扉の向こうの青い空 14

 昼食は11:30〜13:30の間に皆で交代でとる。

 11時半の時点でまだ仕事の終わっていなかった私と、監視役のホークアイ中尉と、午前中は自分の隊の軍事演習を行っていたハボック少尉が残り、他の者は先に休憩に入った。

 そのうちにチヒロが戻ってくる。

「どうだったかね?」

「え……と、細かい検査の結果は数日後だそうですけど、今のところは特に異常は無いそうです。」

「そうか。…あ、まさかアランじゃ無かったろうな。」

「先生ですか?いえ、ライラ先生でした。」

 女医だ、とほっとする。

「チヒロさん。心電図と脳波測定はここでは出来ないらしいの。数日中に近くの軍部総合病院へ行ってもらうことになると思うのだけど…。」

「あ、はい。聞きました。」

「敷地内ではないので、その時には案内をつけるわ。」

「はい。分かりました。」

「後、エドワード君が来ているの。資料室へ、又、呼びに行ってくれるかしら?」

「はい。分かりました。行ってきます。」

「お。もう覚えたのか。」

「はい。」

 ハボック少尉ににこりと笑う。

「もし、分からなくなったら、その辺の奴に聞けよ。」

「ハーイ。いってきまーす。」

 元気良く部屋を出て行った。

「ハボック少尉。」

「はい?」

「チヒロの部屋のほうはどうなんだ?」

「取り敢えずの物は揃いましたよ。ただ…。」

「『ただ』?」

「何しろ、新品ばかりなもんで『自分の部屋じゃないみたい』って。」

「うーむ。こればかりはなあ。」

「仕方無いっスよね。それで、思ったんですけど。」

「なんだ?」

「少し、チヒロに小遣いを渡したらどうでしょう?」

「小遣い?」

「女の子だし。俺たちが気付かない欲しいものとか、あるかも知れないじゃないですか。」

「成程な。」

 セールに喜んでいたくらいだから、割と堅実な使い方をするだろうとは思う。

 一応、領収書だけ取っておくように言えば良いか。

「大佐。手が止まっています。」

「……。」

「後、少しじゃありませんか。残っていたらチヒロさんに尊敬されなくなってしまいますよ。」

 そ…それはまずい。慌てて次の書類に手を伸ばした。

 

 

「アルは?お昼食べないの?」

 チヒロの問いに、鋼のが気まずげに視線をそらす。

「あ…あいつは今日街の図書館に行ってるから、そっちで食ってるんじゃないかな〜。」

「ふーん?一人じゃつまんないから戻ってくればいいのにねぇ。」

 皆で食べたほうが美味しいのに…。と呟く。

「チヒロは良い子だな。」

「や。そんなことは無いですよ。」

「『良い子』ってなんだよ。子供扱いすんな。」

 さらに年下の鋼のが自分まで子供扱いされたような顔で反論してくる。いや、君は子供だろう。

 鋼のとチヒロが戻って来た頃には先に休憩をとっていた者たちが戻ってきたので、残っていたメンバーで揃って食堂へ昼食をとりに来たのだ。

 私の正面にはチヒロ、その両隣に鋼のとハボック少尉。そして私の隣でホークアイ中尉が静かに食事をしている。

「エド、聞いて。昨日の夕食、ジャンさんが作ってくれたんだけど、とっても美味しかったの!」

「へえ。少尉、料理出来たんだ。」

「ああ。まあな。」

「今度、教えてもらうんだ。」

「じゃあさ、じゃあさ。出来るようになったら、俺にも作ってくれよ。」

「いいよ。アルにもね。」

「あ…はは…。」

「?どうして、何時もアルの話になると、困った顔するの?あ、好き嫌い激しいとか?」

「あ、まあ。」

「ふーん?あ、今日はこの後ね、リザさんにお茶の入れ方教えてもらうの。」

「じゃ、飲みに行く!」

「うん。」

「………。…ちょっと、待ちたまえ。」

「?」

「なんだよ、大佐。」

「チヒロ。」

「…はい?」

「鋼ののことは何と呼んでいた?」

「?エド。」

「アルフォンスは?」

「アル。」

「ハボック少尉は?」

「ジャンさん。」

「ホークアイ中尉は?」

「リザさん。」

「私は?」

「大佐。」

「何故だ。何故私だけ階級なんだ?」

「え?…何となく?」

「…ブレダ達も階級だよなあ?」

 違ったっけ?とハボック少尉が首を傾げる。

「え…と、他の方々は同じ階級の人が沢山いらっしゃるので、苗字に階級?ブレダ少尉・ファルマン准尉・フュリー曹長。…変ですか?」

「変ではない。問題はどうして私のことは名前で呼んでくれないのか、というところだ。」

「はあ?」

 ぽかんとチヒロが口を開けている。

 隣でハボック少尉は失礼にもブッと吹いて笑っているし、鋼のは『お前の方が子供だ』と呆れている。

 だが、おかしいだろ?身近な人間は名前で呼んで、たとえ階級を呼ぶにしてもファミリーネームがくっ付いているというのに、どうして私は『大佐』だけなのだ?

「えーと。…始めに名前を知ったのが、エドとアルだったでしょう?二人とも『エルリック』で区別がつかないから名前で呼んで。…後からエドとアルで良いって言ってくれたからそう呼んでるけど…。

…で、その流れでジャンさんの名前を知ったから、ジャンさんはジャンさん。後で軍人さんだって分かったけど…。

青い服は軍人の制服だって教えてもらったから、大佐は見たときから軍人さんって分かったし、皆が『大佐』って呼んでたから『ああ、大佐さんなんだなあ』って思って。」

「なら、中尉は?」

「えーと、実はあの時結構混乱してて。お名前教えてもらったときに、はっきり聞き取れたの『リザ』ってとこで…。すみません。」

「いいのよ。」

「じゃあ、大佐をつけてもいいからせめてその前に名前を入れてくれないか。」

「え。『マスタング大佐』ですか?…長い、ですね。」

「う。…じゃあ、ファーストネームを。極めつけに短いぞ。」

「『ロイ大佐』?…イヤです。」

「何故だ!」

「だって、『ロイ』って…。」

 と言ったきり眉を顰めて口を噤む。

「私の名前に何か不満でもあるのかね。君は。」

「そうじゃないですけど。…だって、『大佐』は『大佐』ですし…。」

 そのこだわりはどこから来るのか?

「大体だなあ。階級というのはいつまでも変わらないわけじゃないんだ。私だっていつまでも『大佐』でいる気は無い。『准将』になったら何と呼ぶ気なんだ。」

「…『准将』。」

「少将や中将になったら?」

「少将?…中将もちゃんと呼びますよ?」

「じゃあ、大総統になったら?」

「大……総統…ですか?ああ、それは長いし可愛くないですね…。」

「や、階級はどれも可愛くないから。」

 と鋼のが突っ込む。

「大総統になったら…仕方ないから名前で呼びます。…ロイさんでいいですか?」

「な…何?呼んでくれるのか?」

「大総統になったら、ですけど。」

「よし、必ずだぞ!」

「はい、はい。」

 よし!大総統になる目的が、又一つ増えたぞ。

 

 

「あれでも、あいつ28歳だぞ。」

「え?28歳?そうは見えないよね。」

「そう見えないのは、童顔のせいだけじゃねーぞ。絶対!」

「…やー。あれでも一応上の方では煙たがられてるんだぜ。」

「出世が早いからだろ?でもなあ。」

「呼び方なんて、そんなに重要なの?」

「そう思うんなら、呼んでやれよ。うっとうしいから。」

「だって、ロイって…。」

「どうして、そこで引っかかるんだよ。」

「だって、ロイだよ。」

「ロイだろうが、ライだろうが何でもいいじゃん。」

「ライなら、いいけどさ。」

「いいのかよっ!」

「ええと、ほら。私の友達に大佐のファンの子がいてさ。」

「ファン?…ああ、マンガとか言う奴のな。」

「そう、その子が『大佐』『大佐』って呼んでたから、顔は知らないけど『大佐』って人が出てるんだなあって思ってたから。そっちの方が馴染んでるのよ。」

「にしたってよー。」

「まさか、名前がロイだ何て思わなかったもの。」

「だから、どうしてそこで引っかかんだよ!」

「だってー!」

 二人が眉を顰めながら、こそこそと話している。

 チヒロのボケ加減、エドワードの突っ込み。…絶妙だ。

「やー。チヒロ、お前大将と二人で漫才コンビでも組んだら?」

「「いやです!」だ!」

 だから、息合いすぎだっつーの。

 

 

 

 

 

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ま、ちょっと、息抜きって感じで…。
馴染みつつあるチヒロにハボックもほっと一息って感じかな。
さて、そろそろチヒロも身の振り方を決めなければならなくなってきます。
次からはそんな話。

 

 

 

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