扉の向こうの青い空 17

 次の日には、エドとアルに付き合ってもらって、簡単な文字の練習帳のようなものや子供用の辞書などを買いに行った。

 辞書って言ったって勿論和英や英和なんて無いから、これからいちいち教えてもらって日本語を書き込んでいかなくちゃならない。

ハア。先が思いやられる。

 その他にもちょっとした雑貨や、部屋に飾る飾りなんかを買い込んだ。

 一緒に買い物をしているときの周りの反応。アルの姿を唖然と見上げる子供や変な目で見る大人たち。そんなのからこちらの世界でも『鎧でいる』って言うのは異様らしいと分かる。

 多分一番分かっているのがアル自身で、一番気に掛けているのがエド。ちっちゃくても『お兄さん』なんだなあ。私のことも一生懸命心配してくれたし。

「アルは力持ちね。」

「あ、はは。」

 買った物のほとんどを持ってくれている。

「俺だって、それくらい持てる。」

 憮然とエドが言う。

「本当?じゃあ、もう一軒廻っていい?」

「え゙っ、まだ何か買うのか?」

「うん。頼んでおいたものが出来たって、昨夜連絡が来たから。」

「頼んでおいたもの?」

「そ、そこの店よ。」

「…古着屋じゃん。」

「うん。おじさんが凄くいい人で。」

「そう、…だったか?」

 だって頼んだもの1日で作ってくれたんだよ。

ジャンさんは、こちらでは古着をアレンジして着る習慣が無いからオヤジも暇だったんだろうなんて言ってたけど…。

「こんにちはー。」

 ガタピシ言う戸を開けると、奥からのっそりとおじさんが出てくる。

なんだか田舎のお祖父ちゃんと似ている人で、顔は少し怒っている感じだけど本当はそうじゃないことは分かっている。

「よう。嬢ちゃん、出来とるよ。」

「ありがとう御座います。」

「いやいや、わしも長年古着屋をやっとるが、こんな注文を受けたのは初めてじゃよ。」

 少し苦笑するように口元が笑った。

「何じゃ、今日のお供は。」

「お供じゃねー!」

「兄さんってば。」

「嬢ちゃんが軍に保護されとるというのは、本当かね?」

「うん。そうよ。」

「なんでじゃ?」

「難民なの。アメストリスに逃げてきたのよ。」

 大佐から、表向きそう言うようにと言われている。

「それにしては、言葉が流暢だな。」

「エエト。私の家の傍にアメストリスから逃げてきた人がいて…家族ぐるみで仲がよかったから言葉は教わったの。…でも、字は教えてもらえなかったから、これから勉強しなきゃ。」

 そう言って、先程買った練習帳を見せる。

「ほう。そりゃ、難儀だな。」

 どこまで信じてくれたのか?そう言っておじさんは笑った。

 それから出来上がった服を羽織ってみたりして、代金を払う。

「これも、軍の金か?」

「うーん。何か、一応大佐のお金みたい。」

「ロイ・マスタングか?」

「うん、そう。」

「少し、ふっかけておくかな。」

「おじさんは、大佐が嫌いなの?」

「好きではないな。」

「まさか!おじさんも彼女取られたことあるの!?」

「うん?わははははっ!違う違う。あのタバコと一緒にするな。」

 クツクツと可笑しそうに笑っている。

 エドとアルはどこに突っ込むべきか困ったような表情で私たちのやり取りを聞いていた。

「軍人は大抵嫌われておる。理由は知っとるか?」

「ええと、戦争をするから。」

「そうじゃ。そして、ロイ・マスタングも結構嫌われておる。その理由は?」

「んーと。イシュヴァールで英雄だったから。」

「ほう。当たりじゃ。誰に聞いた?」

「ジャンさん。」

「なるほどな。…軍人なんて、人殺しじゃよ。」

「そう…かもね。私はまだ見てないけど、きっとそうなんだと思う。」

「それでも、軍の保護を受けるのか?」

「うん。だって、私は大佐もジャンさんもリザさんもブレダ少尉もファルマン准尉もフュリー曹長も軍医の先生も好きだわ。…それに人のこと言えないし。」

「うん?」

「私も人殺しだもの。」

「…誰を、…?」

「私自身を。」

 そう、私は元の世界の私を殺したから今、こうしてここで生きている。そのことを忘れちゃいけないと思う。

 そしたら、私の両隣からエドとアルが手を伸ばして繋いでくれた。

「エドとアルも、大好きだよぉ。」

 繋いだ手は両方とも生身じゃなかったけど、すっごく温かかった。それを感じられるから私は大丈夫。

「………。そうか……一人暮らしも、もう終わりにしようかと思ったんじゃが…。」

「うん。ありがとう。又、来ても良い?買い物じゃなくても。」

「勿論じゃ。」

「じゃあ、又来るね。」

 店を出ると、服はエドが持ってくれた。

「…良いのかよ。」

「……うん。」

「さっきのおじさんの言葉。どういう意味?」

「チヒロを引き取ってもいいってことだよ。」

「ええ?良いの?チヒロさん。」

「うん。私ね、この世界へ来てから、ずっと考えてたの。『どうして私だったんだろう?』って。」

「…どういう意味だよ?」

「『鋼の錬金術師』の漫画を読んでいたわけじゃないから、こちらの世界のこと何も分からないでしょ?

 大好きって言っている友達もいたわ。きっと、こっちの世界へ来たいって思うくらいのめりこんでいる人もいたと思うのよ。なのになんで私なのかしら?って。」

「…チヒロ。」

「英語だってそう。得意な人なんて幾らでもいるのに、看板も碌に読めない私だった理由は? あと科学。専門に勉強している人じゃなくてなんで私なんだろうって、ずっとずっと考えてたの。」

「………。」

「昨日、大佐と話をしていてね。科学も英語も分からない、この世界への先入観も無い。そういう私だから、良いのかなって少し思えたの。

 ちょっぴりこの世界には無い物を知っているけど、私が何かを作り出すには物凄く時間が掛かって。そういう私だから良いのかもって。

 そういう私だからあの、真理くんがこの世界に必要だって思ったのかも…って。」

「真理くんてよお。友達じゃねーんだから。」

「イヤだな、兄さん。突っ込みどころはそこなの?」

「なんか、こいつ。頑固なんだもん。」

 昨日から、俺が何度止めろと言ったと思ってるんだ。とエドがうんざりとした口調で言った。

「ふふふ。…おじさんのところにいたらきっと楽だよね。科学の勉強なんて必要なくて、文字だって生活に必要なものだけゆっくり覚えていけば良いのかも。

 だけど、…ね。私はあの時『死にたくない』って思ったのよ。だから、元の世界の私を殺したの。それでも『生きたい』と思ったから。

 楽なほうへ、楽なほうへって逃げてたら何のためにここへ来たのか分からないわ。

 魂だけで漂っているのと、余り変わらないんじゃないか……って。」

「そんなに頑張りすぎることはねーんじゃねーの。」

「今までの私は、そうだったの。苦手なことからは逃げて、出来ないことは人に頼って。努力しない自分を棚に上げて、『どうせ私なんか…』って。」

「…そうだったの?何かイメージ違うけど…。」

 首を傾げるアル。少しは認めてもらえてるのかな。

 この世界の頑張ってる皆を見て、私は自分が恥ずかしかった。

こんな私に援助してもらう価値はあるの?沢山の人の手を借りてやっと生活を始めたばかりだけど、本当にこの親切を返していけるの?

おじさんのところでのんびり暮らすのは、それは平和で良いかもしれないけど。そうなったら大佐たちにはどうやって返していったら良いんだろう?

「さっき、おじさんが『軍人は嫌われてる』って言ってたでしょ?」

「ああ。」

「ちょっと、悲しかった。だって私は皆大好きだからね。」

「……ああ。」

「やな奴もいるってジャンさんは言ってたけど…。そんなのきっと軍人さんだけじゃないよね。いい人も嫌な人もいっぱいいるのに軍人さんだけ『軍人』って言うだけで特に毛嫌いされてるなら、やっぱり寂しい。」

「ああ、…だな。」

「大佐なら、軍人さんが嫌われない国にしてくれるかも知れないでしょ?」

「うん?」

「私の知ってる武器を作らなくても良い国にしてくれるかも知れない。…もしかしたら。」

 だって未来のことは分からない。この国がどうなっていくのか、大佐がどうしていくのか。

 けど、ジャンさんやリザさんたちは信じてるんだよね。ジャンさんなんか、大佐がそこら中焼きつくしたのを見てたって信じている。

 だから、私も信じてみようって思った。そして、もし私にも出来ることがあるんなら手助けしたいって思った。街の片隅ではなくて、すぐ傍で。

 大総統に会ってみなければ今後の私がどうなるか分からないけど、仮採用の時期が終わったらきっとそのまま軍に所属するだろうと思う。

 その頃には『軍の狗になる』って言うエドの言葉の意味が身にしみて分かる私になっているかも知れないけれど…。

「大総統になって、女性軍人の制服をミニスカートにする。私に名前で呼んでもらう。」

「ちっせー野望だよな。」

「うん。でも、世界征服するとかって言うのよりずっと良いよね。」

「あー、うん。そうかもな。」

「本当だね。」

 今頃は執務室で、盛大にくしゃみをしているかもしれない大佐を思い描いて。3人でクスクスクスと笑った。

 

 

 

 

 

20051025UP
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怒涛の3日間が終わったというのに、次の日の話。
ハボック小説なのにエド出過ぎだよね。
けど、エルリック兄弟はそのうち又旅に出ちゃうしね。(フェードアウトしちゃうのよ。気付いたらいないの)
そのうちハボックばっかりになるはず。もう少しお待ちを。
(05、11、07)

 

 

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