扉の向こうの青い空 16

その後追加された仕事をあらかた終えて。

鋼のとチヒロと3人で執務室へ移り、再びチヒロが元居た世界の興味深い話を聞く。

今回は、乗り物の話。

空を飛ぶ乗り物や、電気で動く列車の話などを聞く。車もこちらとは全く違うという。

つくづく進んだ世界だ。

「…君の今後について、考えたんだがね。」

「はい。」

「幾つか手はある。1つはこのまま一般人に紛れて普通に暮らしていくこと。但し、その場合は軍の方からの補助は出せないから、生活費を全て自分で稼がねばならん。」

「…はい。」

 まあ、そうなるにしても暫くは私が援助するつもりだが。と補足する。

「もう1つは、私や…誰か他の人間でも良いが、有力者の養女になること。」

「よ…養女?」

「そう。これなら生活するうえで物質的な不自由はないだろう。…ただ、この場合は相手によっては色々と大変な事態が起こらないとも…。」

「んだよ。はっきり言えよ。」

「例えば、いずれ見合いや…言葉は悪いが政略結婚…なんて事態がないとも言えん。」

「へ?」

「私自身にもたまに来る話だ。私の養女になったら、チヒロにまでその話が来ないとも限らん。」

「断わりゃいいじゃん。」

「断われる相手ならな。」

「…そか。」

「………。」

「そして、3つ目。君が軍人になること。」

「わっ、私がですか?」

「大佐!?」

「勿論、私たちと同じような軍人という意味ではない。むしろ、立場としては鋼のの方が近いだろう。」

「国家錬金術師?…でも。」

「そうじゃないよ。…ああ勿論、チヒロにその才能があってそうなりたいと願うなら推薦もするし後ろ盾にもなろう。そうではなくて、私が注目しているのは君のその知識だよ。」

「……?私の知識?」

「君の世界の進んだ科学の話だ。それを軍のために生かす。」

「………。」

「………。」

 チヒロと鋼のが眉を顰めた。

「…ということにしておく、とりあえず。」

「は?」

「何しろ君はこちらのことは何も分からない。文字もこれから勉強すると言う有様だ。

ましてや知識はあるが、化学的な説明はほとんど出来ないに等しい。これでは、すぐには使いものにはならん。

…が、しかし。上層部はその知識が他へ漏れる事を警戒するはずだ。」

「つまり、チヒロの知識を盾に軍の保護を引き出そうってことか?」

「そうだ。軍には様々な技能職がある。チヒロの場合、そうだな『技術研究員』といったところかな。

 文字や科学を学ぶ。その期間…出来れば3年欲しいが、実際は1年半か2年位か…。それだけの時間をとりあえず確保し、本採用を待ってもらう。そのうち情勢も変わり、上層部も変わるかも知れん。私もいつまでもここに留まるつもりはないしな。」

「そう、上手く行くか?」

「………。」

「何の成果も無し、と言うのはきついかも知れんな。

君が持ってきた荷物の中にあった『ボールペン』…だったかな、あれなどは科学的説明はいらん。インクは中に入っているものを分析すれば良いのだし。…そういう、簡単なものを1つ2つ小出しにしていけば良い。」

「………。」

「問題は、恐らく大総統と直接会わなければならないだろうということだ。」

「………。」

「その知識を何故君が持っているのか?それは、違う世界から来たからだとしか説明しようがない。君はそれを証明しなければならんし、ある程度期待されるだけの内容も披露できなければならん。」

「………。」

「先日の『エレベータ』や『エスカレータ』の話はなかなか良いと思う。そうして、出来るなら私の庇護の元で仮採用の期間を過ごせるように取り付けられれば…。」

「2年位は安泰…って事か。その後は?」

「正直言って、大総統の評価次第なんだがな…。ある程度、鋼ののような自由な立場を取れるのではないかな。」

「………。」

 今した話は、かなり上手く行った場合で。もしも大総統がその知識を認めすぎたら、ほとんど外部との接触が出来ない環境におかれる場合もありえる。

 そうでなくても、ずっと監視が付くかも知れない。

 最悪、危険だと判断されれば命を奪われるなどという事態にならないとも限らない。

 どの程度の情報を出していくか。そのさじ加減が難しいのだが、そこをクリアしなければ先へは進めない。

 チヒロは始終無言で聞いていた。そして、今までのふわりとした表情とは違い。真剣な視線をこちらへ向けていた。

この判断が今後の自分を決定付けると分かっているのだろう。

「どうかな?」

「………。」

「今すぐ、決めなくても良いんじゃねえ?」

「ああ。だが、数日中には返事が欲しいな。」

「………。」

「チヒロ?」

「…チヒ…ロ?」

 黙りこんだまま、こちらをじっと見ている。

「1つ…聞いて、良いですか?」

「ああ。なんだね?」

「…大佐は、大総統になる?」

「ああ、そのつもりだ。」

「…分かりました。…じゃ、それで。」

「おいっ!チヒロ?」

「では、中央へはそのように伝えておこう。」

「はい。よろしくお願いします。」

 ペコリと頭を下げて、何時ものフンワリとした笑顔を浮かべた。

 

 

「おい。チヒロ!」

「なーに?エド。」

 大佐の執務室を出て、指令室へ向かう。もう定時なので、帰る準備をするためだ。

 そんなチヒロを追いかけて、呼び止めた。

「良いのかよ。あっさり、決めちまって。」

「うん。じっくり考えても、多分結論は変わらないような気がするし。」

 と、にこりと笑う。

「軍の狗になるってことなんだぞ。」

「………。ごめんね、エド。それがどれだけひどい事で、どれだけ辛いことなのか今の私には分からないわ。」

「………。」

「心配してくれて、ありがとうね。」

「し……しし、心配なんてっ。」

「ううん。ありがとう。」

 にっこりと笑われて、次の言葉が出なくなる。

 本当は、自分でも彼女がその道を選んだこと自体がイヤなのではないと分かっている。

 チヒロが自分で考えて判断したのなら、俺が横から口を出す筋合いのことじゃない。

けど、『大佐は大総統になる?』そう聞いた後の2人の会話がまるで普段の大佐とその部下の皆がする会話と似ていて、俺はそこには入れなくて。

それで良いはずなのに、面白くなくて。

お前はあいつの部下じゃないんだぞ、といってやりたくなる。

「私、…一人で生活って暫く無理だと思うの。どこかに就職するにしても、文字は最低限読めなきゃいけないでしょ。この世界の一般常識も分からないし。大佐は援助してくれるって言うけど、いつまでもって訳にも行かないし…。だから1つ目はバツ。」

「………。」

「2つ目はもっとバツ。大佐の養女なんて論外。生活費出させといて守ってもらってなんて悪いし。

他の誰かのっていうのも…。19歳の女の子養女にして、本当の娘のように可愛がるなんて奇特な人、そうそういないでしょ?中にはいるかも知れないけど、いずれは結婚しなくちゃいけないんだろうし、どんな風になるか分からないけどお世話になっておきながら『イヤです』なんていえないし。違う世界から来たって言うのがばれたら大変だし…。」

「…チヒロ。だから?…けど、他の道も…。」

「うん。ゆっくり時間をかけて考えたら、他の道もあるかも知れないよね。」

「だったら!」

「その時間をくれるんでしょう?大佐は。」

「……あ、そうか。仮採用の期間。」

「うん。」

 俺が納得したと思ったのか、チヒロは軽くノックをして、指令室のドアを開けた。

「けど、チヒロ!」

 俺が上げてしまった声に、皆が何事かと振り返った。

「…大総統が、どう出るか分かんねーんだぞ。」

「うーん。けど、大佐口上手そうだし…。」

 と、部屋の中へ入る。

「口は上手いだろうけどさぁ。」

「大丈夫よ。…多分。」

「何でそう言えんだよ。大総統だって、相当曲者の変なおっさんなんだぜ。」

「だからって、ここで守ってもらって隠れてひっそり暮らすことは、その1案とあまり変わらないでしょ?」

「そ…だけど…。」

「ね、エド。…大佐って…頭、良いよね。」

「あ?ああ。」

「うん。だったら、大丈夫。」

「あ゙?分かんねーよ。」

「大佐は頭が良いんでしょ?で、軍人なのよね。『あれでソコソコ有能』で出世が早くて上の人にはちょっと疎まれてる。」

「あ、ああ。なんだよ、ハボック少尉に聞いたのか?…そうだけど…それが?」

「だったら、多分。私の話を聞いてて気付いてると思うの。」

「何を?」

「私の世界には、多分ここのものよりずっと性能が良くて、効率のいい爆弾や武器があるって事。」

「!!!」

 驚いた。他の皆も声も上げずに俺たちの会話を聞いている。

「確かに、私には科学的知識がないから、あれらをどう作ったら良いか分からないし、上手く説明も出来ないわ。

けど、勉強したら分かるかもしれないし。こっちの、そういう知識のある人に説明したら案外あっさり開発できてしまうかも知れないでしょ?

 軍人さんなんだもの、ボールペンより武器でしょう?本当だったら。」

 確かにそうだ。俺もチヒロも『進んだ科学を軍に生かす』と聞いて、それを連想したから嫌な気分になったはずだった。

「けど、大佐は一言も私にそういうものを開発しろとは言わなかったわ。大総統に認めさせるにはそれを出すのが一番なのに…。」

「………。」

「そういう大佐が何年後かには大総統になってくれるんでしょう?…だったら、軍に所属する事になるのもありかなって思ったの。」

 そうやって、ロイ・マスタングに寄せられる信頼は、その部下たちが寄せるもので。

俺は、そこまであいつを信用出来なくて。それはまだ俺がガキだからなのか?

 そう思うと自分が少し情けない。

「けど、あいつ。大総統になったら、女性軍人の制服をミニスカートにするとか言ってるぜ。」

 悔し紛れに言ってみる。

 一瞬目を見開いたチヒロは、すぐににこっと笑った。

「大丈夫。私ははかないから。」

 ああ、それは。あいつも相当残念がるだろうなと、小さく苦笑した。

 

 

 

 

 

20051023UP
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『怒涛の3日間』が終わりました。
皆様、お付き合いありがとう御座いました。
16話も掛かっちゃったよ。
さて、これで少し話も進んでいくかな?
(05、11、03)

 

 

 

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