大学に入ると…先輩の中には20歳過ぎてる人もいますし…。」

「ああ、断われないよな。」

「だから本当は飲めちゃいけないんですけど…一応、飲めます。はは。」

「じゃ、遠慮しなくていいかな。」

 と、私の分とテーブルに置かれたグラスにビールを注いでくれる。

「あ…はは。こんくらいにしておいてください。」

 こちらに缶の飲料は無いらしい。缶といえば食品の缶詰や燃料とかの1斗缶、ドラム缶だ。

 だからテーブルの上にあるのも、ビンビールで…何か久々に栓抜き使ったかも。

「ジャンさんもどうぞ。」

「お、サンキュ。」

 人に注いであげるのも珍しいなあ。

「チヒロ。鍵のことなんだけど。」

「はい?」

「ホークアイ中尉からは2本預かってるんだ。1本はお前のな。渡しておく。」

「はい。」

 と受け取る。

「もう1本。何かあったときのために、俺が持っているように言われたんだけど…。」

「はい。」

「…俺が持っててもいいか?」

「?はい。いいですけど…。」

「…一応、俺も男なんだけど…。」

「…ああ。そういう意味ですか。じゃ、私がいるときは呼び鈴を押してもらうってことで。私がいないときとか、呼んでも出てこないときとかに使うようにすれば…。」

「まあ。そのつもりじゃあったけど…。」

「じゃ、それで。」

「…だから…。」

「…?…だって、彼女いらっしゃるんでしょう?」

「ああ。」

「え…と、じゃあ、こういえばいいですか?『信用してますから』」

「………。お前なあ。…ま、いいや。じゃ、こっちも。」

「はい?」

「俺の部屋の鍵。」

「…はあ?」

 私がジャンさんの部屋の鍵を持っててどうする?

「…彼女は合鍵持ってるんですか?」

「いや?」

「それって…すっごくイヤだと思うんですけど…。知られたらぜーったいに怒られますよ。」

「そっかあ?お前の部屋の鍵は俺が持ってるわけだし、等価交換のつもりだったんだけど。」

「等価…交換…ですか…。」

 まあ、持ってても使わなければいいんだし。

 でも、この人。細かく気が付いてくれる気配りの人の割には、変なところで鈍感って言うか…。

「分かりました。持ってます。」

 携帯からストラップを2つ外して、自分の鍵にはピンクのものを。ジャンさんのにはサイコロの形をしたものをつけた。

 

 

 チヒロはちゃんと眠れただろうか?自分の部屋のような気がしないというあの部屋で…。

 明日の朝食の準備をしつつ、そんなことを考える。

 そうだろうなあ。本来の自分のものはほとんど無いんだもんなあ。全て新品だ。

 そんな余裕が無かったとはいえ、ぬいぐるみの1つも無いのだ。しかも、冷蔵庫の中身は『飲みたくなったら飲め。』と渡したオレンジジュースのビン1本だ。わびしいことこの上ない。

 今夜はこっちに泊めた方が良かったか?けど、女の子だしなあ。

 どうこうする気は無いが…。

 そこまで考えて、ふと思う。…本当に?

 昼間繋いだ手は、小さく震えていた。明るい子だと思っていたので、ちょっとびっくりした。

 多分世界の何もかもが怖いのだろう、と思う。

 なのに、一生懸命笑って元気にしている姿を見て、危うく抱きしめそうになった。

俺が抱きしめたところで、彼女の恐怖が薄れるわけも無いのだけれど。でも、大丈夫だよと言ってあげたくなった。

 慌てて、妹の話をして誤魔化したけど…。自分にも『妹だ』って言い聞かせたけど…。

 さっきチヒロに言われるまで、自分の彼女の存在を忘れていた。

 あの時、手を繋がなければチヒロの抱えている恐怖に気づくことは出来なかっただろうと思う。

気づくことが出来てよかった。たいしたフォローは出来ないだろうけど、知らずに無神経な言葉を浴びせることだけはしなくてすむ。

 俺に出来るのは、こうして隣の部屋で気をもむことくらいか…?

 あったかいシャワーを浴びて、これから自分のベッドとなる場所で。

ゆっくり、いい夢が見られるといい。

 そして、明日は。今日より無理のない笑顔をみせてくれるといいのだけれど…。

 

 

 翌朝。

 チヒロがハボック少尉と仲良く出勤してきた。

 良く眠れた様子にほっとする。

「おはよう御座います。」

「おはよう御座います。」

 ハボック少尉に次いでぺこりと頭を下げる。

「やあ、おはよう。今日も可愛いね。」

「は……あ。」

 自分の服を見下ろしている。

 ノースリーブのブラウスにフレアスカート。足元は昨日とは違うサンダルで、小さなポーチを斜めに肩からかけている。髪はホークアイ中尉のように後ろでくるりと纏めている。長さの違いなのか色の違いなのか、中尉のキリリとした様子よりもふわりとした感じだ。

「君はセンスがいいね。」

「あ…りがとう御座います。」

「…にしても、着替えたはずのハボックと、一緒なのはどういう訳だね?」

「すんません。俺の隊の奴らに下で捕まって…。」

 何でも、昨日の朝食時に食堂で一緒になったメンバーがいたらしくて、ハボック少尉が着替えている間中囲まれて動けなかったと言う。

「そうか…。」

「あ、別に楽しかったから大丈夫ですよっ。」

 私の不機嫌そうな声音に、チヒロが慌てて手を振る。

「困ったことがあったら、ちゃんと私に言いたまえ。」

「は…はい。」

「…で、何でハボック少尉にくっ付く?」

「や……その。」

「俺は、兄貴らしいっスよ。」

 ハボック少尉が苦笑する。

「そうなると、ホークアイ中尉が姉さんで、ああ…大佐は…お父さんっスね。」

「なっっ!」

「あ、本当だあ。」

 チヒロが嬉しそうに声を上げる。

「じゃあ、エドとアルは弟ね。凄い、兄弟が増えちゃったわ。」

 無邪気な様子に、否定できなくなる。それでも父親は勘弁して欲しい。せめて長男くらいにしてくれないだろうか…。

「そろそろ始業時間ですよ。」

 ホークアイ中尉の冷静な声が掛かる。

「あ、ああ。」

「はい。」

 ハボック少尉が自分の席に着く。

「チヒロさん。」

「はい。」

「今日の午前中は、先日の医務室で健康診断を受けてください。」

「はい。」

「終わったら一度ここへ戻ってきて。昼食の後は、今後のことを話し合いましょう。」

「分かりました。」

「ですので、大佐。今ある分は午前中にきちんと終わらせてくださいね。」

「う…善処しよう。」

「え?そんなにお仕事あるんですか?」

「あ、…ああ、まあな。」

 無邪気に聞かれて、『昨日サボっていました』とは言えなくなる。

「やっぱり偉いとお仕事もいっぱいあって大変なんですね。」

「そ…そうだよ。大変なんだ。」

 感心したように言われて、思わず意気込む。

「でも、大佐ならすぐに終わっちゃいますよね。」

 だって、一昨日凄かったもの。と言われ、

「ああ。勿論だとも。」

 と、頷いて……しまった!!

 ニヤリと部下一同の(勿論ホークアイ中尉も)口元が歪んだように見えたのは気のせいではないはずだ!

 チヒロはハボックに再び地図を書いてもらい、一人で医務室へ行くという。頑張っている彼女に、サボっている姿はやはり見せられない。

そう思い、机に向かう。

 

 もしかしたら、ホークアイ中尉がわざとチヒロがいるうちに仕事の話を切り出したのかもしれない、と気付いたのは随分後になってからだった。

 

 

 

 

 

20051006UP
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大佐、子供っぽくなりすぎか?
けど、次の話はさらに凄いしな。ま、いっか。
そして、さらにさり気なく合鍵。クリア。
ちなみに、ハボックの鍵につけたストラップは「増田ジゴロウ」…。
分かる人いるかなあ。

 

 

 

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